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ショートショート「免許至上主義」


「番号札350の竹村さま、二番窓口へどうぞ」
 AIの無機質な声が僕の苗字を呼んだ。カウンターに近寄って、やわらかい音質の女性の声に「はい」と返事をすると、AIの瞳らしき頭上のカメラがこちらを向いた。
 ここ、東部免許センターは常に込み合っている。金属のむき出しになったボディを隠すように、頭部に貼り付けられた液晶が女性を模したキャラクターを映し出している。窓口に来た人を安心させるとか何とかで、役所や銀行関連の窓口では大抵同じような声のサンプルが使われているらしかった。お馴染みの声である。
 職業の細分化とともに業務も複雑化した現代社会では、AIの台頭に伴って、人類の仕事の保持のために「免許の取得」が絶えず叫ばれている。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
 AIの映し出す液晶にいくつか選択肢が映る。<免許の取得の申し込み>、<免許の更新についての問い合わせ>、<その他>。ここは免許の取得、更新専用の二番窓口のため、受け付けている相談は主に上記二つについてのようだった。
 僕は免許取得の申し込みに来たので、一番はじめの選択肢を選んだ。AIは形だけの応答をして、今度は本人確認書類の提出を求めてきた。自身の運転免許証を取り出してAIに見せると、AIはピロン、と効果音を立てて次の質問をした。
「本日申し込みをしたい免許は、次のうちどれでしょうか」
 15ページにもわたる免許の選択肢が映る。僕はページをスライドさせて、該当する言葉を探した。教員免許、医師免許、運転免許、調理師免許などは、直接学校や教習所へ行けば取れるので、ここでの申し込みは受け付けていないらしかった。また、あまりにも母数が多いものは、それぞれの免許センターと教習所が独立しているため、選択肢から省かれているようだった。
 僕は選択肢の中で、一番最後のページに載った<AI操作免許>をタップした。AI操作免許とは、今年度から始まった新しい資格だ。ITエンジニアとして働いている僕は、プログラミングができて、かつ新しい開発の方法を模索し続ければそれで十分食べていけると思っていたのだが、来年度からはそうはいかないらしい。制度が改正され、「AIを操作する側に回れるかどうか」がIT関係の仕事をするための主軸になるとのことだった。それで、仕事を奪われる可能性を少しでも減らしたい僕は、休日にわざわざ免許センターまで申し込みに来たのだった。
「申し込みを完了しました」
 AIの無機質な声を聞きながら、書類をもらって免許センターを出た。外の熱気に思わずため息を吐く。資格試験対策のために、一応本でも買っておこうと思ったのだが、寄り道する気が失せるほどの暑さだった。
 AIを操作することなんて、去年までの自分にとっては息をするのと同じくらい、当たり前のことだったのに。わざわざ免許にするほどのことだろうか。ああ、良くない考えだ。そんなことを考えていては、この社会に取り残されてしまう。
 横断歩道の手前で信号が青に変わるのを待った。横断歩道の向こう側では、道路歩行の免許証を持ち歩いていないらしい歩行者が、警察から事情徴収を受けている。
「何枚持ち歩けばいいんだよ!!」
 向かいの歩行者は、パンパンになった財布から歩行免許証を探している。ペーパーレス免許にしていないからそんなことになるんだ。社会に迎合できない者は、ただこの社会から置いていかれるばかりなのだから。僕はスマホの充電がまだ十分にあることを確認して、いつ聞かれてもいいように、デジタル免許証のアプリを開いた。

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