貴方と私の、唯一の音

学生の頃のバイト先に、
とてつもなく可愛い女の子がいた。
その子の名前には「声」という字が入っていて、
初めて見る読めない名前だったけれど、
とても素敵な美しい名前だった。
彼女の名前を初めて見たときの感動は
私の中で全く色褪せることはなく、
いつか子どもができたら、私も、
「声」という字を使った名前を
我が子にプレゼントしたいと思っている。
自分の声を誇りに思って生きて欲しいし、
その大切な声で、
誰かの名前をたくさん呼んであげて欲しいから。

声というのは、
本当に本当にその人だけのもの。
よく似た声を持った人が何処かにいたとしても、
"全く"同じ声を持って生まれた人は、
きっと何処を探してもいない。
つまり、私と全く同じ声を持った人もまた、
何処にもいないのです。
そう思うと、
なんだか自分の声が愛おしく思えたりする。

自分で言うのもアレなのだけれど、
大学時代に演劇に没頭していたこともあってか、
私はかなりよく通る声をしている。
だから時々、仕事をしていて
"貴女のいい声で案内してくれてありがとう"って
そう言ってもらえることがある。
もうほんと、嬉しくて嬉しくてたまらんのです。
だって、他の誰も持っていない、
この世で唯一私だけが持っているその声を、
褒めてもらえたってことだからね。

よく通る声を持った私は、
遠くにいる誰かを呼ぶときに
意図せずクソデカボイスを出してしまって、
「うるさいねん」と言われるのがお決まり。
でも、
"遠くにいるその人に届きますように"
と思って出した自分の声がその人に届く喜び
みたいなものがあって、
その喜びを感じるたびに
この声を持って生まれてこれたことが
この上ない奇跡のように思えて、嬉しくなる。
だから、私は、
好きな人ができたら、
何度も何度も、何度だって、
どれだけ遠くにいたって、
たとえ届かないくらい遠くにいたって、
その人の名前を呼んでしまうのです。

元彼もそうだった。
何度も彼の名前を呼んでは、
私の声が届く喜びをいつも感じていた。
そして、"あんずちゃん"と
私の名前を呼び返してくれる喜び。
うん、紛れもなく恋をしていた。
私と同じ声を持った人が何処にもいないのなら、
もちろん彼と同じ声を持った人も、
何処にもいない。
だから、私の記憶の中に
元彼の存在はもうほとんどないけれど、
私の名を呼ぶ彼の声だけは、
"愛おしい音"としてずっとずっと、
私の中で再生され続けるのだろうと思う。
私のクソデカボイスも、
彼の中にずっと残っていたらいいのに_____。
...なんて思ったりする私は、馬鹿なのかな?

最近書いた記事に度々登場している、
一緒に海に行く約束をしていたとある男の子。
元彼と別れてから、久しぶりに好きになれた、
私にとってあまりにも大切な存在。
だけど、私は意地を張って
ほとんどその子の名前を呼ぶことはなかった。
一度だけ長電話をしたけれど、
声を思い出すことが、できないでいる。
そして私の声もきっと、
その子の中には残っていない気がする。
だって、直接会ったの、一度きりだもんね。
お互いに名前を呼ぶことはしないくらいの、
あまりにも初々しくて、脆い関係だった。
意地を張らずに、
私がもっと名前を呼んであげたらよかったかな。

あのね、一緒に海に行く約束が
消えてなくなってしまったことはもういいの。
でも、貴方の声だけは、
どうしても思い出したいと思ってしまう。
そしてあわよくば、私の声を
覚えていてくれていたらいいなと思ってしまう。

_____この世で唯一貴方だけが持った音だから。
_____この世で唯一私だけが持った音だから。

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