【企画小説】Crossing
ビューラーでまつ毛をクイッと上げ、いつもより丁寧にマスカラを塗る。それから目尻に沿うようにアイライナーを引くと、この日の為に購入した限定のアイシャドウでサッと瞼を仕上げる。粒の細かいアイシャドウのラメは、上品に目元を飾ってくれた。
彼と最後に昼間の"デート"を楽しんだのは、いつだっただろうか。
彼と会うのは、お互いの仕事が終わった夜の時間帯が多かった。彼は仕事が終わると、家で待つ私を迎えに来る。それからレストランで一緒に食事をするのが、私たちカップルのお決まりのデートコースだった。それだってれっきとしたデートに変わりはないのだが、私はたまに、水族館やショッピングなどの"デート"らしいデートに憧れてしまうことがあった。
「クリスマス前でもいいからさ、どこかで時間作ってもらえないかな?久しぶりにどこか出掛けたいな」
きっと無理だろうと思いながらも、私は期待を捨てきれず彼に連絡を入れる。
『ちょっと待ってて。なんとかしてみる!』
彼がそんな風に言ってくれることは、はじめから分かっていた。一方でこれまで、彼の仕事には何度その期待を打ち崩されてきたか分からない。それでも懲りずにそんなお願いを繰り返す私には、彼の優しい言葉を信じて待つことしかできない。
『ごめん、急な仕事で15時くらいになるかも』
彼から連絡が来てから、もう随分と時間が経った。頭では仕方がないと分かっているはずなのに、虚しさと寂しさが一気に押し寄せる。
「夜にしか会えないなんて、まるで不倫カップルみたいじゃない…」
約束の時間から2時間が経った頃、私は鏡の中の自分に向かってそう呟くと、何かがプツリと切れたようにくるりと床に突っ伏した。セットした髪も、煌びやかに目元を飾るアイシャドウも、もうすっかりどうでもよくなってしまっていた。
心の中に広がっていく暗雲を晴らしたくて、私はギュッと目を閉じる。静まりかえった部屋のなかで、カチッ、カチッ__と、時計の音だけが鳴り響いていた。
♦︎
『いつもごめんな』
頬に流れた涙の跡をなぞりながら、眠っている彼女に向かってそう呟いた。時計はもう18時を示していた。見たことのないワンピースに身を包み、床に横たわる彼女の姿を見て、僕は罪悪感を拭い切れない。
いっそのこと駄々をこねて怒ってくれればいいのだが、目を覚ましたところで彼女は、僕を責めたてたりはしないだろう。
イルミネーション_
このまま彼女を抱きしめて眠ってしまいたい気持ちを抑え、携帯でライトアップのスポットを検索する。こんなことで彼女の気持ちを埋めることは出来ないのだろうけれど、不器用な僕はそんな風にしか、彼女に向き合う方法を知らなかった。
しばらく彼女の寝顔を眺めたあと、僕は彼女の鼻を指でキュッとつまんだ。彼女は少し苦しそうな表情を見せ、ビクッと身体を震わせながら目を覚ます。
「あれ…、私寝ちゃってたみたい。おかえり。」
『ごめんな、遅くなって。飯食って、イルミネーションでも見に行こう』
「…今、何時?」
僕の返事を待つ間もなく、彼女は壁の時計に目をやった。時計下のカーテンの向こうには既に暗闇が広がっていて、少し悲しそうな表情の彼女と目が合う。
『新しいワンピース買ったの?よく似合ってる』
彼女の表情に気が付かないふりをして、僕はワンピースに話を逸らし、彼女の頭をそっと撫でた。嬉しさと悲しさの入り混じったような笑みを浮かべる彼女を見て、僕の心はズキッと痛む。
__この埋め合わせは、クリスマスにきっと。
静かにひとり、心の中でそう誓う。
それから目の前の表情を隠すように、僕はただ彼女をギュッと抱き寄せた。
***
この作品は、こちらの企画に参加しています!
クリスマスということで、もっとロマンチックなお話にしたかったのに、なんだか切なさ漂う物語になってしまいました…!
でも、街中がここぞとばかりに『理想の恋人たち』を演出し始める冬の時期って、なんだかこんな複雑な気持ちも抱いてしまったりはしないでしょうか。理想通りじゃなくたって、それぞれの色んな「愛」の形があってもいいはず…!なんて。笑
PJさん、素敵な企画にお誘い頂きありがとうございました!
皆さんからの応援は、本の購入や企画の運営に充てさせてもらっています。いつも応援ありがとうございます!オススメの1冊があれば、ぜひ教えてください。