宇宙人の足音におびえた日
心霊番組が減ったよな。って悲しみに暮れている。
昔はめちゃめちゃあったろ。あったよな。
心霊写真だどうの、髪が伸びる人形がどうの、
その人形と寝てみただどうの、白いオーブが動画に写るだの、
お前の親父ガールズバーで土下座してただのどうの。な。
全部大好きだったけど、見ると必ず後悔するんだよな。
夜中トイレに行けなくなってよ。
なんなんだろうな。あれ。
あと、あれも好きだった。
2000年前後さ、多かっただろ。
宇宙人系のオカルトホラー番組。
いまの若い連中はしらねえかな?コレマジとか、USOとか。
あったんだよ。オカルト全盛期だったんじゃねえか?
ミステリーサークルとか、アブダクションで鼻にチップ埋め込まれた男の話とか、たくさんあったぜ。
宇宙人が来る時ってさ、周りの人間が全員気絶というか、
時間が止まったかのように反応しなくなるんだよな。
助けを求めても誰もこないんだ。
怖いぜ。超怖ぇ。でも大好きだった。
あまりに怖いもんだから、寝不足が続いててさ。
中2の時の進路相談の「将来への不安はありますか?」という紙のアンケートで「宇宙人が怖いです。進学とか考えてる場合じゃない。」とかマジで書いてたよ。
今思えば俺の中のチンパンジーが僅かに出てたよな。
脳内のチンパンジーに肉体を支配されていたと思う。
それくらい知能が低い行動だぜ。IQでいえば5。
その俺のとんちんかんな回答に対して、
先生からは赤ペンで人型宇宙人の「グレイ」の絵をいっぱい描かれて返されたな。
先生が「グレイ」の擬態なのかと思って恐怖したぜ。
それからさらに数日は寝不足が続いたよ。
てなわけで、心霊番組や宇宙人の番組のとりこになっちまって、
ビクビクしながら夜を過ごしている日々で、ある日事件が起きた。
俺んちはず~っと貧乏でさ。
当時、俺の部屋は共同でよ。
4畳半の部屋に二段ベッドがあって、下が5個うえの姉ちゃん。上が俺だ。
ちんちんいじるときとかよ、揺れが伝わるじゃねえかって、おそるおそるちんちんを触ってたぜ。
でも多分気づいてたと思う。
俺がちんちんいじってると姉ちゃんがたまに犬の真似してたから。
優しいな、姉ちゃん。今度顔見にいこうかな。
で、その姉ちゃんはなかなかにふくよかなわけ。
言葉を選ばずにいえば、まぁ豊満でビッグなわけ。
だからいびきがすげえんだ毎晩。気道が狭いんだろうな。
幽霊や宇宙人にビビる前に、
そのいびきへの怒りに震える毎日でもあったぜ。
それでいてかつ幽霊や宇宙人も怖い。
二重苦だぜ。苦しい。
そんなある日、姉ちゃんのいびきが聞こえない夜があったんだ。
蒸し暑い夜だった。
そんなこと、今まで絶対になかった。
洞窟の奥の怪物のようないびきがこだまする四畳半で、
俺は恐怖と騒音にただただ耐えるしかなかったんだ。
そんな姉ちゃんのいびきが、今日は聞こえない。
俺はびびったよ。
死んじまったか、気絶したか、どっちかだと思った。
すぐ姉ちゃんに声をかけたさ。
「ねえちゃん。ねえちゃん。起きてくれよ。頼むよ」
でもねえちゃんから返事はない。
俺が天井を見つめたまま姉ちゃんに声をかけていると
外から音が聞こえてきたんだ。
ジャッ、ジャッ
砂利を歩くような音だよ。
そんな音が何度も聞こえたんだ。
俺の家の周りを、何週もしているようだった。
ジャッ、ジャッ
おかしいよな。俺の家の周りに砂利なんてねえんだぜ。
まじな話。コンクリートとアスファルトしかないんだ。
奇妙だろ。
しかもそれだけじゃない。
俺の家のド正面は意地悪な大家の家でよ。
凶暴なダルメシアンが3匹もいたんだ。
俺は30を超えた今でもダルメシアンが苦手なんだ。
毎日玄関から出るだけで吠えられてたし、
なによりあいつら、チームワークで俺を殺そうとしてくるからな。
脱走した奴らに何度追いかけられたかわからん。
毎日学校から帰るときには、ダルメシアンたちが脱走してないか遠くから様子をうかがいながら帰ってたぜ。
だから俺はずっと犬、特にダルメシアンが苦手だった。
そうなんだよ。
もし、俺の家のまわりを誰かが歩いていると、するならばだぜ?
そんな凶暴なダルメシアンが吠えないのも、なかなかおかしいじゃねえか。
お前らもそう思うだろ。
だって玄関から俺が顔を出すだけで吠えちらかす犬が一匹ならまだしも三匹もいるんだ。そんな優秀な番犬が、深夜にうろついてる怪しい奴に吠えないわけがないだろうが。
姉ちゃんのけたたましいいびきが聞こえず、
外からは存在しないはずの砂利の音が聞こえ、
かつ、あのダルメシアンたちが吠えない。
怖いぜ。怖すぎるぜ。何かが起きているぜ。
いつもとは何かが違うんだ。間違いねぇ。
俺は頭をぶん回したよ。
結論はこうだ。
宇宙人だ。それしかねぇ。
俺が進路相談をした先生がガチモンの人型宇宙人のグレイで、
宇宙人の存在に気づきかけている俺にチップを埋めに来たんだ。
どう考えたってそうなんだ。
宇宙人がなんらかのハイテク機械を使って、
俺の姉ちゃんの時間を止めたんだ。
だから姉ちゃんのいびきが止まった。
もはや辻褄しかあわねぇぜ。
砂利の音は、多分なんかそういう足なんだろう。かわいそうに。
とにかく辻褄しかあわなかった。
俺は悲鳴を上げそうになったが、こらえた。
布団にくるまって、宇宙人が接近したときに、不意打ちのパンチを食らわせてやるために。
俺だって血気盛んな中学生だ。
当時まだ始まったばかりのホーリーランドだって読んでた。
暗闇でシャドーボクシング、めちゃしてたぜ。
俺は待った。
奴らの足音が枕元で止まるまで。
この拳を叩き込める、「インファイト」の領域に奴らが入ってくるまで。
ジャッ ジャッ
だんだん音が大きくなる。
ジャッ ジャッ
口からもう何もかもが飛び出そうになるほど、俺はビビっていた。
ジャッ!! ジャッ!!
音が近い!
いまだ!今しかない!戦え!!
俺ならできる!!できる!!!びびるな!!!やれ!!!
拳を叩き込め!!!!!いける!!!お前ならできる!!!!
がんばれ!!!びびるな!!!!戦え!!!!!!!!!!!
俺は雄たけびを上げながら布団から飛び出して、拳を構えた。
しかし、そこには誰もいなかった。
おかしい、砂利を歩くような音は、依然近くで鳴り響いている。
俺は姉ちゃんの様子を見ようと、姉ちゃんの布団を覗き込んだ。
ジャッ ジャッ!!!!
ジャッ ジャッ!!!!
ジャッ ジャッ!!!!
姉ちゃんがその電柱みたいな太いふとももを
デカいストロークで搔きむしっていた。
すげえな。
人間の太ももからこんな音がでるんだな。
ワンストロークが長ぇんだよな。
楽器みてぇだな。
パーカッションの類だよな。
ラテンの血でも流れてんのかな、ってくらいリズミカルだった。
俺の戦いは終わった。
胸をなでおろしたよ。よかった。
宇宙人なんていなかったんだ。
それ以来、暑い夜になると俺は今でもあの夜を思い出すんだ。
夏の暑さにから逃れるようにぶっとい太ももを放り出して、
どうしたの?っていうくらい長いストロークでふとももを搔いていた、
あの姉ちゃんの指の動きを。
今ではそんな姉ちゃんも
結婚して家も建てて、幸せに暮らしているみたいだけど、
その家の周りでは、また蒸し暑い夜には聞こえてくるのだろう。
宇宙人の足音が。
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