CO2の行方だけでなく一貫性の行方もわからなくなっている件

続報が出たので

Yahooの記事を読んで,「CO2はどこへ行っているのか」https://note.com/apj/n/n0ebd82691986というのをここに書いていたら,4月9日に続報が出た。

 もう村木さんはホリプロの人だとわかっているし,記事媒体はエンタメニュースだし,タレントのプロデュースの記事だと思って読み始めたのだが,それでもいろいろと引っかかった。参考までに,4月1日に出た前回の記事もリンクしておく。

設定違ってきてませんか

 4月1日の記事では,

辞める一番の理由は、温暖化を止める研究に専念するためです。現在、一般社団法人 炭素回収技術研究機構(CRRA)の代表理事・機構長を務めていますが、大学の研究室が忙しく、真夜中にしかCRRAの仕事ができなかった。

https://encount.press/archives/437578/

とあるので,東大中退してさぞ忙しく温暖化を止める研究に専念しているのかと思いきや,4月9日の記事では,

月曜&木曜で研究して、火曜&水曜はパイロットの訓練を受け、金曜はメディア対応や講演会を行って、日曜は海で研究船の操縦教官をしています。土曜は休日ですかね。

https://encount.press/archives/439881/

 と,研究は週2日しかしていない。

温暖化のタイムリミットまで、あと7年くらいしかありません。大学の研究室は週6がマストで、全く会社での研究時間が取れなかった。半年間も自分の研究所での研究を停滞させてしまったら、温暖化を止めることはできません。

https://encount.press/archives/437578/

と言ってる割には,インタビューへの回答という自己申告に基づくと,ろくに研究はしていない。「あと7年」が環境の研究者の間で全く定説になっていないとしても,少なくとも村木さん本人がその危機感を持っているなら,研究が週2日というのはあり得ないだろう。土日返上平日も深夜まで研究に専念してます,とかならまあ一貫性はあると言えるが,週2日である。温暖化ってそんなにチョロい話だっけ?これでは地球温暖化が重大な問題だと考えて行動しているように全く見えないどころか,温暖化は村木さんにとってたいした問題ではないというメッセージを送る結果になっている。

これまでも色んなことを言われてきました。でも、これは趣味でやっていることなんです。人の趣味にケチをつける権利は誰にもないと思っています。二酸化炭素がかわいくてしょうがなくて、熱狂的に13年間研究してきた。趣味で遊んでいたら、地球を冷やしちゃいました、というノリなんです

https://encount.press/archives/439881/

 東大やめて好きなことに時間を使えるようになったのに研究やってるのが週2日だけ,となると,「熱狂的に13年研究」とのギャップがありすぎる。
 なお,うっかり信じそうな人向けの注意としては,村木さんがやってることはアルカリ性の水溶液にCO2を溶かして吸収させているだけで,その後の処理が現状では何も出てきていない。そもそも「ひやっしー」自体,溶液に溶かしたCO2を回収する機構を備えていないので,ほぼほぼ意味がないどころか,余計な装置を作ったために発生させなくていいCO2を発生させる結果になっている。今の状態なら,一般消費者は手出ししない方が良い。

4月からは、様々な医療行為や医療機械を用いた検査もできる国家資格・臨床検査技師の資格を取るために、夜間の学校に3年間通う予定。さらに、公衆衛生学、原子炉の運転技術、サイバー防衛などを学ぶため、9年間、大学院などに通うつもりだという。博士論文も自身の研究所で執筆し、論文博士などの制度を利用する予定だそうだ。

https://encount.press/archives/439881/

 臨床検査技師の専門学校の夜間に3年間通うとしても,それだけで試験に受かるわけではない。受験勉強は必要になる。温暖化対策のタイムリミットは7年後だという話はどこへ行ったのか。研究に関係のないことに時間を費やすようでは,焦ってるようにも慌ててるようにも全く見えないのだが。
 公衆衛生は,医師免許が必要でない範囲なら保健衛生学部的なところで学ぶことはできる。しかし原子炉の運転技術を教えている大学院はほとんど無いだろう。さらに,4月1日のインタビューで「化学の勉強をしたくて入ったのですが、授業は数学や物理ばかり。最初の2年間はウズウズしていた期間でした」と述べているが,原子炉の運転技術に必要な予備知識はむしろ数学や物理ばっかりなのだが,それで良いのだろうか。数学と物理の必要度は東大化学の比ではないのだが。なお原子炉の運転は座学だけでは資格は取れず,実務経験が必須である。
 サイバー防衛に至っては,当の東大が,「学部横断型教育プログラム サイバーセキュリティ教育プログラム」https://si.u-tokyo.ac.jp/cybersecurity/ を作っている。むしろ留年して在籍期間を延ばしながらこれを受講すれば余分な費用も手間もかからなかったはずである。
 なお,夜間とはいえ,今から3年間臨床検査技師の学校に行き,その後大学院で9年間,温暖化防止ともCO2とも関係ないことをやっていたら,タイムリミットの7年は簡単に超過するわけで,記事を読めば読むほど,最初に言ってた事は一体何だったの?っていう疑問が出てくる。
 その上,中退したことで会社の業績がよくなったという内容の記事が1日に出たのに,9日の記事では経営として何をやってるのかがさっぱり見えず,会社がどうやって業績を上げているのか,もっとわかりやすくいうと何で収入を得ているのかがさっぱりわからない。何で稼いでいるかというビジネスモデルが見えないのにオフィスだけ妙にきれいで出てくる人物が意識高い感じ,となると,普通は,これは何だか怪しいという評価になる。そう受け取られない演出が大事なはずだが,記事の書き方のせいでむしろ疑いを呼び込んでいるように見える。

もうちょっとプロデュースの内容を考えた方が

 ということで,私は直近の記事2つだけしか読んでないが,記事が増えると,噂だけで研究の実態が伴っていないというのがどんどんつまびらかになっているようにしか見えない。記事の内容が,あれをしたい,これをやる予定,ばっかりで,これができた,というのが何も無いので,話題にしようがない。
 「科学界の異端児」と言われても,そもそも科学界にいないやんけ(それ以前に科学界に入ってすらこなかっただろ),としか言いようがない。
 趣味でどういう研究をしようがそりゃ自由だし,ホリプロの金でやるなら好きにすればいい。ただし,回収機構や再利用のシステムを準備せずに「ひやっしー」を,一般消費者に向かって,CO2を減らせるとか温暖化を止めるのに貢献できると称して売れば優良誤認表示になりかねない。また,研究ガチ勢が申請する補助金(という名の税金)を狙いに来たり,そういった行政の事業に関わろうとするなら,内容が無いものに税金投入ということでツッコミを入れるしかなくなる。消費者被害も出さず,研究ガチ勢のところにも近づいてこないでやっている限り,特に問題は生じないので,まあ夢を持たせる活動をしていただければ良いのではないかと思う。
 もちろん,村木さんはまだ若いので,これから研究成果をきちんと出した後でガチ勢に加わるという道も(だいぶ狭くなったとはいえ)残ってはいる。
 あれをしたいとかこれをやる予定である,というワナビーな記事はこれ以上出さない方が良いのではないか。1日の記事では,温暖化を止めるぞCO2を何とかするぞ,だったのに,9日の記事では「死ぬまでに、どれだけ人生を楽しんで、冒険したかが大事なんです」と,目的が自己満足にすり替わっている。短期間で目標や演出したい設定がブレまくり,言っていることとやっていることが整合しないのでは,信用できないとかうさんくさいというイメージの方が強くなってしまって,宣伝にはマイナスだろう。文化人枠のタレントとして売り出すのに,自分から怪しくしてどうするんだ。少年ジャンプで打ち切られた漫画のラストみたいな記事をいくら積み重ねても意味がない。
 今のようにネットが無くて,研究内容や特許を調べることも気軽にできなかった昭和の時代なら,芸能ニュース方面で子どもの頃から研究熱心というイメージを確立させてタレントとして売り出すというのも割と簡単にできたかもしれない。が,今は,研究の中身やアウトプットを研究ガチ勢が直接チェックするし,特許も誰でも読める時代である。内容がどんなものであるかは割と早くわかってしまう。プロデュースの仕方をもう少し考えて,内容に一貫性を持たせた方が良いのではなかろうか。

若き天才化学者設定はあまりいい材料ではない

 記事を見ている限り,子どもの頃から科学賞に入賞し研究者を志しプレゼン主体の推薦入試でも東大に入るが温暖化対策と自分の事業を優先して中退した,というストーリーを描きたがっているように見える。これらの材料は,プロモーションという観点からみて,いい材料とは言い難い。
 もし,子どもの頃から研究熱心で化学者を志してと東大に行ったが温暖化対策が急務であり事業が忙しくて中退した,というストーリーが,タレントとしてのプロモーションのために作られたものであった場合,作られたものだと受け取られた瞬間,そのストーリーでイメージしようとした若くて才能のある化学者像は成り立たなくなる。それでも,本人が納得の上最初からその方向で演出してきたのであれば,まあ仕方ないだろう。
 もし,子どもの頃から化学者を志していことが本心だった場合はもっとエグいことになる。この場合は,純粋に化学者を目指していたはずなのに(経緯と理由は不明だがホリプロ所属のタレントルートにのってしまい)あてがわれたのは本物の化学者になることではなく天才化学者らしく振る舞えという役だった,という,何とも救いのない話になってしまうからだ。このストーリーを読み取れる状況を作ってしまったことは,プロモーションという観点からみると大きなマイナス要因である。この受け取られ方を防ぐには,東大を中退せず,留年しても卒業し,そのまま大学院に進むしかなかったのだが,そう助言する人はどうやら周りにはいなかったらしい。アインシュタインにしても田中耕一氏にしても,ノーベル賞受賞者が落第や留年の実績を作ってきた歴史があるのだから,大学を4年で卒業できなくても無問題だったはずである。

若い頃の活動が後に結びつくか?

 小中高あたりの探求活動が後の成果につながるか,というとなんとも言えない。上手くいっている方の例としては,次の記事が参考になるだろう。

 高校のSSHでの研究をきっかけに,研究に興味を持って,進学して知識と経験を積み上げて研究者への道を歩んでいる例である。
 私が小中高の生徒だった頃は,SSHや探求活動は存在しなかった。それでも,夏休みの自由研究は毎年あったし,そこで表彰されたり,市内だけではなく県の発表会だかに出すことになって特別に指導されていた人もいた。私は勤勉ではなくズボラだったので自由研究はどちらかというと嫌いだし熱心にやった記憶もない。ただ,蓋をあけてみると私は学位をとって研究者になり,かつてクラスで自由研究を評価されていた人達は研究者にはなっていない。
 SSHの活動がきっかけで研究に目覚める人がいるならそれは良いことだし,かといってSSHなどの活動がイマイチでも早々と諦める必要は全くなく,大学に入ってから興味が持てたら大学院に行けば良い。
 子どもの頃〜高校までの活動が将来の研究に結びつくか,あるいは何かのきっかけになるかどうかは人による,としか言いようがない。

人物なんか見ない

 再び記事に戻る。村木さんの宣伝記事は中村智弘氏の署名記事である。内容があちこちで矛盾しているのだが,中村氏が矛盾を認識した上でこの記事を書いているのか,何かの事情でこの内容にしなければならなかっったのかはよくわからない。
 違和感の原因は,科学者についての記事であれば,真っ先に知りたいのは自然科学としてどんな成果を上げたか,ということなのに,中村氏が,成果の部分はスルーして村木さんの人物ばかり描写しようとしていることにある。
 科学者や(技術者もだけど)の場合は,成果さえ役に立つものなら,本人の人格が多少おかしかろうが社会性がなかろうが大抵の人にとっては大して重要ではない。ここでいう大抵の人,とは,本人と直接関わる機会が無いが直接間接に成果の恩恵をうける多くの人,のことである。本人と直接関わる羽目になった人にとってはたまったものではなかったとしても。
 中村氏が書いた記事を読むのは「大抵の人」の方なので,まずはどんな成果がどう役立ちそうなのかを書かないと意味がないところ,村木さんの人物像ばかり情報提供して肝心の成果については情報を出してくれない,というのが中村氏の記事である。このため,記事を読んでも知りたい情報だけが抜けているということになってしまっている。

「若き天才」と「化学者」は相性の悪い組み合わせ

 さて,今の日本で「若き天才」の筆頭は誰だろうと考えたら,科学者ではないが,将棋の藤井聡太6冠が思い浮かんだ。藤井6冠と同じようなパターンで成功しそうな理工系の分野があるとしたら,数学とコンピュータソフトウェアの世界だろう。理論物理もぎりぎり何とかなるかもしれないがやや厳しい。
 どんな分野でも,正しいアウトプットにたどり着くまでにそれなりの回数の試行が必要になる。将棋や数学のように論理だけで世界が閉じているものは,単位時間あたりの試行回数を決めるのは本人の頭の性能のみである。
 プログラマーの生産性の議論をするのに,適性のある人は無い人に比べて100倍とか1000倍の生産性だといった話がしばしばでてくる。思考力の性能の違いがダイレクトに効いてくるからこういう話になるのだろう。
 これが,化学になると(生物学でも物理学でもその他の工学の多くの分野でも同様だが),実験して結果を確認してフィードバックするというプロセスが必要になる。実験は,現実の世界で実際にものを集めたり動かしたりするので,時間短縮するとしても限度がある。ある化学反応を試すとして,天才が実験すると凡人が必要とする時間の10分の1や100分の1で終わるというわけにはいかないのである。反応速度は工夫では速まらないし器具の操作だって多少手早くできても桁違いに早くすることはできない。作業の部分に一定の時間をとられると,回数をこなすには長期間続けるしかなく,若いうちに十分な回数試行するのは無理である。
 頭の中の論理的思考力だけの勝負で決まる世界であれば,頭の性能次第でいくらでも試行回数を高密度化できるので,「若き天才」が出てくる余地がある。実験や製作を伴う分野は試行時間の圧縮が効かないので,「若き天才」が出現するのはほとんど不可能だろう。この意味で,「若き天才」と「化学者」の組み合わせでプロデュースすることは,最初から無理がある。誰の発案でプロデュースしているかは知らないが,10代から売り出したいのであれば,次からは,頭の中の試行だけでどうにかなる分野を選んだ方が良いのではないか。

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