APD当事者の就労について 働きやすくなるためのライフハック

はじめに

APD当事者会APSを立ち上げて2年が経過しました。これまで交流会などを開催し、当事者の困りごとや対処法などの意見を多数いただいています。いただいた意見をみなさんと共有できればと思い、今回はAPD当事者が働く上での困りごとや働きやすくなるためのライフハックについてまとめました。APDの概要や専門家視点でのAPDへの支援についても紹介します。

※このnoteは新しい情報が入りましたら随時更新していきます。他にも働く上での苦労や働きやすくなるためのライフハックなどありましたら教えていただきたいです。

APD(聴覚情報処理障害)とは?

聴覚情報処理障害(Auditory Processing Disorder )は、純音聴力検査など通常の聴覚検査では異常が見られないにも関わらず、日常生活における聞きとり困難を有する障害とされている。

現在のところAPD疑いの人たちの多くは、さまざまな背景要因に起因する症状(状態)を有する人たちであり、医学的原因が特定できるような診断名あるいは単一の障害として扱うことはできないと考える。

APDはICD-10(WHOが作成する疾患の分類)に規定されている。
APDの定義についてはアメリカ、イギリス、ドイツなどで定義付けされているが統一されてものはない。
APDは研究途上の症状であり、今後の研究過程で変化していくことも考えられる。

APD疑いにみられる症状

・聞き返しや聞き誤りが多い
・雑音など聴取環境が悪い状況下での聞き取りが難しい
・口頭で言われたことは忘れてしまったり、理解しにくい
・早口や小さな声は聞きとりにくい
・長い話になると注意して聴き続けるのが難しい
・視覚情報に比べて聴覚情報での聴取や理解が困難である

APDの背景要因

・発達障害(ASD、ADHD)
・精神障害(うつ病、統合失調症、睡眠障害)
・心理的問題
・言語環境(バイリンガル環境におけるダブルリミテッド)
・片側脳損傷
・認知的偏り(注意やワーキングメモリの弱さ)
・原因不明

背景要因に加えて、性格特性(気を遣い過ぎる、ストレスを溜めやすい)や聴取環境(雑音が多い、話し手が早口あるいは小声)によりAPD症状(聞き取り困難)が起こる。

APD当事者が働く上での苦労

APD当事者が働く上での苦労について、当事者からの意見や書籍を参考に紹介します。

・どのように上司やまわりに配慮をお願いするか
聞き取り困難があることでコミュニケーションのミスなどが生じてしまうので、まわりに配慮をお願いしようとするもどのような伝え方がいいのか悩んでいる人が多いです。

・聞き取れなかったときの対応
相手の話が聞き取れなかった際にどのように聞き返した方が良いのかみなさん悩まれています。これまで何度も聞き返すことで相手を不快にさせてしまった経験もある方がたくさんいます。

・電話の声が聞きとりにくい
電話の声が聞きとりにくく、何度も聞き返してしまうため電話対応に苦手意識を持っている方が多いです。インカムを通しての声も聞きとりづらさがあり、仕事のしにくさを訴える方もいました。

・自分の症状をどのように理解してもらうか
APDは認知度が低くまだ多くの人に知られていないため、どのように自分の症状を説明して理解してもらうか悩んでいる方がいます。

・雑音のある環境では注文や指示が聞き取れない
居酒屋など、雑音のある環境ではお客さんの注文が聞き取れないことがあります。「スシ」が「ツチ」、「ブリ」が「ウニ」、「100個」が「8個」に聞こえたりと注文のミスにつながります。コンビニでは、たばこの銘柄やホットスナックの注文が聞き取れず、怒られてしまうこともあるようです。工場では機械音で指示が聞き取れなくなることがあります。

・長い話が頭に残らない
相手の話が長い場合、ワーキングメモリの低さの関係もあり相手がなにを言いたいのかわからなくなることがあります。

・口頭での指示を忘れやすい
口頭での情報は忘れやすい傾向にあり、上司からの指示など言われたことをすぐに忘れてしまいトラブルになることがあります。

・電話をしながらメモを取れない
電話の内容を忘れてしまいやすいことからメモを取るなどの工夫しますが、話を聞きながらメモをするというマルチタスクが苦手な方がいます。

・会議の話についていけない
1対1での会話は問題がなくても、複数人での会話となると話についていけず、話している内容がわからなくなる傾向があります。

・緊張すると相手の話が頭に入ってこない
緊張する相手や緊張する場で話を聞く際に頭が真っ白になり、相手の話が入ってこないことがあります。

働きやすくなるためのライフハック

・どのように上司やまわりに配慮をお願いするか
医師や専門家に診断書を書いてもらい提示する、自分の取扱説明書のようなものを作り提示する、困っていること・APDのことだけを伝えるのではなく具体的に配慮してもらいたいことを伝える、配慮してもらいたいことだけではなくできること・支障のないことも併せて説明する、補聴器を付けることで聞こえない人として認識してもらい配慮してもらえることもある

・聞き取れなかったときの対応
「え?」「は?」ではなく丁寧な言葉遣いで聞き返す、「あいうえおのあですね?」のように聞き返す、聞こえた部分を復唱してみる、最後に聞き取れなかった箇所を確認する、ゆっくり大きな声で話してもらうようお願いする、聞き取りにくさがあることを伝えて聞き返す、後でメールやLINEで話の内容を送ってもらうよう依頼する、筆談をお願いする、聞き返すことに罪悪感を感じないようにする、相手の話し方が悪いと考える

・電話の声が聞きとりにくい
片方の耳をふさぎながら電話する、目を閉じて電話する、雑音のある場所から離れて電話をする、電話の内容を録音する、電話の声を文字化する、電波が悪いので聞き取れないと伝える、電話に出ない、電話が鳴ったら忙しいふりをしてまわりの人に電話に出てもらう、電話対応の免除を上司にお願いする、電話から遠い位置に座り電話対応しないようにする、会社名が聞き取れなかったときは電話番号を検索して調べる、相手の名前を聞き取れなかったときは「どのような漢字なのか教えてもらいますか?」「フルネームを教えてもらって良いですか?」と確認する

・自分の症状をどのように理解してもらうか
自分の症状を記載したリーフレットや名刺を作成し読んでもらう、APDの記事・書籍を読んでもらう、APDの症状を体験できる動画を見てもらう

↑APDの聞こえ方を体験できます(人によって症状はそれぞれ)

・雑音のある環境では注文や指示が聞き取れない
「○○でよろしかったでしょうか?」と確認する、しっかり向き合って話すよう意識する、筆談をお願いする、指でメニューを指してもらう、耳に手を当てて聞きとりやすいようにする、テキストでの指示をお願いする、視覚でわかるように指示をお願いする、聞き取りにくさがあることを相手に知ってもらえるようなマークを付ける、ノイズキャンセリングイヤホンを使用する

・長い話が頭に残らない
「要するに○○ということで大丈夫ですか?」と確認する、簡潔に伝えてほしいと伝える、自分以外の人も理解していないと考える

・口頭での指示を忘れやすい
まわりに聞きやすい人や質問のしやすい人を作っておく、メモを取る、メモを常に持ち歩く、指示はメールかチャットでしてもらうようにする、指示を忘れてしまいやすいので何度か確認してしまうことを伝えておく

・電話をしながらメモを取れない
相手の話を復唱して確認しながらメモする、電話内容を録音する、自分なりの記号を作ってメモを簡略化する、必要最低限なことのみメモする、キーワードを復唱してまわりの人にメモをお願いする、メモの取り方をマインドマップにする

・会議の話についていけない
ボイスレコーダーで録音する、会議後に議事録を確認する、リアルタイム字幕アプリ「Live Transcribe」を使用する、トークを使用して文字化する、ZOOM会議では画面共有をして議事録を見ながら会議を進める、聞きやすい人から会議の内容を後で確認する、事前に議題を整理してもらう、資料を作ってもらう

・緊張すると相手の話が頭に入ってこない
ゆっくり深呼吸をする、相手に緊張していることを伝えてみる、メールやチャットでのやり取りをお願いする

・電話対応での困りごと
当事者会のイベントで、電話対応での困りごとや苦労はよく出る話題でしたので、電話対応をテーマにライフハック研究会というイベントを開催しました。電話対応での困りごととライフハックをレポートにまとめているので、ご覧ください。

・トレーニング

「Auditory Booster」、YouTubeを2倍速で視聴する、耳トレ、脳トレ、ワーキングメモリを鍛えるアプリ「DNB」、みみなぞ

※APDに対して効果が証明されているトレーニングではありません

・セラピー

・薬物治療
ストラテラの服用でAPD症状が緩和したとの当事者からの意見もあります

※背景に発達障害のある方の事例と思われます

・APDの書籍を読む
APDについての知識を得るとともに他の方の事例から働きやすくなるためのヒントを得られます

・ツール
筆談をお願いするときに使える電子メモパッド

「いつでも/どこでも、書ける/思い出せる」をコンセプトにした、 腕に巻いて使用できるメモ「ウェアラブルメモ」

・ピアサポート
APD症状のある当事者とつながることでためになる情報やライフハックなどを共有できます

働きやすい職場・働きにくい職場

APD当事者にとって、働きやすい、働きにくい職場について紹介します。当事者の中でもそれぞれ聞きとりの特性がありので、APD当事者全般に当てはまるわけではありません。

働きやすい職場

・静かな職場
雑音下での聞き取りが苦手なため、静かな職場が向いていると言えます。

・一人作業が中心の仕事
コミュニケーションの機会が少ない一人作業の仕事が向いています。

・テキストベースでコミュニケーションを取る職場
聴覚情報より視覚情報での理解が良いのでメールやチャットでやり取りする職場を勧めます。飲食店は口頭での注文ではなく、券売機やタブレットでの注文を取る職場の方が向いています。

・少人数の職場
複数人での会話は苦手な傾向がありますが、静かな場所や個室での1対1のコミュニケーションは支障が少ないです。

・マニュアルが整備されている職場
新しく仕事を覚える際は口頭での指示より、マニュアルが整備されていて文章化してある方が理解が良いです。作業の手順が写真や図で説明されているとさらにわかりやすいです。

・APDに理解のある職場
APD症状があっても上司や同僚の理解があり、働きやすい環境を整えてもらうことで本来の能力が発揮できる場になると考えます。

働きにくい職場

・電話対応の多い職場
電話対応が苦手な方が多いことから電話対応の多い職場は向いていないでしょう。環境が整っているコールセンターでは働きやすい場合もあります。

・にぎやかな職場
機械の音が大きい工場やにぎやかな居酒屋などは、相手の声が聞きとりづらいです。

・コミュニケーションの多い職場
複数人での会議などは話についていけないことや長い話を聞くのが苦手な傾向にあります。

・APDに理解のない職場
APD症状があることを伝えても「やる気がないだけ」などの言葉を返され、取り合ってもらうのが難しい職場は働きにくいでしょう。

APD当事者への支援

専門家からの視点でのAPD当事者への支援について紹介します。

・環境調整
周りの方に理解してもらう、雑音を少なくしてもらう、はっきり話してもらったり繰り返してもらう、視覚的な情報をできるだけ併用してもらう

これらは聴覚障害への対応と同様。聴覚障害に対する支援の方法を参考にしてみる。

・補聴手段の利用
Roger focus(Pnonak社製)
送信機(マイク)をつけた人の声を装用した受信機から聴取する。

補聴器を使用することでよく聞こえるようになり、周りに配慮してもらいやすくなるケースもある。反対に補聴器を使っても聞こえるようにならないことも。

・聴覚トレーニング
ラジオの音声、朗読CDを聞き取る、音楽を聴く際に歌詞を追従する、静かな場所での1対1の会話→静かな場所での複数人との会話・・・→耳で聞き、理解する力を伸ばし「聞く自信」をつける

・その他の補聴手段の活用
音声→文字に変換(視覚化)する、UDトークの活用、ノイズキャンセリング、注意を喚起するためのトレーニング

・カウンセリング
カウンセリングを併用した方が良い場合もある
気付きにくいストレスや不安が隠れている場合、親子間の問題、夫婦間の問題、友人や同僚との間の問題、相談できる人がいない場合や周りとの関係が良好でない場合には心理的なサポートが必要

関連リンク

引用・参考文献

・小渕千絵・原島恒夫 (2016) きこえているのにわからないAPD[聴覚情報処理障害]の理解と支援.学苑社.

・大沼直紀 (2017) 教育オーディオロジーハンドブック.ジアース教育新社.

・平野浩二 (2019) 聞こえているのに聞き取れない APD[聴覚情報処理障害]がラクになる本.あさ出版.

・小渕千絵 (2020) 聞こえているのに聞き取れない聴覚情報処理障害[APD]の考え方と支援.九大言総研社会連携特別セミナー配布資料(2020年2月24日.九州大学大学院人文科学研究院附属言語運用総合研究センター主催)

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