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ネタバレ 映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン」

「ティアーズ・オブ・ザ・サン」
2003年作品
中間管理職
2003/10/29 18:01 by 未登録ユーザ さくらんぼ

( 引用している他の作品も含め、私のレビューはすべて「ネタバレ」のつもりでお読みください。 )

朝刊を広げて何の映画を観に行こうかと考えた。あまり静かでシリアスなのは今の気分ではない。斬新なのは外れたら困る。では熱血戦争アクションなんて良いと思うのだけれど映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン」はどうも評判が今ひとつ・・・。

しかし、なぜかその映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン」に魅かれるものを感じ、映画館へ走ったのだった。

結論から言うと面白かった。久しぶりに感情移入できてハラハラどきどき、戦争映画の面白さを存分に味わえた。敵は悪人に設定されているし、ブルースは文句なしに頼もしい。女性も登場するし、葛藤もある。映画は、しり上がりに盛り上がり、ラストまで期待を裏切らなかった。

この映画はどこか「踊る・・・」を思い出す。司令部は会議室で決定した命令を規則どおりに守らせようとする。しかし戦争は会議室で起こっているのではない。そして現場は生き物だ。その状況に応じて、ときに変幻自在の対応が迫られる。中間管理職であるブルースの苦悩と悲哀は世のサラリーマンにも理解できるものがあるかもしれない。一方、空母の騒音の中、携帯電話を聞きづらそうにして使っている上司。あの騒音は現場との壁を表現していたと思う。

そして現場。教会へ女医を救出に来たら、喜ぶどころか手術中で邪魔者扱いされた。女医が手術していたのは黒人である。司令部の命令か、現場の事情か、この設定は象徴的である。そして黒人の命も同様に重いという事もここから描かれている。また、この映画では救出する現地の黒人も、その他大勢としてだけでなく、セリフや感情もある一人の人間として描いていた。

一度は黒人たちを捨てて飛び立ったヘリコプターの中の無言の饒舌。その空気は観客をも巻き込む。長く重い苦悩の描写だった。そのこらえ方に感心する。そして、とうとうブルースは黒人達の命を、命令違反をしてでも救う決心をする。

「それでも私は、あなたたちを守りたかった-。」とはポスターのキャッチコピーだが、あの瞬間ブルースもそう思ったはずだ。兵士としてではなく人間として戦う決心をしたことで、この戦いが普遍的なものとなった。

追記 ( 人生に必要なことは「なめ猫」に教わった!? ) 
2014/5/20 14:10 by さくらんぼ

もし、この映画みたいに、自衛隊がジャングルの奥地で医療活動をしていた日本人を救出するとしたら、それは個別的自衛権なのだろうか、その時、ついでに現地の黒人たちが救出を求めてきたら、どうするのだろう。もし助けたら集団的自衛権になるのだろうか。その時、本国の許可がすぐに下りなかったら助けないのだろうか。よくわからない。

そう言えば、先日、米カリフォルニア州で、子供に噛みついた犬を、子供の飼い猫であるタラちゃんが、特攻隊ばりの体当たり攻撃で、追い払った様子がYouTubeに公開されていた。あっぱれなタラちゃんであった。

でも、猫が人間を守ったのは個別的自衛権なのだろうか、それとも集団的自衛権なのだろうか。もし、集団的自衛権だったとしたら、それをしない国は、猫にも劣る国になるのだろうか。やっぱり、難しすぎて、よくわからない。

追記Ⅱ ( COMING SOON!? ) 
2014/9/24 7:03 by さくらんぼ

映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン 」の様な映画が、日本でも自衛隊を主役にして作れないものか、などと夢想していました。

「集団的自衛権」うんぬん、の現代ですから、そう遠くない将来には作られるのかもしれませんね。

そんな折、新聞を見て驚きました。

月村了衛 氏の新作に、小説「土漠の花」という、自衛隊が主役になる戦記ものができたのです。

まだ、読んでもおらず、新聞広告の知識しかありませんので、ひょっとしたら、ぜんぜん予想と違う感じのストーリーかもしれませんが、少し期待してます。

映画化されそうな予感もします。そのときは観に行きたいと思います。

さらに余談ですが、

中日新聞によると「エボラ熱で日本に緊急医療隊要請 リベリア大統領が首相に書簡」(中日新聞Web2014年9月23日)などもあったようです。

ウイルス弾は、銃弾とは違った意味で怖いですね。小説でもありませんし。

くわしくはネットでググッてみてください。

追記Ⅲ ( 線香を吹き消したHERO ) 
2014/9/28 22:03 by さくらんぼ

>「それでも私は、あなたたちを守りたかった-。」とはポスターのキャッチコピーだが、あの瞬間ブルースもそう思ったはずだ。兵士としてではなく人間として戦う決心をしたことで、この戦いが普遍的なものとなった。

人気TVドラマ「HERO」最終回の、墓参りをするシーンで、キムタクが線香を息で吹き消すシーンがあり、キムタクは非常識だとか、制作者も常識を知らないのか、などと投書があったようです。(こちらは映画版「HERO」

私も「HERO」は好きなので、いつも録画していました。

やっと本日鑑賞しましたら、後半になると、いきなり問題のシーンが出てきました。

結論から言うと、あれは「意図的な演出」だと理解します。

①そのシーンがアップになったり、②二度も出てきたり、③近づく人と反対方向へ息を吐いたり(人に息を吹きかけるのは失礼になる)、その三段攻撃に、映像言語上の、意図的なにおいがしたからです。

では、なぜ、そんな意図的なシーンを挿入したのかと言えば、

キムタクが裁判で言っていましたが「人としてどうなのよ」と言うセリフがキーのようです。

無実の人を有罪にすることは、古今東西「人としてどうなのよ」とキッパリ断罪することができます。これは文字通り、教養とは無関係です。

でも、線香を息で吹き消してはならない、という事例は、人としてではなく、教養の話です。

つまり、違う教養の世界で生きていれば、非常識ではなくなる可能性があります。

これは、ドラマの重要ワードである「人としてどうなのよ」を浮き上がらせるための意図的な演出なのでしょう。

また、中卒検事のアイデンティティーを誇張した表現でもあるのでしょう。彼は優秀な検事ですが、いわゆる一般教養には抜けているところがある。だからこそ、大卒検事の常識にとらわれない仕事ができる。コインの裏表。

ただ、このドラマを学校の教材として、使うのであれば、演出として良くありませんでした。生徒は誤解します。きちんと先生が、正解を説明しておく必要があるでしょう。お線香の常識を。

また「ひととしてどうなのよ」は、映画「ティアーズ・オブ・ザ・サン」の魂とも相通じることでもあると思い、ここに書きました。

追記Ⅳ ( 映画「アイアムアヒーロー」 ) 
2016/5/9 6:42 by さくらんぼ

>月村了衛 氏の新作に、小説「土漠の花」という、自衛隊が主役になる戦記ものができたのです。

そして映画化されないかと、追記Ⅱにそんな話を書きました。

でも気がつけば、違う作品ではありますが映画「アイアムアヒーロー」が、暗に「集団的自衛権」を描いた衝撃のバトル作品として登場していたようです。


(  最後までお読みいただき、ありがとうございました。

更新されたときは「今週までのパレット」でお知らせします。)


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