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搾られた時間の果汁が まぶしさのなかで ちいさく悲鳴をあげる

青山勇樹 新抒情派詩集 3 (2020年 2月〜2022年)

愛の礫stillalive Jul. 2023

❁⃘  101 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ 音楽だけで語りあえたら どれほど優しさで満ちるだろう きっとどんないさかいも 怒りも憎しみも嫉妬さえ 和音のなかに溶けあっていく あなたの胸に耳をあてると 思わず涙ぐんでしまうほど 強くたしかな音楽が聞こえる ❁⃘  102 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ これまでたくさんの線を引き 賢くなったつもりでいたけれど こちらとあちらとを分けるとき どんな嫉妬も侮蔑もないだろうか 縦にも横にもひとびとの間にも 引かれたおびただしい線から いったいなにが

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愛の礫stillalive

❁⃘  91 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ 聴かせてよ もう一度 いつか あなたがくちずさんでいた歌を 潮の満ち干のように いくたびも寄せては返す 果てないメロディ ひょっとして 胸の鼓動だったかしら それとも あなたと私とが引き合う さみしさの音階かしら ❁⃘  92 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ 放りあげた小石が 空の青に跳ねかえって 澄んだ音で鳴る 聞こえたら 大きく手をふってくれないか そうしたら 手をつないで きょうの行方を探しにいこう 星たちが生まれる場所へ 空にひろがる波紋が

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愛の礫ALIVE3

❁⃘ 61 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ ときどき だれかの記憶がまぎれて 自分のことがわからない そう 思いこんでいるだけで ほんとうは私かもしれない 私は私なのか それともだれかなのか すこしばかり自信がない いま 呼ばれた気がする おそらく私の名を ❁⃘ 62 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ 石段に腰かけて ずっとあなたを待っていたら 濃い影になってしまって 貼りついたまま 動くことができない それでも ときどき黒猫が来て ひなたぼっこをしていくけれど どのくらい待ちましょう たとえば

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愛の礫ALIVE2

❁⃘ 31 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ まぶしい夏の光は どこへ行ってしまっただろう あんなにも激しく愛しあい あんなにも固く 結びあっていたはずなのに 降りつづいた雨の果てには だれもいない いまは たったひとつ テニスボールだけが置き去られていて ❁⃘ 32 ✩*̩̩̩̥✿*⁎ いつかきっと そんな言葉が 口をつくけれど それがいつのことなのか 約束できるわけなどなく ただ たしかなことは 遠ざかる背中が まぶしくてしかたないこと こんなにも痛いのは 握りしめた手のひらだろ

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静まりかえった青に染められ さよならの声がたちどまる

青山勇樹 新抒情派詩集 2 (2020年 1月)

「薄明」 青山勇樹

 「薄明」という詩を紹介します。 からんと晴れたぼくの胸のひろがりに そびえるひとつの梢がある その先にはいつからか ちいさくあおざめた矢印があって 風が きまって吹いているので 方角はいつも行方知れずだ どこかで翼のはばたく気配がして ふりむけば 黒く装ったあなたが 横顔をみせて歩いてゆこうとする ひとつのおおきな想いが 真夜中の空を渡っていったのは たしか夏の終わりのことだったろう あれからずいぶんときがたって ひとがうたをくりかえしうたって 鳥たちが遠くへ

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「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」 青山勇樹

 「扉をあけてでてゆけば突然の真昼」という詩を紹介します。 とりあえず〈とりあえず〉と書いてみて そこからはじまる物語もあるにちがいない けれどもこうして待ちつづけてはいても あいかわらず空はまぶしい青で そのうえ気温は三十度を越えようとしている 夏のはじまり ひろがりはひろがりのまま 色彩は色彩のまま 音さえも音のまま時間のなかにありつづける だからすべてに〈とりあえず〉と封印して 扉をあけてでてゆくのだとりあえず 突然の真昼 記憶なんていらない いま生きているこ

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「虹」 青山勇樹

 「虹」という詩を紹介します。 殺人現場の隣で バッハのパッサカリアを聞きながら そのひとと午後のお茶を飲んでいた とはじまるひとつの物語を 燃やしてしまったのよ書きあげてから あなたのそんなおしゃべりを聞きながら こうして紅茶を飲んでいる いま流れているのは誰のソナタだろう 暖炉にくべられた薪が ちょうどあなたの瞳の闇で 黙ったまま死にたえてゆくところ 沈黙の値段を知っているかい この店のオレンジ・マーマレードと同じ それともあなたの背丈の白銀の硬貨 それより物語の話

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「流れる」 青山勇樹

 「流れる」という詩を紹介します。 流れるものは水だろうか時間だろうか どこかから来てどこかへと向けて 流れているものは いつもひとではなかったか 岸辺でいつまでも見ているので 河は流れてゆくのだろう 見つめられることに耐えきれず やがて去るひとをいつくしみながら 朝刊を積みあげてゆくと 二年と八日めに背丈とならぶ だがそれも時間ではない ただキロあたり何個の トイレットペーパーの値に等しい 石斧や土器を ナイフやコーヒーポットに持ちかえて それからどんな道具を

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「未来」 青山勇樹

 「未来」という詩を紹介します。 欄干にもたれても 昨夜の夢がかえってこない そんなときは蝶になって まだ朱け染めぬ海峡を渡る それにしてもきのうの夢は いままでにかえってきたためしがない だからもうすっかり蝶になってしまって こうして渡りつづけてはいるが まだ海流は暗く閉じたままで いつまでも向こうの桟橋を教えない きっといまごろその波止場では あちこちの倉庫の開かれる軋みや 動きはじめる貨車の響き 行き来する数えきれない靴のざわめきへ カモメが青く舞い降りているはずなの

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「手紙」 青山勇樹

 「手紙」という散文詩を紹介します。 宮殿からアテティカの谷へと降りてゆくあの階段で、あなたを見かけようとは思いもしないことでした。暑い日盛り、あなたの着ていたガウンと足許の大理石との白が、たがいに響きあって、澄んだ階音を鳴らしていたことを記憶しております。それともあれは、ただの衣擦れだったのでしょうか。かつて宮中一のエラート奏者とうたわれたあなたのまわりには、いつも音の粒子がまといついている、そんな思いがあったからなのかもしれません。それにしてもあの長い階段を、あなたほど

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「朝のエチュード」 青山勇樹

 「朝のエチュード」という詩を紹介します。 すべてはどうしてこれほどまでに 私を不安にさせるのだろう たとえばそれがライターにしても たとえばひとくちの水であるにしても こんなにもすべてがそろっているのに こんなにもたくさんのひとがいるのに なんだかとても寒くてならない 陽はこんなにもまぶしいというのに おだやかな朝ふと気がつくと すべてがふいに透明になる そんな激しいひろがりのなか 私ひとりが鮮やかにめざめる いまこうしてここにいる そのことだけはとてもたしかだ す

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「視線」 青山勇樹

 「視線」という詩を紹介します。 ふたりでいるときよりも ひとりでいるときのほうがずっと あなたのことを感じていられる 恋のはじまりとは嫉妬でしかない そんな感情をもてあましながら まぶしさについて考えている 光はどこかに闇があるので あんなにかがやいていられるのかしら たとえどんなにあなたが愛されようと あなたについて考えることだけは つねに私に許されていてほしい 窓辺に置かれたグレープフルーツが 私のまなざしに耐えきれず ちょうどいま転げ落ちたところ

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