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「私なんてに、さよならを」 第1話

【あらすじ】
関西に住む大学2年生の美月みづきは、半年付き合った彼氏の浮気(未遂?)が発覚し、別れを決意する。
これまで付き合った人は、顔は良いけどダメ男ばかり。
ついつい、顔の良い人に口説かれるとふらふらとしてしまうのは、美月の過去に関係していて……。

ボランティアサークルでの家庭問題に悩む花乃ちゃんとの出会い、久しぶりの片想い。

小学校からの友だち、高校の先生、大学で仲良くなった女の子、サークルの先輩。周りの人に支えられて、過去を乗り越え、本当に大切なものを掴むまでのお話。


「ここで、新郎様から新婦様へ、サプライズのお手紙があるという事です。
では、お2人ともお立ちになって、こちらへどうぞ」

 高砂の後ろに、見つめ合う形で立った僕らは、照れ臭さに笑い合う。僕は、どうにか綺麗な文字で書こうと頑張った白いシンプルな便箋を、封筒から取り出した。


「美月へ
 今日という日を迎えられたことに、心から幸せを感じています。

 美月がいたから、それまでの自分を変える事が、自分の気持ちを大事にすることができるようになりました。

 今の自分がこうしていられるのは、美月のおかげです。ありがとう。

 いつも仕事に全力投球な美月。出会ったあの頃よりも、年々、しなやかに強く、綺麗になっていると感じています。

 そんな美月をこれからも隣で見つめ続けたいです。

 いつもありがとう。大好きだよ」




 結局こうなったか。もう嫌だ。
 私なんて、心から好きになってくれる人なんていない。



 今日で彼氏の陽太ようたと付き合って半年。“半年”である。

 これまでの男運の無さに、大学2回生にして初めて迎えられた6ヶ月という期間に、晩ご飯の準備をしながら思わず顔が緩む。

 合鍵で入った彼のワンルーム。男の人らしく、食べた物のゴミがテーブルに残っていたり、読んだ後の漫画や、取り込んだ洗濯物が積まれたままになっている。
 食べた後のゴミを捨てて綺麗にしたテーブルに、何とか乗り切るくらいの料理。授業が終わってすぐに来て、1人暮らし用の狭いキッチンでせっせと作ってかれこれ3時間。
 陽太の好きな唐揚げにポテトサラダ、きゅうり・にんじん・プチトマトのピクルス、冷凍の生地を買って作ったピザに、昨日家で仕込んで保冷剤と一緒に持ってきたローストビーフも食べやすいように切ってある。

 やっと完成した。疲れと心地よい達成感。 

 そろそろバイトから帰ってくるはずなんだけどな。冷めてしまう前に帰って来ないかなと思いながら、ソファに座ってテレビをつけた。

 今日は曜日的にはこのチャンネルかな。けたたましいナレーターに、ビビッドなテロップの関西ローカル感きつめな番組が存外好きで、家にいる日はつい観てしまう。
 今日は各沿線の名物特集らしい。普段乗る電車で行ける場所なら、今度陽太と行ってもいいかも。

 そんなことを考えながら、無意識に手を動かして、洗濯物の小山を崩していると、鍵が回る音がする。

「おかえり〜。バイトお疲れ様!」

「ただいま〜。めっちゃ美味しそうやん!手洗って来たら早よ食べよ」

 こうやって、嬉しいとか、楽しいなどのポジティブな気持ちを、ちゃんと口に出して伝えてくれるのが陽太の素敵なところだと思う。

「付き合って半年おめでとう!かんぱーい!いただきまーす!」

 明るい髪色に、くりっとした大きな目。身振り手振りが大きくて、1人でも賑やかしい陽太が静かになって、私の作った料理をいっぱい食べてくれている所をじっと見ていると、心の奥の方が満たされる。

『次は京阪電車、京橋駅の名物紹介です!京橋駅と言えばこれ!駅構内のフランクフルト〜!』

「まあそうなるよなあ」

 街頭インタビューを観ながら、テレビの感想をぽろぽろ言いつつ、自分たちも食べ進める。コーナーの締めとして、画面に1本のフランクフルトを食べさせ合うカップルが映る。

 見覚えのあるその姿に心臓が止まるかと思った。

 なんで?これは誰?
 疑問は、濡れた紙にインクを落としたみたいに、じわじわと哀しみに変わる。

「これ食べてるん誰やろうなあ?」

 静かにつぶやく。隣を見ると、くしくもテレビの中と同じ服を着た、阿呆の顔が凍りついている。

「そんで、この食べさせてるんも誰やろうなあ」

 そう言ってから勢いよく立ち上がると、陽太がびくっと肩を上げる。あまりにセオリーすぎる反応に乾いた笑いが出た。

 立ち上がった拍子に少し溢れたお茶が、スカートの裾に斑点を作る。やっぱりこうなるのかという諦めにも似た気持ちに、前がぼんやりと滲むのを振り払う。

「もう帰るわ。今までありがとうねさよならお元気で」

 固まっていた彼が慌てて待ってと言いかけた時には、既にドアを閉じて、アパートの狭い階段へ向かって歩き出していた。

 いつの間にかすっかり日は暮れて、私を飲み込むように黒く沈んで、星の1つも見えなかった。



 大学の食堂で、友人を前にして、白いつるつるとした机に突っ伏す。数年前に改築されたという綺麗な室内に、ビタミンカラーの椅子が並ぶ明るい空間の中、ここだけ空気が澱んでいる。

「あぁあ〜。何でこんなにも男運無いんやろ」

 溜息を吐きながら、むくりと起き上がり、避けていたうどんを正面に戻して、もう一度箸を持つ。

「そりゃあ、そのドドドドド面食いなんが100%悪いやろ」

 割箸を割るとともに、盛大な溜息をつきながら、侑雨ゆうちゃんに呆れられる。悲しい。

「なんでよ!イケメンかつ優しい素敵な人もこの世の中にはいるはず。」

 足をバタバタさせながら抗議する。これは正当な抗議である。

「いや、それはもちろんそうやけど、あんたのチョイスが悪すぎるねん。会って早々に甘い言葉を囁いてくるイケメンなんて、絶対碌でも無いからやめとけって毎っ回言うてるよなあ?今までのクズ男遍歴述べてみいな」

「ごめんなさい……。モラハラ男にマザコン男、ギャンブラーたかり男に、今回の浮気男です……」


 ぐうの音も出ないとはこの事である。何が正当な抗議か。私も間違いなく阿呆の1人である。だらだらと喋りながら食べていたら、うどんが伸びて、ぶよぶよとしてきた。

「なんか、こんだけ愛情表現してくれてるし、今度こそは大丈夫なんちゃうかと錯覚してしまうんよなあ。あと、私なんかに、こんなに好意向けてくれる人なんてもうおらんのちゃうかなって焦ってまう」

「美月さあ、名は体を表すという慣用句がぴったり当てはまる美人さんやのに、なんでそんなに自己肯定感が激低なん?変に粉かけてくるやつにふらふら行かんでも、普通に気になる人に声かけたら、十中八九はほいほい着いてくるやろ」

「うーん」

 麺をすすって、言葉を濁す。

 おっしゃる通り、自己肯定感が地の底に落ちている私は、自分からアプローチするなんてできない。刷り込まれた“私なんて”は、一朝一夕では消せそうにもない。

 美人とか、可愛いと言ってくれる友だちもいるけど、女の子の“それ”って挨拶みたいなものじゃない?侑雨ちゃんの言葉はありがたいけど、そこに関してはあんまり信用できない。

 こうなってしまった原因はわかっている。幼い頃からの積み重ねに、中学2年生の時にとどめを刺された。私を好きになってくれる人なんておらんのちゃうかという絶望感と、やっぱりそうかという腹落ちからの諦め。

 そこから高校に上がるタイミングで、少しでも恋愛対象に見られたくて、それまでのお調子者キャラから、大人しく女の子らしい子を装おうとした。

 そしたら今度はとっつきにくくなってしまったようで、自分の顔に自信があるちょっとおかしい奴ばかりにアプローチを受けるようになってしまった。そして、そんな顔面に騙される阿呆な私。

 モラハラ男は高校の1つ先輩で、最初は優しかったけど徐々に本性を現し、3ヶ月で限界を迎えて別れを切り出したら、執着されて別れるのに倍の6ヶ月かかった。結局軽い警察騒ぎになり、受験生だった彼が、大事な時に他所の女の子泣かして何をしているのかと周囲から怒りに怒られ、やっと別れられた。

 大学に入ってから付き合った彼は初デートにママンを連れてきたから2週間で別れたし、ギャンブラーな彼は年上だったけど定職にもつかずぷらぷらしてはお金貸してと頼んでくるし、最終的に家に居つこうとしてきたから、大学のサークルの先輩に協力してもらって叩き出した。

「ごちそうさまでした!」

 私の中のなかなか覆せないコンプレックスを話すことは、自分の傷を晒すようなもので、まだひりひりと痛みを伴うから、これだけ仲良くしてくれている侑雨ちゃんにすらできていない。

「次の授業あるから行くね!」

 そう言うと、お盆を持って、そそくさと返却口に向かった。



 侑雨ちゃんとは、大学に入って最初の授業の直前に出会った。

 桜舞う陽気の中、私は1人冷や汗をかいていた。端的に言うと、校内で道に迷っていた。次の授業の場所が分からずうろうろしていたのだ。

「なあ、場所わからんの」

 声をかけられて振り向くと、黒いTシャツに、ショッキングピンクのミニスカート、レオパード柄のパーカー。ショートカットの隙間から覗く軟骨までついたピアスに少し日和る。

 でも、誰かに助けてもらわないと遅刻するのはほぼ確定で、藁にもすがる思いで答える。

「教育総論ⅠのA101号室がわからなくて」

「それやったら、ここをばーって言って、角をぎゅって曲がって、さらに進んで、突き当たりをどーんで着くで」

 なんて、大阪のおばちゃん的説明。全然わからなくて戸惑っていると、まあ私も今から行くところやから一緒に行こうなと返ってくる。同じ学部の人だったらしい。

「ありがとうございます」

「同い年やろ、タメでええで。私、水野みずの侑雨。よろしゅうな」

 そう言って尻尾を振るわんこのような顔で笑う姿は、見た目のいかつさに反したもので、ギャップに心を持っていかれた。

 その後も、授業で会ったら話しているうちに仲良くなった。この大阪のおばちゃん気質全開の世話焼きな性格に、色々助けられながら大学生活を送っている。

「この先生の課題、毎年同じらしいで。そして、こちらが先輩から譲り受けた回答となっています」

「明日のニ限、休講になったって!一緒に課題やって、お昼ご飯食べに行こ」

 天性の人懐っこさに、話している時の面白さ。子どもの時の私のなりたかった理想型のような侑雨ちゃんに友情だけでなく、憧れを抱いている。

 だからこそ、まだ話せていないことも多くて、いつか聞いてもらえるといいなと思う。



「げ」

 マンションに帰ると、前に陽太が立っていた。

 付き合っている時、バイト先に迎えに来て、通用口の近くで待ってくれているのが嬉しかったことを思い出して、胸がちくりと痛む。

「美月〜!誤解やねん、お願いやから話聞いて」

 ああ、この甘えたような話し方、下がった眉、困った時の常套手段。わかっていながらも、可愛くて、頼られるのが嬉しくて、いつも、ついつい聞いてしまっていた。

「誤解も何も、ばっちり証拠映像がテレビで放映されてましたが?」

 また来られたら困るし、ここはきちんと釘を刺しておくべきだろう。

「友だちやねんて!俺お腹空いてなかったから買わへんかってんけど、一口いる?って聞かれたから、じゃあまあ一口くらいやったらと思って……」

「大前提として私に黙って二人で出かけとったってことやろ?」

「だって女子やけど、普通に友だちやし。何があかんの?」

 ここまで価値観が違うって、付き合ってから半年経って気づくなんて。私きっと今怖い顔になってる。目を合わせたくなくて、視線を下に落とす。歩道のブロックの隙間を、迷路を辿るように目が滑っていく。

「相手がどう思ってるかなんて、わからへんやん。そのフランクフルトもアピールの一つかもしれへんで」

「え〜、ないない!ほんまやって信じてや」

 もう、そういう話じゃないねんけどな。少なくとも今このやりとりで、恋心の最後の一欠片がぽとりと落ちる音がした。

「つまりは、相手が女子やろうと、友だちやったら今後も二人で出かけたりするってことやろ?私は彼氏がおるんやったら、他の男の子とは二人で出かけへん。友だちもう何人か誘って、みんなで出かける。そこの価値観が違うままに、付き合い続けるのは無理やわ、ごめんな」

 そう言うとオートロックに鍵を差し込む。あの男の見栄で割といいマンションに住まわせてもらっていると思う。

「あと次待ち伏せしたらサークルのみんなにも相談するし、最悪は警察に電話するからね。じゃあね」

 そう言うと、いつ雨が降ってもおかしくないくらい雲が重く垂れ込む中で、1人立ち尽くす陽太を残して、マンションの中に入った。
 整然と片づいた1LDKは、いつもよりやたらと広く感じた。



 それからしばらく、家の前に立っていないか、警戒しながら出入りをしていたけれど、陽太が待ち伏せしていることはなかった。

 なぜこちらがびくびくとしなければいけないのか。そう思いながらも、名前を出したくもない例のモラハラ先輩が頭を過ぎる。あの時は家の前だけでなく、学校内の行く先々や友だちと遊びに行ったところにも現れて大変だった。

 陽太とは元々映画サークルで知り合ったので、気まずくてそちらにも顔を出せてない。

「あぁ、何してるんやろうなあ」

 結構楽しかったんだけどな、映画サークル。週に1〜2回、部室で映画の鑑賞会して終わったら感想を言い合ったり、2〜3ヶ月に1回は映画館にも行ったり。部室のパソコンで、部費から出して契約したサブスクも見放題だったから、集まりが無い日もふらっと行って、ノートにメモを取りながら1人で観たり。

 少し埃っぽい、パンフレットの古い紙の匂いがする部室の空気が恋しい。

 昔から映画や小説などの創作物を観たり読んだりするのが好きだった。1種の逃避だった気もするけど。でも、確かにしんどい現実から連れ出してくれる世界がそこにはあった。

 幸運なことに無理なく生活できるだけの仕送りはあり、週2〜3でお小遣い稼ぎにバイトに行くくらい。まだ大学2回生だし,就活のことも考えると何かしらのサークルには入っておきたい気もする。

 侑雨ちゃんが前々から誘ってくれているボランティアサークルを覗いてみるのもいいかもしれない。

「うん、そうしよう」

 一緒に暮らす人がいないと、独り言が増えるって本当だな。そう思いながら、活動日を確認するためにLINEを開いた。



「みなさん、ちゅうもーく!お友達の美月を見学に連れてきました!ボランティアは初めてなので、色々教えてあげてくださいね」

 すっきりと片付いたボランティアサークルの部室。

 外に出る活動が多いからだろう。映画のポスターがべたべたと壁に貼られ、映画のパンフレットや、部費を使ってこつこつと買い集められたDVDなんかがあっちこっちに山積みになっている映画サークルとは全然違う。

 そう思いながら周りを見渡すと、みんな優しそうな雰囲気で、ぱちぱちと拍手をしてくれる。まだ、入ると決めたわけでは無いので、少し気まずく感じながら挨拶をする。

「教育学部の知花ちばな美月です。今日は見学させていただきありがとうございます。ボランティアは未経験なので教えてください。よろしくお願いします」

 侑雨ちゃんの言ってくれた内容とだだ被りしていることに気づき、恥ずかしさを覚えるが、ツッコミは入らなくて少しほっとする。

 お辞儀をして顔を上げると、席に着いた侑雨ちゃんと、その向かいに座る眼鏡の男の人がおいでおいでをしている。

「こちら、部長の長良ながらさん!高校時代から活動されている大ベテランな先輩です」

 よろしくお願いしますと言うと、A4の紙を渡してくれた。自分の前に置きながら、勧められた席に座る。

「改めて、今日は見学に来てくれてありがとう。今日は概要を説明するので、時間があるなら気になる活動場所について行ってくれてもいいし、改めて別日に来てくれても大丈夫です」

 主には子ども向けのボランティアをしているサークルみたいで、聞けば教育学部の人も多いらしい。平日は主に子ども食堂に行って、炊事のお手伝いや、経済的な事情などで塾に通えない子の学習支援など。土日もイベントのお手伝いや、長期休暇には被災地の子どもの支援なども行なっており、熱心に取り組んでいる人が多そうな印象だ。

「他の大学と共同で取り組んでいる活動も多いので、知り合いが増えるのもいいところだと思います。平日のみ、長期休暇のみ、色んな人がいるから、まずは気になるところに少し顔を出してみるだけでも嬉しいです。これが今年の上半期のスケジュールね」

 自分のスケジュールと照らし合わせてみる。平日の活動日は週2〜3回というところのようだ。

「今日はバイトがあって途中までしかいられないと思うので、今度の金曜日に子ども食堂のお手伝いに参加してみてもいいですか?」

「もちろん!動きやすい格好で、飲み物は持参でお願いしますね」



 “他校に知り合いが増える”かあ……。こんな形で実感するとは思わなかった。できればもう2度と会いたくなかったのに。

 古い建物を改築して営んでいる子ども食堂の中には、お腹が鳴りそうな良い匂いが漂っている。今日のメインはカレーらしい。

 壁には、子どもたちが描いた絵がたくさん飾られていて、見ているとほっこりとした気持ちになる。机の上には子どもたちが広げた宿題が、壁際には昔ながらのおもちゃやボードゲーム、絵本などが並んでいる。

「美月、前までおらんかったよな?いつから入ったん?」

「まだ入ってない。今日は見学。でも、冬吾おるんやったらやめようかな」

「なんでやねん。中学卒業ぶりに会った友だちに、冷たいやつやなあ」

 半分本音です。言えないけど。久しく鳴りを潜めていた、お調子者の軽口が、自然と引っ張り出される。

 サラサラの黒髪に、切長のこちらも真っ黒な瞳。クールそうな見た目に反して、ノリの良さは天下一品だ。藤崎冬吾ふじさきとうご。私の初恋。私の自己肯定感にとどめを刺したやつ。

「とうご〜。今日はお勉強のあと、ご飯まで何するん?」

「今日は庭で鬼ごっこでどうやろ?」

「とうご!今日な、学校で逆上がりできてん!」

「すごいな!この前できへん言うてたのに、いっぱい練習してんな。また見せてな〜」

 子どもたちに大人気で、冬吾の周りには次から次へと寄ってくる。そして同世代に人気なのも相変わらずのようで、さっきから他の女の子たちの目線が痛い。侑雨ちゃんには悪いけど、本当にやめとこうかな。それか行くところを変えるか。

 そんなことを考えていると、初めて子どもに話しかけられた。

「お姉ちゃん初めてやんなあ。名前、さっきなんて言ってたっけ?」

「美月です。わからんことも多いから、色々教えてね」

 宿題を一緒にやってと言われ、何人かと一緒に席につく。高校教諭志望だが、小学生相手でも教えるのは勉強になるなと感じながら、算数の問題のヒントを出しつつ何とか自分で解かせるように頑張る。

 ふと目線をあげると、部屋の隅の方にぽつりと座っている5〜6年生くらいの女の子が目に入る。

「こっちで一緒にやる?」

 声をかけたものの、そっぽを向かれてしまった。

「あの子は声かけても来んと思うよ」

 そう他の子たちに言われ、気になりつつも宿題を終わらせた。

 その後は全力で鬼ごっこした後、みんなでご飯を食べたけれど、あの女の子は気づいたらいなくなっていた。



 ボランティアを終えて、帰る頃にはぐったりだった。締めの作業をするボランティアは2人で、今日は帰る方角が一緒の私と侑雨ちゃんでやることになった。

 少し日が落ちるのが遅くなってきたとはいえ、この時間にはもうかなり暗いので、早めに終わるように頑張りたいのに。

「子ども可愛いけど、パワーすごい。吸い取られた」

 よろよろという効果音がつきそうな調子で歩いているのは、私だけなのが辛い。

「そこは逆に若いエキスを吸収するぞぐらいで頑張ってもらわななあ」

 にこにこという音が聞こえそうな素敵な女性は、ここを運営している千紗ちささんだ。洗い終わった皿をてきぱきと拭いている。

「ねえねえ、次回も参加できそう?」

 どうしようか迷っている今の現状に、おもちゃを片付けている侑雨ちゃんの期待の眼差しが痛い。机を布巾で拭きながら、しれっと気になっていた話にすり替える。

「そういや端の方に1人で座ってた高学年くらいの女の子、いつの間にかおらんようになってましたけど」

 手は止めずに、こちらをちらりと見た千紗さんが答える。

「あー、花乃はなのちゃんかな。家庭がちょっと複雑みたいで」

 できれば家にいる時間を短くしたいらしいが、かと言って学校にずっといるわけにもいかず、こちらにたまに来ているらしい。近くの公園で1人でぽつねんと座ってるの見かけて、よかったらうちにおいでと声をかけたそうだ。

「ただ、晩ご飯までに帰らないと怒られるらしくて、いつもあのくらいの時間に帰るのよね。私ももっとお話してあげる余裕があったらいいんだけど、最近来る子も増えて、料理作るだけでも結構ばたばたしちゃうから……」

 あの子の雰囲気に、こちらを見た時の目に、幼い頃の自分と同じものを感じた。話を聞きたい、聞いてあげたいと言ったら上から目線かな。


「で、親しげに話しとったけど、冬吾くんは面食いセンサーに引っかかったん?」

 1番聞かれたくない所に、侑雨ちゃんが急に舵を切ってきたので、少しあたふたする。

「ちゃうねん、小・中の同級生。できればもう会いたくなかってんけどなあ」

 びっくりした侑雨ちゃんと千紗さんの顔に、こちらもびっくりする。

「え、めっちゃ仲良い感じしたけど。なに、元彼とか?」

 途端ににやにやし出すのやめてほしい。



「いや、片想いしてたら、思わぬ形で振られた」




第2話


第3話


第4話


第5話(完)

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