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マッチ一本歌事のもと(第七話)

これまでの物語。

いざ勝負!

さっそく先鋒の柳棚が歌を読む。この歌会のテーマは「絆」だった。五人の代表メンバーがそれぞれ一首ずつ短歌を出し合って勝敗を決めるのだが、採点はわが校の顧問の尺八(釈青空先生)、相手校の顧問へんな格好の爺さん(アリワラノナリヒラとかなんとか言っていた)、そしてわが校OBのプロ歌人である頭加塚邦夫(ずかづかくにお)というやつだった。当然、頭加塚はわが校贔屓なのだ。柳棚の話では歌会を盛り上げるために勝敗を付けるということだ。だから先鋒である柳棚は最初から負けが決まっているという(本人はそう言うがそれがお前の実力だろう)。そうやって相手校を歓待するのだそうだ。

傷付くなずつと僕らは仲間だぜ涙の数だきずな深く  柳棚国男

案の定、柳棚のボロ負けだった(0-3の負け)。これは物名で詠んでいるとか上句に絆が折り込んであるとか柳棚は主張したが相手高に意味がないと言われていた。ダサい短歌には間違いないのはオレにもわかった。

一勝二敗で副将戦はオレの番だった。ここで勝たなければ大将戦を待つまでもなく、相手校の勝ちだ。予定通りと言われてもこの緊張感はなんだ。そして驚くことに相手校は大将をオレに噛ましてきやがった。ほんと甘くみられたもんだ。オレの絆はここに居ない上条フミコだった。フミコのためにも負けるわけにはいかない。

瞑想するためだと言って、トイレでオレはマッチを擦った。運を掴むんだと力むあまり身が出たが、マッチの匂いが糞の匂いを消していた。燃えカスを水に流すとオレは煙の中に浮かんだ言葉を鉛筆で書き留めたのだ。

約束は君との絆マッチ擦る身捨つるほどの傷心の我  寺川修一

決まった!と思った。だが相手の女は笑っていやがる。そして相手校の大将、小野マチ子が朗々と歌い上げた。うちの大将の俵田マチコのライバルとされるもう一人のマチコだ。高校短歌界はこの二人のマチコをマッチング対決と呼ぶのだが、その小野マチ子がうちの大将を避けてオレと勝負してきたのだ。

夢だった絆をたどり言の葉を君に届ける咎はないかも  小野マチ子

討論ではうちのマチコが浪漫主義すぎると小野マチ子を攻めた。オレは相手の副将から「寺山修司のパクリだ」と言われた。
半分当たっているだけに心臓はバクバクだ。しどろもどろ答えているときに、柳棚が間に入って発言する。

「もともと和歌には本歌取りという手法があり、かの藤原定家も推奨しているではないですか?寺川の歌はりっぱな本歌取りであり、意味も寺山修司とは違ってます。この歌は彼の現在の気持ちを託したのだと思います。このチームの為に。」

そうだった。この歌はフミコに捧げているのだ。このチームなんて関係ないがそれは言わなかった。そのとき小野マチ子はオレの歌の核心にふれたのだ。

「どう読んでも君は特定な人を指し、それは俵田さんじゃないことは確かだわ」

俵田とオレは反論出来ぬまま勝敗を待った。どよめきの中、二対一でオレは負けたのだ。すでに勝負は付いてしまった。まさか尺八がオレを落とすとは思わなかった。

「予定通りだわ」と俵田が捨て台詞を言う。オレはあまりにも悔しくて教室を飛び出していた。後ろから尺八の大声が教室中に響いた。

「バカヤロー!敵前逃亡するやつはうちの部員ではない!」



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