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漱石の「もののあはれ」

『草枕 Kindle版』夏目漱石(青空文庫)

初出は「新小説」[1906(明治39)年]。「智(ち)に働けば角(かど)が立つ。情に棹(さお)させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。」との書き出しは有名。三十歳の画家の主人公が文明を嫌って東京から山中の温泉宿(熊本小天温泉)を訪れ、その宿の美しい娘、那美と出会う。那美の画を描くことをめぐって展開するストーリーに沿って、俗塵を離れた心持ちになれる詩こそ真の芸術だという文学観と「非人情」の美学が展開される。低徊趣味や俳句趣味の色濃い作品。

漱石の一番の傑作ではないだろうか?それは、日本文学の。すでに未完の大作『明暗』のテーマは書かれていた。シェイクスピアの『ハムレット』のオフェーリアの絵画表現を墨絵にしたのだ。西欧文学と日本(東洋)文学の対峙。漱石は女が描けないというがそうではない。西洋画のようには描かなかったのだ。

それがこの『草枕』で遺憾なく発揮されている。「草枕」は和歌の用語で、旅の野宿の枕ということもあるが、死の世界とも係わる。山は、墓碑という日本の伝統があり、それを枕にすることで夢と現の世界に彷徨うのだった。それは俗世間の喧騒から逃れる為でもあるが、女の色恋とは遠く離れた隔絶した世界なのだ。

漱石が『門』で禅宗を尋ねて入れなかった。この『草枕』もあの世としての世界から戻ってくる話として、鎌倉(熊本って書いてあるな。鎌倉だと思ったが)の寺がある。そこで出会うの那美である。那美のモデルはオフェーリア。オフェーリアの油絵(ミレイ)と言ったほうがいいだろう。それを墨絵に翻案したのだが、那美も鏡の池から生還した女性だったのだ。

那美の話がメインストーリーになる。しかし、それは漱石が那美との出会いを描くというメタフィクションでもある。そのスタイルとして、漢文調のリズムと落語(江戸弁)の滑稽さを織り込んでいる。色を排す筆致は、墨絵の如く、例えば黒でありながら緑に光っている羊羹の描写の見事さ。クリームのように甘ったるくやわではなく、ゼリーのように掴みどころのない菓子ではない。羊羹の重量さとその濃さ、それが青磁の上に載っているのだ。それだけでお腹いっぱいになる。そういう美意識が随所に見られる。

那美の性格もよくわからぬ。二人の男(資本家の息子と芸術家の卵?)との関係。一度結婚したが離縁した。漱石の中にある三角関係の恋愛物語。そして、和尚はそんな那美に一目惚れをして、狂ったともいい死んだとも言われる。実際は噂話のたぐいなのだ。キ印というレッテルを貼られた女という境界例だろうか?そうした宙吊り状態が生霊のように現れては消える。

二度目に現れたのは振り袖(結婚前の姿だ)の着物を着て、その柄が墨絵模様で次第に薄くなって消えていく(足元の方だろう)。そして、温泉の湯煙に中に現れる裸の女なのだが、肉体の色は消えている。裸がエロティックな欲望を醸し出すものとして、裸よりも衣服で隠すことによって現す欲望が西欧的なスタイルなら、自然の中に消えていくのが東洋のエロス(愛)の姿なのだろうか(色は刹那に移る)?個が自然全体の中に消えていく愛。則天去私の姿がそこにあるのだと思う。無ではなく空なる世界。漱石が目指した文学はそういう世界だった。

吾々もまた日本固有の空気と色を出さねばならん。いくら法蘭西の絵がうまいと云って、その色をそのままに写して、これが日本の景色だとは云われない。やはり面のあたり自然に接して、朝な夕なに雲容煙態を研究したあげく、あの色こそと思ったとき、すぐ三脚几を担いで飛び出さねばならん。色は刹那に移る。

漱石の創作の仕方が最初の一句を見つけて書き出したらあとは自然のままにまかせるスターンの『トリストラム・シャンディ』方式だと言う。この作品は読んだことはないが、プルースト『失われた時を求めて』に似ているかも。それはある意味芸術論(絵画論&芸術)であり、時間論でもあるのだ。ただ漱石は出会いだけの印象を素描する。山の中の温泉では描けなかったのだ。

現実世界(汽車の出る所)まで下ったときに、満州へ行く二人の男を見送るシーンに絵心を見い出す。それも別れた元夫が通り過ぎる一瞬に見せた那美が見せた「憐れ」の表情。それは日本文学にある「もののあはれ」ではないだろうか?

文明はあらゆる限りの手段をつくして、個性を発達せしめたる後、あらゆる限りの方法によってこの個性を踏み付けようする。

汽車は文明の象徴として、満州を尽きっていくのだ。



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