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マッチ一本歌事のもと(第二話)

窓際のをとめほおづえ雲ながめやまとのもとにウィンクするわ

「やっぱ女史の歌は奇抜ですね」と眼鏡男が言う。
「上句でいにしえの日本に思いを馳せながら最後で現代っ子なのよね」とデブ女が答える。こいつら漫才師なのか?男の方はいまどき牛乳瓶の底のような眼鏡で、女は派手な着物を着ていた。正月なのはわかるが、まだ成人式でもないのに。

「アイツは、柳棚国男。おっべか野郎だわ。アイツまだ童貞よ」そんな上条ふみ子の言葉に俺はドギマギした。俺もまだ童貞だ!それよりお前はもう処女じゃないのか?
「あの着物の女は、あの連中はマチコの取り巻きね。私はこの部では異端者なのよ」

その異端者と言う言葉に俺は浪漫を感じた。俺も異能力者だ。俺はどっちに付くべきかはっきり見極めていた。その時、もう一人着物を着た女がファミレスに入ってきて上条フミコに挨拶をする。
「フミ、その人は新入部員の人。まだ短歌のこと何も知らないんでしょう。あんたに預けるわ。白百合女子学園との新春対抗戦までなんとかしてよね」
俺はその派手な登場の仕方をした女を見つめた。はっきり言えば好みのタイプだ。その着物に文字が記してあった。
「俵田さん、その着物素敵ですわ。それ和歌ですね。ちょっと読めないけど。」と取り巻き女が言った。
「ああ、これね。祖母が持っていた着物を仕立て直したんですの。与謝野晶子の歌ですわ。」

やは肌のあつき血汐(ちしほ)にふれも見でさびしからずや道を説く君

与謝野晶子『乱れ髪』

「さすが女史。与謝野晶子の着物とは。ズバリ、今なら100万以上するでしょう!金の話をするのも野暮なんですが」と柳棚国男がいう。
「その金の帯も素敵ですわ」と着物のデブ女が言う。まだ名前を聞いてなかったが後から東満(あずまん)ナオコだと知った。そのとき後ろで「っけ!」という舌打ちと共に、
「あたしまだ参加すると言った覚えはないわ」とフミコが言う
「あなたは絶対に参加するのよ。忘れたの白百合女子学園の小野マチコにさんざんな目に合わされたの。あの時、あなたが馬鹿な歌詠まなければ勝ってたのよ!」
「私の短歌はそんなもののためにあるのじゃないわ。純粋な心の叫びでそんな余興のための歌じゃない!」
「まあ、どっちみちあんたはここを素直に去るか、一人でねちねちやるしかないんだわ」とマチコが言う。
「こんな部いつでも辞めてやる!」と駆け出したのはフミコだった。
「あなた、早くフミコを追いかけて!」と命令されるがまま、俺は上条フミコを追った。

「これからどうするんだ、俺たち……….」
「あんたはまだ部員でもないんだから、勝手にしなさいよ!私のことはほっといて頂戴。」
「あ、でもこれ忘れていった」と俺は彼女の本を渡した。
「あんた本気に短歌をやる気があるの?今から家に来ない?特訓してやるから」
「今日は暇だからいいんだけど、俺はその対抗戦にでなきゃいけないのか?」
「あんたの代わりなんて、いくらでもいるから。私の代わりがいないからマチコは、それを餌にしたのよ。ねえ、どうなの短歌やるつもりなら、私が教えてもいいよ」
「うん、寺山修司なんだ。俺の心に火を付けたのは。『ハートに火をつけて』だな。ロックでもなく寺山修司のコトバなんだ!」と俺は唯一暗記していた寺山修司の短歌を読みながら、マッチを擦った。ふみこの顔がぼんやり揺れて、突然フミコが中条ふみ子に変異して短歌を大声で叫んだのだ。

子が忘れゆきしピストル夜ふかきテーブルの上に母を狙へり

中条ふみ子『乳房喪失』


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