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シン・短歌レッス58

今日の一句

ドクダミの花が好きなのは木陰でも花を咲かせるからだ。ドクダミという名はあんまりだと思う。俳句では「十薬」が季語として使われるがイマイチな感じがする。万太郎はなんて呼んでいたのだろう?やっぱドクダミか?

花の名は十の秘密の十薬や

「うたの日」

本歌は、『百人一首』からここのサイトのお世話になっています。

まず本歌の解読から。「かささぎのわたせる橋」とは七夕の織姫彦星伝説から来たコトバだが、ここでの橋は霜が付いている凍った橋を見ているのだ。天上の橋から地上の橋を重ね霜の白さを星に見立てているという。それは唐詩(張継の作)の「月落ち烏啼いて霜天に満つ」の本歌取りだった。

実際の宮中にあるなんでもない橋を天上の橋に見立てたという和歌だという解釈も成り立つようだ。

まず「かささぎの渡らせる橋」はベイブリッジとする。横浜の夜景の恋の歌か?「うたの日」のお題で近そうなのは「通」か。そうだ、首都高で撮影されたタルコフスキーの映画を使おう。

銀幕の首都高の夢
通り抜け
湾岸の橋夜はふけゆく

これはタルコフスキーだとわかったらそうとうの映画通だよな。通しか通用しない。

もう一首。

映画通きみを誘つた
特集は
爆睡の夜(よ)のタルコフスキー

こっちにした。♡一つ♪一つ選評一つ。あいかわらず受けない歌だが選評と♡貰ったから嬉しい。

在原業平の和歌

『古今集・羇旅』

七夕繋がりで。惟喬親王と酒を飲んだときに「狩りして天の川原に到る」という歌を作れと云われて作った歌だが、そのままのような気がする。「たなばたつめ」は織姫のことで織姫の宿を借りようという歌。親王は桓武天皇の血筋でこの桓武天皇の母が百済王の系譜であり七夕伝説はこの一族に寄って伝えられたという。親王はたいそうこの歌を気に入って返歌が出来ずにいたら紀有常が代わりに返歌したという。

ひととせにひとたび来ます君待てば宿かす人もあらじとぞ思ふ  紀有常

『古今集・羇旅』

こっちは彦星に貸す予定があるから宿を貸す人はいないという歌意。こっちの方が上手いと思ってしまう。

藤原定家の和歌

36白妙の袖の別れに露落ちて身にしむ色の秋風ぞ吹く

『新古今・恋』

『新古今集・恋五』の巻頭に置かれた歌だから名歌そのものなんだが、今読む呂「袖の露」はありきたりだし、「秋風」も平凡だな。本歌が2首あって、その合せ技ということか。

(本歌)
白妙の袖の別れは推しけれども思ひ乱れてゆるしつるかも  詠み人知らず

『万葉集・巻十』

(本歌)
吹きくれば身にもしみける秋風を色なきものと思ひけるかな  詠み人知らず

『古今和歌六帖』

『万葉集』の方は女性の歌なのだが、それを男の歌にしたもの。『古今和歌六帖』の方は「秋風を色なき」と詠んでいるのだが、定家の方は「身にしむ色」でそれは秋の紅葉なのだという。白と赤の対比が色彩派定家ということだろうか。対比させる色を入れるというのはポイントかもしれない。

37かきやりしその黒髪のすぢごとにうちふすほどは面影ぞたつ

『新古今・恋』

同じく『新古今恋・五』であるから恋歌の大家と言われたののか。定家の歌は官能的世界を印象的に描くそうだ。ここは「黒髪のすじごと」という髪一本一本描くような繊細な表現。ベタな黒髪ではないのだった。あと前々からきになっていたのだが「ぞ」の使い方は一字足らないときに強調する言葉なのかな。中学生の文法だぞ!今日は係り結びを使う。

(本歌)
黒髪の乱れもしらずうち臥せばまづかきやり人ぞ恋ひしき  和泉式部

『後拾遺和歌集・恋』

「恋ひしき」が連体形で「ぞ→連体形」で恋の強調。本歌は女だが立場を男にした。「かきやりし」の男女のベッドシーン。和泉式部は髪に残る身体的感覚で定家も男の指に残る身体的感覚から発している。なかなかの歌だ。

38春を経てみゆきになるる花の陰(かげ)ふりゆく身をもあはれとや思ふ

『新古今・雑』

「みゆき」は「深雪」と上皇の「行幸」を掛けている。「花」は桜で御所の花見。官位が上がらない不服を歌にしたという。「あはれ」は自分自身なんだな。ただ今はこういう歌は好まれない(目出度い席なんで)。当時はそうした歌が称賛されたという。それで後鳥羽院の目に止まったとか。ただ定家はこの歌が『新古今』に入るのは面白くなかった(そりゃ、卑下した歌が後世まで残るんだから)。それで定家は後鳥羽院に文句を言ったから嫌らわれたんだな。
「ふりゆく」が桜が散ることと自分の身にふることをかけている。掛詞の天才定家の本領。

39都にもいまや衣をうつの山夕霜はらふつたのした道

『新古今集・羇旅(きりょ)』

『伊勢物語第九段』で業平の東下りで、宇津の山(静岡県宇津ノ谷峠)で詠んだ歌が本歌。

駿河なる宇津の山辺のうつつにも夢にも人に逢わぬなりけり

『伊勢物語』

「うつつ」は「現」。夢も現も逢えぬ恋人を思う歌。定家の歌では恋人は砧をついていて、自分は袖の霜を払っている。この歌も名歌とされた。

40秋とだに吹きあへぬ風に色かはる生田の森の露の下草

『拾遺寓草・中』

『新古今集』の完成後、最勝四天王院の障子絵のための歌会で詠まれたもの。生田の森は、神戸の生田神社。定家のこの歌は採用されなかった。定家はそれに立腹したと後鳥羽院の日記にあるそうだ。そしてまた後鳥羽院の反感を買う。この頃は定家は自分の歌に自信があったのだろうな。秋の風が吹いているのに下草はまだ緑であるという。その景の小ささが後鳥羽院は取らなかったのだと。秋の露だから下草も変化するかによって大きく景色は変わってくる。

投稿のご案内

日曜はNHK短歌の日だった。 川野里子さん「海」、 山崎聡子さん「職場でのこと」(5/22)まで。

本歌取りだから作るのも楽だな。適当に当てはめるので意味が通じているかは疑問。「職場でのこと」は無職だから難しい。会社時代のことを想い出すだけで鬱になる。

NHK俳句。村上鞆彦さん「香水」、高野ムツオさん「噴水」(6/5)
あと「文芸選評」
【短歌】5月27日「帽子」選者・遠藤由季さん
【俳句】6月3日「海月」選者・野口る理さん
【短歌】6月10日「嚙む」選者・大森静佳さん

俳句「海月」があったじゃん。未発表だからここに出したのは出せない。
「帽子」は「本歌」はこれだから「三笠の山」を使うかな。

ネット句会もあるんだった。成績が悪いから参加どうしようかと思ったのだが、他に句会もないんで、とりあえず有季定型で(勇気提携という感じ)。

尾崎放哉の句

今日も『尾崎放哉句集』(春陽堂・放哉文庫)の方でいきます。須磨寺編です。

鐘ついて去る鐘の余韻の中
山の夕陽の墓地の空海へかたぶく
柘榴が口あけたはけた恋だ
赤いたすきをかけて台所がせまい
仏飯ほの白く蚊がなき寄るばかり
たつた一人になり切つて夕空
高浪打ちかへす砂浜に一人を投げ出す
雨に降りつめられて暮るる他なし御堂
昼寝起きればつかれた物かげばかり
げつそり痩せて竹の葉をはらつてゐる

『尾崎放哉句集』

「鐘ついて去る」はピンポンダッシュじゃないんだろうけど、放哉らしさが出ているような。
「空海」だと天台宗というより、お遍路なんでしょうね。ただ放哉は山頭火のように漂流の旅は出来なさそう。小豆島という終の棲家が似合っているような。
「柘榴」の句は、恋をしたい煩悩がありすぎる。
「赤いたすき」というのは仕事しているようで。
「蚊」は血を吸われたのだろうか?仏教徒なら気にしては駄目ですね。
寺仕事終わった後ですかね。一人になり切ることが少なかったのが放哉かもしれない。
でも一人を強調する俳句が多いのも放哉だった。
雨が降っていても御堂にいるのだから山頭火に比べればたいしたことない。
放哉の句は「昼寝」みたいな句に共感してしまう。駄目さかげんがわかる。
げっそり痩せているのは、酒のせいかもしれない。

映画短歌

『パッション』

映画館午後の楽しみ
パッションを
惰眠と共に浪費ぞするなり

字余りの映画人生の一首でした。

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