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ビリー・ホリデイという歌姫

"BILLIE: The Original Soundtrack"Billie Holiday/The Sonhouse All Stars

今日は映画『BILLIE ビリー』を観たので、そのサウンドトラックを収めたアルバムと共に映画の紹介も。

『BILLIE ビリー』(2019年/イギリス/カラー&白黒/ビスタ/1h38)監督・脚本:ジェームズ・エルスキン 出演アーティ・ショウ、カウント・ベイシー、ジョー・ジョーンズ、チャールズ・ミンガス

真実を歌い、その代価を払った 20世紀最高の歌手ビリー・ホリデイ
伝説と化したビリー・ホリデイ(1915-1959)の生涯。その真実を探ろうと、若い女性ジャーナリストが10年の歳月をかけ取材を続けたが、1978年謎の死を遂げる。彼女が遺した200時間に及ぶ取材テープと、ビリーの貴重な映像と音声で構成されたドキュメンタリー。

監督のジェームズ・エルスキンというインタビュアーがビリー・ホリデイの真実の本を書こうと取材していたが、事故死(警察発表自殺)で未完に終わった取材テープを元に再構成された映画だ。女性監督ならではの視点(70年代の女性解放運動や公民権運動)があり、それまで知られていたビリー・ホリデイの壮絶な人生が浮き彫りにされた。自伝『奇妙な果実』(ビリー ホリデイ (著), 油井 正一 (翻訳), 大橋 巨泉 (翻訳))で語られたこと以上に生々しい証言の数々で、ビリ・ホリデイの歌と人生の暗部が明らかにされる。

映画の冒頭シーンで歌われる"Now Or Never"の映像はカラーで歌う晩年のビリー・ホリデイだ。その唇から紡ぎ出されるエロスは、どんな歌手も太刀打ち出来ない。

例えば"Lover, Come Back To Me"「恋人よ、我に帰れ」と言って恋人が帰ってくるのがエラだけど(ほとんどの歌手がこのタイプだ)ビリー・ホリデイの歌では帰ってこない(男と女の地獄の生活が待っているのだ)という説明がわかりやすかった。

ビリー・ホリデイの歌唱方法はルイ・アームストロングのトランペット(声じゃなく楽器なのだ)に憧れて器楽のように楽団と対等に演奏するスタイルで画期的だった。当時の女性ヴォーカルは楽団の添え物(お飾り)の花に過ぎないものだったから、例えばビリー・ホリデイとレスター・ヤングの掛け合いなどはプレス(大統領)とレデイ(貴婦人)との幸福なジャズだったのだ。しかし、実際のビリー・ホリデイは楽団の男やあるいは客でも誰とも寝る娼婦だった。それだからこそレスター・ヤングとのプラトニック・ラブの演奏は理想の「愛の歌」となったのだ。

例えば「ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド」はビリー・ホリデイが作曲作詞した代表曲だが、その歌詞は母親が少女に「金を稼いで来る子供は神様に好かれる」という内容だ。それは14歳(13歳だったか?)ですでに金を稼いでこいと売春に出すハーレムの黒人の悲惨な生活情景なのだ。それまで神様に対する祈りの歌だと思っていたが(例えばドルフィーの演奏など)、その現実的な歌詞に驚いてしまった。

ビリー・ホリデイが注目されたのはブルース歌手としてのビリー・ホリデイなのだが、彼女は黒人はブルースだ、とする白人の思い込みを否定する。黒人をブルースの中に閉じ込めておきたい白人の願望なのだとも。ビリーはラブ・ソングでもダンスミュージックでもプロテストソングでもなんでも歌いこなすことができるのだ。だからブルースばかり歌わせようとする白人評論家やプロデューサーは我慢ならないという。それでもビリー・ホリデイのブルースは最高だと言いたくなる気持ちもわかる。

ビリー・ホリデイがそれまでの楽団付属のジャズ歌手との違いは、自ら作詞作曲出来る能力があって、それも素晴らしい曲が多い点がある。彼女の曲は他の歌手に歌われたり繰り返し演奏されたりするのだ。すでにスタンダードとなっている曲も多い。

そんな中で特異な曲と言えば何と言っても"Strange Fruit"「奇妙な果実」だろう。ビリーがその歌で描写する世界のリアリズム、まさに当時置かれていた黒人の状況は現実世界でもあり(KKKの黒人リンチ事件の社会)、それ以上にビリーが置かれている状況でもあったのだ。「奇妙な果実」はビリーの人生そのものでそのリアリズムこそがまさにプロテスト・ソングなのだとあのチャールズ・ミンガスが言っていた。屍肉の焼けた臭いとか彼女が口ずさむことが自体が白人には我慢ならないことなのだ。

しかし彼女の本質はラブ・ソングにある。それもハッピーエンドなラブ・ソングではなく、恋人に逃げられそれでも追いかけ虐げられても愛してしまう女のラブ・ソング。こんなの愛じゃないと満ち足りた女性はいうのだろう。しかし、彼女は歌の世界で満ち足りていたのだ。その歌で満たさなければならなかったのだ。

この映画では流れなかったが晩年の傑作として名高い"I'm A Fool to Want You."がある。まさに愚かな女なのだが、それがビリー・ホリデイなのだ。その歌を他人の歌じゃなく彼女の歌として歌う姿に感動してしまうのだ。彼女の絶唱と言ってもいいかもしれない。

同じような曲で彼女が晩年に作った"Don't Explain"は彼女の最後の歌だった。すべての愛する男に突きつけるラブ・ソングとして。

でも一番好きなのは曲は"Swing, brother, swing"。同志であり聖母であり魔女であり弱い女であり強い女でもある。相反する性格が入り混じって証言者によって違う顔を見せる女。だから歌ごとにリアルな彼女を表現できる。ビリーの歌そのもののがビリー・ホリデイとしか言えない。


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