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目覚めて見る悪夢の世界

『アサイラム・ピース』 アンナ カヴァン (著), 山田 和子 (翻訳)(ちくま文庫 – 2019)

出口なしの閉塞感と絶対の孤独、謎と不条理に満ちた世界を先鋭的スタイルで描き、作家アンナ・カヴァンの誕生を告げた最初の傑作。

TwitterのTLの読書垢で自己啓発本ばかり100冊を紹介して読書せよ、というTweetが、ほとんどブックオフで買える本だとかドストエフスキーや古典がないなのど反論が出たのですが、読書は中毒性が高いから、自己啓発本でも文学でも哲学書でも依存症になる。薬物の違いで、マリファナが効くだのコカインじゃなきゃ駄目なの言っているようなもので、年間100冊読む人は依存症を疑ったほうがいい。

何かに依存してなきゃ生きていけないというのは集団性によるものなのかな。依存症の中で適正な依存を見つけるしかないんだよね。愛とか家族とかお金とか。読書も現実に失望しては別世界を夢見る麻薬性が高い。

最近は本を買わなくはなったが、それでも古本屋で本を漁ったりしてしまう。電子書籍は青空文庫なんて原っぱに葉っぱが生えているようなものだった。

売人(作家)になるのが一番いいのかな。それはそれで地獄だと思うけど。

アンナ・カヴァンを最初に読んだのはサンリオSF文庫『氷』だった。それから彼女の虜になり何冊か読んで、『アサイラム・ピース』は発売予定になっていたがサンリオ文庫がなくなってしまった。それから再ブームがあり、そのときは手にしなかったが、文庫で手に入れて放置してあった。読むべきタイミングがあるというのか、今日は読む日だったと感じた。「アサイラム」は保護者のいない児童とか亡命者という意味らしい。クリニック(精神病院)に入れられた者(ピース)たちの話。彼らはそこを出られると思っている。愛する人がやってきて。でも置き去りにされる。

『召喚』はバーで親友と飲みに行き、そのあとレストランに入って、バーにいた同じウェイターが気に入らないないと彼女は思う。そのウェイターが再び呼びにきて、怪しい男が彼女のスーツケースを持って待っている。逮捕されそうなんだけど彼女はその事実に覚えがなく、振り切ってレストランに戻る。彼に一部始終を笑い話として伝える。彼は笑いもしないで、ちゃんと確かめた方がいいという。彼女はその常識にしたがったばかりにこれから続く苦しみに耐えなければいけないという(答えは次の短編で明らかになる)。カフカ『審判』の世界を地で行っている世界は、まさにヘロイン中毒の彼女の身に起きたこと。次の作品『夜に』では囚人となっていた。

アンナ・カヴァンの文章のヤバさは幼いときの幸福な思い出が一転して薬中の老婆になってしまう。オセロゲームのようにある時、白から黒に一斉に変わる。別世界のように。その原因が幼い時の幸福さにあるのではと思い込んでしまう地獄絵図。そういうことは、そう度々起きることではないけど起きるかもしれないという恐怖感に囲まれて生きている。だからまた続きが読みたくなる。ホラー小説でもあるのだけれども。

愛する人が一転して彼女をそんな精神病院に置き去りにした人になってしまう。その彼ら「アサイラム・ピース」を冷静に観察している別人格もいるということだ。覚めているもうひとりの別人格が作品を書き続ける。麻薬が切れた後の覚めた感覚を寒さと言っているのだが、『氷』はそんな世界。

『アサイラム・ピース』で少女(新婚さんなのか?)が恋人にクリニックに入れられ、別の病人がしきりに「クリニック」に入れないほうがいいと彼を説得する。それが通用しないことはわかっているのだ。そういう病人を何人も観察しているので。そして案の定そういう結果になる。そのとき少女を抱きかかえて幸福感に包まれるような感覚。そういう二面性を覚めた筆致で書いていく。だから「クリニック」の出来事はカヴァンにあったことなんだけど別世界のように思える。



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