恥を知れ胎内地蔵の水子かな
29日は5時半にネットカフェを出て、コンビニでおにぎり買い、松山城で朝食散歩。ケーブルカーの運行はまだでどこから松山城に入るのかうろうろしていた。子規の句碑も目当てだったので、探して歩く。
街道沿いにも子規の句碑が並んでいてやっぱ俳句の街のイメージ。小学校も立派すぎて松山は文化度が違うと関心してしまう。電車の中でもスマホ学生は見慣れた光景だが、やっぱ俳句なんぞ打っているのだろうか?と思ってみたり。
四方(しも)に秋の山をめぐらす城下哉 子規
杖 に よ り て 町 を 出 づ れ ハ (ば)稲 の 花 子 規
秋の日の高石懸(たかいしがけ)に落ちにけり 子規
山城の廓(くわい)残りて穂麦(ほむぎ)哉 子規
子規に刺激され一句。
百日紅(さるすべり)城下に刻む子規の句碑
やっと松山城の登り口を見つけたが当たり前だけど坂道や階段!朝からランニングする人に追い抜かれ背中を追いかけハードトレーニング。
へとへとになりながら松山城到着。ただおにぎりを食べる場所を探していただけなのに、朝から何をしているんだ。
天守閣を眺めながら朝食。
天守閣に入れるのは、9時からで2時間以上もあったので休憩して下りることに。足軽の仕事はここまで。そう言えば松山城の広場でラジオ体操していた。
足軽や朝飯前の城攻めか
松山城はスマホの電波が入らない。Wi-Fiも不安定で。昨日の夜もスマホの電波が入らないで困ったことになった。アーケードのせいかなと思ったのだが松山市全体がそんな感じだった。この近くにもお遍路があったと思い、第48番・浄土寺へ。
ここは弘法大師じゃなく空也像がある。重要文化財だから普段は観られないのだが看板だけ。
正岡子規の句碑もあった。
「霜月の空也は骨に生きにける」
俳句ポストがあり、俳句を作ろうと考えたが出てこず。そそくさと退散。
次に向かったのは(また道後温泉に戻って)、第51番札所・石手寺。石手寺は石を握って生まれ変わった人の寺だが、完璧に密教系だ。秘法館みたいな建物もある(入らなかったが)。胎内潜りの洞窟(こっちは入った)が真っ暗で蝙蝠が飛んでいた。
暗すぎて地蔵に足をぶつけたり大変だった。
お化け屋敷じゃないんだから。
石手寺は、なんの寺だかよくわからない銅像ばかりだ。
一日いても飽きないかも。七福神は、仏教に帰依した神様たちだから、その他大勢の神様が揃っているという感じなのか?
そしていよいよ道後温泉「神の湯」へ。
思ったより大したことなかった。というか銭湯よりも狭い。湯船には二人も入れればいいぐらい。それに時間制限に休憩室も改装中なんでそそくさ退散。松山を出て宇田津まで戻り、違う公営温泉に入って慰安した。
夜道をとぼとぼネットカフェへ。信号の交差点にも俳句があるのだ。
平地の30分ぐらいは平気で歩けるようになっている。階段は苦手だけど。結局、もう一日四国に泊まることにした。始発に出れば夜には横浜に着く。夜遅く帰っても地元なので地図を見ながら帰ることもない。
このまま四国にいたほうが平和に過ごせるかな。それは非日常だから、日常のストレスない。ストレスは、スマホのバッテリーと地図アプリのいい加減さぐらいだ。TVも見ないしネットもそれほどやらない。
この日は、お遍路二寺と城一つ攻略した。全部で十ヶ所(城はお遍路には含まれないか?)帰りに五キロ先にお遍路があったことを知る。次はここからだな。