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『ペパーミント・キャンデイー』の懐かしさ

『ソウルの風景: 記憶と変貌 』四方田犬彦(岩波新書)

南北首脳会談の実現,大統領のノーベル賞受賞に沸いた2000年の韓国.激動の1979年を過ごしたソウルに再び長期滞在した著者が出会ったものとは何か.高度消費社会と伝統回帰,「北」をめぐる映画,「光州事件」,「日本文化開放」と元従軍慰安婦の集会…人々の姿,肉声から,「近くて遠い隣国」の今が幾重にも映し出される.

著者である四方田犬彦は、映画本を読んでいたので(本人は映画評論家ではないと言っているそうだ)、なんとなく購入していた。韓国映画ブームもあったのか、そのへんのことも書かれていて面白い。ここで書かれているにはひと世代前の韓国のことで、韓国では世代間ギャップが日本以上に激しいという。それは、韓国フェミニズムが日本以上に進んでいることからも伺えるだろう。ここでは、そういうフェミニズム的な話は一切ない。

1 大衆消費社会の到来

そういえば2000年代ぐらいか、それまでの韓国映画とは明らかに質が違って話題になり2010年頃には日本を追い越して、今は韓国映画ブーム(2020年ぐらいまで)が当たり前のようになって来ていた。韓国の変貌も、映画と共に日本を追い越している感じがする。それは韓流スターの活躍が国際的ななのに比べ日本のスターは国内オンリーなのだ。

韓国の386世代の活躍、その後に486世代と586世代という世代間の断絶は日本以上に激しく、朴正煕政権の弾圧を知るもの80年代の民主化運動(光州事件)の前に韓国へ滞在時にKCIA(韓国の秘密警察)に呼ばれて日本語を話す者の面接をしたという話が恐怖体験として語られている。当時は著しくレッドバージだった時代で、民主化運動で学生や教師はKCIAから拷問を受けていた。

それが2000年になると同じ建築内でも学生がゲバラTシャツを着ていたりしたのそうだ。彼らは思想的にはノンポリで単にファッションだけの興味しかないのだが、日本以上に世代間で感じる差異があるという。

そんな386世代は、ポン・ジュノ監督に代表されるように韓国を牽引している世代だ。

三八六世代(韓国における特定の世代を指す用語。広義的には1990年代に30代(3)で、1980年代(8)の民主化運動[3]に関わった1960年代(6)生まれの者を指している)ウィキペディア

3 北をめぐる映像映画

彼らのはすでにハリウッドの映画スタイルを学んでエンタメ映画として次々とヒット作を生んでいる。『JSA』の世界的ヒットは北朝鮮の見方を変えた。

そうした世代から育てられた次の世代は日本以上に消費世代と言えるし、また韓国の息苦しさを感じて、弾圧されたわけでもないのに国外に居住するものが増えている。また北朝鮮からの亡命者も増えている。『JSA』の興行的成功は、政治問題である北朝鮮問題を韓国社会が消費していく構造として、高度資本主義としての南北問題はすでに観念的に南北統一を謳い上げる時期は終わって、分断という経緯も商品化することに成功したのである(ドイツの統一の混乱の現実を知っている)。さらにTVドラマでの『愛の不時着』ではネット・メディアを通じて世界配信という商品化にも成功している。

4 金大中のノーベル賞受賞

金大中のノーベル賞受賞。金大中氏は全羅南道出身者。慶尚南道の者は、彼に否定的。地域格差がある韓国。光州があるのが全羅南道。それまで大統領は、慶尚南道出身者が多かった。日本だと東京と大阪の差だろうか?しかし、それ以上に地域差別が激しいのだ。新羅と百済の対立以来だと云うものいる。

5 聖域となった光州

韓国を語る上で外せないのが光州事件だと思う。日本の敗戦の断絶のように、それ以前とそれ以後はかなり違った社会になっていった。著者が案内された、二つの共同墓地(墓所)。韓国では先祖崇拝が日本以上に強い。それは儒教の影響が日本以上だからなのかもしれない。だから、墓所は重要な場所となるのだ。韓国の伝統や帰属意識ということで。旧墓所は、実際に光州事件での犠牲者を埋葬した場所であるが、今は訪れる人もほとんどいない。

1997年に国家予算で新墓所が近くに建設されて、そちらが墓所というより観光名所になっていた。記念館的な、それはアウシュヴィッツもヒロシマでもそうなのだが、世代間の断絶があるように思える。二十年という時の経過が示すことの隔たり。光州が「文化都市」として消費されていくと感じる著者である。映画も『ペパーミント・キャンディ』から『タクシー運転手』の隔たりがあるのかもしれない。

6 日本の影

一番の変化は、日本文化の需要だろう。韓国の80年代は、日本文化を禁止していた。音楽や映画。文学はそうでもなかったのは、日本の反体制文学もあったからだろうか?そんな中で在日はチョッパリと呼ばれ韓国人扱いされなかったという。この悲劇が李良枝の文学だったのだ。

しかし、大学では禁止されている日本の漫画や映画の海賊版がどこでも売られていた。ネット社会になるともう禁止することは出来なくなる。日本文化の需要が音楽や映画だったのはうなずける。そして、村上春樹。最初『ノルウェーの森』を翻訳した時(80年代か?)はまったく売れなかったが、90年代の『喪失の時代』と題名を変えて売り出すとベストセラーになった。そして、ハルキ的作家(ハルキ世代)までも出てくる。

その後に嫌韓日本人の韓国で活躍。ミズノ先生(水野俊平)の人気(ケント・ギルバート的な?)、別名義の野平俊水『韓国反日小説の書き方』は同一人物。

7 二人の作家

四方田犬彦が全世代の批評家なのか、ここに登場する韓国作家も今では日本ではそれほど知られていない。有名な女性作家が出てくるのは、その後のことなんだろうか?それも新世代との断絶と考えてしまう。

李浩哲(イ・ホチョル)。後藤明生と中学が一緒だった。占領下の韓国時代だ。そして、朝鮮戦争では北(人民軍)として、参加。捕虜になって韓国に帰化。日本ではほとんど知られておらず『南のひと北のひと』が翻訳されたが絶版。南北問題をテーマにした小説家のようだ。亡命者の文学。

李清俊(イ・チョンジュン)は、映画『風の丘を越えて/西便制』(1993年)が公開されたから、その原作本としてハヤカワ文庫から出ているが、それほど知名度が高くはなかった。ただ『トラウマ文学館』に納められていた李清俊『テレビの受信料とパンツ』は読んでいた。あまり覚えてないが。

やはり韓国の伝統社会を求めていくあたりに世代間のギャップが感じられる。

8 水曜集会

従軍慰安婦の抗議するための集会。「ナヌムの家」はドキュメンタリー映画で見た記憶があった。韓国国内では、従軍慰安婦問題はまちまちで、多くの人は関心がないという。ただ「ナヌムの家」の元従軍慰安婦である女性たちも高齢化しており(この時で80歳)、共同生活を見学に来る日本人の対応に追われているという。

著者は天皇が皇后と謝罪に来て膝を交えたならばというフィクションを騙っている。

9 歴史と他者

最後にイ・チャンドン『ペパーミント・キャンディ』の話だった。李良枝の話も出てきた。ここだけ読んでも涙が出てくる。ただ『ペパーミント・キャンディ』は世代間分断の映画なんだよな、とあらためて考えてしまう。


関連書籍

『文藝 2019年秋季号【特 集】韓国・フェミニズム・日本』


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