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不条理なシングルマザーを演じるアングラ女優は沈みつつある世界に愛を叫ぶ

『茜色に焼かれる』(フィルムランド/2021)監督石井裕也 出演尾野真千子/和田庵/片山友希/オダギリジョー/永瀬正敏

解説/あらすじ
この世界には、誰のためにあるのかわからないルールと、悪い冗談みたいなことばかりがあふれている。誰もが自身を偽り、まるで仮面の生活を強いられているかのように。そんな、まさに弱者ほど生きにくいこの時代に翻弄されている一組の母子がいた。哀しみと怒りを心に秘めながらも、わが子への溢れんばかりの愛を抱えて気丈に振る舞う母。その母を気遣って日々の屈辱を耐え過ごす中学生の息子。果たして、彼女たちが最後の最後まで絶対に手放さなかったものとは? もがきながらも懸命に生きようとするその勇気と美しさに、きっと誰もが心を揺さぶられ、涙する。社会のゆがみがいよいよ表面化している現代なればこそ生まれ得た、激しくも深い魂の軌跡。これは、あなた自身の現実、今日を生きる私たち自身の物語。

いまある問題をすべて詰め込んでその中で生きるシングルマザーの物語。夫が交通事故で無くなり、加害者がアルツハイマーで罪に問われず示談金も拒否してしまった(当事者が謝罪しない)その負債がすべて母親に被さっていく。その中でパートの首切りや性風俗差別や義理の父親の介護費用、夫の愛人の養育費、息子のいじめ問題。さらにファッション・ヘルスの同僚の女の子の父親の性暴力から彼氏のDVまで女性蔑視。最近の海外の映画でもそれらの問題をテーマにした映画が多い中で、日本で正面から問題化した映画は、それほど無かったのではないか?

でも問題は全然解決してないという。負債の金だけは友人の自己犠牲によって解決されたのか。それと息子が結局一番トップに立たなければダメみたいな結末。父親がどうしようもなくその場限りの男だったから。そんな男を愛した報いだったわけで、ただ笑顔を見せるだけで明日のために乗り切ろうとする。けっして、従順というわけでもなく、事故を起こした相手側に抗議に行く(弁護士に軽く対処される)、首になったホームセンターに嫌がらせに行ったり(無駄な行為だった)、息子の学校にも抗議に行くのだが、問題解決から程遠い。さらに、新しい恋人も出来てファッション・ヘルスも止めて新たな青春をつかもうとするが男の方は家族もいる遊びだった。

そんな状況をシリアスな映画というよりは笑いで見せるのだが、ヒロインの尾野真千子が主演女優賞になるぐらいの熱演。この映画が代表作になるかもしれないというのは間違いなく、この映画も今年の日本映画のベストなのは間違いないだろう。

さらにファッション・ヘルスの同僚の片山友希の演技も素晴らしい。二人で居酒屋談義は最高に面白かった。

そんな映画だがシングルマザーの田中良子は、こんな状況でも夢があるのだ。コロナ禍で店じまいした喫茶店をもう一度やり直すこと。不合理な社会問題に立ち向かいながら、生きることに必死だった。その最大の問題は金銭問題でその金額が映画の中で繰り返し出てくる。

映画をシリアスな問題山積みなのに暗くしていないのは、息子の視点からそんな母の奮闘ぶりを喜劇的に描いているからか。ファッション・ヘルスのお姉さんも息子をデートに誘ったり、なんだかんだで明るい青春時代だったのだ。しかし、住んでいる部屋が不良高校生に焼かれるというのは、とんでもない事件に遭遇してしまうのだが。ルールということが言われる。社会のルールに則って生きているのに外れてしまう弱者の物語。

その反撃を始めるのだが空を切るようで、その空が夕焼けが沈む茜色に喩えてた情景描写が美しい。それは闇夜を迎える直前なのだが、それでも沈みゆく太陽に希望を託してしまうヒロインだった。最終的には同僚の死によって一時的に彼女の負債はチャラになるのだが、それでも先行きが明るいわけでもなかった。それを演じることで乗り切っていくヒロインは、元アングラ女優だったという設定で、老人ホームの慰問で彼女のそのドロドロした感情を演じるクライマックスは今の時代笑いでしかないのか?



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