見出し画像

内輪なる「短歌の世界」

『短歌の世界』岡井隆 (岩波新書)

わずか三十一音で紡ぎだされる詩の世界.その可能性に挑みつづけた前衛歌人は,「つくる」ということをどう見つめてきたか.比喩,詞書,序詞,連作といった技法から,事実と虚構,写生,即興,音韻の問題,さらには民衆,風土,戦争とのかかわりまで,自在な筆致で,短歌をこえるようにして短歌の核心に迫る,本格的入門書.

アマゾン紹介文

岡井隆の短歌入門書。以前読んだ『短歌入門』に比べて読みやすいエッセイなのかと思ったら最後に「基本十箇条を考える」が岡井隆が言いたいことのすべてだった。それまでは短歌で言うところの助(序)言葉みたいなもので、エッセイ的に過去の短歌から最近の短歌まで述べている。

それをまとめるとうたは過去のうたの集積として現在の自分が置かれている最先端の歌があるということ。それが岡井隆の前衛(性)短歌なのだ。ラジカルというのは「根源」のことであると間章も言っていた。

その「根源」としてのうたが『万葉集』というそれは「アララギ」派のポリシーみたいなもので、そこに属している結社の共同体体験が、切磋琢磨していい短歌を生み出していく。それは斎藤茂吉や釈迢空や伊藤左千夫などが排出した鍛錬としての場なのかもしれない。そして結社は少数精鋭である場所が好ましいという。

ただ今の風潮はネットで誰もが気軽に創る短歌が主流で、こうした文学としての短歌はすでに流行らないと思ってしまう。どこまでも自己陶酔の世界なのは共同体にいても一人でも変わらないと思うのだ。結社の有効性は確かにあるが、それ以上に束縛される短歌道というものがあるような感じだ。

それが「アララギ」という一つの結社としての思想性があるのである。党派性と言ってもいいかもしれない。それは例えば文語でなければいけないとか文法上正しくあれとかそういうことだ。

最近の現代短歌では口語が主流になってきたが結社では未だに文語のような気がする。まあ属する結社によっても違うのであるが。それは結社に入れば個人の短歌ではなく結社の短歌として責任を持つということもあるという。それは短歌の世界だけで生きていくのには金がかかるからだ。だから結社の構造上、存続させてゆくには過去の実績のある歌人とスター的な存在の歌人が必要になってくる。このへんはビジネスに関することだが、今はビジネス短歌の時代なのだと思う。

それでも毎日歌が好きで日常的に短歌を好きで歌う主婦層のようなグループもある。それでいいのだと思う。ただ文学的に言えば彼女らは購読層でビジネスを考えてはいない。そういうところから、思わぬ異才が出てくる場合があるような。

現状の短歌世界に浸っていたら改革は出来ないと思う。なによりビジネス短歌となっている現状があるのだ。いかに短歌を売っていくのか。その延長線にアイドル短歌とかあるのだ。多くは人気歌人とその取り巻きで成り立っている世界だと思う。

例えば最初の「基本十箇条を考える」で、「日本語を愛すること」となっている。そこまではありかなと思うが「国語愛」なんて言われると反発してしまう。この人は母語と母国語を一緒にしてしまっているのだろうなと。だから国語とすることで、それは古い『万葉集』の伝統というのだ。

根本的なものは誰にもあるだろうが、それは『万葉集』ではない。国語とされるものの絶対性なんてないのだ。それは田中克彦『ことばと国家 』(岩波新書)を読めば、母国語と母語の違いが明確に示されている。母国語は例えば日本語という縛りがあるのだ。それはアイヌの母語を持っていようが、琉球の母語を持っていようが標準語に変えられてゆく。それが美しいとは思えない。だから『万葉集』にも東歌というジャンルがあるのだ。それはまだ統治されてない最後のうたなのだ。『万葉集』の成立過程をみればそれが国家主義とつながってゆくかがわかるはずだ。

そこに斎藤茂吉と折口信夫(釈迢空)の対立もあったのだと思う。外部の思想なのだ。文学の内輪性は、どこにでもある。短歌の世界だけが別なのではなく、小説でも文壇の力というものがあるのだ。しかし今は部外者、例えば外国人と言われる人が日本語の小説を書く時代なのである。それが正しい日本語である前に彼等は書かなければ(発話)しなければならないことがあるのである。

短歌の世界も今は日本だけのものではない。例えばロシアのウクライナ侵略の中でも両国の人によって俳句(最初短歌としましたが俳句だったことに気が付きました)が詠まれている。それは日本語ではないが、切実さは翻訳でも伝わってくる。正直言って、そのような俳句を日本人が詠めるのかというと詠めないと思う。ただそれがすべてだと言いたいのではない。多様性に言葉は開かれるということなのだ。


この記事が参加している募集

#読書感想文

190,092件

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?