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サンクトペテルブルクの妄想文学

『ロシア的人間-新版』井筒俊彦 (中公文庫 い 25-7)

何が彼らを突き動かすのか
今やロシアは世界史の真只中に怪物のような姿をのっそり現して来た――。千変万化するロシア国家の深奥にあって、多くの人を魅了する魂のロシアとは何か。プーシキンからドストイェフスキー、チェホフにいたる十九世紀の作家たちの精神を辿りつつ、「ロシア的なるもの」の本質に迫る。

ロシア人の終末論的救済論にロシア正教があるのだが、それはかつてロシアが韃靼人(タタール人)に支配され奴隷状態に置かれ、その記憶が虐げられた人々の救いとしての英雄待望論につながった。そしてイスラム勢力から彼らを解放したイワン雷帝はツァーリズムと教皇権力を一体化させた絶対君主となった。しかし庶民は相変わらず虐げられた人々のままなのだ。

ユーリー・ノルシュテイン監督が1971年手掛けたアニメーション『ケルジェネツの戦い』は、このダッタン(タタール)人の支配からの戦いとして、イスラム教とロシア正教の姿を描いている。

異民族からロシアを救済する。そしてロシアはただ一つハルマゲドンから世界を救出出来る国だと伝統的に思い込む知識階級の者たちがいた。しかし権力者は自らの保身しか考えていない。そしてピョートル大帝がモスクワ・ロシアを滅亡させて、西欧化を取り入れた近代化を進める。そのときに遷都されたのがサンクトペテルブルクなのだ。

プシーキンはピョートル大帝の夢を詩に描き理想の国家を夢見た。サンクトペテルブルクからロシア文学の幻影の都としての文学が始まっていく。ロシア文学の誇大妄想的な救済論と終末論の思想は、プシーキンから、レールモントフ、ゴーゴリ、ゴンチャロフ、ツルゲーネフ、トルストイ、ドストエフスキー、チェーホフまで綿々と受け継がてていく。


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