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2.26事件の人間絵巻

『新装版 昭和史発掘 (7) 』松本清張(文春文庫)

いよいよ佳境、2・26事件のクライマックス

事件当日の決行部隊の動静、重臣襲撃の様子を綿密な取材で異様な緊迫感とともに活写。「襲撃」「諸子ノ行動」「占拠と厳戒令」を収録

担当編集者より
2月26日、遂に重臣襲撃決行。「いよいよ始まった。余の筆ではこの時の感じはとても表し得ない。あの快感は恐らく人生至上のものであろう」(磯部浅一)。拳銃で撃たれたうえ軍刀で切り刻まれた高橋是清。夫人の機転で一命を取り留めた鈴木貫太郎。女中部屋に潜んだ岡田啓介。戦勝気分に酔い痴れる青年将校らであったが……。
内容説明
二月二十六日、遂に重臣襲撃決行。「いよいよ始まった。余の筆ではこの時の感じはとても表し得ない。あの快感は恐らく人生至上のものであろう」(磯部浅一)。拳銃で撃たれたうえ軍刀で切り刻まれた高橋是清。夫人の機転で一命を取り留めた鈴木貫太郎。女中部屋に潜んだ岡田啓介。戦勝気分に酔い痴れる青年将校らであったが…。
目次
襲撃
「諸子ノ行動」
占拠と戒厳令

2.26事件の当日の様子からその後の処理まで。憲兵調書とか各人の証言も様々で読みづらいのだが慣れてくると面白くなってくる。それはそれぞれの人間の思惑とか?事件よりも人間の心理面の興味にあるのかもしれない。そのへんが後に推理小説作家としても事件そのものよりも人間の心理面に興味を惹きつける松本清張の文学の礎となっていると感じる。

青年将校たちの一途さもあるが、情けをかけるものいたり(安藤大尉は夫を庇う夫人の気高さに圧倒されて止めを刺さなかった、結局それが鈴木貫太郎を生かすことになる)、自分の手は汚さずに部下に命令する者がいたり、政権側は誰もが及び腰で青年将校の行動を認めるしかないというようなうろたえる人が多かった。その結果、天皇は首相らを殺害するのは反乱軍だとし、それを鎮められない政権に苛立ったりするのだ。

警察(警備)側も自ら命懸けで首相を守る警察官がいた一方で、軍隊に威圧されて逃げ出す者や守れないところもあったりして、このへんのドラマも証言からリアリティあるものになっている。特に高橋是清の暗殺の証言は壮絶だ。それぞれ保身する者、任務に命がけの者と様々な人間模様が描写されているのがこの本の面白いところ。

結局、青年将校たちを煽った北一輝は青年将校に自重することを伝えて皇道派の重鎮真崎大将に従うように言うしかなかった。北一輝も新興宗教の教祖タイプでイメージとしていた論理派とは違っていた。また真崎大将も天皇の真意を知ることになって、それ以上に青年将校に関わることをしなかった(保身するのだ。そのあたりの松本清張の視線は厳しい)。

結局、梯子を外された形で終焉するしかなかったのだが、一時は青年将校たちはクーデターが成功したものと思って万歳する部隊もあったという。青年将校の論理派の磯部浅一一の獄中の『行動記』などからの引用も多く、三島由紀夫が惹かれたのも磯辺の手記だと言う。

結局、天皇機関説(天皇よりもそれを支持する政権が権力を握る)よりも天皇の意見が重要だったのかと思う。それ以上に政権は及び腰だったのだ。だから青年将校たちの反乱軍も自分たちに勝機があると思っていたという。その梯子を見事に外されたのだ(もともと青年将校だけのクーデターで国民も政権内にも支持者はいなかったと松本清張は考察する)

日本だとクーデターもいろいろと制約があって難しいのかと思った。三島由紀夫が自衛隊に乗り込んだぐらいではクーデターは起きないのだ。斎藤瀏(歌人の斉藤史の父上)を恫喝した石原莞爾が鎮圧側では評価を上げたようだ。


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