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日記 いびつでもなんでもないのかもしれない。

 7月20日(土)

 8時起床。休日。快晴、すさまじい熱波。二日前から左の耳の調子がなんとなくおかしい。耳鳴りがしている。例えるなら、oasisの『I'm Outta Time』のイントロの一番最初の音がずーーっと鳴り続けているような感じ。でもいつまで経ってもいつまで鳴ってもリアムは歌い始めない、そんな感じ。
 朝から近所の耳鼻科に向かうも、まだ開院前にもかかわらず病院の前にはすでに長蛇の列ができていて驚く。受付番号は44番。本を持ってきていてよかった。本当によかった。『台湾文学ブックカフェ〈3〉短篇小説集 プールサイド』読み進めながら、待合室で気長に待つ。


 『海辺の部屋』読了。医師の父親と大学生の娘の狂気的な物語。ふたりに血の繋がりはなく、父親は自分のことを阿叔(おじさん)と呼ばせる。まさかの展開に思わず声が出た。これは愛の話‥‥‥ではないよな、きっと。執着、執念。おそろしい。下手なホラーよりよっぽどホラーだ。娘のために用意された海辺の部屋は、静かで平和で穏やかで、だけどそこはまるで監獄のよう。たったふたり、彼らはその部屋でどんな時間を過ごしていくのだろう。二人の日々はまだまだ長い‥‥‥。ぞっとする。

阿叔は彼女のそばで、月桃の葉の形をした彼女の手の甲を人差し指で、Zの字形でなぞりながら落ち着かせようとしたが、手首のくるぶしを越えることはなかった。指の腹はざらざらとして熱を帯び、体内の熱で乾煎りされた舌先のようだった。

黄麗群『海辺の部屋』


 『ぺちゃんこな いびつな まっすぐな』読了。スクールカーストのてっぺんからあっという間に転がり落ちてしまった主人公の男子生徒は、いじめや嘲笑の対象であった生徒たちとの交流を深めていく。ゴミ箱の近く、教室の辺境に座っているのは、担任の目から見ていびつでゆがんでいると見なされた生徒たち。抜毛症の少女、ゲイの少年、成績ビリの少女。期末試験で学年二位となり、担任から「席替えが必要か?」と訊かれた主人公は、微笑んで首を横に振る。夏、彼らは持ち寄ったお菓子を食べながら、他愛もないおしゃべりをする。

 彼は思った。もともと、このちっぽけな場所は夏の天気と同じようにうっとうしい。いびつな者たちはみんな出ていきたいのだ。もしかすると、ここではいびつな者と見なされていても、外の世界ではいびつでもなんでもないのかもしれない。

陳思宏『ぺちゃんこな いびつな  まっすぐな』


 彼らが抱えるさまざまな問題。家族、性、暴力。やがてすべてが燃え始めて、彼らは油鍋のなかでカリカリに揚げられる。そして彼が見たのはひとすじの垂直の雲だった。美しくまっすぐな雲‥‥‥。なんて過酷な物語なのだろう。青春と呼ぶのは少し憚られる、でも紛うことなき彼らの青春。最後の一文、抜毛症の少女の言葉がほんとうに悲痛で、ほんとうにつらい。すごいものを読んでしまった。

 結局二時間ほどで病院を出、薬を受け取り帰宅する。限定モデルのニューバランスのスニーカーを買いに行くと気合十分で出かける夫を見送り、軽く昼食。冷蔵庫のあまりもので即席ワンプレート。雑穀ごはんにサラダチキン、にんじんのクミン和え、塩味玉。

 夫から無事にお目当てのスニーカーを買えたとLINEがくる。うれしそう。最寄駅で待ち合わせ、昔ながらの和菓子屋さんでおやつタイム。夫はミルク宇治金時、私はアイスコーヒーと葛まんじゅう。かき氷を分けてもらう。今年初めてのかき氷、火照った身体に染み渡るような美味しさ。

 本屋をぶらつき、スーパーで食材を買い、マックに寄って帰宅。バス停から家までの徒歩5分で、じんわりと汗が滲む。夫の発案で大量購入したチキンナゲットをわしわし食べながら、昼からハスカップ&グァバ味の酎ハイ飲む。夫はビールを飲んでいる。なんてジャンクで不健康でしあわせな時間。

 雨の神宮球場、横浜戦。村上ホームラン、オスナの二打席連続ホームラン!ホームランが多いとつば九郎の姿をたくさん観られるのでうれしい。幾多のピンチをなんとか乗り越え、ヤクルト勝利。ヒーローインタビューでのつば九郎の向日葵マイクにほっこり。三年間よろしくお願いします、というオスナの言葉、嬉しすぎる。

 寝る前『ぺちゃんこな いびつな まっすぐな』を、ぱらぱらと読み返す。未読の話を読もうと思っていたのに、ついページを戻してしまう。それだけこの話が心に残ってしまったのだろう。短篇とは思えない濃密さ。秀逸な映画を見終わったときのような感覚。さまざまなシーンの映像が、頭に思い浮かんで離れない(それは決して楽しいシーン、美しいシーンばかりではない)。台湾文学、おそるべし。

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