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日記 もっともっと小説しましょう。

 8月30日(金)

 9時起床。雨天。本来は早番勤務だが、台風10号の影響により昨日に続いての臨時休業。十年以上勤務しているが、二日続けての臨時休業は初めて。窓の外を見ると雨は降っているものの風はほとんどなく、本当に休みでいいのか?と不安になり何度も施設のホームページを確認してしまう。夫は食卓で在宅勤務。邪魔にならないように静かに過ごす。凍頂烏龍茶を淹れ、キッチンのカウンターにて読書。最近は高橋順子『夫・車谷長吉』を読み返している。ノートとペンを片手に、分からない言葉を書き留めそのつど調べながら、じっくりと読んだ。ノートに書き留めた言葉は「宿痾」「鬻ぐ」など。読み終わり、極楽浄土で好きな蓮の花に囲まれてにこにこしている長吉の姿を想像した。

 長吉は忘れない人だった。忘れないことは苦しいことである。地獄へ行ったら、ずっと忘れないことになるだろう。しかし長吉は極楽へ行って、好きな蓮の花の間でにこにこ笑ってるよ、と言ってくださる方が何人かいる。忘れた長吉と忘れない長吉。いまはどちらなのだろう。

高橋順子『夫・車谷長吉』


 じっくりと読み返したら、もともとたくさん付けていた付箋がさらに増えた。イチゴジャムを煮る甘いにおいが好きな長吉、庭にスミレが咲いたことを奥さんに知らせに来る長吉。常に死の影を背負っているかのような日々のなかで、ふと綴られる夫婦の穏やかな場面が好きだった。コーヒーを淹れにきた夫に、付箋がいっぱいやあ、と言われる。

 正午。セブンイレブンの金のハンバーグを使ってロコモコ丼を作り、夫の昼食に。私は冷凍していた今川焼きをトーストして食べる。カスタード味。美味。窓の外を見たら、家の真向かいのセブンイレブンが営業再開していて、たくさん車が停まっていた。日常はすぐに戻ってくる。私たちは運がよかっただけだ。

 松波太郎『カルチャーセンター』読み始める。あらすじも知らず、装丁に惹かれて手に取った本。書肆侃侃房の出版物は格好いい。途中、一時間ほど午睡。亡くなった祖母の家の押入れに隠れていたらヤクザの男に見つかって殴られる夢を見る。いやな気分で目覚めたら、部屋の光はやさしく、夫は相変わらずパソコンのキーを叩いていた。なぜかリップスライムの『楽園ベイベー』が流れていた。小腹が空いて、今川焼きをもうひとつ食べる。仕事中の夫の邪魔にならないように電子レンジの前で待機し、あと1秒のタイミングで取り消しボタンを押す。中のカスタードクリームが解凍しきれておらず少しシャリシャリしていたけれど、それはそれでシャーベットみたいで美味い。

 雨の音聴きながら『カルチャーセンター』一気に読み終わる。変な小説だなあ、と思いながら読み始めて、なんかちょっと読みにくいかも、と思いながら読み進めて、どゆこと?と思いながらさらに読み進めて、ある地点からぐわあーっと引き込まれて、最後の数ページでうわあそういうことかあ、と思いながら本を閉じてまたすぐ開いて1ページ目へ。あまりにも想像の斜め上の展開すぎて、呆気にとられている。手の込んだメタフィクションかと思ったら‥‥‥。こんな形で日の目を見る作品があるのか!(これは我ながら本当に素直な感想である)  どこからどこまでが虚構なのか分からない。いったいどれが現実で、どれが非現実なのか。いやむしろすべてが現実なのかどうなのか。小説ってこんなことまでできるのか。というか、していいのか!誰でもいいからこの本を押し付けて、小説ってこんなに自由なんだよ、すごいんだよ、と話しかけたい衝動に駆られる。帯に書いてある文章「松波太郎はそこにいた」、あなたもあなたもたしかにそこにいたんだね。そこにいたことをこんな形で残してくれるひとがいるなんて、ニシハラくんは幸せ者だ。これは青春小説であり、(こんな言葉はきっと存在しないと思うけれど)弔い小説だと思う。

 それでもニシハラくんがあそびに来てくれるようになってからは、少しずつ余分な力も抜けてきているように感じられてきている‥‥‥
「もっともっと」
 と励ますようにも声をかけてくるけれども‥‥‥
「‥‥‥うん」
 かえって力が抜けていっているようでもある‥‥‥
「もっともっと小説しましょう」もはや”小説”ですらないみたいだ‥‥‥「もっともっとショーセツを」

松波太郎『カルチャーセンター』


 夕飯。鰤みりん、ピーマンとエリンギの炒めもの、サラダ、豆腐とわかめの味噌汁。アマプラで『0.5の男』2話観ながら食べる。おもろ。夫が注文していたコーネリアスのツアーグッズのTシャツが到着し、見せびらかされる(この日本語はたぶん正しくない)。可愛くて少しうらやましくなる。

 明日は三日分の新刊と補充がくる。考えただけでおそろしくなるから、考えないようにする。早めにベッドに行こうとして、テレビの前の夫に「一緒にバルスせんの〜」と言われる。無視。ベッドのなかで『カルチャーセンター』少しだけ読み返す。そういえば、今日読んでいた二冊の本両方にピースボートが出てきたな、とふと思う。ふと思って、すぐ忘れて、寝る。

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