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日記 気怠い絶望、光。

5月27日(月)

 9時起床。雨天曇天。遅番勤務。朝食、頂き物のサイラーのパン(人との外食や頂き物のときは、ゆる小麦断ちのことは考えないようにしている。肌が荒れなければそれでいいのだ)、プチトマト、ソイラテ。サイラーのくるみパン、スライスしてトーストしてバターを塗ったら、永遠に食べ続けることができそうだ。それぐらい、美味しい。

 出勤中のバスの中でマリヲ『世の人』読む。読み終わる。自分にとっては1ミリも理解ができない、想像もつかないような世界がそこにはあって、読んでいてずっと苦しい。これって日本?本当に大阪??針が折れた注射器、パックからそのまま食べている生肉、緑色のスプレーペンキで「死ね」と描かれた襖。かるい調子で、説明も紹介もほとんどなく、次々に現れては消えていく「彼ら」。でも「彼ら」は確かにその世界に存在していて生活していて、これじゃいけない、このままじゃいけないとなんとなくみんな心の底で思ってはいるのだけれど
———「もう無理なんじゃないの?」———
 彼らのすぐそばにはドラッグがあって、なんだかすえた臭いがしている。気怠い絶望、みたいなもので満ちている。でも、そんな荒れ果てた世界にもたまに光が、本当にかすかな光が転がっていて、それは中学の同級生だった刑務官の無言の優しさ、「探偵!ナイトスクープ」のインタビューに答えてもらったクリアファイル、ケイタくんの「ええから家でワイン呑もや」という言葉、キヨちゃんが買って帰って来た指輪。ドラッグまみれの荒れ果てた日常のなかで、きらきらと輝いているモノ‥‥‥。こんな「暮らし」もあるんだなあ。本を閉じて、マリヲさんは今心穏やかに過ごせているのかしら、と想う。顔も知らない「彼ら」のことを、想う。

 全部の話にドラッグが出てきてしまっているので悲しい。嫌な気持ち。

 どこに、どこに帰る、帰る?
 夕日が奇跡みたいに綺麗だった、暑くて臭い部屋には何の想い出もなくて、ここからどうしようか、ということだけを考えていた。それからコンビニに入って、旨そうな弁当を見てた———。

 という、そのことを二回目の拘置所で思い出していた。

 それは手紙で、フネくんが僕の誕生日の前日に首を吊って死んだことを知った時だった。
 僕は拘置所で伝染った毛ジラミの治療のために全部の毛を剃ったところで、その股間を見ながら、バレないようにずっと泣いていた。ちょうど十八時になると窓から見えるマンションの共用の灯りがつく。その瞬間だけは毎日みることを忘れないように、股間と窓とを交互に見ながら、フネくんごめん、と思って泣いていた。

彼女はそれ以上に、僕の浮浪者じみた服装が嫌だったらしい。水がなくてコンビニのトイレの便器の水で注射した。本当に雑菌がいっぱいなんだと認識したその、太く腫れあがってしまった腕を抱えながら、彼女とそういった話をした。

 彼女とは、彼女じゃなくなってからも時々会っていた。ドラッグが手に入った時が多かった。ホテルで彼女は泣いて、あなたはドラッグが無いと私に会わないのじゃないか、と言った。僕は返す言葉がなくて、ベッドの端っこに座って頭を掻きむしった。

マリヲ『世の人』



 『世の人』を読んでいたら、ふいにF××K FOREVERという単語が出てきて、Babyshamblesの『FUCK FOREVER』を思い出して、久々に聴きたくなって、Apple Musicで検索して聴いた。Babyshamblesはリバティーンズのピート・ドハーティのバンドで、ピート・ドハーティはドラッグや様々な問題行動で数え切れないぐらい逮捕されている人で、そういえば彼は今もちゃんと生きているのかしら、と思って検索してみたらピートはちゃんと生きていてわりと元気そうで、だけど太っていて顔周りはパンパンで髭も生えていて、あー、と思ってそっと画像を閉じた。

 勤務。ある版元に注文の電話をかけると、だいたいいつも同じ女性が出る。そしてその人と私は苗字が同じ。あくまでビジネスライクなやりとりしかしないのだが、今日の電話の切り際に「私も同じ〇〇です」「あっそうですよね」「いつもありがとうございます」「いえいえこちらこそ」みたいな、ほんの少し血が通ったようなやり取りがあって、それでなんだかすごく嬉しくなって、電話線の向こうの〇〇さんに想いを馳せていた。

 帰宅して、夫が作ってくれたパスタを食べる。定額減税について説明してもらい、分かったような分からないような気分で、床についた。

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