10月25日「キラキラしたシール」
自分が小学生だったくらいの間に、技術革新というかパラダイムシフトがあったんじゃないかって思います。
おもちゃや駄菓子に描いてあるキャラクターは、ニセモノのドラえもんみたいなのがほとんどでした。それまでは。
クオリティも素人が描いたようなもので、子供も騙せないようなニセモノドラえもんみたいなやつです。
それがある時、あきらかな公式の絵、コピーライトの入ったイラストに次々と変わっていきました。
ニセモノのドラえもんのようなものもほとんど駆逐されていきました。
「うまい棒」のキャラクターとか、なぜかうまいこと生き残っているのも中にはいますが……
縁日でわたあめの袋がキャラクターの印刷になった時びっくりしたのをおぼえています。
お菓子の袋がアルミ包装になって、どんな駄菓子でも3色印刷になったのはもう少し後だったかな?
わたあめの大きな袋に、精細な印刷をされた人気キャラクターがずらり、と並んでいる光景から感じる魔力はやばかったです。キラキラ輝いてみえました。
われら兄妹、めちゃめちゃに欲しがるのですが
母親からしたら、
何を買わすんだアホか。
ザラメ糖でつくったわたあめに一体いくら払わせる気でいるのだ。
買ってやったとしてもおまえらがわたあめの袋を眺めてニマニマしてるのはほんの数分だけ。
袋から出してかぶりついた5秒後にはもう入ってた袋のことなど忘れているだろう。
袋代に高い金を払う甲斐がまったく感じられん。
今ならわかりますが、そんな感じだったでしょう。
子供からしてみれば、そのキラキラした部分こそが欲しいのですが……
実体のない、なんだかキラキラしたシールのようなもの。
オトナになっても、キラキラしたシールだけがほしい瞬間があると思います。
本質でも何でもないんだけれどキラキラしたシールを得る、その「実績」そのものが自分をランクアップさせたような気になるのです。
「それが何だというんだ」とか言われるとこのシールに描かれているキラキラしたものをバカにされた気分になったりします。
オトナになったらキラキラしたシールが貼られているものも気が済むまで買えるようになりましたが
キラキラしたシールに眩惑されていることは自覚しないといけないと思いました。
キラキラしたシールが貼られたものをシールと同一視して過大評価しないように、
貼られたものをけなされたときに、キラキラしたシールに仮託して怒ったりしないように、
いうのは簡単だけれど難しいかもしれませんが……
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