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1月26日「VB因習村」

阿礼「今回このグループに配属されることになりました、派遣の
朝石上 阿礼(あそしえ あれい)です。よろしくお願いします」
(こんどの人は……(ボソボソ))
(いつまでいるだろうね……(ボソッ))
阿礼「?」
「私語はやめてください!」

「す、すみません、さっきの話ですか? じつはあなたの前任者はみんな、失踪してしまっているんですよ……それも数週間もたたないうちに」
阿礼「いったいなぜ……」
「みんな『ここのシキタリは呪われている』と言い残していなくなりましたよ」
阿礼「『呪われている』?」
「さあ……? 派遣さん、あなたも気をつけてくださいね。呪われないようにね。アッハッハ」

「わけのわからないデマを朝石上さんに教えて、まったくしょうがない奴らですね……。呪いもおかしなシキタリもひとつもありませんよ」
阿礼「それはありがたいです」
「はいどうぞ。前任者が使っていたノートPCを支給します。パスワードは『PASUWADO』で固定です。変えないでくださいね。

「えーと、ドキュメント類はすべて、このグループウェアで管理されています。なにか必要なものがありましたら、随時……」
阿礼「そこから取得すればいいんですね?」
「いえ? このグループウェアは社員だけがアカウントを持っておりますので、朝石上さんはまず私にお声がけください。私が取ってきて、USBメモリに入れてお渡しします。メールもアカウントがないので、重要な通達はテキストでお渡ししますね」

「変更点は全部このように
『23/5/5  朝石上阿礼 アップデート ここから』
『23/5/5  朝石上阿礼 アップデート ここまで』
修正点がぜんぶコメントとして残るようにしてくださいね。
『いつでも 元に戻せるように』が基本ですよ!」
阿礼「あ、あの。バージョン管理ソフトウェアのようなものは…………」
「バージョン? 管理? ちょっとわかりません。回線が細いのでフリーソフトのダウンロードは禁止ですよ……?」

阿礼「この文字化けしているファイル、前任者が書き残したメモでは……。――やはりそうか、この部分の仕様はドキュメントなしに大幅に変更されているんだ!」
「やりますね、派遣さん……!」

「はけ――朝石上さん、このシートを見てください!」
阿礼「幅ゼロサイズに縮められた列があったようですね。やはりこのエクセル方眼紙のなかにはかつての遺構が残っている」

阿礼「そうか……使われている.NET Frameworkのバージョンは4.0! この古いバージョンにだけ存在する不具合と仕様上の制限が怪物を呼び寄せているんだ!」

「朝石上さん! そこを変えてはいけない! そこは、もう何年も前から一度も変更したことがないファイルなんだ」

阿礼「いえ、みてください、この絡み合う蜘蛛の糸(スレッド)を――『かれら』は何年ものあいだ動き続けている! だれひとりとして把握していないこのディレクトリの奥底で!」

阿礼「これが『呪い』の正体です! ――あなたがたは長い間このコードを保守まもってきた。できるだけ『もと』の形を保とうとして。しかし、もはや誰もこのコードのすべてを把握しているものはいない。あるべきものが失われ、あるべきでないものが追加され、動くはずの部分が死んでおり、動くはずのないものがうごいている……それらすべての原因は!」

阿礼「『main_proc』とだけ呼ばれている、この巨大関数です!」

阿礼「最初は計測機器とのやり取りをするだけの、小さなポーリングスレッドだったこの関数なのですが、みんながこの関数に要望のぞみを成就させるための処理を追加していった結果、すこしずつ、すこしずつ闇が増えていったのです」
阿礼「いまやこの関数は、インタフェースやデータベース、このOSのあらゆる権限をすべて所有しています。肥大しきった処理がありとあらゆる部分に干渉している、いわゆる『神』となってしまった」

「神ですって……神なら神にすべての処理を任せればすむことじゃないですか! 全能の神に!」
阿礼「いけません! もはや人間の理解できる内容ではない!」
「ウッ、ウワァ~!」

阿礼「おろかな……」
「みんなどうかしたのか? ところで、明日からこのノンプログラミングツールで作り直してくれ! ノンプログラミングだからすぐできるらしいし」
阿礼「営業部長……私は明日から有給取得で、来月辞めさせていただきます」

みたいな。

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