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後輩書記とセンパイ会計、 流水の無常に挑む

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば平清盛と並んで川の流れを見つめ、諸行無常をあわれんでいたかもしれない。ふみちゃんは小学校時代、夏休みの読書感想文で『平家物語』を読み原稿用紙百枚書いたほどの上級者だったらしい。古文の授業で習ったけれど、最初の一節を読むのも苦労したあれだ。しかし、いまふみちゃんと並んで川の流れに負けまいとパドルでゴムボートを漕ぐ一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの古文音痴で、数学が得意な理屈屋で、水に強いアウトドア用の眼鏡を新調したばかりだった。

 八月十七日、中学生にとっては夏休みの一日だが、旧暦では平清盛が大納言になった日だとふみちゃんは言っていた。正確には清盛は権大納言という職で、定員外という意味で、武功によって得た地位らしいが、それを利根川の上流へ向かう車中で語るふみちゃんは、今日は日帰りキャンプに行くことをわかっているか不安になるほどだった。一応、Tシャツとハーフパンツの格好で、夏らしい透明なプールバックを持ってきたから、間違ってはなさそうだ。つやつやした黒髪。前髪は切り揃え、あとは両サイドに自然に分け、いつもの白いリボンで束ねている。こういう古風な雰囲気が、話す内容には合ってるのだけれど。

 唯一こんな難しい話に乗れるのは、歴史大好きの生徒会長、屋城世界さんだけだ。世界さんはすごい名前だが、性別は男だ。一年中よく日焼けした陸上部のエースでもあり、今回のサマーキャンプの言い出し人でもある。しかし、今日はお腹を壊して休みだった。あの健康優良児の世界さんが非常に珍しいのだけど、姉の大学生・銀河さんは予定通り車に乗せて行ってくれた。ちなみに、銀河さんはこれまた輪をかけてすごい名前だが、性別は女性だ。長い髪を後ろに束ねてひとつ結びにしている。へそ出しの短いタンクトップとショートパンツで、肌の露出は世の中の誰よりも多い。モデルみたいに背が高いから余計にそう感じる。

 もう一人、女子副会長の英淋さんも参加するはずだったが、弟が歯を痛がっているという理由で休みになった。家族想いの英淋さんならばそれも仕方ない。結局、三人で行く形になった。少し心細いが、現地に銀河さんの大学の友人たちも来るそうで、バーベキューは心配ないよ、と出発前に優しく話してくれた。

 車の後部座席でふみちゃんと並び、青々とした夏山の景色を眺める。朝買ったジュースはぬるくなっていた。道の両側の雑木林が濃くなると、車の中までしみるほど蝉の声が騒がしくなった。

 ふみちゃんは朝からウキウキしていた。

「数井センパイ、リフティングって結構速いんですか?」

 えっ――と、今のは「リ」って言ったかな。

「ふみちゃん、違います。ラフティングだよ。ラフトって英語でイカダのことらしいよ」

 今日はバーベキューの後にラフティング、つまりは渓流下りをする予定だった。ちなみに、知った口で言う僕も、実は英淋さんから聞いた知識だ。英淋さんは一年間の留学経験があり、学年は同じだけど年は一つ上である。

「筏ですか」

 ふみちゃんは古語や漢字には異常に詳しいが、英語やカタカナにはかなり弱い。たぶん今もイカダを漢字で理解し、丸太を組んで帆を張ったものでも頭で想像してるんじゃないかと疑われる。試しに『平家物語』の習った一節の絵を思い出して言ってみる。

「そうだよ。ほら、なすの与一が撃った的が立ってたイカダだよ」

「数井センパイ、違います。それは戦(いくさ)用の小舟です」

 ピシャリと言い返されてしまった。にわか知識では、原稿用紙百枚書いた筋金入りの女の子にかなうわけもない。

 ――と、ここまでキャンプ場に向かう間、意味のないやりとりをしてきたが、昼前には目的地に着くことができた。駐車場も近くだったので、荷物を運ぶのも楽だった。いきなり何を張りきったか、ふみちゃんが大きなクーラーボックスを担ごうとしたが、トランクから出すだけでつぶれそうだったので、僕は速やかに上から奪い取った。ふみちゃんは目を丸くする。代わりにネットで包まれたスイカを渡した。

「へぇー。数井くん、気が利くのね」

 銀河さんが伸びをしながら笑う。ぼうっと見てしまうほどスタイルがいい。思わず誉められて照れ笑いをした後、僕はふみちゃんのほうに向き直った。

「じゃあ、ふみちゃん、これ冷やしといてな」

 来る途中、農家の店で買った大玉のスイカだ。こうして持たせてみると、ふみちゃんの顔よりずっと大きいのが面白い。当たり前だけど。それともふみちゃんの顔が小さすぎるのか。

「数井センパイ、いま――ちょっと見比べましたね?」

 いきなり唇をとがらせた。何が不満なんだ。夏っぽくてよく似合ってるよ。

「見比べた、って何を?」

「……大きさです」

「そんなのどうでもいいだろ。ふみちゃんは今のままがいいよ」

 よくわからないが、僕は適当に流した。石だらけでゴツゴツした足下に注意しつつ河原に進むと、ふみちゃんもおとなしく後ろについて来た。ふみちゃんの顔がもう赤いのは体を動かしたせいか、強い日差しのせいだろうか。

 レジャーシートを抱えた銀河さんがスタスタと僕たちを追い抜き、魔法のじゅうたんみたいにバッとシートを広げた。その後、駐車場のほうから話し声が聞こえ、二台の車から銀河さんと同じ年齢くらいの男の人女の人たちが次々に降りてきた。銀河さんを見つけ、早速手を振ってくる。みんな同じ大学の人だと言う。そして、銀河さんは僕に近寄ってきてそっと耳打ちした。

「数井くん、あいつらすっごい肉食べるから、ちゃんとあの子の分もキミが取ってあげないとダメだからね」

「あ……はい。まあ、遠慮しそうですもんね」

 内心、僕だって大学生に囲まれれば縮こまってしまう。世界さんも英淋さんもいないと余計に心細い。ただ、そんな弱気は抑えて、やっぱりふみちゃんの前では頼りになる先輩でないといけないのだ。要はそういうことなんだろう。

「うん、そうそう。頼むねっ!」

 銀河さんにポンと背中を叩かれた。そこに、ふみちゃんが小石によろけながら近寄ってきて、ちょっと転びそうになって僕のシャツを握った。小学生みたいに小さい手だ。

「どうした、大丈夫か?」

「センパイ……ヒマですか?」

 微妙な質問だった。何かしら答えようとしたらその前に、

「野菜とか、あっちで洗いましょ?」

 とシャツを引っ張られた。僕たちは雑木林の手前にある洗い場に向かう。さっきのスイカも運ぶ。今度は僕が持った。ふみちゃんはご機嫌な感じで、横からスイカをぽんぽん叩いて音を鳴らした。一方、銀河さんは火をおこす班に入って、楽しそうに声を張りあげていた。

 洗い場は蛇口がさびていて、学校の校庭にある水飲み場の匂いに少し似ていた。太陽に照らされた河原と違い、ここは木陰で涼しい山の空気でひんやりしている。額に浮き出た汗が少し引いていく。

 洗い場には大学生が運んでくれた野菜が山盛りに置かれていた。うれしいことに野菜はもうカットしてあったので、軽く洗うだけでいいみたいだ。

 そばに浅い小川が流れていたので、野菜は後にして、まず川にスイカをネットごと浸した。手に当たる水の冷たさが気持ちいい。

「センパイ、滑らないように気をつけてくださいね」

「大丈夫、大丈夫」

 地面は硬くてぬかるんでいなかった。

「あと、あの子も何かせっせと洗ってるけど……気にしないでくださいね」

「ん、誰って?」

 水辺には誰もいない。大学生たちはみんな河原にいる。誰って?

「あの子です。――ザル持って、赤いものをしょきしょきと音を立てて洗ってる子」

 振り向くと、ふみちゃんはどこかにじっと目を凝らしていた。僕は呼吸を整え、気を引き締めて、周囲をくまなく雑木林の奥まで見渡した。だが、やはり何もない。動いているものはない。静かなること林のごとし、だ。

「……ど、どこ?」

「川の中です」

 困った。これはやばい。楽しみにしていたサマーキャンプはまだ始まったばかりだ。ふみちゃんが普通から逸脱しかけている。文系の女の子に見えて理系の僕に見えない何かがあるのだろうか。あるとすれば探るしかない。

「それは――何が、何を、しているの?」

「あの赤いの、何だろう。小豆かなぁ。何か山積みになってて、ちょっとしょんぼりしてる……。あれ、全部洗うのかな……?」

 そこから溢れ出す状況説明は雑だった。それは山に住んでいる男の子であると。赤い大納言小豆をザルで洗っているが、ちょうど収穫期で大量に洗わないといけないようで、鼻歌を浮かべるどころではないのだと言う。

 なぜ小豆を川で洗っているのかふみちゃんに聞くと、「和菓子屋さんっぽい字の入ったはっぴを着てます。お店の手伝いなんでしょうか?」という質問が逆に返ってきた。僕は言葉につまる。考える以前に、和菓子屋の子どもが川で小豆を洗うとか、たぶんないし、そもそも僕には姿が見えていない。実体があるものとは思えない。

 思えば前にも二人きりの時、こんな出来事があったのだ。学校の旧校舎の図書館が燃えそうになってるとふみちゃんが大騒ぎしたことが。実際は火の気なんてまったくなかった。ちょっと妄想癖のある困った後輩だなと心配したけれど、あのときは言いなだめて終わった。そう考えると、今回も単純にふみちゃんを説得してこの場から離せば済むのかもしれない。

 そう言えばあのとき、僕に異変を知らせたもの――ふみちゃんがいつも本に挟んで持ち歩いている花柄のしおりは、たぶん今日もプールバッグに入ったままで、つまり銀河さんの車の中だ。もしかしたら車の中でしおりが宙をグルグル舞っているかもしれないが、頭痛が激しくなるので、これ以上想像するのはやめよう。誰にも見られないことを心から祈りたい。

 僕は冷たさの漂う水辺を離れ、洗い場のふみちゃんのそばへ戻った。さっきの説明を解釈すれば、何とでも回避する言い方はあるはずだ。

「それは、そいつの店の仕事なんだろ? なら、ジャマしたら悪いんじゃないかな」

 ただ、一度の説明で収まる自信はない。旧校舎の図書館のとき、ふみちゃんは消火器を構えて何とか火を消そうと必死だった。それくらい自分だけに見えているらしい状況に没頭し、まっしぐらになるのだ。その場から引き離すのには本当に苦労した。最後は力づくだった気もする。その後は――まあいいか。

 とにかく予想通り、僕の一言でふみちゃんの顔は曇った。

「でも、あのペースだと終わらないかも……」

 ほんと、予想通りである。

「ふみちゃん!」

 僕は大きな声を出した。ふみちゃんは飛びあがる。

「はっ、はい」

「僕たちが手伝うことは何だ!」

「……えっ。あっ……バ、バーベキューの準備です。お野菜を洗うことです」

 急に素直になって、野菜にも頭を下げて、瞳をきゅっと潤ませた。僕は思わず頭を撫でそうになったが、いやそういうことではなくて、気持ちを切り換えて二人の役割を僕が決めた。水辺にいるらしきものが見えない僕が、覚悟を決めて、ここで野菜を洗うことにし、ふみちゃんには洗った野菜を鉄板のところまで運ぶよう命じた。

 ふみちゃんは勢いに押されて頷いた。気が変わらないよう、早速、カボチャやニンジンを洗ってボールにドサッと入れて、胸に突きつける。ふみちゃんはそれを抱え、後ろめたそうに顔を曇らせたまま、河原へ歩き出す。

 本音を言えば、僕だって一人になんかなりたくない。だけど、こういう役割分担にしないと、下手すればふみちゃんは水辺へ降りてしまうかもしれないのだ。いるかいないかわからない何かに、大切な後輩を一歩でも近づけたくなかった。大丈夫、何もない、何もない――心に強く念じ、体の震えを我慢し、蛇口をいっぱいまで開き、激しい水音が手元で鳴るようにした。それが僕の考えつく精一杯の防衛策だった。

 それから、二往復が終わったくらいだったか。ふみちゃんが顔に浮いた汗を拭きながら僕につぶやいた。

「あれ……? あの子、いなくなっちゃいましたね」

「えっ?」

 川の中でいつそんな動きがあったかは気づかなかった。もちろん見えてないから、変化も知りようがないのだが。川を見ずにひたすら夢中で野菜を洗ってたわけだし。

「数井センパイ、小豆の山もないです」

「……そっか。まあ、疲れて帰ったんじゃないかな」

 本当は話を合わせる必要もないのだが、何となく僕は自然にそう答えていた。ふみちゃんの表情がぱっと和らぎ明るくなる。

「そうですよね。あれだけ洗ったら疲れますよね!」

 センパイ違います、と言い返されるかと思ったが、それは思い過ごしだった。スイカは同じ場所でずっとプカプカと水に冷やされていた。

 バーベキューは、銀河さんと大学生たちが焼いてくれた。しかも、最初銀河さんに脅かされたのと全然違い、大学生は焼けた肉や野菜を先に僕やふみちゃんの皿に取ってくれたので、僕が争奪戦で張りきる必要なんてまったくなかった。僕たちはたぶん銀河さんの弟や妹みたいな感じにも見えただろうから、優しくされてほっとした気持ちだった。逆に変な気合いを入れさせた銀河さんに文句を言いたいくらいだ。

 ちなみに、僕とふみちゃんは同じ場所にずっと座ったままだった。銀河さんはビールやチューハイを飲んで友達とワイワイ騒いでいて話しかけにくかったので、二人で行儀よく並んで静かに食べていた。鉄板でアルミのホイル焼きがはねたり、エビやイカが大きな音を立てて焼かれたり、ソース焼きそばを男の人が豪快に混ぜたり、そういうお祭り的な賑やかさに首を突っ込んでみたかったけれど、ふみちゃんは食べ終えるとうつむいてしまったので、そばにいることにした。お腹は満たされたようだ。

「暑い?」

「ううん、平気です」

 僕はそばにあったうちわでふみちゃんをあおぎながら、たぶんあれだろうと思うことを聞いた。

「……さっきのが気になってるの?」

「――数井センパイ」

 ふみちゃんは言葉を止めて、不安げに唇をとがらせる。僕はうちわで自分をあおぎ、またふみちゃんをあおぐ。汗に濡れた前髪が風にそよいだ。

「センパイはどう思うんですか?」

 難しい質問だった。そして今回は長期戦のようだった。実体のないものは、こっちが手を差し出すことも、また向こうが何か求めてくることもないんじゃないか、というのが僕の本音だ。けれど、それはとても言いにくい雰囲気だった。

「まあ……もし帰ったのなら、手伝いようがないよね」

 山に入って追うものじゃないと思うし、たぶん銀河さんに止められるだろう。普通のことだと思うが、それも何だか言いにくい。沈黙が始まる。これもまた心苦しかった。

 そこで、一信九疑ではあるけれど、さっきの小豆を洗ってたというやつはどういうものかふみちゃんに聞いてみた。幸い、まわりは僕たちの話を聞いていない。

 ふみちゃんが知るところとして、あれは水辺で音を立てて人を驚かすものらしい。いわゆる凶暴な鬼とか、恨みを持った怨霊とかではないそうだ。ふみちゃんの話を一通り聞いてみると、要するに、そいつは僕たちを驚かすタイミングをなくしたとか、あるいは僕が驚かずに野菜洗いを続けたもんだから、あきらめて帰ったのではないかな、と結論づけたいところだ。

 そう話すと、ふみちゃんにまた元気と笑顔が戻った。

「数井センパイ、合ってます」

「んっ? ああ。ありがと」

 意表を突かれる反応だったが、何だかいい方向に落ち着いたようで安心した。

 すると、缶チューハイを握り締める銀河さんとガッチリ目が合った。嫌な予感が走る。

「おおおおっけい、きみたち、ちゅーがくせぇー! かわうぃーねー!」

 銀河さんが驚くほど酔っていた。声もでかいし身振りもでかいし、そのうえチャラいし。水辺でひっそり小豆を洗うやつよりずっと心臓が飛び出るかと思った。

 さらに僕からうちわを奪い、うなぎ屋のおじさんみたいにパタパタパタッと僕の鼻っ面を激しくあおいだ。眼鏡はあるけど思わず目をつぶってしまう。

「数井くん、あんた眼鏡っ子のくせに、気が利くね~! ほぉんと感心しちゃう!」

「えっ。いや、眼鏡は……あんまり関係ない……」

 銀河さんは、弟の世界さんが無神経とか大物過ぎるとか文句を垂れ流している。それはともかく、帰りの運転は大丈夫なのだろうか。お酒を飲んでない大学生もいるだろうけど、車は銀河さんのだし、帰りに知らない人の車に乗せてもらうのも不安だ。

「数井くぅん、おおっ、その顔はぁ――運転のことだね? ハハハッ! あたし、こぉんな状態でも二時間でパッキリ酒抜けんのよ。ねぇ、すごくなぁい?」

 飲んだことのない僕にはまったくわからない話だった。僕ならいいけれど、ふみちゃんにこれは困るな、と思っていたら、お酒を飲んでない女友達の人が酒乱の銀河さんを引き離してくれた。銀河さんが調子乗りすぎだとみんなに叱られているのをぼんやり眺める。憎めない人だ。

「センパイッ!」

 横でいきなりふみちゃんが僕のシャツを握り、ぐいっと引っ張った。僕はまた心臓が飛び出そうになる。油断していたせいもあるけれど、さっきから立て続けに小豆っ子の脅かしどころの比ではない。

「スイカ取りに行きましょ。ちゃんと切ってあげます」

 何だかうれしかったけど、ふと僕は慎重になる。

「あれって割るんじゃないの?」

「ダメです、割らせません」

「いや、僕がじゃなくって――」

 一応、大学生に聞いてみたところ、スイカ割りはやるつもりがないと言うので、洗い場近くの小川へ取りに行った。もしかして、また小豆少年がいるとふみちゃんが言い出すんじゃないかと恐れが頭をかすめたが、やはりもういる気配はなさそうだった。

 僕が引きあげたスイカを、ふみちゃんが包丁で縦でも横でもなく斜めに切ったときは、またも驚かされたが、まあ、どこから切っても味は変わらないので、ありがたく自分の皿を差し出した。最高に冷えたスイカをふみちゃんに笑顔で切り分けてもらった瞬間に、キャンプ言い出し人の世界さんに遠い空で深く深く感謝した次第だ。

 キャンプは、というか――さっきのアレも、ここで丸く終わりではなかった。

 そろそろラフティングを予約した時間だと大学生が言い、乗る人はボート乗り場へ、乗らない人はバーベキューの後片づけと自然に分かれた。僕たちもラフティングに乗せてもらうことになっていて、ふみちゃんは車からプールバッグを取ってきて、一緒に大学生の後に続いた。男の人三人、女の人二人、僕たちを入れて七人だ。大学生はこの中で付き合ってそうな感じでもなく、みんな仲がいい。

 ちなみに銀河さんはラフティングに来なかった。「あたし、いま波に乗ったら絶対吐くし!」と今日一番の笑顔で見送られた。頼むから酔いをちゃんと覚ましておいてくれ。

 少し歩くと河原に小屋があり、世界さんよりも数倍黒い、真っ黒に日焼けした筋肉質の男の人が、待ってたとばかりに飛び出てきた。インストラクターの人だ。小屋の前には八人乗りの黄色いボートが用意されている。

 まずはヘルメットとライフジャケット装着の説明を受けることになった。その前に少し休憩が入る。

 すると、ふみちゃんが僕の服をまたつかみ、「服が濡れるから着替えたい」と言うので、更衣室を使うため一緒に小屋に入った。僕も海水パンツに着替えて、休憩室でふみちゃんが出てくるのを待っていると、僕はもう小豆っ子がいたとかの数十倍も飛び跳ねそうになった。

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