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後輩書記とセンパイ会計、 百年の積読に挑む

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば紫式部の後輩にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、課題図書の宿題が出る前からその本を読んでいたほどの上級者だったらしい。

  しかし、いまふみちゃんの消息を追う一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの本離れで、数学が得意な理屈屋で、眼鏡を夏用に新調したばかりだった。
 七月二十三日、プールが終わった後、僕は会計の仕事をすべく生徒会室に入った。ふみちゃんからボランティア活動の領収書を預かるはずだった。

だが、部屋は空っぽだ。机のパソコンはついたまま。冷房は効いている。ふみちゃんは小さくて暑さに弱いのだが、節電のできる子だ。そんな僕のお墨付きはともかく、ただならぬ気配で待っていると、ふみちゃんの透明なプールバッグから勝手に花柄のしおりが飛び出して、空中でくねくね踊り、無言で僕に何か訴えだした。振り返っても結局僕しかいないので、パソコンと冷房を切り、後を追うことにする。途中、携帯にかけたが電話に出なかった。声さえ聞ければあと十倍勇気が出るのだが、僕はただ使命感で走った。

 このためにわざと残してあったような旧校舎。三階の第二図書室は、名家が寄贈した古い本や書簡が収められていると聞くが、僕には塵の山も同然だ。しおりの導き通り図書室に着くと、鍵が開いていた。中にノースリーブで赤い消火器を構えるふみちゃんもいた。
「数井センパイ! 燃えてるんです!」
 だが、何も燃えていない。声に出して言うほうが良かったか。埃っぽい巨大な本棚に向かい、ふみちゃんが細い足で踏ん張っている。文系の女の子に見えて理系の僕には見えない何かがあるのか。あるとすれば探るしかない。
「なっ、なにがそこで燃えている?」
「百年分の手紙です!」

 そこから溢れ出す状況説明は雑だった。男に想いを寄せた女がいて、男が早くに死んだことも知らず百年間返事のない手紙を出し続けた。やがて百年目、加重圧と夏の暑気でついに燃え出したと涙を浮かべて訴える。花柄のしおりがくねくねおろおろ飛び回る。おうおう。うむ、これは仕方ない。僕の出番だ。
「ふみちゃん、いくらきみでも人の手紙に触れちゃいけない!」
「でも、センパイ、燃えちゃってる!」
「当然だよ! それこそが百年の想いの強さだ! 誰にも読まれず灰になるべきだ!」
「うっ……!」
 僕はこの隙に見えない火の粉から離そうと、消火器を抱えたふみちゃんを抱っこして図書室から駆け出した。途中、階段で下して手を引いたり、ベンチに座らせ落ち着かせてあげたり、夏の勢いで少しキスをしたりした。
 旧校舎の第二図書室はいまも埃っぽいままで、僕もふみちゃんとは別に進展はない。九月になり、文化祭準備の領収書を整理し、一週間の仕事を終えてふみちゃんと帰るだけだ。

(了)


各話解説


■後輩書記とセンパイ会計シリーズ

 あまり解説をしてしまうと、作者としては少しみっともないのですが、このシリーズの各話は、初出で各方面にお世話になったので、そのお礼を兼ねて記したいと思います。
 第一作目「百年の積読」は、立花腑楽さんが編集長をつとめる夜道会の妖怪掌編集第三弾『へんぐえ ~桔梗~』(二○一一年十一月発行)に収録された作品です。題材は『文車妖妃(ふぐるまようび)』という女妖怪です。マイナー妖怪なので知らない方も多いと思いますが、文車とは昔使われていた手紙を入れる木箱のことを言い、火事が起きてもすぐ持ち出せるように車輪がついていたので、そう呼ばれます。いわゆる古道具に宿る九十九神の一種でもありますが、長年手紙が溜められた文車が化けたものが『文車妖妃』です。着物を着た老婆の姿でも描かれています。
 と、えらくややこしいマイナー妖怪を選んだことは十分承知の上ですが、手紙というモチーフを使って青春物を書いてみたいと思い、中学生ふみちゃんと数井先輩の誕生となりました。ふみちゃんという命名に始まり、開架中学の開架は図書館用語ですし、異変を知らせるしおりなど、設定の随所に「文学」っぽさを取り入れています。
 さて、字数制限がある中、何とか書き上げてみると、ふみちゃんが予想以上に可愛かった。はい、手前味噌です。八丁味噌です。ええじゃないか。という感じでシリーズ化になりました。結びでキスをさせてしまったことは少し後悔したのですが、少年マンガ雑誌でも読み切りと連載ではキャラぶれがあるように、第一作目であるゆえんです。
 ひとつ楽屋話を加えますと、これが出た後に、副編集長の五十嵐女史から「二人はどうなるの?」と聞かれました。ハハッ! 思うツボだぜ! それが青春物なんだぜ! と胸の内でガッツポーズをしたことを述べておきます。


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