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後輩書記とセンパイ会計、 煙幕の迷子に挑む

開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば紀貫之の片腕にだってなれただろう。ふみちゃんは小学生時代、市の正月恒例行事の「百人一首大会」で小学生の部・六連覇を成し遂げるほどの上級者だったらしい。しかし、いまふみちゃんにリバーシで圧勝した一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの日本文化音痴で、数学が得意な理屈屋で、冬用に曇りにくい眼鏡を新調したばかりだった。
 十二月十三日、今日は何でも「煤払いの日」だとかで、神仏の信仰に厚い女子副会長・英淋(えいりん)さんの提唱で、生徒会室の大掃除をしようということになった。確かに冬休みになったら学校に来ないので、このタイミングでやっておいたほうがいい。僕は、生徒会室に早く来たふみちゃんとリバーシをしながら待ち、英淋さんと生徒会長の屋城世界さんが来たところで片付けた。
 デジタル社会とは言っても、紙ゴミなんかは当たり前のように大量に出るし、僕も会計としてうっかり清算忘れの領収書が出て来ないよう注意深くやらなければならない。ちなみに、世界さんは全体の状況確認・判断を統括するということで、教室の中心にイスを置き、堂々とした構えで座り、掃除の中心で檄を飛ばしていた。さすが三年生の風格だ。
 世界さんはすごい名前だが、性別は男である。陸上部の県大会出場者で、屋上からの垂れ幕に名を書かれるほどの実力者で、すでに進学校の推薦合格を決めているが、入学前の教材が高校から大量に届くらしく、その束が梱包されたまま机の引き出しから出てきたが、世界さんは微動だにしなかった。さすが三年生の風格だ。
 僕は統括に判断を仰ぐ。
「世界さん、これ、持ち帰ります?」
「気持ちだけもらっておこう」
 僕は意訳し、一応、捨てないボックスのほうに放り込んだ。
 英淋さんとふみちゃんはゴミを束ねたり分別したり、モップで床掃除をしている。最初ふみちゃんは窓拭き係りを希望したが、背が小さいので、モップを持って歩き回る役目になり、窓拭きは僕になった。ふみちゃんは小さいので、仕方ない。
 一方、英淋さんはゴミ袋に入れるゴミに対し、ひとつずつ別れを惜しむように手を合わせていた。聞くと、何でも器物には精霊が宿っていて、粗末に扱うと災いが起こるそうだ。英淋さんは中学二年の始めから一年間交換留学していて、ホームステイ先で日本文化を説明するたびに詳しくなったらしい。だから同学年だが、年齢はひとつ上だ。ふと、英淋さんが手を止めて、振り返る。
「数井くんて眼鏡がころころ変わるけど、ちゃんと供養してる?」
「いや、捨ててないですよ。夏用や旅行用のはしまってあります」
「ほんと。ならいいんだけど」
 英淋さんは笑顔で仕分け作業に戻る。僕の眼鏡なんかよく見てるな、と思うけれど、他にもふみちゃんが髪の結ぶ位置をちょっと変えてきただけでもすぐ気づくほどなので、特に不思議はなかった。
 コツン、とふみちゃんの押すモップが足に当たる。体重が軽いからモップの威力も弱いが、今日のふみちゃんは、きゅっとつかみたくなるようなパイナップル頭で、結び目にクリスマスカラーの赤いヘアゴムと緑のふわふわを付けていた。綿雪と金銀の玉ころを飾ればツリーの完成だ。
「ふみちゃん、大事に使わないと災いに遭うらしいよ」
「数井センパイ、違います。これは新品だから九十九神(つくもがみ)が宿るのはまだ早いです」
 モップ係りが不満だったのか、少しふくれっ面だった。

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