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後輩書記とセンパイ会計、 一本の足跡に挑む

 開架中学一年、生徒会所属、有能なる書記のふみちゃんは、時代が違えば川端康成に続くノーベル文学賞だって狙えただろう。ふみちゃんは小学校時代、雪国がテーマの文学賞に入選するほどの上級者だったらしい。小学生も出せるのかと聞いたら、応募資格不問だと言うので、大人顔負けの実力を持っていたわけだ。
 しかし、いまふみちゃんに雪合戦で圧勝し、見事雪まみれにした一年先輩の生徒会所属、平凡なる会計の僕は、およそ吊り合わないほどの文学賞知らずで、数学が得意な理屈屋で、スキー用に度の入ったゴーグルを新調したばかりだった。
 二月十三日、今日から二泊三日間、よりによってバレンタインを真ん中に挟む作為的な日程で行われるスキー教室。校長先生が、青森県にある八甲田スキー場のホテルのオーナーと親友で、格安で合宿ができるらしい。これには一年二年の生徒全員が参加する。三年生は当然高校入試前だからない。やはり滑る行事だし。
 ホテルの駐車場に着いて、バスを降りると冷たい空気が腹の中まで遠慮なく入ってきた。雄大な雪化粧の八甲田山を見上げて緊張が高まる。先生の説明を聞き、道具を借りていよいよゲレンデに。みんな学校の紺のジャージと銀のウィンドブレーカーという服装だ。僕は真っ先にふみちゃんを探した。
 毛糸の帽子をすっぽりかぶってゲレンデに立つ少女は、スキー板を抱え、襟元にお母さんに借りてきた毛皮のマフラーを巻き、爪先までファーのブーツを履き、見るからに心細げな表情で、まるで熊を狩るマタギの祖父からはぐれた孫娘みたいだった。瞳を伏せて、小ウサギのように押し黙っている。僕はゴーグルを外して顔を見せた。
「僕だよ」
「……わかります」
 それでも、心なしかふみちゃんの表情が和らいだように見えた。
「寒いのは苦手なの?」
「数井センパイ、違います。マフラーがくすぐったくて話しづらいだけです」
 白い息を吐き、いつも通りピシッと返してくるが、雪の上では何となく強がりのようだった。ゲレンデではクラス行動はないので、後は自由だった。実際、部活に入っている連中は一年二年混じって好きなように滑り始めている。
 まずは深呼吸。山に対する礼儀だ。
「雪の町ってさ――素敵だよね」
 僕は何も考えず普通の感想を言う。
「センパイ、違います。雪の町はさっきバスで通り過ぎました。ここはゲレンデです」
 その通りである。だが、さっきのは上級生として述べておく必要がある感想なのだ。
「雪遊びしようよ」
「はい。まずはそこからが雪に対する礼儀ですね」
 そこは素直だった。というわけで、二人ともスキー板は手に持ち、小さい子供が賑わう場所に向かった。実を言うと、僕も立派なゴーグルをしてきた割にスピードが出るものは苦手なのだ。滑り慣れた生徒はリフトやロープウェイで上に行ったようだが、明日もあるし、まずは雪に慣れたい。先生の話だと山頂近くの雪はもっとサラサラで、トドマツの樹氷が並び、遠くの陸奥湾まで眺められるそうだ。けれど、やはり傾斜がきつい場所には気が向かない。
 さすがに小学生たちに混じって遊ぶのは、ふみちゃんはともかく僕は違和感があるので、離れた場所で雪合戦をすることにした。そして――結果はふみちゃんの雪まみれである。
 僕は対戦物に手を抜かないのが信条だ。ふみちゃんの雪球を作るテンポと生まれる隙をすぐ把握して、ピッチングマシーンのように正確に攻めた。雪を払うためぶるぶる身震いするふみちゃんが小動物みたいでたまらない。顔が赤いのはさすがにちょっと悔しいのだろう。でも、いい汗をかいて満足げな笑顔だった。

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