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愛知妖怪奇譚 嫁の姿を、もう一度

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 女々しくて女々しくてつら過ぎて、僕は一度人生相談をしたことがあるお寺の和尚様を訪ねた。和尚様は子供達とカードバトルをしていたが、檀家の僕の思い詰めた顔を見て、子供を帰してくれた。
「どうなされた」
「嫁が……死にました」
 僕は昨晩、床に落とした上に重い荷物を落下させ無残に壊れた一点物の超限定フィギュアを袋から取り出した。生前、僕の嫁だったものだ。僕が破片を並べ終えるのを和尚様は待っていてくれた。前回もこんな優しい人だった。
「復元はできませぬか」
「そういうものではないです」
 和尚様の提案を即否定した。嫁はフランケンシュタインではない。骨折なら接着剤で何とかなるが、体が全壊したのだ。残っているのは僕の心に宿る嫁の魂くらい。僕は手元に広げた惨状を見てめそめそと目に涙を溜めた。
「どれ、待ってなさい。秘法をやってみよう」
 和尚様は奥から古めかしい金属製の道具を運んできた。香炉と言い、妙薬を入れて焼き、香を立てるのだという。
「ハングオン・コール」
 和尚様が何を唱えたかわからず尋ねると、ハングオンとは【しがみつく】、コールは【呼び声】だと言う。まさに僕の心境だ。
「ハングオン・コール」
 僕も一緒に唱えて懸命に祈祷する。もう秘法に頼るしかない。
 やがて、ハングオン・コールの復唱が何十回と続いた後だった。香炉から昇った煙の中に生前の嫁が浮かびあがったのだ。
「おっ、和尚様っ!」
 僕は歓喜のあまり叫んだ。しかし、和尚様はひたすらハングオン・コールを唱え続けている。この揺るぎない精神力だからこそ、僕の嫁が組み立てた――じゃなかった、生まれたときの姿で再び現れたのだ。僕の嫁は死んだ。だが、僕にとって煙の中の姿こそが至福の真実だった。
「ハングオッ、ゲホッゲホッ」
 和尚様がむせると嫁の姿はあえなく消えてしまった。精神力が途切れたのだ。けれど僕は感無量だった。
「もう、次の嫁は壊しません」
 僕はそう胸に誓った。

(了)


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