見出し画像

異世界ツッコミファンタジー第一話

300文字の粗筋
引っ込み思案な性格ながら、テレビ番組でMCをすることが夢の主人公は寝て覚めると、異世界転移してしまっていた。僕の願望により、1万回ツッコミをしないと元の世界に戻れないらしい。それも真に迫ったツッコミをしないといけないらしい。つまりは間違いを訂正することによってカウンターが増えるから世直しをしていこう、と。この異世界には学校も無く、やたら失礼な人などで溢れているのだが、最初はなかなかツッコミができない主人公。でもヒロインや他の人たちと交流していくことにより、徐々にモノを言えるようになり、村が発展していく。

異世界ツッコミファンタジー第一話
(目次の下にあります)


異世界ツッコミファンタジー第一話

 お笑い芸人になって司会者をして、テレビ番組で活躍したい。
 僕は夜、ベッドの中に入るといつもこのことを考える。
 でも今の現状を考えれば、そんなことは夢のまた夢で。
 小学校ですら喋ることのできない僕がテレビ番組で喋るなんて不可能だ。
 僕は引っ込み思案だ。
 大きな声も出せない。
 いや、小さな声だって出せない。
 何か言わないとダメなことは分かっているけども、何も言い出せないんだ。
 もし僕の一言で誰か傷ついてしまったら、どうしよう。
 そんな重いことじゃなくても、空気を乱してしまったら、どうしよう。
 おかしいね。
 何も言い出さないことが一番空気を乱しているのに。
 司会者をしているお笑い芸人が羨ましい。
 僕の持っていないモノを全部持っていて、そして僕のしたいことを全てしている。
 話したい人がいたらそっちに話題を振って、誰かボケたら思い切りツッコんで。
 だから僕は空想をする。
 僕が司会者をやる空想だ。
 僕の左右にお笑い芸人やタレント、番宣の俳優がいて、話題のテーマに合った話をどんどん振っていく。
 困っていたら助け舟を出して、場合によっては僕だってボケるんだ。
 それを他のお笑い芸人にツッコんでもらって、他のお笑い芸人がボケたらツッコんで。
 そうやって1時間の番組を作り上げるんだ。
 時に出てきた料理に食リポして、時に出てきた罰ゲームに良いリアクションして、VTRに映った情報に良い顔で頷いて。
 何でもできる司会者になる夢。
 でもまずはツッコミからだと思う。
 僕はツッコミをやりたい。
 心の中ではいろんな言葉が浮かぶ。
 でもそれを表に出すことができない。
 もしそのツッコミが声に出せたら、きっと僕だってヒーローになれるはずなんだ。
 そんなことを考えながら、僕は夢を見た。
 不思議な夢だ。
 そこは多分異世界ってヤツで、毛むくじゃらの一つの目の熊のようなモンスターと剣を使って闘おうとしている女の子が目の前にいた。
「どこから来たのっ! 君は! 私の後ろで座っていて! 私がこのモンスターを倒すから!」
 僕より少し年上のお姉さんといった女の子は、僕をかばった。
「大丈夫! 私は魔王の生まれ変わりだから強いの! ほら魔王の生まれ変わりだから肌が紫色!」
 ……全然普通に僕と同じ肌の色だった。
 あれ、これ、ボケているのかな、こんな非常事態なのにボケているのかな、余裕な人だ。
 僕はツッコもうと思ったけども、何だか声が出なかった。
 夢の中なら僕はいくらでも声が出せるのに、おかしいなぁ。
 ……って、あれ? 今、僕、夢の中とか言ってる? 夢の中で。
 夢の中にいる時は夢の中がどうとかこうとか言わないはずなのに。
 女の子は僕のほうをチラッと見て、何も言わない感じを察したのだろう。
「おっと! 紫色という色は野菜に多い色で肌ではなかった! 紫色というのは何だか変わった味のする野菜にこそ相応しい色だった! 私は普通の人で紫色じゃない! 否! 普通の人ではない! 普通の人より強いから安心して!」
 自分で長々とツッコんだ。
 本当は僕がツッコんであげられれば良かったのになぁ。
「じゃあそろそろ闘っちゃうよ! 何故ならモンスターがずっとこっちの様子を爪立てて伺っているからね! ハッ!」
 そう言って剣を振りかざし、モンスターに直進していった女の子。
 モンスターが動くよりも早く剣を振り下ろし、ビシッとモンスターを斬った女の子。
 斬られたモンスターはみるみると小さくなっていき、シマリスほどのサイズになった。
「興奮状態で大きくなっていただけだもんね! ゴメン! ゴメン! 私が貴方の縄張りに不用意に入っちゃったばっかりに!」
 不用意に縄張りに入っちゃダメでしょ、と普通のツッコミが浮かんだけども、それも言えない。
 何故なら僕がそんなことを言ったら女の子が逆上するかもしれないから。
 とにかくこの女の子がどういう性格か分からないので、不用意に発言できない。
「さてと、君! 何か見たこと無い服と顔とズボンだね! オシャレでカッコイイけど誰なんだいっ?」
 そう言って僕を指差してきた女の子。
 服と顔とズボン……服と言っているわけだから、ズボンと改めて1つだけ言う必要は無い。
 何だろう、ボケているのかな、それともマジなのかな。
 と思っていると、女の子がハッとした表情をしてから、
「って! 服を言えばズボンは言わなくていいよね! 下半身のこと気になっている女の子みたいで怖かったよね! 私はナツツ! 君の名前は何て言うのっ?」
 どうやらまたわざとボケたらしい。
 何でボケるんだろう。
 あっ、これが僕の夢だから?
 でも夢の時に夢と思えないし、夢なら喋れるはずなのに、まるで現実のように言葉が出てこない。
 ナツツという女の子は続ける。
「あれ? 聞こえなかったかな? 私はナツツ! あっつい夏、略してナツツ! いつも気持ちはアツアツ・ハートだぜ!」
 そう言ってピースを目のあたりに持ってきて、可愛いポーズをとったナツツという女の子、というかナツツさん。
 いや気持ちはアツアツ・ハートって何、なんとなく言わんとしていることは分かるけども。
 しかし言葉が出せない、と思っていると、急に背中がチクッと痛くなって、つい僕は
「痛い!」
 と叫びながら振り返ると、その刹那、ナツツさんはすぐさま僕の後ろに回り込むと、
「デカ蜂だ!」
 と言いながらすぐさま剣を振り下ろして、そのデカ蜂と呼ばれたモノを斬った。
 すると、そのデカ蜂というまんま、デカい蜂のようなモンスターはまたさっきのモンスターのように小さくなった。
 これに刺されたんだ、と思っていると、ナツツさんは座っている僕の腕を引っ張り上げ、僕を立たせ、
「デカ蜂に刺されたら早く薬を塗らないと痕になっちゃうよ! 村に戻ろう!」
 と言って腕を引っ張って走り出した。
 別に死ぬわけではないんだと思ってホッとしているんだけども、背中はじんじん痛い。
 まるで本当に、現実に刺されたような痛さ。
 ナツツさんの走る速度は割と速く、僕は足がもつれそうだ。
 多分僕に合わせて、ゆっくり走ってくれていると思うんだけども、それでも正直足首が痛くなってくる。
 その痛みは本当に現実のような鈍痛で、何だか僕は徐々に嫌な予感を抱いていた。

 村、と言われれば村のような気がする。
 そんな雰囲気のあるところに僕は連れられて来た。
 コンクリートのような道は勿論、道というような場所も無く、全て雑草が生い茂った地面。
 建物はまだ木でしっかり作っているイメージだけども、周りには庭というか畑の類は無くて、この地で人が永住しているようには感じられなかった。
 まるで登山のキャンプ地のように、一過性でここにいます、みたいな感じがした。
 でも確かに結構な人がそこにいるみたいで、木陰で寝ている人や闘う練習をしている人などがちらほらいる。
 しかしながら全体的に活気は感じられず、唯一活気があるのは、看板にベッドのマークが描いてある、多分宿屋さんだけだ。
 そんな村の様子をしっかり観察できるようになったのも、ナツツさんがその場に立ち止まったからだ。
 ナツツさんは村をキョロキョロし、何か困った顔をしている。
 どうしたのだろうか、と聞きたいところだけども声が出ない。
 変なことを言ってナツツの機嫌を損ねたら大変だと思ってしまって。
 僕の腕を引っ張りながらまた歩き出したナツツさんは、新しい家を建てている人たちのところへ近寄っていって、家を建てている一人の男性、僕よりはだいぶ年上だけどもまだ十代くらいの男性に、
「クラッチさんはどこですか?」
 と聞くと、その家を建てている一人が、う~んと悩みながら、
「今日はクラッチ見ていないな、どこ行ったんだろう?」
 そう答えるとナツツさんはあからさまにショックを受けたような顔をし、
「どうしよう! クラッチさんがいないとケガが治らないよ! 痕になっちゃうよ! 背中!」
 どうやらそのクラッチさんは医者らしく、ケガを治してくれる人らしい。
 その家を建てている男性が僕のほうを見ながら、
「誰だこのヒョロヒョロな雑魚は、もしかするとデカ蜂に刺されたのか? ハッハッハ! ドンクサいバカだなぁっ!」
 と言って笑った。
 あまりにも失礼なことを言われたので、落ち込んでいると、ナツツさんが僕の肩を叩きながら、
「ドンマイ!」
 満面の笑みでそう言った。
 いやどうせならもっといろいろ慰めてほしいけども、とか思った。
 家を建てている男性はさらにこう言った。
「まあ痕になるだけで、それ以外の害は無いし、まあバカの証ってことでいいんじゃないか?」
 何でこの人はこんなに嫌なことをハキハキと言うのだろうか……どうなっているんだ、僕の夢は。
 夢って自分の写し鏡のようなモノだから、僕は人に対してこういうことを言いたいってことなのかな?
 そんなことを考えていると、ナツツさんはまた僕の腕を引っ張って、
「ここにいても嫌なこと言われるだけだから、私の家に行こう」
 と言うと、すかさず男性が、
「男の子連れ込んで何する気だよ! バカなことはするんじゃねぇぞ!」
 そう下品に笑った。
 周りの、一緒に建物を建てている人たちも笑っている。
 良く分からないけども何か嫌な感じだなぁ、と思いつつも、僕はナツツさんに引っ張られるまま、歩いていった。
 そして多分ナツツさんの家だろうというところに二人で入っていった。
 どうやら靴は玄関で脱がないらしく、そのまま家の中へ。
 テーブルのほうに促されて、イスに座った。
「さてと! 私はナツツ! 君は誰なのっ? どこから来たのっ?」
 僕と対面する席に座ったナツツさんは不可思議そうな顔をしながら、僕に質問してきた。
 名前を言うだけ、名前を言うだけなら、と、心の中で強く念じて僕は
「タケル……」
 と答えた。
 するとナツツさんはすごく嬉しそうに口角を上げて、
「タケルね! よろしく! タケル! 私はナツツ!」
 そう言って手をチョキにして、僕のほうに手を出してきた。
 そういう握手なのかなと思って、僕も手をチョキにして手をナツツさんのほうに出すと、
「いやそんなチョキチョキ握手なんてないよ! これは私からのジョークの花束!」
 そう言うと僕のチョキを優しく手で包んで握手のような揺れをした。
 あっ、ボケだったんだ、とその時に分かった。
 というかこのナツツさんって、すごくボケてくるなぁ。
 全部ツッコめればいいんだけども、でも僕は引っ込み思案で、とか考えていると、
「で! どこから来たのっ? ヒガシーン? キッタク? ニシシ? それともミナナミン?」
 どれも知らない地名? いやもう地名なのかどうかも分からない。
 というか、えっと、どう答えればいいのかな、夢だろうから……いや、本当に夢なのかな。
 このズキズキじんじんする背中に、嫌なことを言われた時の心のモヤモヤ感。
 どれも現実のような痛みを感じている。
 でも夢じゃないのならば何という話だ。
 もしかすると僕はファンタジー・ゲームの中に入り込んだということ?
 いやそんなことあるはずない。
 あるはずない、と思いたい。
 だって。
 だって。
 と思っていると、段々僕は頭がクラクラしてきた。
 あぁ、眠るんだと思った、否、目覚めるんだと思った。
 ここで夢がボヤけていって、朝になって、ベッドの上で目覚めるんだ、と思った。
 やっぱり夢だったんだ。
 変な夢だったなぁ。

 目覚めるとベッドの上だった。
 良かった夢だった、とボヤボヤしながら考えていると、
「毒のあるデカ蜂だったなんて! そりゃ気配を感じないわけだよ! 強いほう! 強いほう!」
 僕はゾッとした。
 何故なら僕の目の前にはナツツさんがいたからだ。
 さらに気難しそうに俯いた大人の男性が一人いた。
 いや夢が覚めていない。
 どういうことだ。
 でも実際、長い夢ってあるから、それかなと思っていると、大人の男性が口を開いた。
「目を見たら間違いない、この子は異世界の子だよ」
 その言葉の意味に気付いてしまうくらい、僕はファンタジー・ゲームの世界を知っていた。
 異世界。
 それは、僕がいる世界じゃない、どこかの世界のこと。
 僕が異世界の子?
 ということはここが異世界ということ?
 えっ? えっ? どういうこと?
 大人の男性がナツツさんのほうを向きながら喋る。
「ナツツが本当に小さい頃にも一度そういう子がいてね、ほら、宿屋のシュッカは異世界の子だよ」
「その話! 聞いたことあるけども! まさか! この子も異世界の子なんですか!」
「……すっごいリアクションが大きいね、でもまあそうなっても不思議じゃないか、この子は間違いなく異世界の子で、呪いも掛かってるね」
 会話を聞くことしかできない僕に、さらにショックな言葉がのしかかる。
 呪い。
 呪いって、どういうこと? えっ? 僕に?
 というかどんな呪い? 何キッカケに?
 と思っていることを全て言ってくれるのが、ナツツさんだ。
「呪いってどういう呪いっ? クラッチさん! 分かりますか!」
 あっ、この大人の男性がどうやらクラッチさんらしい。
 そのクラッチさんはこう言った。
「寝ている間に俺の魔法で調べさせてもらったんだけども、ちょっと言葉で言い表しづらいんだが、ツッコミ……でいいのかな? ツッコミを1万回しないと元の世界に戻る選択肢が生まれない、という呪いだ」
「ツッコミっ! じゃあ私がボケまくればいいんですね!」
「……それがなぁ、何かニュアンスが違うような気もするんだが、とりあえずはそういうことだな」
「あと! いつタケルはそういう呪いに掛かったんですか!」
 ナツツさんが怒涛の質問。
 しかしそれに対しては腕を組んで首を傾げてしまったクラッチさん。
 なんとか重い口を開き、
「異世界の子はイレギュラーなことが多いからなぁ、いろんな要素が組み合わさって形成されるから、いつとかは良く分からないんだ」
「そうなんですか……」
 と落ち込んだナツツさん。
 それに対して、クラッチさんは口を尖らせてから、
「例えばシュッカの場合は”安心して皆眠れるようにならなければ元の世界に戻る選択肢が生まれない”呪いだった。そこでシュッカはこの村に宿屋を作って、旅人が休まるお店を作った。それでシュッカは呪いを解いたんだ」
 それを聞いたナツツさんは頭上にハテナマークを浮かべながら、
「……何でシュッカさんは元の世界に戻らなかったんですか? それとも後で戻るんですか?」
 確かにそれは僕も思った。
 さて、クラッチさんはどう答えるのかと思っていると、
「シュッカは元いた世界がそもそも嫌だったみたいなんだ、だから戻るかどうかの選択肢が生まれた時に戻らないを選択したんだ」
「そういうのもあるんですねぇ」
「そのシュッカの呪いとどういう因果関係があるのか分からないが、シュッカは元いた世界では奴隷で、安心して眠れる日なんて無かったらしいんだ。だから異世界から来た子には、自分の願望とリンクした呪いが生まれるのでは、と思っているのだが、タケルよ、君はツッコミたいという願望があるのか?」
 そう言って僕のほうを見たクラッチさん。
 ツッコミたいという願望、確かにある。
 だから僕はゆっくり頷いた。
 するとナツツさんが嬉しそうに手を叩いて、
「じゃあ私と一緒にいればすぐ1万回になるよ! ボケまくってあげるからねぇ!」
 そう言って笑った。
 でも僕は、見知らぬ人にはツッコめないし、と思っていると、クラッチさんが僕の左腕のほうを見ながら、
「タケル、君の左腕に何か付いているな、それはなんだ?」
 そう言われて僕は自分の左腕をおそるおそる見ると、そこにはカウンターのようなモノが付いていて”00000”と表示されていた。
 というかカウンターだ、間違いなく、ツッコミ回数をカウントするカウンターだ。
 しかしナツツさんもクラッチさんもカウンターという概念を知らないみたいで、何だ何だみたいな表情をしている。
 だから僕が言って説明しないと、と思うのに、言葉が出てこない。
 クラッチさんの顔を曇ってきたところで、ナツツさんが、
「まあいろいろショックで喋りづらいんだよね! 今日はゆっくり休んで! 走りまくる犬のように!」
 と言うと、クラッチさんが、
「走りまくる犬ほど休んでいない存在は無いだろ」
「いや! このボケはタケル用のヤツだよ!」
「あぁ、そういうことか、悪い悪い」
 と言いながらクラッチさんは立ち上がり、
「じゃあ他に何か悪いことがあったら、気兼ねなく俺に話し掛けると良い」
 そう微笑みながら言うと、ナツツさんが拳を握りながら、語気を強め、こう言った。
「そう言って今日いなかったじゃん!」
「いや狩りについてきてほしいと言われてな」
「何か連絡しておいてよ!」
「何でいちいちナツツに連絡しないといけないんだよ」
 そしてクラッチさんは家から出て行った。
 さて、ここから僕とナツツさんの2人っきりだ。
 何をすればいいのだろうか、いや、ツッコミをしなければ、でも言葉が出せないんだ。
 どうしよう。

 ナツツさんは明るい声でこう言った。
「タケル! 言葉は全部分かるっ?」
 僕は頷いた。
 ナツツは続ける。
「じゃあ結局人見知りで声が出せないってこと?」
 また僕はコクリと頷いた。
 するとナツツさんは満面の笑みになって、ホッと胸をなで下ろしながら、
「良かったぁ! 私が嫌われているわけじゃなかったんだぁ!」
 と叫んだ。
 そうか、そう思われても仕方ないか、喋っていないんだから。
 ナツツさんはさらに、
「じゃあタケルは家が無いだろうから、これから私の家で生活すること!」
 と言いながら、親指を立ててグッドマークをした。
 いや迷惑では、とか思って、いや思うだけじゃなくて、これは言わなきゃ。
 なんとか勇気を振り絞って……!
「迷惑……じゃないかな……」
 と僕が言うと、キョトンとした表情のナツツさん。
 ちょっとした間。
 でもすぐにナツツさんが、
「そんなことないよ! というかそんなことを言わなくていいよ! むしろボケたらツッコミを言ってよ! そっちのほうが明るい!」
 そう言って笑った。
 その太陽みたいな笑顔に何だか心が休まる。
 だから
「ありがとう……」
「うん! どういたしまして!」
 ナツツさんはそう言うと小躍りした。
 本当に明るくて素敵な女の子だ、と思ったその時、何だかもうちょっと喋れるような気がしてきた。
 ここまでいろいろ優しくしてくれる女の子ならば、もうちょっと喋っても怒られないような気がしたから。
「あの、両親は、大丈夫なのかな……急に住むとなったら……」
「あぁ! それは大丈夫! 私の両親は今旅行中でいないの! 家は今私一人で寂しかったんだぁ!」
「それなら……いいけども……」
「というか結構喋れるようになってきたね! じゃあ早速このまま世界旅行だ!」
 うん、多分ボケたんだと思う。
 でもなんというか、ボケにはなかなか反応できない。
 失礼なツッコミになったら嫌だから。
 そうやって沈黙していると、
「まっ、まあ今のボケはちょっとイマイチだったねっ、とにかく! ツッコミたかったらいくらでもツッコんでいいからね! 早く元の世界に戻れるように!」
 しまった、ツッコまないことにより、ボケがイマイチみたいな感じになってしまった。
 う~ん、勇気を振り絞って何か言わないとダメなのに……。
 いやでも、それよりも、言わないことが今あって。
「あの、ナツツさん、僕、何か、家事を手伝わせてくれないかな」
 住むからには何かしなければ。
 対価がどう考えても必要で。
 当たり前の台詞だと思って言ったつもりだったけども、ナツツさんは妙に驚きながら、
「そんなこと言うなんて! すごい! タケルは働き者だね!」
 どうやら喜びつつも驚いているみたいだ。
 いや
「そんな、その……住まわせて頂くなら、普通だよ……」
「さらにそんな丁寧な言葉まで! いいの! いいの! 喋りは普通でいいよ!」
「じゃあ、えっと、とにかく、何か家事を手伝わせてほしいんだ」
 僕がそう言うと、ナツツさんは
「こっち! こっち!」
 と言って、そのまま歩き出したので、僕も付いていくと、そこは台所だった。
「私って料理が全然できないのっ! もうどれくらいできないかというと料理くらいできないのっ!」
 例えているのに例えていない、というボケに違いない。
 でも、うん、勇気を出してツッコんでみよう。
「例えているのに例えてないね……」
 あまり凝った言い回しができず、口にした直後から落ち込んでいると、ナツツさんはパァと明るく笑って、
「ツッコんでくれた! ありがとう! 嬉しい!」
 そう言って僕の手を握ってブンブン振り回した。
 その力が強くて、ちょっと倒れそうになる僕。
 つい口から、
「危ないよっ」
 という言葉が飛び出すと、舌をペロッと出してからナツツさんが、
「いけない! ボケ動作じゃなくてマジ動作しちゃった!」
「別に、ボケ以外の、動作も、して、いいけども……」
「そりゃそうだよね! でも力の加減分かんなくてゴメンね!」
「いや、大丈夫、大丈夫だから……」
 僕は声が先細りになりながらも、そう言い切ると、ナツツさんは、
「だいぶ私に慣れてくれたみたいで嬉しい! ということでどんどんボケていくよ!」
 と言ったんだけども、それよりも1つ、僕は気になっていることがあって言ってみることにした。
「何でナツツさんは、そんなにボケることが好きなの? 僕のため?」
「ううん! ボケるのが好きなだけ! 私は大勢の人を笑わせる王様になりたいのっ! その練習!」
「そ、そうなんだ……」
 あまりにも真っすぐな瞳に少し蹴落とされてしまった僕。
 僕もこのように自分の夢をハッキリ言える人間になりたいなぁ……。
 あぁ、そうだ、そうだ、料理の話をしなきゃ。
「僕、料理は少しだけできるよ、煮たり焼いたりするくらいだけども……」
「それだけできれば十分だよ! 私ってすぐ焦がしちゃうの! 注意サンマなの! 柑橘系絞って食べちゃう!」
「きっと、注意散漫、ですね……」
「それぇ! よく分かってくれたぁ! 脳の滑舌が良いね! タケルはっ!」
 そんな、ちょっと良く分からない言い回しだけども、褒められたことなんてないから僕は照れてしまった。
 すると、
「じゃあもっとボケていこうっと! タケルのツッコミいい感じだから、私と相性いいかも! どんどん練習していこう!」
 そう言って急に足踏みを始めたので、これはきっと、タップダンスだと思って、思い切って言ってみることにした。
 だってナツツさんはきっと、僕が間違ったことを言ったとしても、明るく返してくれそうだから。
「練習って、ボケ、じゃなくて、タップダンス……するの?」
「あっ! タップダンスとかも分かるんだぁ! しっかりツッコんでくれて有難う!」
 そうだ、何で異世界なのに注意散漫などの普通の言葉から、タップダンスのような細かい言葉も通じるのだろうか。
 いやでも呪いなんてものもあるから、そういう言語くらいは勝手に通訳されるのかな。
 とか考えていると、ナツツさんは人差し指を立てて、チッチッチッと鳴らし、こう言った。
「でもちょっとキレが悪いね! ツッコミのキレが! もっとバシンときていいからね! 肩とか叩いても大丈夫だから!」
「なかなか、慣れなくて……」
「じゃあ慣れたら思い切りきていいよ! ところで……」
 急に真剣そうな顔をしたナツツさん。
 一体何だろうと思っていると、
「その、呪いの回数ってどうなっているの? 自分で分かるようなモノなの?」
 と言ってきたので、ここはカウンターの説明をしつつも、自分も数を確認しようとすると、なんと表示されている数字が”00000”のままだったのだ。
 でも一人で驚いていてもアレなので、まず説明することにした。
「この僕の、左腕に、付いているモノは……多分カウンター、というモノで、僕がツッコミをする度に、数が増えていく、数を数えていくモノ、なんだと、思うんだけども……増えていないです……」
「じゃあツッコミのキレが悪いんだ! もっとガッツリとツッコんで大丈夫だから! もうホント、毒草にソフトタッチくらいガッツリと!」
「いや、全然、やわやわの、タッチで、ガッツリじゃ、ないです……」
「……カウンターってヤツ、増えたっ? いや増えてない! やっぱりガッツリ感が足りないよ!」
 そう悔しそうに地団駄を踏んだナツツ。
 いやでもそんなガッツリ感が足りないということなのだろうか、クラッチさんが言っていたニュアンスがどうのこうのみたいな話が脳裏をよぎる。
 もしかすると何か違うツッコミなのではないだろうか。
 いや違うツッコミって何? という話だけども。
 まあ僕のことは良いとして、今は
「料理以外に、掃除とかも、いくらでもできるけども、どうかな……?」
「そっ! 掃除もしてくれるのっ? すごい! 嬉しい! じゃあそれもよろしく頼むね!」
 嬉しそうにただただ小躍りをしているナツツ。
 それはそれでいいんだけども、台所の様子が良く見ると少しおかしい。
 ガスコンロというか、IHヒーターというか、そういったモノが無くて、そういったモノがありそうなところに大きな鉄板のような石がある。
「火ってどうやって扱うの?」
「……知らないの?」
「いや多分、僕の世界と違う感じで……」
「そういうことか! この石に火が出ろって念じると火が出るよ! 止まってと念じれば止まってくれるし! ちなみに水は私が毎日川から運んでくるから大丈夫だよ!」
 というわけで試しに僕は火が出ろと念じると、なんと本当に石から火が出たのであった!
「すごい……本当に、こんなことで、火が出るんだ……」
「そうだよぉ! ちなみにお金持ちの家には水が出る石もあるんだよぉ!」
 やたら得意げな表情をしているナツツさん。
 まあ多分この世界の基本中の基本だろうから、そんなことで驚く僕を見ることが楽しいんだ。
 そんな感じで僕はこの世界のことをナツツさんから教えてもらった。
 掃除道具は普通に僕の世界と同じく箒や雑巾のようなモノで、少し素材は違ったけども、同じように扱えた。
 木や布製品は大体僕がいる世界と同じ感じで、でも機械の類が一切無く、電話は無かったけども代用品があった。
 それも石で、念じると声を届けることができるらしい。
 でもナツツさんの家にはそれが無かった。
 電話は話石と言われて、高価らしい。
 家のことを大体覚えた僕はナツツさんと一緒にこれから外へ出る。
 もっといろんなことを教えてくれるという話だ。

「じゃあ村の中を紹介していくね!」
 僕はナツツさんと一緒にまた家の外に出た。
 すると、最初に目に入ったのが、魔法を使っている人だった。
 杖の先端から大きな雪の結晶のようなモノを出している男性。
 僕はナツツさんに聞くことにした。
「あれって、もしかすると、魔法、ですか……?」
「そうそう! 魔法! タケルが元いた世界にもあったっ?」
「いや、無いですけども、そういった概念は、聞いたこと、あります」
「えっとじゃあねぇ、あれはまあまさしく魔法で、私も使えるんだよ!」
 そう言って僕のほうへ自信ありげなピースサインをしたナツツさん。
 どんな魔法を使えるかどうかも気になるけども、まず、
「あの、あの人は何をしているんですかね……」
「それより私! 私! 私の魔法を聞いて!」
 駄々っ子のように体をぶるぶる震わせているナツツさん。
 いやでもそうか、ナツツさんのことから聞くべきだった。
 どうも僕はこういう言葉の采配が苦手で、本当お笑い番組の司会者なんて夢のまた夢だなぁ……。
「えっと、じゃあ、ナツツさんの魔法って、どんな魔法なの……?」
「私はね! 風の魔法で早く動けるようになったり、風を飛ばしたりできるんだよぉっ!」
 そう言って人差し指を立てて、天にかざすと、ナツツさんの周りに風が吹き出した。
「ほら! こうすると! 涼しいの!」
 そう言ってこっちをニッコリと見たナツツさん。
 いや
「すごいね、ナツツさんは……本当に涼しいし、そもそも、魔法を使えることがすごいよ……」
「まあねぇ、魔法って感覚的な部分が大きいから使えない人もいるからねぇ、得手不得手を自分で知る方法も少ないしぃ!」
「じゃあナツツさんは自分で、魔法の研究を、したんだ、すごい……」
「……まあ私の場合は両親が魔法の研究家だったからすぐに特性が分かったんだけどねぇ!」
 と言って照れ笑いを浮かべたナツツさん。
 そんなパターンもあるんだ。
 じゃあ
「この村の人はみんな、ナツツさんの両親のおかげで、魔法の適性が、分かるんだねっ」
「……ううん! 家族だけにしか適正測るヤツしなかったから私だけだよ!」
「えっ? そこは助け合いじゃないのっ?」
 と僕が驚くと、それ以上にナツツさんが驚愕して、
「助け合い……なんて発想……無かったかも……確かに……そうするといいよね……そうするといいよね!」
 い、いや、でも、
「ナツツさんは僕のこと、助けてくれたじゃないか……助け合いって発想は、あるじゃないか……」
「あぁー、確かに私は困っている人を助けて、友達になりたいからやるけども、元々友達だったりしたらそんなにしないかもなぁ……」
 そう言って俯いて、何かを頭の中で咀嚼しているようなナツツさん。
 そしてナツツさんは少し悩みながら、
「いやそりゃ助けてほしいと言っていたら助けるけども、元々村の人同士って知っていたら……タケルの時みたいな危機的状況でもなければ……う~ん……」
 何だかナツツさんは困っているようにも感じた。
 でも、ここは思い切って、思っていることを言ってみることにした。
 ナツツさんだから、きっと大丈夫だと信じて。
「あの、ナツツさん……魔法の適正って分かったほうがみんな魔法を使って助け合えるから、簡単な方法であれば適性を調べたほうがいいと思うんだ……」
 ナツツさんは僕の言葉にさらにうんうん唸ってしまった。
 僕的には正論のつもりだったけども、困らせてしまったのならば、やっぱり適正なんて調べなくていいと言い直そうとしたその時、
「確かにそうだよね! うん! 魔法を使えない人がいたら私! その適正調べる方法を使ってあげようと思う!」
 と拳に力を込めてそう宣言したので、僕はホッとした。
 そしてナツツさんは続けて、
「というかタケルの適性も調べるよ! ほらほら! 一旦家に戻ろう!」
 そう言って僕の腕をまた引っ張って家に戻り、中へ入って僕はまたイスに座ることを促された。
 ナツツさんはすぐに適性を調べる方法をやりたそうだったけども、僕はもう一度、気になっていたことを言ってみた。
「あの、雪の結晶みたいなのを出してた男性って、何をしていたの? 近くに食べ物があって、腐らないようにしていたの?」
「あぁ、あの人ね、あの人はきっと涼んでいただけだと思うよ、熱い熱い熱湯でね!」
「いや、雪の結晶、でしょっ……」
「そうそう! 雪の結晶で涼んでいたの! いっつも毎日そうしているよ! 朝から晩まであの人!」
 と言いながらナツツさんは部屋の奥に消えていった。
 朝から晩までってヒマだなぁ、あの人、と思った。
 その時、ふと、僕はナツツさんの家に着くまでの村の様子を思い出していた。
 それは働いている人と働いていない人の差だった。
 何もせずダラダラしている人と、僕は嫌なことを言われたけども建物を建てている人や、宿屋で働いている人、その差がなんとなく激しいような気がした。
 もし何もせずにダラダラしている人も働いたら、もっと発展するかも、とか考えた。
 そんなことを考えていると、ナツツさんが水晶玉にコードでヘッドフォンが繋がれているようなモノを持ってきて、テーブルに置いた。
「タケル! この部分を頭に装着してみて!」
 ナツツさんはヘッドフォンっぽい部分を僕に手渡ししてきたので、僕は言われるがままに装着した。
「そのまま5分くらいしてたら、この水晶にじんわり適性が浮かんでくるの!」
「そ、そんな簡単に?」
「そう! 簡単でしょ!」
 自信満々に笑ったナツツさん。
 いやでも
「それなら、もっと、みんなに開放するべきだと、思うよ」
「そうだよねぇ! 言われればそうだよねぇ! でも気付かなかった! ありがとう! 本当にタケルは頭が良いね!」
「いやそんなこと無いけども、その、ありがとう……」
 そして5分後、水晶玉にある絵が浮かび上がった。
 それはハートマークで、真ん中に線が入っていて、片方が赤く、片方が青く光っていた。
 ナツツさんは首を傾げながら、こう言った。
「う~ん! 何だろう! これは! 全く分からないね!」
 僕も考えながら、
「でもハートマークだから心臓……? それとも心……? 心……」
 と強く心と思ったその時だった。
 急にナツツさんの胸の中心が青く見え、大きく叫んでしまった。
「わっ!」
 するとナツツさんの胸の中心はもっと青く淀んだ色になったので、さらに僕は血の気が引いていると、
「ど! どうしたの! タケル! 大丈夫っ? もしかすると病気っ? タケルが病気になっちゃったのっ?」
「い、いや……むしろナツツさんの、胸の中心が、青くくすんで……」
 と言いながら指を差すと、ナツツさんは自分の胸のあたりを触りながら、
「いや! 何にもなっていないよ! 私は! えっ? どうしたのっ? 本当にどうしたの!」
 と叫んだ。
 ナツツさんの胸の中心はもう黒色に近くなっていた。
 その時、僕はあることに気付いた。
 それはナツツさんが動揺すればするほどに、くすんだ色になっていっていることだった。
 もしかすると、
「人が動揺しているかどうか分かる、魔法……?」
 と言った瞬間、ピーンと何かが浮かんだような表情をしたナツツさん、それと同時に胸の中心が一気に太陽のように明るく光った。
「そう! ハートマークってそう言えば、心の中が分かるみたいな魔法だった! あんまり無い魔法だから忘れてた!」
「うん、今、ナツツさんが分かったから、胸の中心の色が、綺麗な色に、なったよ」
「じゃあ正解だ! ……でも、あんまり使える能力ではないね……」
 そう言ってションボリしたナツツさん。
 確かに人が動揺しているかどうか見るだけの魔法って、何か微妙だ。
 いやでも
「使える魔法が分かっただけども、本当にすごいと思う。ありがとう、ナツツさん」
 僕がそう言うと、ナツツさんはうんうん頷きながら、
「確かにどんな魔法かどうか分かるだけでも違うもんねぇ! よしっ! じゃあ分かったところで、今度こそ村の中を案内するね!」
 そう言って、一旦適性を調べる道具は片付けて、また一緒に家の外へ出た。

この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切: