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闇堕ち魔法少女と一緒にやり直す


・【スマホゲーム】

 大学も留年して、一人暮らししている暗い部屋でワイドショーを見ながらスマホRPGを周回する。
 こんなはずじゃなかったという気持ちと、もう人生なんてどうでもいいという気持ちがクロスしまくっている。クロスチョップしまくっている。大型犬のクロスチョップ。いや大型犬なら噛みついたほうが強いぞ、腕だるんだるんだろ、犬は……ダメだ、こんな意味の無いことを考えてしまう人間なんて。もう終わってる。
 思考が次の思考を呼び覚まし、連鎖反応していく。自分の現状を思考してしまった末路は当然昔のことを思い出すわけで。
 俺は正義感の強い高校生だったと思う。
 誰かがイジメられていたら即助けたし、困っている通行人にも果敢に話し掛けていって、まずまずの成果を上げていた。
 さらには大学に推薦で入るために描いていた美術部での絵もかなりの出来で、正直そんな絵とかもあんまり関係無く内定しているような教師たちの口ぶりだった。
 絵に描いたような品行方正、描いていたのはちゃんと自分、自分で全てを行ない、自分で全ての責任を負っていた。
 そんな俺を気に食わない連中がいたことも理解していたが、まさかあんなことが起こるなんて。
 集団イジメ、イジメられていたヤツを助けたら今度は俺がイジメられるようになった。
 多少のことは耐えられるが、今までイジメを助けたヤツらからもイジメられるようになったのはさすがに堪えた。
 でもまだ耐えられた、まだ耐えられたんだけども、描いていた絵をビリビリに破られた時、スッと電源が切れたような気がした。
 俺は転校することにしたが、担任が変にギリギリまで「この高校で卒業したほうがいい!」と粘ったせいで、転校願書を提出できる期間だが何だかが通り過ぎてしまい、転校した上で留年扱いとなった。
 四年間高校を通わないといけなくなった俺は完全に人生を諦めた。
 両親はそんな俺に同情しているので、両親の金で一人暮らしできているし、両親の金で若干の課金ガチャもできている。最低な息子だと思う、なんて思考をしたって気分が落ち込むだけなのに思考が止まらない止まらないもう死にたい。
 いや死なないで、死なないで、もう少し、もう少しだけ、ワイドショーを見ながらスマホRPGを周回しよう。
 俺はワイドショーが好きだ。正直スマホRPGより好きだ。
 特に朝のワイドショーはクズの宝庫でつい笑ってしまう。
 最近のお気に入りは闇バイト。
 闇バイトに手を染めて逮捕される大学生を見ては鼻で笑っている。
 勿論自分でも底辺な楽しみ方だということは分かっているが、誰かに迷惑を掛けている、という、自分より下の人間を笑うことは痛快で。
 さらに最後にワイドショーのコメンテーターが、
《闇バイトは絶対逮捕されます》
 とお決まりのように言うところで爆笑してしまう。
 その中には、闇バイトやるようなヤツは朝のワイドショー見てないだろという笑いもある。
 まあとにかく闇バイトのニュースの時は俺にとって確変なのだ。
 俺の正しかった正義感が今歪んだ形で発露しているなぁ、とは思う。
 正義感、正義感と言えば、困っている通行人を助けた時、目の色を変えて俺へ勧誘してきたヤツがそう言えばいたなぁ。
 目の色を変えたというか、元々瞳がエメラルドグリーンで、日本人離れしていて、そうそう、魔法少女だ、魔法少女と名乗っていたんだ。
 確かに日曜日の朝の時間帯にやっているようなアニメの魔法少女みたいな恰好していたし、瞳も相まって魔法少女には見えた。
 そんなヤツが俺に「一緒に世界を救ってほしいね!」と手を取ってきた。無邪気な笑顔で。
 でも俺はそんなはずないだろと思ったし、その子がただの電波な少女である可能性のほうが高いし、俺はその手を払ってしまった。
 その時のあの魔法少女を名乗る女子の顔と言ったら絶望的としか形容できない顔で、でも当たり前だろとは思ったけども。
 いや、よくよく思い出すと、何か不可解な技というか魔法なのか? 魔法みたいなモノを俺の目の前で見せたような気がする。
 自分がイジメられた日々の記憶は克明に思い出せるのに、この魔法少女との思い出はあんまり思い出せないけど、何か、不思議なモノを見たような気がする。
 もしあの時、俺があの女子の手を取っていたら、どうなっていたんだろうな。
 こんな現役クズが世界を救っていたのかもしれない、なんてな、スマホRPGのし過ぎかな、周回周回と思いながら、ワイドショーのほうを見たその時だった。
《闇バイトの主犯格を逮捕しました》
 ワイドショーの司会者がそう言った。
 おっ、ちょうど闇バイトのニュースじゃん、最高じゃん、と、どす黒く心が躍ると、なんと! 画面に映った連行されている女性があの時の魔法少女だったのだ!
 うなだれて、こんなはずじゃなかったといった表情のあの時の魔法少女。
 ちょっと時間が経過して大人の女性になったといった感じだが、そうかもしれない、と思って呆然と見ていると、画面がその子のアップの静止画になった時、俺はつい、
「わっ!」
 と声を上げてしまった!
 何故なら瞳は綺麗なエメラルドグリーンで、まさしくその魔法少女だったからだ!
 ワイドショーの司会者は続ける。
《主犯格の女は『もう訳が分からないね』と供述しています》
《関係者によりますと『彼女の周りでは不可解なことが起きる。慎重に調査する必要がある』と語っています。今後の真相究明が待たれます》
 間違いない、間違いなくあの時の魔法少女だと確信した時、俺がもしあの子と世界を救う道に行っていれば、あの子は闇バイトになんて手を染めなかったのか? と、ふと考えた時、やり直したいと思ってしまった。
 それは今の自分を顧みてなのか、それとも小さな正義感からあの子を救いたいと思ったからなのか、それは分からないけども、強く強くやり直したいと思った。
 その時だった。
 どこからともなく、テレビ以外から声が聞こえてきた。
「今、完全一致したね!」
 俺はその声がしたほうをバッと見ると、なんとそこにはあの魔法少女が突然出現していたのだ!
 俺と出会った頃の魔法少女じゃなくて、ちゃんと、ちゃんとと言うか、今、連行されていたその子の姿で。
 何が起きたのか理解できず、震えていると、その魔法少女は立て板に水といった感じにペラペラ早口で喋り出した。
「貴方の戻りたいという気持ちと、私の戻りたいという気持ちが完全一致している今だからこそ、あの頃に戻ることができるんだね! そういう特大のね! 一世一代の移動魔法なんだね! 早く! 気が変わらないうちにね!」
 そう言って布団の上で座っている俺の手をグイグイ引っ張ってきた魔法少女。
 急に女子に手を握られてドギマギしてしまい、引っ張られるまま立ち上がって、魔法少女の後方に何だかあるような気がする空間のトンネルみたいな入り口に一緒に入ると、何だか視界が歪んだ。
 これどうなってんの? 何か上も下も分からないように感覚がシェイクされている……と思いながら、つい怖くなって目を瞑ってしまった。


・【やり直す】

「目を開けてね! 戻ってきたね! 私たちが出会った世界にね!」
 そう言って魔法少女が俺の肩をぐらんぐらんと揺らしてきている(と思う)。
 俺はその場に尻もちをついているような感覚だ。
 おそるおそる目を開けると目の前には、なんと、さっきのちょっと大人になっている魔法少女じゃなくて、あの時に出会った頃の魔法少女がいた。
「戻ってこれたね! これでやり直せるね!」
 そう言ってジャンプしてハシャイでいる魔法少女。
 いやスカートがジャンプでめくれてパンツが見えそうになっているので、とりま急いで立ち上がることにした。
「いや戻ったってどういうことだよ」
 俺が魔法少女へ、少し焦りながらそう言うと、魔法少女はあっけらかんとこう言った。
「えっ? だってやり直したかったんでしょ! ねっ! ねっ! ここを新たな私たちの世界にするね!」
「やり直す、確かにやり直したかったけども、そのなんだ、完全一致とか何なんだよ」
「じゃあそこから説明するね! 私はとあることがあってずっとやり直したいと思っていたんだけども、ついに君が、何かの拍子でやり直したいと思ってくれたおかげで思いが完全一致して移動することができたね!」
 うっ、コイツ、とあることがあって、とボヤかしてやがる。
 もしかすると俺が、コイツが連行されているワイドショーを見ていたことを知らない?
 触れてもいいのかな、と思ったその時だった。
「ところで君は何でやり直したいとあんな強い気持ちになったねぇっ? ねぇ! だって君はそもそも私との記憶を若干消されているはずね! 一緒に世界を救ってほしくて移動魔法を目の前で見せたのに勧誘に乗ってくれなかったんだもんね!」
 そうか、コイツとの思い出が微妙に思い出せないのは記憶を消されていたからなのか。
 そうだ、そうだ、コイツの不思議な技というか魔法って、いろんなモノが浮いたり、勝手に移動したりとか、そういうものだったわ。
 何か納得、じゃなくて、質問に答えなければ。
 でも質問に答えると、そのコイツがボヤかしたことを言うことになるけども……まあいいか、聞かれたんだし。
「オマエが闇バイトの主犯格として捕まったニュースを見たんだよ」
 そう俺が言った途端、あの、断れた時みたいな、この世の終わりみたいな顔をした魔法少女。
 肩を落とし、膝はぶるぶる震えているが、なんとか、気を保ってみたいな唇をしながら、口を開いた。
「そ、それで、何で、やり直したいと思ったね……」
「いや俺の現状もクソだし、その、オマエもクソだし、もし俺があの時一緒に世界を救う道へ行っていれば、オマエはこんなことしなかったのかなとか考えてさ」
 俯いて黙った魔法少女。
 何を次言い出すのか、正直内心ビクビクしていると、顔を上げてこう言った。
「じゃあ結果オーライだね! 捕まって良かったね!」
「捕まって良かったなんて言葉無いだろ」
 とつい反射でそう言ってしまうと、また沈んだ顔をした魔法少女。
 でもそうじゃん、だってそうじゃん、と自分を励ましつつも、こういう反射で正しいことを言っちゃうところ、まだ俺に残ってたんだと思うし、それが良くなかったという過去もあるし、何か俺も脂汗が出てきた。勿論目の前の魔法少女も額から汗がだらだらだ。さっきからずっと。
「ね! ね! でも捕まったから君の目に映ったわけでね! 私はずっと戻りたかったね! もっと押し強く勧誘すれば良かったって後悔しているね! だって君が味方になれば最強なんだからね! こうやって落ちぶれていくことも絶対無かったね!」
 慌てて喋る魔法少女の気持ちは分からんでもないし、いやだがそれよりも、
「何で俺がいると最強なんだ?」
 と言ってみると、魔法少女は急に嬉しそうな顔になった。相変わらず汗はだらだらだけど。
 多分話題が別のほうにいきかけているからだ。
 その魔法少女は嬉々としてこう喋り出した。
「魔法少女は協力者に魔法を付与することができるんだけどもね、君の能力は『完全無欠のヒーロー』というトリプルSの超絶レア能力でね、全ての能力がカンストしているという俺TUEEEEE系の能力なんだよね!」
「何その転生系ラノベみたいな能力」
「能力は自分の体の個性と生き方によって変わって、君がずっと正義を強く持って生きていたからこそ手に入る能力なんだよね! 勿論その恵まれた高身長や体格も加味されているね!」
 そう言われた正直悪い気はしない。
 というか、
「そういうこと、出会った時に言ってくれよ」
「だから私もいろいろ学んだね! この今までの期間は決して無駄じゃないね!」
「やり直したからこそ、えっと、オマエはいろいろ思考できるようになったということか」
「オマエじゃなくてエメラルね! 私の名前はエメラルね!」
 エメラル、そうか、エメラル、これは口に出さないけども、期間は決して無駄じゃないと言ってもそれが闇バイトを経た経験じゃダメだろ。
 そんな俺の心の中のヒきなんて露知らず、エメラルは俺に向かって手をかざして、こう叫んだ。
「この人に魔法の付与ね!」
 すると俺の体の周りに紫色の光が出現し始めた。
 ん? こういうのって虹色とか、黄金色とかじゃないの? プラチナでも可だけども。
 俺って超絶レア能力なんだろ? でもまあ魔法の世界では紫色が一番高貴とか、まさかの冠位十二階と同じルールかもしれないし、と思っていると、エメラルが愕然と口を開いて、あいた口が塞がらないといった感じになっている。
 えっ? 何か違うの? やっぱ違うの? えっ? えっ? と思ったその時だった。
 俺の頭上にRPGの枠みたいなのが出現したと思ったら、そこに文字が出てきた。日本語だ。
《能力:課金ガチャ》
「なぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああねぇぇぇぇぇぇええええええええええええええええええええ!」
 目の前でめちゃくちゃデカい声を叫んだエメラル。
 一体何なんだ、俺、何かやっちゃいけないことしちゃいましたか? マジの意味で。
「エメラル、俺、完全無欠のヒーローじゃないんだけども……」
「もしかするとね……今さっきまでの生活、こんなんでした、ね……?」
「いや、まあ、スマホRPGでの、その、課金ガチャが楽しみの、一つ、みたいな感じ、だったけど、も……」
 と言うことも恥ずかしくて、ついついモジモジ言ってしまうと、エメラルはガクガク震えながら、こう言った。
「まさか君がこんな堕ちていたなんてね……」
「いやエメラルが言うなよ」
 また反射でそう言ってしまったが、今は俺に言われたことへのショックよりも俺自体へのショックが大きいみたいで、小声で「こんなに堕ちてるなんてね……」とずっとブツブツ連呼している。
 何だよコイツ、じゃあもうコイツに何か気を遣う必要とかないかもな。思ったことバンバン言おうっと。
「じゃあさ、俺と世界を救うの辞める?」
 そう言ってみると、即座にエメラルはこう言った。
「辞めないね!」
「そこはそうなんだ」
「どんな能力も使い方次第ね! それに私はちゃんと強化されているね! 移動魔法以外も使えるようになったね!」
「じゃあ俺の能力は勿論、エメラルの能力も教えてくれよ。やっぱちゃんと知っていたほうが連携とかしやすいだろうからさ」
「そりゃそうだね! まず君の説明からするね!」
「あっ、君じゃなくて俺は奈良輪ね、奈良輪瑛斗、好きに呼んでくれていいよ」
 するとエメラルはちょっと悩むように顎に手を当ててから、
「じゃあ奈良輪くんでいくね」
 と言ってから、説明をし出した。
「奈良輪くんの課金ガチャというのは、自分の範囲にある何かを自分が指定したガチャに課金することにより、10連でアイテムが手に入る能力ね。ギャンブル性が高いから正直使いにくいね」
「自分の範囲にある何かって何?」
「勿論お金でもいいね、あとはそうだ、この石コロをまず課金して、自分が思い浮かべるやりたいガチャをやるね」
 自分のやりたいガチャか、もし石コロで宝石が出てきたら嬉しいなぁ。
 同じ石同士だし、何か相性良いかもしれない。10連なら出てもおかしくないだろ。
「じゃあこの石コロを課金して、宝石ガチャに挑戦!」
 と言ってみると、なんと空間が、というか世界が停止した。
 風に揺れていたエメラルの背中まで伸びた茶色の髪の毛も停止し、何なら少し遠目の木々の揺れも止まった。
 すると口が動いていないエメラルの声が脳内にテレパシーのように響いた。
「ガチャ演出中は誰も動けないね、だからって体力が回復するわけじゃないね、むしろ奈良輪くんの体力が消費されるね」
「そういうもんなんだ、能力というか魔法って」
「早速連チャンでガチャの結果が出てくるね!」
 本物のガチャガチャの筐体みたいなのが頭上二メートルくらいに出現し、そこからガチャガチャのカプセルが落ちてきて、床に着いた瞬間に割れて、出てきたモノは……!
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
《砂金体験をする時に邪魔な砂!》
「全部砂だぁ!」
 と反射で叫んでしまった俺に対して、エメラルは真顔でこう言った。
「石コロで宝石を狙おうとするなんて傲慢ね……ちょっと闇堕ちし過ぎてヒいちゃうね……」
「いや! 初めてだからよく分かんなかったんだよ! じゃあ何だよ! エメラルの使える魔法というのは相当品行方正なんだろうな!」
 と売り言葉に買い言葉といった感じにそう言うと、エメラルは目線を逸らした。
 いや、いやいや、
「もしかするとエメラルは闇堕ち能力なの……?」
 と俺がゆっくり聞くと、エメラルはちょっとだけ首を縦に動かして、
「若干ね……でもね! めっちゃ使える能力だからね!」
 とバカデカい声を出した。
 いや闇堕ち能力なんかい。
 でもどんな能力なんだろう。
「じゃあ説明するね!」
 と言ったところで俺はとある光景が目に入った。
「今! ヤンキーたちが中学生みたいな子を連れて裏路地に入った! 助けに行かないと!」
「そ! それは大変ね! 行きましょうね!」
 俺は走り出し、エメラルは俺のあとをついてきた。
 走って、自分が動いた時に気付いたんだけども、俺学ランだ。マジで高校生の時に戻ったんだ。
 改めて周りの光景を見ると、俺が高校の時に通っていた地元の商店街の近くで、外は少し夕暮れ気味、そうだ、コイツと出会ったのは学校帰りだったっけな。
 まあそんな話はどうでもいい、まずはヤンキーたちから中学生を助けなければ!


・【vsヤンキーたち】

 ヤンキーたちが入った裏路地に行くと、案の定、首元をヤンキーに捕まれた中学生がいた。
「やめろ!」
 まるで言い慣れた言葉のようにすぐ口からついた。
 いや、この当時の俺は確かに良く口にしていたのかもしれない。
 こうやって絡まれている人たちを助けることは日常茶飯事だったから。
「何だテメェら」
 パンクファッションに身を包んだヤンキーの一人がガンつけながら、そう言ってきた。
 エメラルも俺に追いついて、俺の後ろでハァハァと肩で息をしている。体力には少し差があるみたいだ。
 俺はと言うと、まさしくあの頃に戻ったかのように、体が軽い。
 どうやら毎日スマホRPGをやって鈍りなまった状態ではないらしい。
 こっちの、やり直した頃の体力に戻っているみたいだ。
 これならイケると思ったその時だった。
「顔狙え、顔」
 そう言いながら、ヤンキーたち五人がモデルガンを取り出した時に俺は「うっ!」となってしまった。
 何故なら高校三年生のイジメられた時にモデルガンで撃たれまくった日々を思い出したからだ。
 俺は身長が高く、体格も良かったので、俺をイジメるための道具は専ら飛び道具だった。
 あの時の、束になって撃たれた記憶がフラッシュバックして、何だか視界がボヤけてきた。
 ヤバイ、ヤバイ、この中学生を助けるためにやって来たんだろ? でももうダメっぽい。
 そうか、もしやり直さず、あの時にエメラルと協力するという話になっていれば、イジメられる世界線ではなかったはずだから、モデルガンをこんな過剰に怖がる俺もいなかったはずなんだ。
 あぁ、選択ミスが心の臓に染みる。やり直しても結局トラウマのせいで体が動かなくなって、と思ったその時だった。
 エメラルが俺の前に一歩ズイっと出て、こう言った。
「私のこの人差し指に付けた指輪! 10カラットのダイヤモンドね!」
 きゅっ、急に何を言ってるんだコイツ……。
 それに色めきだつヤンキーたち。
「おいおい、10カラットって、何万円だ?」
「こんな中坊どうでもいいぞ、こっちだ、こっち」
「つーか何だコイツの恰好、魔法少女ってヤツ? 痛ぇな」
「でも可愛いじゃん、捕まえてアジト連れてこうぜ」
「女とヤレて金も入って最高過ぎる、鴨がネギ背負い投げってヤツ?」
 何だよ、鴨がネギ背負ってきただろ、鴨が密猟者に勝つため特訓しているんじゃぁないんだよ。
 こんなどうでもいい思考とエメラルの意味分かんない言葉に頭がどうにかなっちまいそうだ。
 エメラルはハツラツと続ける。
「すごい価値なんだからね! カットの出来も最高で一億円はくだらないねぇ!」
 するとヤンキーの一人がこう言った。
「いやそこまでのダイヤモンドの指輪、こんな少女が付けているわけないだろ」
 他のヤンキーにも伝播していき、口々に、
「確かにそうだわ」
「でもまあちょっとは価値あるんじゃね?」
「ヤレるのはマジでヤレるしな」
「そっちの価値も考えれば大丈夫だろ」
 何だ、下品な連中だな、こんな連中、こんな会話しているうちにダッシュで近付いてコンビネーション蹴りすればすぐなのに。
 なのに、なのに足が動かない、ヤバイ、モデルガンを出されただけでこんなに震えてしまうなんて世界を救うなんて夢のまた夢だ。
 そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、まあエメラルはよく喋る。
「いいや本物ね! この輝き! しっかり見なさいね!」
 そうやってトコトコとスニーカーを鳴らしながら、ゆっくり近付いていくエメラル。
 いや大丈夫なのか、そんな不本意に、というか何その自慢と思っていると、またヤンキーが、
「マジで本物っぽいぞ! これヤバイぞ! おい!」
 と叫べば、他のヤンキーたちも、
「すげぇぇぇええ!」
 やら
「うわぁぁあああ!」
 などと、言葉にならない声を上げ始めた。
 するとエメラルは軽やかにバックステップして、俺の隣まで戻ってきた。
 一体何をやっているんだと思っていると、ヤンキーの一人がこう言った。
「そんなすげぇダイヤモンド、どこで手に入れたんだよ」
 エメラルは間髪入れずに、
「闇! ぃっ! いや裏! というかまあ! いほっ! じゃなくてすごい場所だね!」
 いや闇バイトとか裏稼業とか違法性の高いとか言いかけてるじゃん。
 ということは良くないことで手に入れたダイヤモンドの指輪の自慢を今していたということ? 最悪過ぎる。
 それを聞いたヤンキーは大笑いしてから、
「何だよ! オマエも裏の女かよ! じゃあ一緒にさ! 中坊脅して金取ろうぜぇっ?」
 と言ったところでエメラルは拳を、というか指輪をヤンキーたちのほうへ向けたと思ったら、
「私はそんなつまらないことはもうしないね! 価値勝ちね!」
 と叫ぶと、なんとエメラルのダイヤモンドの指輪からダイヤモンドのように煌めく波動のようなモノが飛び出して、目の前のヤンキーに喰らわせたのだ!
「連射ね!」
 バンバンバンバンとヤンキー全ての顎に波動を喰らわせ、ヤンキーはその場に倒れ、多分気絶した。いや死んだ? 気絶だと思いたいけども。
 俺はエメラルのほうを向いて、
「そんなことできるなら早くしろよ! 指輪自慢していないで!」
「これはしょうがないね! 私の魔法の条件なんだからね!」
「魔法の条件……?」
「そうね! 奈良輪くんがガチャするための何かが無いとダメなように、私は価値のあるモノほど強い攻撃が出せる魔法ね!」
 俺は小首を傾げながら、
「いやダイヤモンドの指輪なんだろ? ならすぐ出せばいいじゃん、それとも偽物で騙しているのか?」
「そうじゃないね! これは攻撃を与えたい相手の価値感によって左右される魔法ね! つまりダイヤモンドの指輪ということを認識して、それに価値があると向こうが思わないと威力が上がらないね!」
「10カラットの一億円の指輪だったら、誰だって価値があると思うんじゃないか?」
「そうとは限らないところが怖いところね! 素人が偽物と言い張ってこっちの話を聞かなければ威力が足りなくなるし、そもそも指輪に価値を見出せない人間もいるね!」
「あぁ、例えば指輪のデザインがダサいとか、宝石に興味無い人とか」
「そういうことね! いや指輪のデザインは最高にカッコイイね! 元指輪職人に作らせたから間違いないね! まあちょっとギャンブルでおかしくなったヤツだったけどね……」
 うっ、闇過ぎる、闇で作らせた闇のダイヤモンドの指輪じゃん。
 でもそうか、基本的に指輪の価値が分かる相手のほうが大多数なわけだから、軽くて持ち運びやすい指輪を常に付けているということは合理的だな。
「で、その魔法は最初に俺と出会った時には無かった魔法なのか?」
「そ! それはそうなのね! こんな、こんな、えっと、価値というモノ、ばかり、気にする……魔法は、闇堕ち魔法ね……」
 そう言って徐々に元気を失うように語ったエメラル。
 いやでもまあ!
「強力だと思うからいいんじゃないかな! あの日々があったからこそだし! とにかくこれからやり直せばいいからさ!」
 と何だか妙にデカい声で、励ますように言ってしまった俺。
 するとエメラルも自分自身を鼓舞するように、強く頷き、
「というわけで私の魔法は”価値勝ち”という魔法ねっ」
 と言った。
 ずっとこの会話、絡まれていた中学生に聞かれていたけども、まあいいか。
 中学生はちゃんと解放して、じゃあとりあえず家に帰るかとなった時に、エメラルがスマホをいじり出してこう言った。
「モデルガンを持っているなんて何か組織的ね、割の良い闇バイトを募って、やって来たヤンキーたちを一網打尽にするね」
 何そのやり口、裏過ぎる。
 でもまあ悪くは無いか、いや闇バイトの手口過ぎるけども、俺も案が浮かんだので、こう言うことにした。
「一番頑張ったヤツには報酬としてそのダイヤモンドの指輪をやるってことにすればいいんじゃないか? 写真付きで紹介してさ」
「これはあげられないね!」
「そういうことじゃなくて、そう情報に乗っけておけば、いちいち説明する手間も省けるじゃん」
「おぉ! 奈良輪くんは闇バイトの素質あるねぇ!」
「全然嬉しくないけども」
「私も言っていてすごい自己嫌悪ね……」
 暗くなってしまったエメラルを励ましながら、その方法でヤンキーたちを集めて、エメラルが価値勝ちってヤツで本当に一網打尽にしていた。
 連絡先を交換して別れる時に、エメラルはこう言った。
「まあね、人助けしていけばね、完全無欠のヒーローもちょっとずつ身に着くから頑張っていくねっ」
「いや完全無欠ってちょっとずつとかあんの?」
 俺に完全無欠のヒーローが戻る時なんてあるのだろうか。
 現状、モデルガンにビビって震えていただけなんだけども。


・【家に帰って】

 家に帰る、となった時、一瞬電車に乗るため駅へ向かおうとしてしまった。
 いや多分一人暮らししている大学近くのアパートじゃないよな。
 俺は両親のいる実家に帰らないといけないんだよな。
 でも今更両親と顔を合わせるなんて、と考えたところで、いや大学生の俺じゃないんだから何も負い目を感じる必要は無いんだよな。
 なんとなく無言で玄関の扉を開けて、自分の部屋へ直行しようとすると、母親が居間から顔を出して、
「瑛斗! おかえり! 戻る前にその前に今日のお弁当のカラを出しなさい!」
 と、あの頃のままにそう言ったので、俺は何だか心がじんわりと温まった。
 バッグから弁当箱を出して、母親に、
「いつもありがとう」
 と言うと、
「珍しいね! 何も言わず帰ってきたし、何かあったのっ?」
 と言われて、俺はすぐさま視線を外してから、
「別に。いつも通りだよ」
 と答えた。
 あぁ、こんな感じだった気がする。
 記憶の中は地獄の高校三年生かつ留年して通信制の高校をもう一年通っている時のことばかりだけども、本当はこんな感じだった。
 俺、やり直せるかな、本当にやり直せるのかな、というかやり直していいのかな?
 あの時の、というかこの先の未来を行くはずだった俺はどこに行ったんだろうか、いやそれも俺だから同化ということ?
 それともパラレルワールド? いやいややっぱり俺が俺なわけだから俺でいいのかな。
 何かいけないことをしているような後ろめたさが無いわけではない。
 だからってこのまま何も変わらず、地獄に進んでいって、最悪の人間関係を築き上げるわけにはいかない。
 俺はこのやり直した世界で、全く違う未来を歩んでみせるんだ。
 魔法少女と世界を救うのは世界のためじゃない。
 何よりも俺の、自分のためだ。
 自分のためにやり直してやるんだ。
 自分の部屋に戻り、スマホを確認すると早速エメラルから連絡が入っていた。
 エメラルのSNSのアイコンは真っ黒で、完全に別れたカップル垢だった、でも消せないよ、じゃぁないんだよ。
《何かおかしな話を聞いたら積極的に私に連絡してね!》
 文面でも『ね』口調なんだ。もう完全にクセなんだなぁ。
 既読をつけたら、またすぐに連絡が入り、
《ウザかったらゴメンね! でも私連絡癖があるからね!》
 それよりも『ね』癖だろと思いつつ、適当に返信していった。
 その後は、普通に高校の宿題もやって、一度やったことのある問題なのでスラスラ書けたし、久々家族団らんのご飯を味わった時に改めて、あの俺は、大学生の俺は全て間違っていたことに気付いた。
 もし仮に、高校三年生になってまたイジメられたとしても、今度はあんな腐り方はしない。
 そう心に誓った。
 次の日、朝にエメラルから連絡が入っていた。
《平気で盗みを行なう悪ガキの情報を見つけたねぇ! すばしっこいらしいね! 奈良輪くんの高校が終わったら、校門前で落ち合うね!》
 ちゃんと高校を優先させてくれるんだ、有難いなと思いつつ、俺は登校した。
 高校ではあの頃のままで、何だかちょっと悪寒がした。
 何故ならコイツらの一部は高校三年生で同級生になって、俺のことをイジメ出すわけだから。
 あんな人畜無害そうな連中も、いざとなったらイジメ出す人間なんだと思うと虫唾が走るというか。
 まあエメラルが学校外の事件を持ってくるだろうし、あんまり学校生活では出る杭にならないようにしようかな。
 いやそんな考え方のヤツが『完全無欠のヒーロー』なんてスキル(?)を手に入れることないだろ。
 とりまこの課金ガチャという能力の、効率の良い使い方をエメラルみたいに考えておかないといけないな。
 高校は流れていくように終わり、下校の時間。
 校門に出ると、ゾッとしてしまった。
 何故なら魔法少女の恰好まんまで、エメラルは俺のことを待っていたからだ。
「いやいやいや! まあそうだろうけども!」
 俺はつい声を荒らげるようにツッコんでしまった。
 そのせいで視線は俺とエメラルに。
 ヤバイ、こんな恰好のヤツとつるんでると思われたら、高校一年生の段階からイジメられる、と思っていると、
「私は世界の平和を守る魔法少女ね! と言っても貴方たちと同じ十七歳ね! 世界の命運を掛けて手伝ってくれる奈良輪くんを借りていくね!」
「ハッキリ俺の名前を言ったぁぁあああああああああ!」
 終わった、こんなん最悪だろ、と思っていると、周りからこんな声が聞こえてきた。
「奈良輪のヤツ、こんなヤツのことも手助けしているのか」
「すげぇな、こんなヤツにも付き合ってやってるなんて」
「奈良輪さん、頑張ってねっ」
「奈良輪は忙しいなぁ」
 ……あれ? 何か喋り方というか口調はあんまり俺のことをバカにしている感じじゃない……?
「魔法少女エメラルは奈良輪くんの力を借りて活動している正義の味方ね! 私は家庭の事情で瞳が緑色だけども、勿論親戚同士ねっ!」
 すると何か拍手が巻き起こった。
 えっ、えっ、と思っていると、エメラルが小声で俺にこう言った。
「こういうのは最初が肝心ね、この時点でのこの世界での奈良輪くんは人助けしているキャラだからこういうことにしたね、注目を浴びた状態で親戚と言えばみんなに浸透するねっ」
 優しく微笑んだエメラルに何だかドキッとしてしまった。
 というかマジで助かった。そうか、こういうのは最初が肝心なのか……。
 またエメラルは大きな声で、
「というわけで奈良輪くんを借りてくね! 親戚同士のダブルアタックで解決していくね!」
 俺とエメラルはその場を颯爽と後にした。
 エメラル、結構頭が良いんだな、豪胆というか。
 まあ豪胆か、闇で手に入れたダイヤモンドの指輪を付けて、それを武器ですって言ってるんだもんな。
 颯爽感の演出のため小走りしていたけども、高校から離れたら歩き出して、エメラルがこう言った。
「じゃあ今日退治する悪ガキの話をするねっ」
「ちょっと待て、退治って一体何をするんだよ、どうなったらゴールなんだよ」
「そんなのこの前のヤンキーと一緒で痛い目に遭わせたらゴールね」
「荒っぽいことでいいのか? ちゃんとした機関に突き出すとかないのか?」
 と俺が当たり前のように聞くと、エメラルはちょっと怪訝そうな顔をしてから、
「機関とか、そういったモノは関係無いね」
 と言って少しだけ俯いた。
 関係無い、という言い方は、何か、そういう機関がありそうだな。
「そういう機関があるなら、ちゃんとそれに則ったほうがいいんじゃないか?」
「ちょっと、奈良輪くんは真面目過ぎるね、そんな真面目だと早々にハゲるね」
「頭皮の話で機関の話を逃避しようとするなよ」
「上手いね、座布団投げる権利あげちゃうね」
「そんな投げる権利って大相撲で波乱が起きた時みたいな、あれも投げちゃダメだからな。上手かったら座布団一枚であれ」
「一枚投げる権利ね」
「何で頑なに暴力的にさせたいんだよ、年一だからつい投げちゃう名古屋場所かよ」
「奈良輪くんは良いツッコミ持ってるねー」
 そうニコニコと頷きながら言ったエメラル。
 いやいや、俺は逃がさないから。
「はぐらかすなよ、機関があるなら機関の言う通りにしたほうがいいんじゃないか?」
「あって無いようなモノだから大丈夫ね、そんな重く考えることないね、それより私は商店街から依頼を受けたね、ほら!」
 と言って商店街の中にある公民館のようなところに入っていった。
 俺はエメラルのあとをついていくと、そこには白ヒゲのおじさんがシュークリーム山盛り入った紙袋を持って立っていた。
「エメラルちゃん、時間通りだったな」
 白ヒゲのおじさんがエメラルにその紙袋を渡しながらそう言った。
「これで誘い込んで、袋小路に追い詰めズドンね」
「何だよその、サッカーの弾丸シュート入った時の音みたいなのは」
「ズドンは何かそういう感じね、攻撃が決まった音ね」
「大暴力?」
 と俺が反射的にそう言ってしまうと、白ヒゲのおじさんは後ろ頭を掻きながら、こう言った。
「いやいやいやぁ、まあね、まあね、そういうことになってしまっても致し方ないよね、なんせ悪ガキ相手だから大人が叩くと問題になるから。その点、エメラルちゃんに奈良輪くんだっけ? 君たち子供側が懲らしめてくれると有難いんだよ」
 何その考え方。
 悪ガキが何歳だとしても、誰が懲らしめてもあんまり良くなさそうだけども、と思っていると、エメラルが、
「はい、同じ子供同士の喧嘩ならちょっとくらい強く当たってしまっても大丈夫ですからね」
「いやぁ、エメラルちゃんがそういう案を出してくれたおかげでこちらが何かしなくていいから助かるよ」
 エメラルが提案したんだ。
 いやまあ、このスレスレの善事というか、もはや悪事はエメラルっぽい発想だけども。
 エメラルは紙袋を持つ手を強く握って、
「悪ガキは私たちが懲らしめてね! 二度と悪いことをさせなくしてやるね!」
「頑張ってな! エメラルちゃん! 報酬も用意しているからな!」
「有難うね! ボコったら証拠の写真も撮ってくるね!」
 いやボコったあとに写真撮ったらもう完全に犯罪では?
 この魔法少女、闇堕ち過ぎる……本当に大丈夫か?


・【悪ガキ退治】

 公民館のようなところから出てきたところで、俺はエメラルに言うことにした。
「子供同士の喧嘩なら許されるという考え方、良くないと思うぞ」
「でもこうするしかないね、これが一番カドが立たないね、それよりも一緒に作戦を話し合うね」
「作戦って、シュークリームなんなんだよ」
「悪ガキはシュークリームが好きらしいね、よく盗むらしいね。だからこれで私の魔法”価値勝ち”を使ってもいいし、誘い出すモノでもあるね」
「なるほど、子供相手だと指輪の価値が分からない場合があるから、か」
「そういうことね」
 紙袋の中にはビニール袋に入ったシュークリームが山盛りある。
 上のほうでハミ出しているシュークリームがあるので、それを盗ませたところで、残りの紙袋の中のシュークリームで攻撃するって感じかな、と思っていると、エメラルはこう言った。
「でもシュークリームだけで誘い出せるとは考えていないね、商店街の人には秘密の作戦があるね」
「そうなんだ、秘密ってのが何か微妙に怖いけども、何を考えているんだ」
「色仕掛けね」
 目を光らせて、ちょっとドヤ顔でそう言ったエメラル。
 いや、
「子供に色仕掛け? 子供ってそういうの疎いような……」
「私の経験上、悪事を働くガキは性を知っているね」
「どんな経験したらそんなことが分かるんだよ」
「それは別にいいね。とにかく悪ガキには色仕掛けが有効ね。直情的に誘いに乗ってくるね」
「じゃあ何か、薄着になったりするのか?」
「薄着で興奮するのは中学生以上ね、悪ガキはスカートめくれてパンティ一択ね。こちらも経験上、間違いないね」
「変な経験ばっかりするなよ」
「それは別にいいねっ」
 そう言って首をブンブン横に振ったエメラル。
 まあエメラルがやる分にはもう別にそれくらいならいいけども、
「パンティなんて言い方、女子がするなよ。パンツのことパンティって呼ぶの、おじさんだからな」
「奈良輪くんは分かってないね、女子同士ならパンツだけども男子にはパンティね」
「今この場にいる男子、俺だけだからパンツでいいよ。俺を興奮させようとしなくていいんだよ」
「サービスね」
「いらないサービスだなぁ」
 そう溜息をついた俺。
 こんな魔法少女、マジで大丈夫なんだろうか。
 エメラルがやる分にはいいと最初思ったけども、スカート自分からわざとめくって誘う魔法少女、絶対ダメだろ。
「そのスカートめくる作戦、やらなくてもいいんじゃないか?」
 と俺が言ったところだった。
「来たね!」
 エメラルが小さく指差したので、そちらを見ると、そこには商店街を嫌な目つきで物色して歩く小学生四年生くらいの男子が歩いていた。
 するとエメラルがお尻のほうのスカートをごそごそし始めたので、何だろうと思っていると、
「奈良輪くん、私の後ろを歩いて私のお尻が見えるか見えないかギリギリに動いてほしいね」
 そう言ってエメラルが俺の前を歩き出すと、なんとスカートのひらひらがエメラルのパンツの中に入って、パンツ丸出しになっているのだ。
 いやこれ俺に丸見えなんだけども、と思いつつも、もうやっちゃっているので、その心意気は買わないといけないので、見えるか見えないか、みたいに、ふらふらしながら歩くと、俺とエメラルのあとをついて歩く足音が聞こえてきた。
 振り返っていないけども、結構近いような気がする。
 エメラルは裏路地に入っていき、俺もエメラルについていく。
 絶対誰も通らない場所だと思うけども、ちゃんと足音はついてきている。
 袋小路に辿り着いた俺とエメラルはバッと後ろを振り返ると、マジであの子供がついてきていたので、すぐさま俺はダッシュでその子供の後ろに走り込み、挟み撃ちのような恰好になった。
「な、なんだこれ……」
 そう言った小学生にエメラルは高らかとこう言った。
「君が商店街の商品をパクったり、女性のスカートをめくっている悪ガキだね! 私たちが懲らしめてあげるんだからね!」
 コイツ、女性のスカートをめくっているのかよ、アウト過ぎる、これなら懲らしめてもあんまりこっちの心が痛まないかもしれない。
 小学生は「うぅ~」と唸ってから、
「そんなことしたことない!」
 と叫んだ。
 するとエメラルが、
「商店街が最近設置したカメラにもう君の姿が映っているんだよねぇ?」
 と言うと、すぐさまその小学生が逃げようとしたので、俺は足で退路を塞ぐと、
「邪魔だカス!」
 と言ってきたので、これはもう悪ガキ確定過ぎると思った。逆上早め過ぎるだろ。
 エメラルはシュークリームの袋を一個取ったと思ったら、即魔法を発動させた。
「価値勝ちね!」
 シュークリームからとろとろとした、まるでカスタードクリームのような波動が飛んでいき、小学生にヒットした。
 でも何か、あんまり硬い波動って感じじゃなくて、本当にカスタードクリームを投げつけられた程度の衝撃みたいで、
「何これ……パイ投げの衝撃波?」
 とあんまり喰らっている様子が無かったので、エメラルが声を荒らげた。
「このシュークリームね! いつも君が盗む美味しいヤツね!」
「いや知らねぇよ、それはいつも妹が欲しがってるから取ってくるだけだし」
「じゃ! じゃあ! この指輪ね! 10カラットのダイヤモンドの指輪なんだね! 欲しいでしょ!」
「そういう石は大人じゃないと換金できないからいらねぇよ、というか何なの?」
 ショックを受けているようなエメラルに俺は声を上げた。
「シュークリーム、一個こっちに投げてくれ!」
「はいね!」
 そう言って持っている紙袋のシュークリームを全てこっちへ放り投げてきたエメラル。
「一個でいいよ!」
 と言いつつも何個かは小学生がシュークリームを叩き落したので、一個でも届くようにか、とは分かった。
 俺は一個のシュークリームを手にして、即座に魔法を発動させた。
「課金ガチャ! シュークリームを課金して、小学生が好きそうな食べ物の10連ガチャを行なう!」
 空間が止まり、動けなくなった小学生が叫んだ。
「ガチャって何っ? スマホゲームっ?」
 相変わらず声は聞こえるが、口は微動だにしていない。
 不思議な感覚だ。
「小学生が好きな食べ物出してほしいね!」
 そう願うようなエメラルの声も聞こえてきた。
 さぁ、シュークリームを課金すれば結構良いモノが出てくるはず!
《バナナ!》
 確かにバナナは好きだけども! ちょっと弱いなぁ!
《みかん!》
 網に三個入ったみかんだ。
 まあ確かにみかんも、あのみかんを覆っている網も子供は好きだけどもさ。あの網は何に使うわけじゃないけども、手にしちゃうよな。
《バナナ!》
 またバナナっ? せめて房で出て一発で三本とかになんないのか!
《ポカリスエット!》
 スポーツクラブの男子じゃないんだから! いやコイツも好きかもしれないけども!
《バナナ!》
 バナナはもしかするとノーマルランクのヤツか?
《バナナ!》
 バナナはもういい!
《バナナの房!》
 いいよ! もう! もう房じゃなくていいよ!
《焼酎!》
 子供が好きじゃないだろ! いや子供の頃はそういう飲み物が大人っぽくて気になるけども!
《チョコレート!》
 やっと何か良いの出てきた! でも何か安い! 安いメーカーのヤツだ!
《リンゴ!》
 どちらかと言うとお弁当を作るお母さんが好きなヤツ!
 いや!
「10連終わったぁ!」
 と俺が叫んだところで、自分の口が動いていることが分かったので、また動けるようになったんだろう。
 小学生は何が起きたのか理解できず、キョロキョロしている間にエメラルがこっちに走り込んできて、二人で袋小路を通せんぼできる形になった。
 俺は一応小学生に対してこう言うことにした。
「こん中にオマエの好きなモノあるかっ? あったらあげるかもしれないぞっ?」
「んな安いメーカーのチョコ食わねぇよ、貧乏そうなアンタがちまちま食べてれば?」
 そう言ってクスクス笑った小学生。
 コイツ状況分かってんのか、普通に力づくでも倒せそうだけどな、と思っているとエメラルが小声で、
「奈良輪くんは殴っちゃダメね、悪ガキとは言え子供だから子供を殴ったら完全無欠のヒーローから遠ざかるね、だからここは私の攻撃で締めたいね」
 そんなやり取りしている時点で完全無欠のヒーローじゃないと思うけども、じゃあどうすれば、と思った時、一つ案が浮かんだ。
「エメラル、時間稼ぎできるか?」
「パンティお任せね」
「嫌な作戦だ」
 そうポツリとツッコんでから、俺はガチャで出てきた食べ物をしゃがんで細工し始めた。
 それを見た小学生が、今がチャンスと思って逃げようとしたんだけども、エメラルが、
「キャッ!」
 と可愛らしい声を上げると、小学生の視線はそっちへ言った。
 俺もついそっちをチラ見してしまうと、スカートがパンツの中に入っていることに今自分で気付いたかのように、
「ちょっ、これどうなってるね!」
 と言ってあわあわし始めた。
 それをじっくり見始めた小学生、スケベ過ぎだし、どんな状況でも逃げ切れると思って今その場にいるわけだろうから、こっちのこと舐めすぎだろ。
 まあそこが小学生っぽいけどな……よしっ! 小学生ならこれが効くだろ!
「おいオマエ!」
 俺が声を掛けたが、ソイツはボーっとエメラルのパンツを見ているだけ。
 フン、この言葉を聞いて理性を保てるかな?
「じゃあいいけどさ、俺がこのカブトムシを捕まえる装置でカブトムシ捕まえまくるからさ」
 そう言った刹那、小学生の首はこっちを向き、ギンギンの目で俺が手に持つ装置を見た。
「みかんの網にバナナを入れて焼酎をぶっかけたカブトムシを捕まえる装置だ! 俺から奪ってみろよ!」
「あぁぁぁあ! うちにお酒が無くて作れなかったけどもぉぉおぉおおおおおお!」
 するとエメラルがハイタッチするように、そのカブトムシを捕まえる網に手を触れてから、
「喰らえね! 価値勝ち!」
 と言うと、カブトムシを捕まえる装置からまるでカブトムシの角のような波動が飛んでいき、小学生にヒットした。
「うぐぅぅううう!」
 そう言って吹き飛んだ小学生。
「やったね!」
 喜んでいるエメラルはすぐさまスマホのカメラで倒れているところを保存してから、
「君の弱点はもう分かったね! 君が悪いことしたらまたこの波動が君に向かって飛んでいくね!」
 尻もちをついている小学生は片膝で立って、
「くそ……別にいいだろ、何だって……」
 と言ったので、俺は大人として言うことにした。
「まず女性のスカートをめくることは言語道断だ。でもな、妹のためにシュークリームを取るということは優しさもあるということだろ。盗むというやり方が良くないぞ、考えればもっと別の方法があるはずだ。例えば、お店の手伝いをするとかだな」
「恵んでもらったらカッコ悪いだろ、バカにされているのと一緒だ」
「恵んでもらうんじゃない、働いた対価で受け取るんだ」
「一緒だ」
「一緒じゃない。むしろ何もせずに、苦労せずに得るモノほどカッコ悪いモノは無いだろ」
 俺がそう言うと黙って俯いた小学生、とエメラル。
 いやオマエもっ? そうかもしれないけども!
 まあもういっちょ、言葉を重ねるか。
「対価はバカにされているわけじゃないし、バカにされたくないならさ、いっぱい働いて、自分がいないと店が回らないくらいに働いて『俺抜きじゃどうにもなんないねっ』って店主のことバカにしてやれよ。さらに働いて何でもできるようになったら俺より仕事できないヤツばっかだね、とバカにしてやれよ。この世全部をさ」
「何それ、兄ちゃん性格悪いね」
「そうだよ、俺は自分のことを棚に上げて説教する最低野郎さ。でも犯罪は犯していない、つもりだ」
「つもりて」
 そう言ってかすれ笑いを上げた小学生。
「人は生きているだけで迷惑を掛けるから俺も知らず知らずに犯罪並の迷惑を誰かに掛けているかもしれない。でも『犯罪だ!』で丸わかりの行動したらダメだろ。人に自分の非を見せることは単純に不利な行為だからな。人のことは正しくバカにしろ」
「何か、そんな言い方してくれる兄ちゃんいなかったよ、分かった、オレが悪かったよ」
「じゃあ俺と一緒に謝りに行こう、シュークリーム欲しければ俺が働くための交渉やってやるからさ」
「ありがとう、兄ちゃん」
 その後、俺と小学生で商店街を謝罪回りして、シュークリーム屋さんとは交渉を行ない、まずこれまでのマイナス分から手伝うことで合意となった。
 エメラルは何かいなくなっていたけども、まあ報酬でも受け取りに行ったのかもしれないな。
 小学生と別れて、そろそろ夕暮れだとなったところで、エメラルの声がした。
「奈良輪くん! 奈良輪くんのおかげで上手くいったね!」
「いや、エメラルが俺に魔法を使えるようにしてくれたおかげだよ」
「そんなことは別にいいね!」
「ところでエメラルはどこに行っていたんだ?」
「商店街に私たちのポスターを貼ってもらえることになったね! こうやって公式になればなるほど奈良輪くんは動きやすいね! 魔法少女と一緒にいる恥ずかしいヤツにはならないね!」
 何かじんわり外堀を埋められているような気もする。
 いや俺は世界を救う道を選んだんだ。やり直すんだから、それでいいけども。
「報酬とか言っていたけども、それはどうするんだ?」
「私の生活費にしていいねっ!」
 そうニッコリ微笑んできたエメラル。
 そう言えば、エメラルってどこに住んでいるんだろう、まあいいか、そこ聞くと何かちょっとキモイし。
「生活費にしていいよ、俺は普通に実家に住んでいる高校生だし」
「奈良輪くんには本当に感謝しているね!」
 小学生と謝罪回りしていた時に俺はとあることを二,三考えていたので、そのことをエメラルに言うことにした。
「エメラル、面倒かもしれないけどさ、今度から手紙の交換をしないか?」
「手紙の交換? やけに古風ね」
「やっぱりさ、いろんなこと知っていたほうがもっと上手く連携できると思うんだ」
 と俺は答えたが内訳はちょっとだけ違う。
 明らかに闇堕ちしているエメラルの内面を知って助けたいという気持ちが一番。
 他にもあるが、まあその辺は上手くいってからとして。
 果たしてエメラルはどう答えるか。
 内心、心臓バクバクで待っていると、
「それはいいね! 私も奈良輪くんのこともっと知りたいね! でもそういうのはスマホでも手書きで送れるアプリがあるからそれ使うね!」
「エメラルは何か詳しいな、そういうこと」
「まあ私もいろいろあったからね!」
「そこは今聞かずに手紙で教えてよ」
「言える範囲でね!」
 そう元気に言ったけども、どこか陰のある笑顔だった。
 そりゃ俺にだって陰はあって。
 小学生のこと、マジで説教できるような人間ではもうなかったし。カス大学生だったから、俺は。
 でもそういった日々を経て、今言える・浮かぶようになった言葉があることも事実だ。
 だからこの今までの経験が無駄にならないように、やり直したことに意味があるように、今後も生きていくつもりだ。


・【高校での依頼】

 雨上がりの晴れは湿気がムワッとして苦手だ。
 そんな日にもっと熱気が充満し始めていることがある。
 それは最近、高校で俺のことが話題に上がるのだ。
 魔法少女と一緒に問題解決をしているという話。
 その九割が魔法少女と会わせてくれという、いわゆるスケベ目的だが、今日受けた依頼は少し毛色が違った。
 毛色が全然違うし、その熱気は間違いなく台風直後の炎天下だった。
「奈良輪くん! 聞いてよ! アタシの彼氏がさ! 変な女子に取られたんだよね!」
「そうそう! わたしの彼ピもだし! 同じヤツだし!」
「お嬢様みたいな見た目のした変なヤツなんだって!」
 俺は女子二人の圧にビビりながらも相槌を打っていると、その女子が、
「とにかく彼氏尾行してよ! んでお嬢様見つけたらフルボッコ決めちゃってよ!」
「そうだし! フルボッコ動画SNSで拡散だし!」
 SNS拡散はさすがにヤバイだろと思いつつ、俺はエメラルに連絡することにした。
 するとエメラルも最近そんな話を聞いているということで、彼女らの彼氏も同じ高校内なので、高校から尾行していくことになった。
 授業が終わり、その彼女らから教えてもらった特徴の男子を早速尾行することにした。
 最初はキビキビと歩いていたその男子だったが、突然急にふらふら歩きだし、まるで何かの匂いに誘われているようだった。
 周りを見渡すと、そんな感じに歩ている男子が何だか多くて、ハッキリ言って異様な光景だった。
 そのあたりのタイミングでエメラルと合流し、すぐさま周りの様子を二人でウォッチングしながら、その男子たちが歩くほうへ一緒に歩いていくことに。
「何か異様ね、女王蜂がいるみたいな感じね」
「まさにそうだな、何か、香水とかで操っているのかな?」
「だとしたら奈良輪くんがそうならないのがおかしいね」
「何かトリガーというか、事前催眠的な何かがあるんじゃないか?」
「確かにね、そうだとしっくりくるね」
 そんな会話をしていると、目の前からキモイ集団がやって来た。
 どうキモイかと言うと、お嬢様のようなブレザーの女子生徒が神輿に担がれて前からやって来ていた。
 神輿を担いでいるのは全員若い男子。制服はみんなそれぞれといった感じだが、瞳が明らかにラリっているような感じだった。
 こんな雨上がりの晴れの蒸し暑さよりも、よっぽど暑苦しい集団がこっちへ向かって歩いている。
 その担がれているお嬢様が俺を目視するなり、
「あーらぁ、やっぱり素のワタクシも素敵みたいねぇ、でももっとメロメロにしてあげるぅ。下僕たちよ、アイツを捕まえなさいぃ」
 そう言うと、神輿は優しく地面に置かれて、神輿を担いでいた男子たちが何だか人垣のように陣形を整えて、こっちへじりじりと近付いてきた。
 エメラルはすぐさま、10カラットのダイヤモンドの指輪を見せながら、
「この10カラットのダイヤモンドの指輪! すごいでしょー! ねー!」
 と言うと、お嬢様は勿論、他の男子たちも「おぉっ」と一瞬仰け反り、お嬢様がこう言った。
「それは素晴らしいですわ! もうそういう自慢をしてくるヤツのモノは奪っちゃえばいいんですわ!」
 よしっ、普通に効くみたいだ。
 でも問題は、あの、どう見ても操られている男子たちにお嬢様が守られているというところだ。
 多分あのお嬢様を叩けば、みんな正気に戻るとか、戻らなくても何か正気に戻るトリガーになるアイテムをお嬢様のポケットから取れたりするはず。
 だがそれよりも正確な情報がほしい。
 そこで俺はこう言うことにした。
「おい! この男子たちのこと! オマエが操っているんだろ! どうやったら解けるんだよ!」
「そんなことバカ正直に教えるわけないじゃないのよぉ? どうせ貴方たちはワタクシを退治しに来たんでしょう? そうはさせないですわぁ!」
「バカ正直に教えないと痛い目に遭うぞ! 何か波動喰らうぞ! 痛い衝撃波みたいなヤツ!」
「波動? それは大丈夫ですわ! だってワタクシには守ってくれる殿方がいるんだからぁ!」
 と言うと、周りの男子たちが日体大みたいな勢いで「「「はぁい!」」」と叫んだ。あとは自衛隊か? いやそんな脳内一人たとえ合戦はいいとして。
「まあ忠告はしたからな、エメラル、どうやってあのお嬢様にだけダメージを与えるか考えよう」
 と言ったところで、エメラルは小首を傾げながらこう言った。
「えっ? いいじゃん別にね、男子ごとボコボコ倒せばいいね、そっちのほうが効率的ね」
 そう言ってなんと指輪を男子に向けて、ダイヤモンドのように光る波動を普通に飛ばしたのだ!
「ぐはぁぁぁ!」
「うわぁぁぁ!」
 声を上げる男子たち、さすがに俺はエメラルの肩を掴んで、
「やめろって! あの男子たちは何も悪くないんだぞ!」
「だからって私の思い入れがある子たちじゃないね」
「でもそれの何が世界を救うだよ!」
 俺がそう声を荒らげると、やっと攻撃する手をやめたエメラルは少し不満そうに、
「じゃあどうするね、あの人垣を突破する方法を教えるね」
「それはもうちょっと、観察を」
「早くしないと、じりじりがいつかワッと飛び掛かってくるね、飛び掛かってきたらまた撃ちまくるね」
「分かった分かった、すぐに突破口を開くから」
 そんな会話する暇は正直ある。
 何故なら、むやみやたらにこっちが撃ってくることが分かったので、向こうも怖気づいている感じだから。
 どうやらお嬢様が怯えれば、他の男子たちも怯えた態度をとるらしい。比例しているというか。感情が一致している、と言ったほうが近いかもしれない。
 何かお嬢様が言っていないか、そんなことを思いながら耳を澄ますと、
「おいオマエたち、血ぃ出していないわね?」
 と撃たれた男子たちに話し掛けていた。
 そういう気配りはあるんだなぁ、と思っていると、
「本当に血ぃ出してはいないわね? 血で汚れるとか最悪ですわっ」
 うわっ、最悪だ、自分のことしか考えていない。
 でもだからこそ狙いどころが見えた。
 雨上がりの道路には大きな水だまりがある。
 ちょっと泥っぽく濁っている水たまりを俺は課金して、水たまりガチャを開始した。
 そしてできれば、と、ガチャガチャが出現する位置をお嬢様の頭上になれと念じると、真上とはならなかったけども、お嬢様側に出現し、ガチャが開始した。
「何で向こう側にガチャがね! アイテム取られちゃうね!」
 そうエメラルが叫んだけども、俺は気にしない。これが作戦だから。
 さぁ、俺が思うようなモノが出ればパニックを起こして陣形が崩れるはずだ。
《小雨!》
 まずはこれでいい。もしかしたら小雨くらいでも陣形が崩れるかもしれないし。
《小雨!》
 まあ基本はこれなんだろうな。
《小雨!》
 小雨もまとまれば大きい雨になるか、でもガチャから出てきて、地面に落ちている雲のようなモヤが小さいので、ほんの少量なんだろうな。
 多分この地面に落ちた雲が多少なりに上昇して、降らす感じなんだろう。
《小雨!》
 う~ん、ちょっと、出ないかな、でも水たまりと言えばあれのはずなんだよな。
 血くらいで嫌がるお嬢様なら、きっとこれが出たらだいぶ嫌がると思うんだけどな。
《雨!》
 おっ、これは計算外、しっかりとした雨が降ればそれでもう陣形が崩れるかもしれない。
 地面に落ちている雲も灰色くらいの雲で、しっかり降らせそうな気がする。
《アメンボ!》
 出た! 多分お嬢様は虫が苦手だろうから近くでアメンボが動けば、きっとパニックになるはず!
《小雨!》
 もう何匹かアメンボ出てくれ!
《小雨!》
 この感覚、完全にスマホRPGのガチャだな! アメンボ出てくれって願う感じ!
 でもアメンボ出てほしい時なんて生きていてあったんだという気持ちにはなっている。
 俺は長靴の元気な小学生じゃぁないんだよ。
《アメンボ!》
 よし! 出た! アメンボはレア! レアじゃないけどな!
《デカいアメンボ!》
 最後に何か出た……! デカい! あのたまに家の中にいる、足の長い蜘蛛みたいなデカさの、本来人間界に存在しないサイズのアメンボだ!
 めちゃくちゃ良いの出た! いや実社会でこれの何がめちゃくちゃ良いのなんだよ! って話だけども!
「うきゃぁぁぁぁああああああああ! 気持ち悪いですわぁぁあああああああああ!」
 お嬢様は急に走り出して男子たちの人垣からズレた瞬間をエメラルは見逃さなかった。
「狙い撃ちね!」
「ぐわぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 お嬢様は汚い叫び声を上げて吹っ飛んだ。
 すると周りの男子たちは正気を取り戻したように頭を揺らしてから、口々に、
「おれは何をしていたんだ」
「何か、変な女のこと好きだったような」
「どういうことだ」
「今日は彼女とデートの予定なのに何故だ」
 と言っている。
 俺とエメラルは吹っ飛んだお嬢様のほうに駆け寄って、エメラルは早速お嬢様のポケットなどを探り出した。
 すると中から怪しい、ドクロマークがデザインされた香水が出てきて、どう見てもそれだった。
 エメラルはそれを握って、地面へ叩きつけるように手を振りかざしたので、俺はすぐさまその物体を使ってガチャを始めた。
「奈良輪くんのガチャ! どうしてなのね!」
「その香水が割れて匂いが充満したらまた変なことが起きるかもしれないじゃん」
「確かにそうなのね! 奈良輪くんは頭が良いね!」
「頭が良いかどうかは分からないけども、課金に使ってこの世から存在を消したほうが多分有意義だと思うんだ」
「すごいね! すごいね! で! どんなガチャにしたね!」
「咄嗟だったから……」
 と俺は小声で自信無く答えた。
 そう咄嗟だったから。
 咄嗟だったのに、咄嗟でこれが出るのって、かなり最悪なんだけども、まっ、まあしょうがないか……俺の深層心理だ……こんなヤツが完全無欠のヒーローになれるわけないよな……。
《一万円札!》
 ガチャから一万円札が出てきて床に落ちると、エメラルが今日一デカい声で、
「えぇぇぇぇええ! お金ねぇぇぇえええ!」
 と叫んだ。
 そう、お金、ついあの香水を見た時に何円だったのかなと思ってしまったので、換金ガチャを始めてしまった。
《一万円札十枚!》
 マジか、これ、めちゃくちゃ高価だったということ……?
 いやでも男子たちをたぶらかすような香りということはまあ、オーバーテクノロジーなわけだから、それくらいあってもしかるべきと言ったところか?
《一万円札十枚!》
 待て! 一万円札十枚がノーマルということっ? ヤバイ、大金になる……。
《一万円札十枚!》
「すごいね! これはすごいね! 課金ガチャでお金が出るなんてすご過ぎるね!」
 というかこの額がすご過ぎる。
《一万円札!》
 むしろこっちにホッとしてしまう。
 いやいや、5連の時点で三十二万円ってヤバ過ぎる。
《一万円札十枚!》
《一万円札十枚!》
《一万円札十枚!》
 段々怖くなってきた、もう出ないでくれ! 終わってくれと願ったその時だった。
 ガチャガチャのガチャが虹色に輝く演出が現れた。
 いやいやいや、いやいやいや!
《一万円札百枚!》
「ダメだってそれは!」
 さすがに声が出てしまった。
「うわぁぁぁぁあああああああああああああああああああああ!」
 エメラルは何か攻撃を喰らったかのように叫んだ。
《一万円札二十枚!》
 いやラストもそこそこデカい! でも順番逆! いやガチャってこういうところあるけども! 見せ方としては逆だろみたいなことあるけども!
 俺の目の前には、一万円札が百八十二枚出現した。
 いやこれはあれだ、きっとあれだ、製造番号が全部一緒で偽札扱いされるだろ、使えないわオチなんだ、きっと。
 俺はごそっと拾って、軽く製造番号を見ると全部違った……いや!
「使えるのかぁぁぁああああい!」
 と喉ちぎれるほど叫ぶと、エメラルがニコニコしながら近付いてきて、
「製造番号を確認するなんてプロねっ」
 と言った。
 いやそういう闇的な行為じゃなかったんだけどな。
「これ、どうしようか……」
 と俺はまるで負けたかのように肩を落として言うと、エメラルは嬉しそうにこう言った。
「これはじゃあ私が貯金するね! 何かバトルに必要な時に使えばいいね!」
「まあ確かに、バトルにはお金掛かるかもしれないし」
「何そんな落ち込んでいるね! 最高ね! こんなことがガチャはできるなんてね! 奈良輪くん!」
 そう言って満面の笑みで俺の肩を叩いてきたエメラル。
 何か言いたげな顔だったので、二の句を待っていると、
「その課金でいらないガードレールとかでガチャしたらお金手に入るかね!」
 いや!
「いらないガードレールなんてないわ! 公的なモノに手を出したら犯罪だからな!」
「そ! そうだね! そうだったね! ただ言ってみただけね! 冗談ね!」
 そう慌てて言ったエメラル。いやマジだっただろ。マジでいらないガードレールってあるよね、と思っていただろ。
 道幅を狭くしているだけのあのガードレール、いっそのこと無くなったほうが通りやすいよね、じゃぁないんだよ。
 エメラル、邪魔な男子たちを躊躇なく倒そうとするところ、今のところ、合わせて闇が深過ぎる。
 本当にエメラルに世界を救う気があるのだろうか。
 いやまあ一応変なヤツの退治みたいなことはしているけども。
 最後にエメラルが言ったことが妙に印象的で、今、自宅に戻って、自分のベッドの上で脳内を駆け巡っている。
「敵の道具、どんどん課金してお金にしていくね」
 いや……特殊なカツアゲじゃぁないんだよ!


・【手書きアプリでの手紙】

 既に何回か交換しているけども、エメラルには闇がたくさんある。
 今回のことも勿論、それ以外にも手紙の内容からひしひし感じ取れる。
《今日、私は早速貯金を行ない、残高を見てウハウハですね》
 字面のウハウハほど胡散臭いモノはないなぁ。
《奈良輪くんのおかげで潤っていますね》
 世界を救いたいんだよ、潤ってありがとうじゃぁないんだよ。
《この調子でどんどんお金を稼いでいきたいね》
 お金を稼ぐことばかりになってるじゃん、闇バイトの時と一緒じゃん。
 闇倒しバイトになってるじゃん、大丈夫か。
《奈良輪くんが他の女子に取られないようにしなきゃ(笑)》
 (笑)って付いているけどもメンヘラ発言なんだよな。
 明るいメンヘラなんだよな、ちょっと怖いなぁ……。
《それにしてもあのクソお嬢様をヘッドショットした時、快感でしたよね》
 ”ね”と言われても俺は撃ってないから。
 口も若干悪いし、良くないなぁ。
《あういう勧善懲悪するとキマっちゃいますよね》
 キマがカタカナはもう違法薬物なんだよな。
 脳から良くない成分がだらだら出ちゃっているんだよな。
《もっとキマりたいね》
 ここだけ読んだらもう摘発だよ。
 摘発待ったなしだよ。
《こう作戦がハマっていくと、本当に気持ちが良いね。どんどんハメたいね》
 カタカナ、やめてくれないかな。
 さすがにこれは俺の気にし過ぎ思春期かな。
《いっぱいハメたいね、奈良輪くんと》
 思春期のせいじゃないわ。
《あんまり他の子とハメないでね(笑)》
 他の子と作戦嵌める時なんてないんだよ。
 作戦って普通の男子やらないんだよ。
 あとメンヘラなんだよな、やっぱり。
《そっちの意味でもね》
 じゃあもうダメだよ、そっちの意味とか言い出したら終わり終わり。
 あと俺が誰と付き合ってもいいわけだから、やっぱりメンヘラ過ぎる。
《やっぱり私との時間を長くとってほしいね、一番じゃないと嫌だね》
 束縛がすごい。
 そういう子なんだ、エメラルって。
《奈良輪くんを発掘したのは私ね》
 何か重くなってきたな……悪寒が増えてきました。
《奈良輪くんが完全無欠のヒーローになったらもう溢れちゃうね》
 何がだよ!
《(ご想像にお任せします)》
 じゃあ涙ね、嬉し涙ね。
《(えっちな妄想ばかりしないでね)》
 してないわ!
 何だこの手紙、何でちょっと恋人気分なんだよ、急にっ?
 メンヘラ感強過ぎる! 束縛がすごいだけなのかな……。
 俺、エメラルとうまくやっていけるかな……ちょっと変な行動したら蛙化現象が起きて、めちゃくちゃ撃たれるとかないかな、大丈夫かな……。


・【また依頼】

 お嬢様の件で依頼をしてくれた女子たちからは大層喜ばれた。
 男子たちも少しは記憶があるみたいで、女子たちへ謝罪したり、謝罪のバッグを買ってくれたりしたらしい。
 また操られていた男子たちからも感謝の言葉をもらった。
 まあ好きじゃないお嬢様の取り巻きさせられていて、人生棒に振っていただけだから、そうだろうけども。
 そんなある日、また依頼を受けた。
 まだ朝のホームルーム前の時間帯だった。
 ボコボコにされた彼氏とその彼氏のことを保健室から借りた救急グッズで看病している彼女の二人組。
 どうやらボクサーくずれみたいなヤツに喧嘩を吹っ掛けられて、彼氏は殴られるわ、残った彼女はおっぱいを軽く揉まれた挙句「もっと大きくなれよ!」とか言われて最悪だったらしい。
 前回は女子たちから安いチョコレートをもらっただけで終わったけども、今回はちゃんとこのカップルからお金も払われるという話だ。
 まあお金は何か当分大丈夫なんだけども、もらえるのならということで頂くことにした。
 もらわないと逆に何か変だし。
 商店街から少し外れた普通のアパートが多い通りでやられたという話。
 そのボクサーは強く、また電光石火といった感じに、一気にやられてしまったので、時間としては短時間らしい。
 普通に奥の道路に人が歩いている時にやられたので、人通りが無い時を狙っているわけでもない、と。
 早く殴って早く揉み去る、まさに猿だったらしい。
 そんなカス野郎いるんだ、と思いつつ、出没した場所を詳しく教えてもらって、朝のチャイムが鳴った。
 普通に授業を受けて、SNSでエメラルに連絡しつつ、放課後、校門を出ると案の定エメラルがいた。
 エメラルは複数の生徒から声援を浴びていて、それに手を振って答えていた。
 いよいよちゃんした街のヒーローになっている。
 やっぱりエメラルの情報戦略みたいなことはすごいと思う。
 お嬢様を倒したあと、その倒したことをSNSで周知させ、さらに『何かあればエメラルにお任せあれ!』と宣伝していた。
 まあエメラルがそうやってくれるおかげで、俺は魔法少女と一緒に行動する痛いヤツといったことを言われなくて済んでいるわけだけども。
 でももし魔法少女として公的な機関があるのなら、そこと連携したほうがいいと思うんだけどな。
 そもそも魔法少女ってどうやってなるの? なることができるのならきっと公的な機関もあって。
 そのことをSNSで聞くと、何かゆるっと無視されるんだよなぁ。
 何か公的な機関との軋轢とかあんのかな?
 まあそんなことを仕事前に聞いて嫌な雰囲気になったら最悪なので、今日はもうしっかり仕事モードに移ろう。
 出没した地点へ行くと、空気は妙に湿り気を帯びていて、風通しの悪い地区だった。
 六月ながらじっとりと暑さのある、いやまあそれは今日の天気のせいか。
 でもそういうヤツがいると知っていると、やっぱり不快な気持ちになって。
 エメラルが俺に対して、
「じゃあここからはカップルみたいに接していくね」
「何でそうなるんだよ」
「だってカップルが狙われたからね」
「いやそれでいけるかな、だってエメラルは広報活動しているからもう俺たちが解決する存在だと知れ渡っているんじゃないのか?」
 するとエメラルはクスクス笑ってから、こう言った。
「それは傲慢ね、このくらいの広報活動じゃ有名になれるのは奈良輪くんが高校内で有名になるくらいね。私もそこまで遠くまで届くようにはやっていないね」
「何で遠くには届かないようにしているんだ? もっといろんな人に知ってもらったほうがいいんじゃないか?」
 エメラルは一瞬口をもごもごしてから、
「ま! まあ! とりあえず奈良輪くんの生きている範囲くらいでいいね!」
 何か急に焦っている感じになったけども、俺、地雷でも踏んだのかな。
 大勢に知らせないように加減しているような言い方だったけども、何か、今の活動を誰かに知られたらマズイとかあるのかな、無いはずだよな、だって世界を救うという話なんだから。
 それにしても世界を救うって名目なのに、こんなちまちました活動で大丈夫なのかな?
 まあまずは地に足をつけて、ということなのかもしれないけどさ。
 エメラルは急に俺と腕を組んできたと思ったら、
「じゃあこっからはカップルのイチャイチャタイムね!」
「いやそれ本当にする気なのかよ」
「あくまでフリね! まず私が飴舐めるから口移しするね!」
「そんなフリ無いだろ! というか普通のカップルもそんなことしねぇわ! 路上で!」
「カップルって全てのことを路上で行なうんじゃないのね」
 そう言ってちょっと驚いているようなエメラル。
 いやいや、
「路上で行なうのは自信家カップルだけだよ、政治家同士のW不倫とかじゃないと路上でやらないから」
「そっかぁ、でもエメラルは自信があるね、自分の可愛さに」
「そういうこと自分で言うか?」
 とツッコミつつも、まあ確かにエメラルは可愛いとは思う。
 背中まで伸びた長い茶髪を揺らして、おしとやかに笑っていればの話だけども。
 緑色の瞳もミステリアスで、可愛いというかクールビューティー系だ。
 でもぶっ飛んだことを言って、さらにはSNSはメンヘラときたら、どう考えても地雷系だ。
 まあ地雷系は可愛くないと成立しないところあるから、全くもって基本に忠実といった感じだが。
「奈良輪くんだってイケメンなんだから自信家カップルと名乗っていいね」
「いや俺はフツメンだよ」
「フツメンの高身長はイケメンね」
「いやフツメンってハッキリ言っちゃってるけども」
「いや私はイケメンだと思ってるね、奈良輪くんと一緒にやり直せて私はすごく嬉しいね、勿論顔だけじゃないね!」
 そう優しく微笑んだエメラルに俺はドギマギしてしまった。地雷系なのに。
 あと闇堕ち過ぎるのに。公的な機関もはぐらかすのに。
 なのに、なのに、可愛いだけで胸が躍ってしまうって、やっぱり見た目が良いって凶器だよな、狂喜乱舞してしまう。
 と思っていると、目の前からシャドーボクシングをしているフードを被った怪しい男が近付いてきた。
 直感ですぐ分かった、コイツが例のアレだと。
 ピンクに近い紫色のフードを被っているなんて、リトルマックか変態くらいだろう。
 そのシャドーボクシング男と五メートルくらいの距離になった刹那、ソイツは一気に俺へ向かって殴り掛かってきたのだ。
「危ねっ」
 反射的にそう言った俺はなんとかかわして、前キックを繰り出して、押し出すように蹴って距離を取った。
 するとシャドーボクシング男はフードを外してからこう言った。
「やるじゃん、変態男のくせにさ」
 いやオマエに言われたくないわ、でも魔法少女と一緒に居ることに対してそう言っているんだとしたら、そう思われても仕方ないか、と俺が思考している間に、エメラルは間髪入れずにこう言った。
「この人差し指の宝石は10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
 するとシャドーボクシング男は小首を傾げながら、
「テンカラット……? からあげじゃないじゃん」
 と言ってダメだコイツと思った。
 いやマジでダメ過ぎる。
 効かないということじゃん、と思っていると、エメラルは俺のほうを強い眼差しで見てきたので、アイコンタクト? でも何だろうと思っていると、
「こういう変態男にはこれが効くね!」
 と言ってエメラルが見当違いの方向へ手をかざした。
 具体的に言うと、シャドーボクシング男のほうではなくて、物干しをしているアパートのほうだった。
「何しているんだ、エメラル」
「移動魔法ね!」
「そう言えば移動魔法が使えるなんてこと言っていたな」
「基本的に無機物を移動できるね!」
 高い位置の物干し竿を拝借して、重力も使って突き刺すみたいなことか? いやちょっと発想がグロテスク過ぎたか。
 でも実際どの程度のモノを動かせるのかと思って、ちょっとワクワクしていると、なんと! 干されていた女性モノのパンツを動かし始めたのだ!
「そういうの良くないだろ!」
 と叫ぶと、急に叫んだ俺にシャドーボクシング男がビックリして、数歩退いた。
 その隙に、干されていたパンツがエメラルの手元にいった時、シャドーボクシング男が声を荒らげた。
「パ! パンティ! パンティだ!」
 うわぁ、パンツをパンティって言うヤツは最悪のヤツだからなぁ……。
 そう結構ヒいてしまっている間に、エメラルがそのパンツをシャドーボクシング男に向けて、こう言った。
「パンティ波動の価値勝ちね!」
 えっ、と思った瞬間、パンツから波動というか、若干スカートめくり感のある強い風が巻き起きて、シャドーボクシング男をぶっ飛ばした。
 コイツ、パンツにすごい価値を感じていた……。
 エメラルと俺は横たわるシャドーボクシング男に歩いて近付き、
「二度と変なことしちゃダメね、変なことしたらまた私が退治しに来るね」
 するとシャドーボクシング男はゆっくりと目を開けてこう言った。
「魔法少女のパンティも、いいなぁ」
「見るんじゃないね!」
 そう言ってもう一発強風を鳩尾に喰らわせると、シャドーボクシング男は口からヨダレを垂らしながら、気絶した。
 エメラルは笑顔でこちらを振り返ってこう言った。
「すごい汚いヤツだったね!」
「エメラルの手口もな!」
「これは仕方ないね」
 と言いながらパンツをポイっと捨てたので、俺は目を丸くして、
「いやちゃんと持ち主に返せよ!」
「どう言えばいいね……」
 そう言って困った顔をしながら、捨てたパンツをとりあえず拾ったエメラル。
「目の前で風に吹かれていまして拾いましたとかでいいだろ」
「すごいね、奈良輪くんは手慣れた言い訳ね」
「いやあとで返すけどもパンツの手触りだけ確かめたい変態じゃぁないんだよ」
 エメラルがちゃんと返したことを見届けて、俺とエメラルの今日の仕事は終了した。


・【エメラルの手紙】

 家に帰って来てから、エメラルと手紙のやり取りをした。
 俺が先に送っていて、今日のやり口についてちょっとだけ批判的な内容を書くと、それへの謝罪がすごかった。
《スケベ過ぎてすみませんでしたね》
 スケベ過ぎてすみませんでした、という謝罪も若干ズレているけどな。
 あるモノなんでも使ってしまうところが良くないというか、せめてちょっとくらい躊躇や相談をしてほしいというか。
 でもやっぱり勝負はスピード命だから、ああで良かったのかな、と、今若干そう思っている節もある。
 じゃあそのパンツ作戦が無かったらどう勝ち筋があったんだろうというのも同時に考えないといけないわけで。
 いやまあ今はまずエメラルの手紙に集中するか。
《パンティはよくやっていたので、ついね》
 よくやっていたんかい!
 よくやっていたということはこの作戦が効きやすいということっ? 嫌な世の中だな!
《闇時代は何かあればすぐパンティ、何かあればすぐパンティでしたね》
 何で二回書いたんだよ、何でそこはマストで伝えたいんだよ。
《結局男性はパンティあればいいということなのでね》
 そんなことないだろ、闇時代だからだろ、悪いことするヤツがパンティがちなだけだろ。
 いや”パンティがち”という日本語何?
《逆にどうすれば良かったね……》
 とは言え、今は俺のガチャだってあるんだから、そっちでどうにかしても良かったわけだし。
 まあ具体的な作戦は何も浮かばないけども。
 いや待てよ、そもそもエメラル自身、自分が女性ということで価値勝ちを放てなかったのか?
 それともモノからしか発せられないのか、この辺はちゃんとあとでSNSで聞こう。
《でも今思えば私のヨダレとかでもいけたかもしれないね、反省ね》
 ヨダレで興奮する変態だったら軽蔑しちゃうな、いやまあカップルにあんなことする時点で人として軽蔑しているけども、あのシャドーボクシング男には。
《奈良輪くんは私のヨダレに価値があると思いますかね》
 急にどういう質問? 俺がそこであると言ったら俺が変態じゃん、俺がマストで変態じゃん。
 どんな答えを求めているんだよ、この質問。
 答えるだけで損する、すごい設問だ。
《奈良輪くんにだったらいくらでもあげられるかもね(笑)》
 何の(笑)なんだよ!
 俺をバカにした笑いなのっ? それとも好意的なヤツなのか!
 若干バカにしてそうだわ! 何だよ! こんなこと手書きで書くなよ! 手書きアプリだけどさ!
《奈良輪くんのために綺麗な水を摂取して体を清めておかなきゃね》
 もう、もらう話になってんの? 俺がエメラルのヨダレを受け取る話になってんの?
 いらないわ! いつ、どう使うんだよ!
 ダメだ、エメラルの手紙、バカ過ぎる。
 あとは……いや! ここで終わりぃっ?
 ここで終わりの文章ってあるのかよ!
 体を清める話で終わるって仏門でしかありえないからな!
 その後、俺はSNSで価値勝ちを自分自身で使えないか聞くと、自分自身は使えないらしい。
 人間は複雑なので、その価値の判断が魔力を使ってもできないという話だった。
 ただヨダレはいけたはず、と妙に悔しがっていた。
 いやまあ変態は全員ヨダレ好きとかじゃないだろうから、分からないけどな。
 いやそうなのか?
 知らんわ!


・【エメラルの焦り】

 登校するため、家を出るとなんと目の前にエメラルがいて、どうやって俺の家を調べ上げた? となっていると、エメラルが俺に抱きついてきて、
「今日は高校休んでほしいね! とにかく私の隠れ家に行くね!」
 と目を潤ませた。
 家の真ん前で、御近所さんの目もあるので、エメラルから離れてから、
「どうしたんだよ、完全無欠のヒーローを手に入れるためには、高校とか多分休んじゃダメだろ」
「一日くらい大丈夫ね! とにかく私の隠れ家に行くね!」
 昔のRPGか、どんな選択肢を選んでも同じ言葉を喋り続けるイベントか。
 俺はもうなされるまま、エメラルから腕を引っ張られて高校とは逆のほうへ走り出した。
 着いた場所はこの辺で一番大きな公園で、
「ここに魔力テントを張って、住んでるね! でもそれも時間の問題ね! 早く一旦身を隠して作戦会議するね!」
 木々の植え込みの間に入り込んだエメラルに、俺は目を皿にしてしまった。
 何故ならエメラルの体半身が完全に消えているからだ。
「体が消滅!」
 俺が反射的にそう言うと、エメラルは首をブンブン横に振ってから、
「これは魔力テントの中に入っているだけね! 奈良輪くんも一緒に入るね!」
 まさか何も無い、植え込みの間で雑草が生えているだけの空間に、異世界の入り口みたいなモノが作れるなんて。
 魔法ってマジですごいんだなと思いつつ、俺はエメラルに促されるままその中に入ると、なんと俺の家の居間よりも広い空間がそこに広がっていた。
「すごっ」
「そんなことはどうでもいいね! 早くここを片付けてどこかに逃げるね!」
「逃げるってなんだよ、何者かに追われているのか?」
「おっ! 追われているは追われているね!」
「誰から? あのお嬢様が俺たちを恨んでということ?」
 するとエメラルは渡りに船みたいな顔をしてから、
「そ! それねぇぇえ!」
 と叫んだ。
 いや、
「嘘だろ、今の感じ。それで勘違いしてくれといった感じの、急に帳尻合ってラッキーみたいな顔だったぞ」
「そんなことないね! 私のことを信じてほしいね!」
 そうエメラルは俺の目を真っ直ぐ見つめてきた。
 いやそんなしっかり見られると恥ずかしいというかなんというか……でも何か、こう見てくるヤツほど嘘くさいというか、まさに詐欺師のやり方といった感じがしないでもない、とか思っていると、
「とにかくエメラルは困っているね! 奈良輪くんに助けてほしいね!」
 でももし本当にお嬢様が相手なら、俺がまたガチャをやらないといけないだろうし、う~ん、まあ、
「分かった、一緒に逃げてやるから返り討ちにしてやろう」
「ありがとうね!」
 俺とエメラルは魔力テントというところから出てきて、その魔力テントを何かエメラルが自分の手の中に収容したような感じになると、
「じゃあ早速どこかに逃げるね!」
 とエメラルが言ったところで、誰かが俺たちに対して声を荒らげた。
「待て! もう逃げられないぞ! エメラル!」
 俺は声がするほうを見ると、そこにはスーツの襟を掴んでビシッとさせた、サラリーマンのような男がいた。
 否、全然サラリーマンじゃない。
 上半身も下半身も筋肉隆々なことがスーツの上からでも分かる、これはどう考えても戦闘民族だ。
 だが、だがだ、お嬢様の手下っぽさは無い、ラリっている瞳じゃないし、何よりも高貴な雰囲気が漂っている。
 高貴というか真面目? 何かに従順? じゃあお嬢様に? いやまだよく分からない。
 エメラルは黙ってその場を去ろうと一歩動いたので、俺はエメラルの腕を掴んで、
「お嬢様の手下だろ、向かい討ったほうがいいんじゃ?」
 と言うと、そのサラリーマンがこう言った。
「お嬢様の手下なんて訳分からない存在じゃない、ワタクシは魔法警察のダワンだ」
 何だその犬みたいな名前、人型の犬キャラクターじゃぁないんだよ。
 というか、
「魔法警察? やっぱり公的な機関があるんじゃん、エメラル」
 いや待て、何で今エメラルは逃げようとしているんだ? 魔法警察という公的な機関から。
 えっ、もしかするとエメラルって魔法で何かしらの犯罪を行なっていた?
 いや行なっていたわ! パンツの価値勝ちとかやっていたって言ってたわ!
 ヤバイ! ヤバイ! エメラル捕まっちゃうのっ? マジでっ?
 俺はあわあわしながらエメラルとダワンというサラリーマン風の男を交互に見ていると、
「ことの重大さに気付いたということか、奈良輪瑛斗よ」
 こっちの名前も把握しているんだと思って、俺は心臓がドキッとしてしまった。
 もしかするとエメラルと一緒に行動した俺も、何らかの罪に問われるということか?
 いやいや、俺は何も聞かされていなかったし、と思っていると、ダワンというサラリーマン風の男はスーツの襟を持ち、ビシッとさせてからこう言った。
「禁忌の移動魔法によりパラレルワールド間を移動したエメラルと奈良輪瑛斗、オマエたちを重罪人として逮捕する」
「いや俺もめちゃくちゃ一人前の罪として!」
 つい反射的にデカい声を上げてしまった。
 ダワンはちょっとキョトンとしている。
 そのことに気付いたわけじゃなかったのね、といった感じだ。
 ダワンはまたスーツの襟をビシッとさせてから、
「まあ奈良輪瑛斗には酌量の余地はあるが、エメラル、オマエは自分が重罪を犯したことに気付いているよな?」
 エメラルは黙って俯くだけで。
 でもそうか、エメラルが必要以上に有名になりたくなかったみたいな言い方しているのは、魔法警察にバレたくなかったからということか。
 でも、でもだ、
「ダワン、ですよね。でも俺たちはこの世界に来て、ちゃんと困っている人を助けるための行動をしていました。もし魔法警察にバレたくなかったらそんな活動もしないほうがいいですよね。でも俺たちはしていたんです。それに対してはどう思いますか?」
 するとダワンは深い溜息をついてから、こう言った。
「それはワタクシの考えるべきところじゃない。オマエたちは重罪を犯した。だから捕まえるだけだ」
 話が通じるような相手ではなさそうだ。
 でも”ワタクシの考えるべきところじゃない”という言い方をしているということは、困っている人を助けていた活動に対して情状酌量してもいいという考えをしている人たちも魔法警察の中にはいるような、含みのある感じがした。
「すみません、話ができる相手がそちら側から出てくるまで、俺たちは逃げさせてもらいます」
 ダワンはまたスーツの襟を持ってビシッとさせると、
「ならそうだな、ワタクシのような末端じゃなくて権限を持っているランクの連中を引きずり出すんだな」
 と言ったので、
「交戦してもいいということですか」
「どうせ反抗する気なんだろ? 重罪を犯せばそのあと罪を重ねても罪の意識は軽くなるからな」
「そんなシリアルキラーみたいな発想じゃないです。貴方が仰った通り、権限を持っているランクを引きずり出しますよ」
 また襟をビシッとして……いやコイツ! もう襟破れるだろ! やり過ぎだ!
「できるかな? ワタクシに勝てるかな?」
「まずコイツに勝つしかない! エメラル! 一緒に闘おう!」
 と俺がエメラルのほうを振り向くと、エメラルはその場にしゃがみ込んで震えてしまっていた。
「エメラル! 闘うんだよ!」
 と言ったところでダワンが一気に距離を詰めてきて、俺に向かってハイキックをしてきたので、俺は屈んでかわして、ダワンの足を肩に担いで、足を振り回すようにしてコケさせた、と思ったが、ちゃんと受け身をとっていて、またすぐに俺へ殴り掛かってきたので、俺はその殴り掛かってきた腕を掴んでそのまま背負い投げし、またその腕は掴んだままにして、キメ技に入ろうとしたが、うまく抜け出されて、距離を取られた。
 ダワンはまたビシスーツをして、
「なかなか格闘センスがあるな」
「ちょっと戻ってきましたよ、昔の感覚が。ずっとこうやって誰かのこと助けていましたから」
「ふ~む、魔法は課金ガチャと完全無欠のヒーローか、相反する二つの魔法を使えるとはちょっと考えて闘わないといけませんね」
 とダワンが呟いた時に俺はビックリしてしまった。
 何故なら、
「俺って完全無欠のヒーローありますかっ?」
 ダワンはコホンと咳払いをしてから、
「口に出さないほうが良かったですかね、思考を口から出す癖が悪いほうに出てしまったようで」
 ということは完全無欠のヒーローがあるということだ、そっか、俺、元に戻ってきたんだ、やった、じゃあやっぱり、
「俺このまま完全無欠のヒーローを完璧な形にしますんで、俺らを魔法警察に入れてください。罪はそうやって償います」
「だからそれはワタクシが言える領分じゃないんですよ」
「じゃあ連れてきてください」
「ふ~む、まあワタクシに勝ったらだな、ワタクシに負けるような人間は魔法警察にはいらないからな」
「最弱なんですか?」
 と俺がちょっと鼻で笑いながら、あえて挑発するようにいると、
「調子に乗りやがって!」
 と言って感情的に殴ってきたので、またそれを利用して背負い投げし、今度はそのまま手を放して後頭部から落とすように投げた。
 なんとか受け身をとったといった感じだが、ダメージはあるみたいだ。
 スーツについた砂をパンパンと振り払い、またビシスーツしてから、
「なかなか筋は悪くない」
 と言ったんだけども、コイツ、特に特殊な能力も無さそうだし、そんな強くない。
 ただ一つ言えることはタフということだけか。
 でも何か俺ばっかり狙ってくるし、ここで戦意喪失しているエメラルを狙われたらヤバイんだけども、と思いながら、チラリとエメラルのほうを見ると、
「ワタクシがエメラルを狙わないことを気に掛けているのですかね?」
「まあ、そう貴方が気付いているのならば」
「いつでも倒せそうなので、怯えた女性をいたぶる趣味も無いので、奈良輪瑛斗、オマエから排除します」
「そう言って一方的に俺が攻撃しているだけなんだけども」
「気付いているでしょう? ワタクシのタフネスさに」
 俺は黙ってダワンのほうを見ていると、ダワンはニヤリと笑ってからこう言った。
「貴方の芸当は素晴らしい、でも精神的にきているはずだ。そんな殴ってきた腕を掴んで背負い投げすることは、そんな何発も狙ってできることじゃない。きっといつか瓦解して、ワタクシのパンチが当たるでしょうね。タフネスな人間のパンチは、重いですよ?」
 そう言ってまたビシスーツをしたダワン。
 俺はダワンが余裕を持っている間にと思って、叫んだ。
「エメラル! 10カラットのダイヤモンドの指輪を見せつけろ!」
「無駄です」
 間髪入れずにそう言ったダワンは続ける。
「指輪に価値を感じない人間がちゃんと派遣されていますので。試してみてもいいですよ?」
 多分そうだと思った。
 コイツは多分宝石とかよりも別の価値観で、例えば自分が好き過ぎるとか、そういうことだと思う。
 だからこんな体も鍛えていて……いや待てよ、でもコイツ、あれのことがすごく好きなのかもしれない……!
「おい、ダワン、俺が精神的にくる前に貴方をのしてあげるよ」
「できますかね?」
 そう言ってステップを踏みながら近付いてきたが、結局パンチを出すタイミングは一緒だ。
 俺に当てるパンチをしてくるわけだから、俺の顔が当たる範囲で繰り出すだけ、ポイントは常に同じだ。
 急にボディ狙いを撃ってくるほど賢くないみたいだし、何よりも俺の精神力が瓦解すると読んでいるので、バカみたいに同じように俺の顔目掛けて殴ってきた。
 その腕を俺は背負い投げ、すると同時に、袖を引っ張り、さらには首元も掴んで、スーツを脱がせるように投げ飛ばした。
 ダワンが地面をゴロゴロ転がっているうちに俺は脱がしたスーツを持ってエメラルに近付き、
「このスーツで価値勝ちを放て!」
 と叫ぶとエメラルはしゃがんだまま、魔法を使用し、スーツからは鬼の形相のような茶色い波動が飛び出して、倒れているダワンの頭頂部にヒットして、
「うわぁぁぁあああああああああああ! そこはダメだぁぁぁあああああああああああああ!」
 と声を荒らげた。
 思った通りだ、ダワンはスーツの襟をビシッとするポーズが好き過ぎで。つまりはスーツが好きということだ。
 そのスーツを奪って、エメラルに価値勝ちさせれば、きっと強い威力が出ると踏んでいたが間違いなかった。
 俺はこのままダワンにいろいろ聞きたかったんだけども、
「一旦逃げるね!」
 と鬼気迫る表情でエメラルに言われて、腕を引っ張られたので、俺は促されるまま一緒にどこかへ走り出した。


・【エメラルの後悔】

 人通りの無いところにある、入ったことない喫茶店に入った俺とエメラル。
 席に着くなり、俺はエメラルへ、ダワンからいろいろ聞いたほうが良かったんじゃないかということを聞こうと思ったんだけども、それよりも早くエメラルが、
「もうダメね……私は終わりね……」
 と肩を落とした。
 いや、
「そんな決めつける必要は無いんじゃないかな、まだ可能性がありそうだったのに」
「禁忌ね、空間移動魔法は……その説明をしなくて申し訳無かったね、奈良輪くん……」
「それはまあそうかもしれないけどさ、俺も現状打破したかったし、エメラルだけの気持ちじゃなかったし」
 重苦しい雰囲気が漂っているのか、店員さんもこちらにやって来ない。
 何も頼まないのもアレなので、店員さんを呼んで二人分コーヒーを頼んだ。
 いつものエメラルならここで「クリームソーダに変えてね」みたいなことを言い出しそうだが、そんなことを考える余裕も無いって感じに肩を震わせているだけで。
「エメラル、次来た人にはちゃんと説明しよう。そうしたら何か変わるかもしれない」
「ダメね、でも奈良輪くんは大丈夫ね、私ありきの空間移動魔法だし、ね、だから奈良輪くん、私の分まで楽しく生きてね……」
「そんな言い方しないでよ、エメラルがいたからこそ今の俺があるんだから。俺とエメラルは一心同体だ」
「そんなことないね、私はそもそも犯罪者だったね、向こうの世界でね。それもバレていると仮定するなら私はもう本当にダメね」
 バレていると仮定するなら、か、この口ぶりだとバレていない可能性も存在しているかもしれないという言い方だな。
 でもまあ確かに犯罪をして、それから逃げるための空間移動魔法は良くないのかもしれないな、俺は口に出さないけども。
「せめて罪を償ってから来たほうが良かったかもしれないね」
 エメラルが唇をガタガタいわせながら、そう言ったのだが、俺は励ますように、
「あの時に一致したから今があるんだろ? じゃあ今が最適解だよ」
「そうかね……」
 なんとなく、というか当然ながら、慰めることが最適解だと思っているから慰めている節が俺にはある。
 でも実際どうなんだろうか。
 禁忌の魔法なんて知らなかったし、でもこんな大掛かりな魔法、そうだとも思うし、じゃあ今、元の世界に戻りたいと願えば一致してまた戻れるのか?
 いや俺は正直戻りたくない、心の奥底から戻りたいなんて多分思わないと思う。
 何故なら絶対に、やり直せた今のほうがあの大学生の日々よりも生き生きしているから。
 どうにか魔法警察と話し合うことはできないのだろうか。
 権限を持っているランクの連中を引き出すとかダワンは言っていたけども、引きずり出したとて、話し合いに応じてくれなきゃそれこそシリアルキラーで。
 むやみやたらに魔法警察の人間を追い返していることになってしまう。
 だからってこうやって逃げ隠れるだけじゃ何も変わらないし。
 やっぱりそうだな。
「エメラル、表に出て魔法警察の人と話し合いをしよう」
 しかしエメラルは黙って俯いて。
 でも、
「そうするしかないって。エメラルも分かっているはずでしょ。こうやって逃げ続けるには限界があるって」
 エメラルはゆっくりと口を開いた。
「せっかくやり直したのに、こんな終わりじゃね……便宜上、世界を救う行動なんてしなきゃ良かったね……」
「それは遠かれ少なかれだし、便宜上って言うなよ。俺はその気でいるんだから、今だってそうだ」
「奈良輪くんは自分のこときっと大丈夫だと思っているからね、だから余裕があるんでしょうね」
「そんな、俺はエメラルを切り捨てるなんて考え方じゃないよ」
「そんなことないね、奈良輪くんは、自分は大丈夫だと思っているね。だからそんなこと言えるね」
「そういうことじゃない!」
 つい大声が出てしまった。
 相変わらずコーヒーはやって来ない。
 沈黙。
 俺は諭すように、喋り出した。
「俺だって禁忌を犯したんだろ? じゃあエメラルと一緒だよ。俺だけ助かるなんてことなったら、俺はエメラルと同じ道を選ぶ」
「今はカッコイイことがいくらでも言えるね、いざとなったら人間は変わってしまうね」
「もしかすると闇バイトとかで出会った人間と俺を比べているのか? ソイツらと俺は違う。一緒にしないでほしい」
「でも変わるね、人間とはそういうもんだね」
「どうせその結果なんてすぐ分かるだろ、すぐに魔法警察が俺たちを嗅ぎつけてやって来るんだから」
「何でそんなネガティブなことを言うね」
「ネガティブじゃない、これから向かうべき未来だ」
「向かったら死ぬだけね、少なくても私は極刑ね、それと同じ道を歩むということね? 奈良輪くん」
「あぁ、それでいい。エメラルがいない世界ならそれでいい」
「何でそこまで言うね、でもまあ嘘だから言えるということね」
 そう言って溜息をついたエメラルに、俺も溜息を重ねるようについて、
「まあいいさ、今はそういう認識で。ただ一回、俺はエメラルに言っておく」
「何ね」
「俺はエメラルに感謝している。人生を賭けて恩返ししたい。やり直させてくれたエメラルと一緒に世界を救いたい」
「……詭弁ね」
 と会話したところで、明らかに堅気じゃない人間が喫茶店に入ってきた。
 見た目ですぐに分かった。だってちょんまげで腰に刀を差しているんだもん。普通に着物だし。
 その侍のような男は寸分狂わず、こっちへ直行して来た。
「貴様らがエメラルと奈良輪でござるな、ちょっと場所を変えるでござる」
 喋り方もまんまアレ過ぎる。魔法警察ってアレ過ぎでは?
「観念ね……」
 そう言ってエメラルは俺より先を歩こうとしたので、俺がその間に割って入って、エメラルの先を歩くことにした。
 エメラルが小声で、
「ポーズね」
 と言ったことは聞こえたけども、無視した。
 人気の無い公園に移動した俺とエメラルと侍。
 侍はこう言った。
「分かっているでござるな、空間移動魔法は禁忌の魔法でござる。お縄につくでござる。抵抗は無駄でござるよ」
 俺は侍に対して、毅然とした態度でこう言うことにした。
「俺たちは世界を救うためにやり直しに来ました。だから魔法警察に入れてください。そこで働くという形で罪滅ぼしがしたいです」
「禁忌の魔法を使った人間をそうやすやすと信じられないでござる」
「じゃあ何で俺たちが困っている人たちを助けていたと思いますか? 何もしないで身を隠したほうがバレづらかったはずです」
 侍はアゴに手を当てて黙った。
 確かに、といったような表情をしている。
 ここは押しどころだと思って、もう少し喋ることにした。
「一からやり直させてください。俺たちはどんな敵にも立ち向かいます。逃げません。お願いします」
 そう言って頭を下げると、侍が声を出した。
「まあ奈良輪は空間移動してくる時に説明される暇も無かっただろうでござるし、つまりは禁忌の魔法だと知る由もないから情状酌量の余地はあるでござる。そういう罪滅ぼしのやり方もあるとは思うでござる」
「いいえ、今の俺はエメラルがあっての俺なので、エメラルも一緒にその罪滅ぼしをやらせてください」
「それはできないでござる。禁忌の魔法を使うということはそういうことでござると魔法教育学校で口が酸っぱくなるほど言っているでござる」
「すみません、俺はエメラルと連携しないと弱いので、エメラルも一緒に働く形の罪滅ぼしにしてください」
 侍は後ろ頭をボリボリ掻きながら、
「奈良輪は助けてやると言っているでござる。それが日本支部の見解でござる。ただ今の本部の決定は奈良輪もエメラルも処分するという話でござる。しかしながら拙者はそれなりに権限があるでござる。本部も説き伏せることができるかもしれないでござる。だからエメラルのことはもう切り捨て御免するでござる」
「何でエメラルは切り捨てないといけないんですか?」
「ダワンから聞いて奈良輪の戦闘能力を把握しているわけでござる。十分独り立ちできるという判断でござる」
「いいえ、エメラルがいないと・・・」
 と言ったところでエメラルが遮るように叫んだ。
「私のことは好きに処分するね! それでいいね! 禁忌の魔法を使った罪は結局死しかないね!」
「エメラルっ」
 と俺がエメラルへ手を伸ばすと、その手をエメラルは払った。


・【手】

 俺の手を払ったエメラルは声を荒らげた。
「奈良輪くんはバカね! 権限持ってる人間にはおべっかするといいね! うんうん頷けばいいね!」
「そんなの正義的じゃないだろ」
「何が正義ね! 本来奈良輪くんも私と一緒で処分対象ね! 自分だけ大丈夫な位置にいるわけじゃないね!」
 それに対して侍はうんうん頷きながら、
「その通りでござる。奈良輪の処分を軽くするという働きかけることもできるという話なだけで、必ずそうするわけじゃないでござる。拙者の言うことに同調したほうがいいでござる」
「いいや! 俺は駄々をこねる! 何故なら高校生だから! 高校一年生だから駄々をこねる! エメラルと一緒に居させてください!」
 エメラルは唾飛ばすくらいの怒号で、
「バカね! さすがにもう良い恰好のターンは終わりね! 引き際間違えたのね!」
「エメラル! バカはオマエだ! 俺がこれから処分されるヤツのためにカッコつけるはずないだろ! これからも一緒に居る人間だと思っているからカッコつけるんだよ! ダメなら闘うぞ!」
「バカ過ぎるね……奈良輪くんはバカ過ぎるねぇっ!」
 そう言って瞳に涙を浮かべているエメラル。
 俺はポケットに入れているハンカチをエメラルへ伸ばすと、エメラルはそのハンカチを受け取って涙を拭いた。
 侍は眉毛を八の字にして、
「そういう感動をやられても困るでござる。そういうことやられると奈良輪の処分もこのままでいいかなって思っちゃうでござる。あっ、このままって言うのは極刑ってことでござるよ」
「上等だ! エメラル一人守れないで何が世界を救うだ! 俺はもう逃げることをしない! もう逃げたくないんだ! やっとやり直したんだよ! やり直せたんだよ! エメラルのおかげで! じゃあそのエメラルのために俺は命を使うし、エメラルが世界を救うと言うんだったら俺も世界を救う!」
 侍はフフッと笑ってから、こう言った。
「完全無欠のヒーローの値が黄金に輝いているでござるな、本気のバトルをするしかないでござる」
 そう言って刀を抜いた侍は続けて、
「拙者は達磨屋、どんな任務も成功するでござる。いざ尋常に、勝負でござる!」
 距離を詰めてきた侍に俺は咄嗟に学ランを脱ぎ、刀を払おうと試みた。
 しかしそのしなやかな学ランをスパッと斬ってきた達磨屋と名乗る侍。
 ただ斬った時に隙ができたので、すぐさま横からエメラルが、
「10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
 と言いながら価値勝ちを放ったが、全然もう空気のようなモノが飛んで、達磨屋のちょんまげを揺らしただけだった。
「拙者は最低限の営みができれば十分でござる!」
 と言ってエメラルのほうを見たところで、思い切り達磨屋の背中を蹴ろうとすると、気を感じ取ったのか、こっちを振り返りざまに斬る、胴斬りをしてきたが、俺はそれを屈んでかわしつつ、振り返り動作中の達磨屋の顔が来そうなところに砂を投げ置いておくと、達磨屋は目に砂が入ったらしく、怯んだので、その隙にアゴへ向かってアッパーカットを喰らわせた。
 そこで達磨屋が仰け反ったところで一気に畳みかける。
 頬にフック、喉仏にストレート、鳩尾に押し出すイメージのキックで距離を取って、またすぐさま落ちている石を掴んで、こっちに顔を向けそうなところを計算して、目のあたりに向かって石を投げておく。
 目には当たらなかったけども、眉間にヒットしたところで、達磨屋は一気に走って逃げるように距離を取ったので、その間に先が尖った枝を探して、一応手に取った。
 斬る・受けるはできなくても刺すはできるので、これで喉仏一撃を狙おう。
 遠くにいるため、デカい声で達磨屋はこう言った。
「やるでござるな! 奈良輪!」
 ただ声は掠れているので、喉仏へのストレートが効いているといった感じだ。
 するとエメラルは俺に近付いてきて、ボソッとこう言った。
「もうどうしても言いたいから言うね、ちょんまげってハゲ過ぎるね」
「いや今言うことじゃないだろ」
「ちょんまげはハゲ過ぎるから普段はカツラ被ってそうね」
「それどうしても今言わないといけないことか」
「というかこの達磨屋って見たことあるかもしれないね、本当にいつもはカツラ被っていたと思うね」
 の、エメラルの声がちょっとだけ大きかったけども、まあ達磨屋には聞こえないだろ、この距離だし、と思っていると、達磨屋が間髪入れずに叫んだ。
「師匠が! ちょんまげにしろってうるさいんでござるよ!」
 激高してまたこっちへ突っ込んできた達磨屋。距離はまだある。上手く枝で刺せるか。
 いや待て、最低限の営みと言いつつ、普段カツラを被っているということはカツラが大好きということでは?
 ならば!
「課金ガチャ! 俺は自分の体毛を全て課金する!」
「「えぇぇぇぇええええええええええっ!」」
 エメラルと達磨屋の声はユニゾンし、達磨屋は急ブレーキを掛けたところで時間が停止したような状態になった。
 俺は髪の毛が無くなった感覚がしたし、目に映る手の甲の毛も無い。
 さぁ、出てきてくれ!
《ちょんまげのカツラ!》
 それじゃない! 普通の! ふさふさのカツラこい!
《ちょんまげのカツラ!》
 それは多分達磨屋が欲しがらないだろ! もっとふさふさのヤツ! ふさふさのヤツだ!
《アフロのカツラ!》
 それは多分逆にモサモサ過ぎだろ! もっとシンプルなヤツこい!
《ちょんまげのカツラ!》
《ちょんまげのカツラ!》
《ちょんまげのカツラ!》
 クソ! 俺の体毛を全て使ったのに! もっとふさふさのヤツ出てきてくれ!
《トリートメント!》
 そういうことじゃない! ふさふさのカツラをくれよ!
《毛量バッチリカツラ!》
 キタ! めっちゃオーソドックスな無造作ヘアみたいなカツラ出た!
《角刈りカツラ!》
 これは地味に人気無いヤツ! でもまあ無造作ヘア手に入れたから大丈夫だろう!
《金髪の無造作カツラ!》
 イケメンになれるヤツじゃん、まあこれはピーキーだから微妙だなと思っていると、まだ止まっている状態で達磨屋が声を発した。
「あんな美しい金髪のカツラは見たことない……」
 あっ、これぇっ?
 これ派ぁっ?
 でも好みが分かって良かった。
 ガチャ演出が終わり、また時間が進みだしたところで、エメラルにすぐさま金髪の無造作カツラを渡すと、エメラルも阿吽の呼吸で、
「価値勝ちね!」
 と叫ぶと、金髪の無造作カツラから黄金の波動が飛び出して、達磨屋はその波動を斬ろうとしたんだけども斬れるはずなくて吹っ飛んだ。クリティカルヒットって感じだ。
「やったね! のしている間に逃げるね!」
 とエメラルが言うと、達磨屋は上体を震わせながら起こしてこう言った。
「貴様らの連携はよく分かったでござる……拙者が上と掛け合うでござるよ、マジで」
 マジでとか言うんだ、完全に金髪の無造作カツラの影響受けてるじゃん。
 するとエメラルが悲しそうな瞳で、
「でもどうせ私は極刑ね」
 即座に達磨屋が、
「奈良輪はエメラルがいてこそ実力が発揮される、またやり直したあとの困った人を助ける行動は情状酌量の余地あり、これでいいでござるな」
 エメラルは目が飛び出るほど驚いてから、
「どうしてそんな、ね……」
「拙者は最初から考えていたことでござる。でもどれほどの覚悟か知りたかったでござる。エメラルには罪の意識があり、奈良輪はエメラルを守るために必死の言動をした、十分貴様らの本気は見えたでござる。それになんとっても」
 と言ってからちょっとした間。
 何か知らないけども、自分へ何かやっているらしい。少し手が光っている。治癒的な魔法? いや侍のくせに回復魔法使うんだ。
 達磨屋は深く呼吸してから、立ち上がり、
「奈良輪もエメラルも強いでござる。強いヤツはいつでも大歓迎でござるよ」
 そう言って笑った達磨屋。
 これ、もしかするともしかするのでは? とか思っていると、達磨屋がこう言った。
「というかもうある程度手筈は済んでいるでござる。今、多少嘘ついて二人の本気を聞き出したかったんでござる。で、どういう話になっているかと言うと、拙者に圧勝するようであれば魔法警察としての任務を二人に与えるという話でござるよ。やるでござるか?」
「勿論やります!」
「やるね!」
 達磨屋はゆっくり頷いてから、こっちへ向かって歩きながら喋り出した。
「奈良輪とエメラルに与える任務は地下格闘王を倒すという任務でござる。斬撃を受けても倒れない最強の肉体の持ち主で、正直銃も跳ね返してしまうでござる。多分同じく禁忌の魔法である価値勝ちでしか破れないと思うでござる」
 俺はビックリしながら、
「価値勝ちも禁忌の魔法なんですかっ?」
 と言うと達磨屋は溜息をついてから、
「まあ使うことがというよりも手に入れるための方法が、という話でござる。一回ちゃんと闇堕ちしなければ手に入れることができない魔法でござる。大昔、意図的に手に入れようとして非人道的行動が行なわれていた経緯があるでござるが、こうやってちゃんと、自ら闇堕ちしたエメラルは貴重でござるよ。現に現存はエメラルの一人だけでござる」
 何だか照れ笑いを浮かべているが、照れも笑いもダメだろ。
 私だけって特別過ぎですよね、じゃぁないんだよ。
「でもまあ闇堕ちした人間が自分を顧みて、また正しいことに使うということも珍しいでござる。エメラル、貴様もいろいろ悩んだでござるな」
「はい……」
 とさっきの照れ笑いから打って変わって、神妙な顔つきになったエメラル。
 いやもう打って変わり過ぎ、変な薬打って変わったくらい変わり過ぎだろ。
「そこに完全無欠のヒーローという身体能力が上がる魔法に、課金ガチャというカス魔法を使いこなす脳のクリアさがある奈良輪、貴様らならきっと任務を遂行できると信じているでござる」
 やっぱり課金ガチャってカス魔法なのかよ。
 分かっていたけども。
「ただ奈良輪、髪の毛も眉毛も無いのは怪し過ぎるでござる。自分が手に入れたカツラを被るでござる。眉毛はエメラルから描いてもらうでござる」
「あっ、私化粧で自分で描くから得意ね」
 達磨屋は落ちているカツラから無造作ヘアのカツラを俺に渡してきたので、それを俺は被った。
 そしてちょんまげ以外のモノを全て手に持った達磨屋は、
「拙者と拙者のチームは遠くから監視しているでござる。これが、地下格闘王がいると思われる場所のホログラ地図でござる。このホログラム地図は腕に嵌めておくでござる。地下格闘王は貴様らの言うところのお嬢様が使っていた香水などを扱って稼いでいるあくどい連中でござるよ。任務、頑張るでござるよ」
 と言ってその場を去っていった。
 いやトリートメントいらないだろ、拙者のチームとやらにプレゼントするのか?
 あとアフロは欲しいのかよ。レゲエの気分の日に使おうっとじゃぁないんだよ。
 さて、善は急げということで、緊張はしていたけども肉体的に疲れているわけではないし、そもそも価値勝ちでしか勝ち筋が無いのであれば逆に体力もそんな使わないだろうから、
「エメラル、行こうか」
 と言うと、エメラルはまた瞳に涙を浮かべ始めたので、
「泣く必要は無いよ、むしろ次に繋がったことを喜ぼう」
「違うね……私、奈良輪くんに酷いこと言ったね……」
「あういう状況だったら言っても仕方無いことだからさ、俺は何も気にしてないよ」
「私が気にするね! いざという時に本性が出るみたいなこと言っていて! 結局悪い本性が出たのは私だけね!」
「ううん、俺も本性出たよ。やり直す権利を与えてくれたエメラルと一緒に居たいっていう」
「カッコ良すぎるね!」
 そう言って俺に抱きついてワンワン泣いたエメラル。
 そうだよ、カッコ良くないとダメなんだよ、もうあんな生活俺はしたくないんだ、戻りたくないんだ、だから今を全力で生きるんだ。
 俺だって地に堕ちたからこそ、今を大切にしたい。
 エメラルがくれた命を誰かの命に紡ぎたいんだ。
 泣き止んだエメラルはゆっくりと俺から離れてから、俺の手を握ってきた。
 何だろう、改めて握手かなと思っていると、
「私の移動魔法、もう一段階上があるね。それは生物も移動させることができる魔法ね、いや禁忌の魔法の時は空間すら移動できたけども、それ以外に信頼している生物を動かす能力があるね」
「そんなことができるんだ。うん、俺も咄嗟にかわせない時とかもあるかもしれないから、俺を移動させられるようにしてほしい」
「でもこの魔法、信頼し合っていないとダメね……奈良輪くんは、私のこと信頼してくれている、ね……?」
「勿論だよ、やってみればいいよ、できたらできるってことじゃないか?」
「奈良輪くんは本当に思考がしっかりしているねっ」
 そう言うと、何だかエメラルの手が温かくなったような気がした。
 いや俺の手も温かくなっているのか? 何だろう、この気持ち、心もじんわりしてくるというか、こみ上げてくる嬉しいという気持ち。
「上手くいったね……奈良輪くんも私のこと信頼してくれているね! やったね!」
「当然だろ、そんな喜ばなくても分かるもんだろ」
「そ! そうね! ありがとう奈良輪くん! 大好きね!」
 満面の笑みを振りまいたエメラルに改めてドギマギしてしまった。
 いやハグしている時も若干そうだったけどもさ。


・【地下格闘王】

 示された場所は鬱蒼としたビル群の中だった。
 カビ臭い湿った匂いがして、普通にアスベストとか使ったままっぽい感じがする。
「こんなところにいるね、てっきりもっと高層ビルとか思ったね」
「まあ高層ビルだとセキュリティがちゃんとしているだろうから、簡単には入れないだろうなぁ」
 そんな会話をしながら、歩いていると、目の前にガラの悪い男が三人立っていて、口々に、
「おい、オマエら、ここがどこだが分かってるのか?」
「関係ねぇだろ、入った時点で何を犯されてもしょうがねぇだろうよぉ」
「つーわけで、全部もらうぜ!」
 じりじりと近付いてきた三人へ、エメラルは人差し指の指輪を見せて、いつも通りこう言った。
「10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
「「「じゃあ勿論奪う!」」」
「価値勝ち!」
 指輪からダイヤモンドの光のような波動が飛び出して、三人を簡単に倒した。
 エメラルはその三人を通り過ぎて、振り返り、
「奈良輪くん、次に進むねっ」
「そうだな」
 と返事はしたけども、やっぱりエメラルのこの魔法は強力だなと改めて思った。
 だって多分だけど悪人ほどこの魔法が効くと思うから。
 基本的にお金を異常なほど欲しいから悪いことをしているわけだし。
 これなら楽勝ではと思っていると、今度は筋肉隆々でパンツ一丁の男性が立っていて、
「あの門番じゃダメだな」
「ほら! 10カラットのダイヤモンドの指輪あるね!」
 すぐにエメラルはそう言うと、パンツ一丁の男性は、
「じゃあオマエのそれと純潔を奪っちゃおうかな? まあ純潔かどうかは知らんけどな、魔法少女って興奮するぜ」
「価値勝ち!」
 またしても波動が飛び、簡単に撃破した。
 俺、何もすること無いかも、そんなことを思いながらまた次に進んだ。
 すると、まるでパーティをしているかのようなガヤが聞こえる場所にやって来た。
 周りの声に一つ一つ耳を澄ませると、
「乱入者が来たぜぇ!」
「うわぁ! めっちゃ楽しみ!」
「やっちまってくれ! 大将!」
「大将いけぇ!」
「見せてくれ!」
 俺たちを襲ってくる感じはしない。
 むしろ何か”大将”という存在に任せて、自分たちは傍観しているといった風だ。
「前座に圧勝するところ、カメラで見てたぜ」
 その野太い声がするほうを見ると、そこには三メートルはありそうな大男が胡坐をかいていた。
 ボディビルダーのような筋肉というか、もはや筋肉が多すぎて太っているようにも見える、肉達磨といった感じ。たるんでいるわけでは全然なくて。
「まあ前座に犯されているところをカメラで見るほど、つまんないことは無いから、ここまで来てくれて良かったぜ」
 何だよ、さっきから犯す犯す言って。
 ヤング向け漫画雑誌のヤンキー漫画じゃぁないんだよ。
 エメラルは早速こう言った。
「10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
 それに対してはあんまりリアクションをとらず、息を「ふぅ~ん」と吐くだけだった。
 が、実際はどうなのか分からないだろうし、エメラルもそう思っていたみたいで、すぐに、
「価値勝ち!」
 と魔法を放ったが、その魔法はなんと薄い水色のヘロヘロな速度の波動で、その三メートルありそうな大男の胸筋を揺らしただけだった。
「何でね!」
 エメラルが目を丸くしていると、大男がこう言った。
「価値がどうとかこうとか言っていたが、おれはそう言ったものは信じない。生現金至上主義だからなぁ」
 現金至上主義か、じゃあ10カラットのダイヤモンドの指輪を課金して、現金を出せば喰らうということか?
 でもどのくらいの大金から価値を感じるようになるのか分からないから、博打過ぎる。
 このエメラルの指輪も失うことになるから、これは最後の作戦といった感じだな、とか思っていると、
「というかそっちの男よ、おれに殴り掛かってくるといい、倒しに来ればいいだろう」
「そんな見え見えの挑発に乗るはずないだろ」
「ヘタレだな」
「別に勝負にヘタレとか関係無い。最終的に勝ったほうが勝者だ」
「つまらないなぁ、オマエは。じゃあいいや、さっさと葬り去ってやる。おれは男を犯す趣味は無いからな」
 いや葬り去ることも犯罪を犯すことだろ。
 何犯すをスケベ専属言葉だと思っているんだよ、学力がキツイ。
 大男が立ち上がると観衆が一気にヒートアップした。
「いいぞ! 大将!」
「殺戮ショーだ!」
「一撃で決めてくれ!」
 大男は一直線に、俺へ向かって突っ込んできた。
 相手は三メートルあるので、この体格差なら当然キックをしてくるはず。
 だから俺は足元を重点的に見ながら、ステップを踏んでかわす態勢をとっていると、視界の外から何だか圧力を感じた。
「危ないね!」
 気付いたら俺は大男の首元より少し上空に飛んでいた。
 自分が反射的に、ではなくて、エメラルが俺を移動させてくれたんだ。
 すぐに分かったので、俺はカカト落としの態勢に空中でなって、そのまま大男の首元にカカトを突き刺した、つもりだったが、ハッキリ言ってビクともしなくて、すぐさま俺は態勢を整えて着地し、その場を離れた。
 何だコイツ、斬撃も銃撃も効かないわけだ、こんな弾力があるように見せかけて筋肉がめちゃくちゃ堅い。
 やっぱりエメラルの価値勝ちでしかダメージを与えられないのだろう。
 俺はまだ大男のバックをとっているので、今のうちに何かコイツが価値を感じていそうなモノを探らないと、と思っていると、大男は振り向いて、
「何をした? ちょこまか動く雑魚は嫌いだぜ」
 と言って大男が前かがみになった時に、コイツ、さっきも今も床にいる虫を叩くように手で攻撃してくる癖があるんだと分かった。
 俺は大男の上から下へ叩く攻撃をかわして、さっきまで大男が胡坐をかいていた場所に行き、何か無いか物色し始めた。
「おい、そこはおれのスペースだ」
 すぐに近付いてきたが、俺は良さそうなモノを発見したので、
「エメラル! モニターを自分の手元に移動するんだ!」
「分かったね!」
 門番を映していたモニターをエメラルのほうに投げて、それをエメラルは移動魔法によって自分の手元に移動させて、すぐさまエメラルは放った。
「価値勝ち!」
 それと同時に今度は蹴りを繰り出していた大男だったが、それも俺は奥行きにかわして、距離をとった。
 エメラルはモニターから茶色い波動を飛ばして、大男にヒットし、大男をぶっ飛ばした。
 決まったか、と思ったが、大男はすぐに立ち上がり、こう言った。
「何だ何だ、意味が分からないがなかなかやるようだな」
 あんまり効いている様子は無い。
 これは好きさがそこまで無いみたいだ。
 一体この大男は何が好きなのか、やっぱり多少なりに会話するしかないな。
「おい、魔法少女のエメラルは俺の女だ。絶対渡さないぜ」
 その言葉にエメラルが「えっ」と驚いたが、まあこういうことにさせてほしい。今は。
 まず魔法少女という設定を伝えて、さらに自分の女だと言えば、こういうカス野郎は寝取ることに興奮するだろうから、そうなれば何か口を滑らせるかもしれない。
 饒舌にさせる、それが今の俺の作戦だ。
 すると大男は鼻息をフンガーフンガーさせながら、早口で喋り出した。
「魔法少女はいいぞぉ、魔法少女はいいぞぉ、前にやって来た魔法少女を犯した時は痛快だったなぁ、慣れていないみたいでパンティを剥ぐだけで泣き叫んで俺はもうそのパンティを自分の股間に巻き付けてさぁ、いつもの倍大きくなっちゃったから入らなくなっちゃって、でも無理やり入れたら痛がって痛がってその顔がたまらなくてなぁ!」
 何気持ち悪い話をオタクの速度で喋ってんだよ。
 周りの観衆も盛り上がっているし、キモ過ぎるだろ。
 いやキモイとかのレベルじゃない、普通に犯罪だし。
 コイツは絶対ここで止めないといけないと思ったその時だった。
 エメラルが叫んだ。
「許せないね! こっちを見るね!」
 俺も大男もエメラルのほうを見ると、エメラルはなんと自分のパンツに手を掛けて、ズイッと脱いだのだ!
「うぉぉおおおお! パンティぃぃぃいいいいいいいいいいい!」
 そう声を荒らげた大男に俺は「あっ」と思った時には、エメラルがパンティからプラチナのような光を纏ったハリケーンのような渦巻く波動を出していた。
 その波動は大男の股間にヒットして、大男は、
「うぎゃああぁぁぁぁああああああああああああああああああああああ!」
 と断末魔を上げて、その場に倒れ込んだ。
「勝ったね!」
 そう言ってバンザイをしたエメラル。
 いや手にパンツ持ったまま掲げているので、
「早く穿き直せよ、パンツ」
 と言ったんだけども、エメラルがパンツを持っていないほうの手を俺にかざすと、俺はエメラルの隣にワープして、すぐさまエメラルが俺にハグしてきた。
 いやいや一回一回ハグするなよ、と思って、すぐに離れると、離れた時にエメラルのパンツが俺の手の甲を掠めて、ダメだろそれは、と思った。
 そんなことをしていると、周りで監視していたのだろう、達磨屋チームがやって来て、大男を拘束し、
「では拙者たちと共に魔法警察支部に戻るでござる」
 と言うと、どこからともなく、大きなドアを出現させて、その大きなドアの中に入っていった。
 完全にどこでもドアスタイルだと思いつつ、俺も入っていくと、そこはさっきまでの雑然としたビル群の中とは違って、近未来な建物というか、真っ白い壁に高い天井、光源は見えないのに妙に明るい、どう見ても善玉の建物に着いた。
 拘束された大男は俺とエメラルと達磨屋とは別れて、別の部屋に連れていかれて、俺とエメラルは達磨屋についていくと、
「この部屋でござるよ」
 と言って、扉を開けるとそこには五歳児くらいの男子が校長室のような机に突っ伏して座っていた。
 達磨屋は溜息をついてから、
「魔法帝、寝るなら隣のベッドで寝てほしいでござる」
 と言うと、その男子は顔を上げてから、こう言った。
「鼻水!」
 俺はポカンとしていると、達磨屋は部屋にある冷蔵庫からスポーツドリンクを取り出して、それを魔法帝と呼ばれている男子に渡した。
 その男子はグビグビと飲んでから、こう言った。
「スポーツドリンクは旨い鼻水だぁ!」
 そんな気持ちでスポーツドリンク飲むの嫌過ぎる。
 鼻水を有効活用した汁じゃぁないんだよ。
 男子は俺とエメラルのほうを見ると、笑ってから、
「鼻水のような粘着質を発揮しちゃってゴメンだね、でも君たちの有用性はよく分かったよ。鼻水が体を守るように、鼻水のようにこの世界を守ってほしい」
 何でコイツ、こんな鼻水が好き過ぎるんだと思っていると、エメラルは背筋を改めてビシッとして、
「分かりましたね! 魔法帝様!」
 と言って敬礼した。
 ん? 有名人、有名人なんだ、この男子、いやまあ魔法帝って多分みかどの帝だから一番偉いんだろうけども、ピンと来ないなぁ、と思っていると、
「奈良輪瑛斗よ、僕が鼻水とばかり言っている最高おもしろボーイだと思っているね」
「すみません、若干おもしろボーイだと思っていました」
「いずれ鼻水がおもしろ粘着してくるさ」
「だと良いんですけども」
 と二ターン会話すると、エメラルが俺の手の甲をギュッとつまんできて、
「奈良輪くん! 魔法帝様にそんな喋りは無いね!」
 と言ってきたんだけども、
「だってよく分かんないだもん、俺は魔法軍団じゃないし」
「魔法使う奈良輪くんはもう立派な魔法族ね!」
「何で軍団から族という、暴走族の言い方に変えたんだよ」
 そんな会話をしていると男子はクスクス笑ってから、
「奈良輪瑛斗のツッコミはなかなか筋が良いな、まるで一筋サッと流れ落ちた鼻水」
「いや床屋でその鼻水出て、理容師から『あっ、あっ、あっ』と言われた過去思い出しましたよ、今」
 男子はブフゥと吹き出して笑った。
 これはちゃんとウケた感覚がしたので、そこそこ良い気持ちになった。
 いや多分目上の人だろうから、ウケたとかウケないとか考えちゃダメなんだろうけども、なんせ五歳児過ぎるので、偉い人という感じがしないんだよな。
 ただただ小さな子供にはウケが欲しくなってしまう。
 達磨屋がコホンと一息してから、
「まあ奈良輪は仕方無い、エメラルがしっかりしていればいいでござる。では一旦下がるでござる」
 と言ったタイミングで、間髪入れずに男子、というか魔法帝が、
「鼻水ハンバーガー!」
 と叫んだので、俺は何か返さないとというツッコミ本能から、
「鼻水を繋ぎに使ったパテじゃぁないんだよ、ビーフと鼻水100%じゃぁないんだよ」
 と言うと、魔法帝がムフゥーと満足げな鼻息を飛ばしてから、
「適当に叫んだ言葉も上手くツッコんでくれる! 最高の補強だ!」
「鼻息が通ってますね、魔法帝は鼻水無いんですね」
「そこもいくぅっ? 奈良輪瑛斗は戦力になる!」
 子供のようにキャッキャッと喜んでいるので、まあ良かったらしい。
 達磨屋の咳払いは止まらないが、まあこれでいいんだろうと思っていながら部屋を出ると、すぐさまエメラルが、
「魔法帝様に『じゃぁないんだよ』じゃぁないんだよね! 失礼ね!」
「いや何か、子供過ぎて、楽しませたくなるんだよな」
「迷子をあやしているわけじゃないね!」
 エメラルは頬を膨らませて怒っている。普通に可愛い。
 一緒に出てきた達磨屋はエメラルの肩を優しく叩いた。


・【魔法警察内】

 エメラルの肩をなだめるように叩いた達磨屋はこう言った。
「まあまあ、魔法帝も楽しんでいるみたいでござったから。それよりも奈良輪とエメラルがこれから住む部屋を案内するでござる」
 と言ったので、俺は目を丸くした。
 だって、
「俺、実家ありますよ」
「いやこれからは魔法警察の中で生活してもらうでござる。ご両親にも高校にも今説明に上がっているでござる。勿論実家には一週間に二回くらいなら帰れるでござる」
「それはまあ、そういうシステムの割には多いけども。スポーツ推薦の越境入学の八十倍会えるけども」
「ワープ装置もあるでござるからな。でも基本的にはまだ監視体制だと思っていいでござる。勿論悪さはしないと思ってはいるでござるが、本部の理事を納得させるにはこうしないとダメでござる」
「なるほど、それは納得しました」
 エメラルはまだ納得いっていない顔だが、それは魔法帝に対しての俺の喋り方だろうなぁ。
 俺とエメラルの部屋は、魔法帝の部屋(ベッドのある校長室)とは目と鼻の先にあった。
 だからつい俺は、
「魔法帝の部屋から危険分子の部屋って遠くにしませんか?」
 と言ってみると、達磨屋はこう言った。
「逆に魔法帝が監視しているという意味合いでござる」
「ならそうなりますね」
 達磨屋とはここで別れて、俺は俺の部屋に、エメラルはエメラルの部屋に入ると思ったら、エメラルは俺の部屋に入ってきた。
 エメラルが扉を閉めるなり、こう言ってきた。
「魔法帝様への口の利き方、良くないね!」
「何か許容している感じだったし、いいじゃないか」
「ダメね! 魔法帝様の優しさに甘えちゃダメね!」
「多分だけど、こういう温情的な措置をしてくれたのってあの魔法帝のおかげだよな。じゃあもう甘えていることになるじゃん」
「そういうことじゃないね! 奈良輪くん! そういう脳の回転はいらないね!」
 何かあの魔法帝に恩があるようだ。
 それを知らないとこっちも共感できないので、
「魔法帝から何か施してもらったことあるのか?」
「勿論あるね! 本来私は魔法警察に受からない人間だったね! でも私が熱意ある喋りをして入れてもらったね!」
「そうなんだ、でも受からないランクの子が魔法帝と会話できる機会があるんだね」
 と普通に相槌を打ったつもりだったんだけども、エメラルは「うっ」と妙に低い声を出してから俯いた。
 何だろうと思って待っていると、エメラルはゆっくりと口を開いた。
「突撃したね……」
「そんな、物怖じしない取材班みたいに言われても」
「ここまでした子はいないね、と言われてね……でもなれたね」
 魔法少女になれた、の、なれたなのか、突撃することに慣れているの慣れたなのか、ちょっと判別できない自分がいた。
 いや前者なんだろうけども、突撃することには慣れている感じはする。禁忌の空間移動魔法も俺への押し掛けだし。
「とにかく魔法帝様にはちゃんとした言葉遣いをしてほしいね! 魔法帝様は素晴らしい人格ね! 私は生まれ持った魔力が少なくて落ちかけているところを拾ってくれたりしたね!」
 とエメラルが少し大きな声を出したその時だった。
「そんなに素晴らしい人格ではないよぉ~」
 という声と共に俺の部屋の扉が開いた。魔法帝だった。
「魔法帝様! お疲れ様ですね!」
 そう言って敬礼をしたエメラルに手をブンブン振るいながら、
「そういうのはいいから。むしろ僕は奈良輪くんに良いツッコミをしまくってほしいものだよ。鼻水洗濯機!」
 これは雑にボケを振られたと思ったので、しっかりツッコむことにした。
「いや鼻水のぬめりを利用して汚れを取るSDGsじゃぁないんだよ」
 すぐさまエメラルは頬を膨らませて、
「ほらまた『じゃぁないんだよ』じゃぁないんだよね!」
 魔法帝は笑いながら僕に近付いてきたので、しゃがんで肩を叩いてツッコミみたいにしてあげたほうがいいかなと思っていると、エメラルの近くまで来たところで急にピュ―ッと走って俺の部屋から出て行ってしまった。
 それを見たエメラルは目が飛び出るほど驚きながら、
「ほら! 奈良輪くん! 魔法帝様は怒っていなくなったね!」
「いや……直前まで笑っていたし、俺のツッコミのせいではないだろ」
「でも顔真っ赤にしてたね! 今すぐ謝罪に行くね!」
「何か、別のこと思い出したんじゃないか?」
「何でそんな悠長ね!」
 そんなこと言われても、確かに俺のSDGsツッコミには笑っていたしなぁ。
 エメラルの近くに来たら突然踵を返していなくなった感じだったし、むしろエメラルに何か原因があるんじゃないか? とはまだ言えない、違ったら喧嘩になるから。
 だから俺ができるだけ早くエメラルが原因だった証拠を発見しなければ。
 さて、魔法帝は五歳児のようなサイズ感で、俺の腰より身長が低い。
 そこへはツッコんいいか分からずスルーしていたけども、正直鼻水ボケよりも気になるんだよな。
 低身長もそうだし、あの顔の若々しさも気になるし。
 そもそも魔法帝ってどういう役職? 支部に魔法帝? 各支部に魔法帝がいるってことで合ってるのかな?
 よしっ、ここはまず聞こう。
「エメラル、魔法帝って各支部にいるのか?」
「そうね、それはそうね、日本支部の魔法帝、アメリカ支部の魔法帝といった感じね」
「魔法帝の帝って”みかど”だよな、帝ってそんな多くいていいのか?」
「魔法帝様に口が悪くて、文句もあって、魔法警察に反逆的ね……」
「いや俺そんなエメラルじゃないからっ」
 と、つい反射的に、ツッコミのようにそう言うとエメラルは、
「それは冗談でも悲しいね……」
 と肩を落としてしまったので、俺は慌てて、
「ゴメン、ゴメン、今のは失言だった」
「そうね、失言ね、罰として私に今から命令されるといいね」
「いや、そういう罰思考が闇堕ちだよ。罰を与えようとしないでよ」
「これくらい全然闇堕ちじゃないね、ジャンケンで負けたら罰ゲームとか同級生としなかったね?」
「そういうことやる嫌な陽キャのカーストではなかったよ、俺は」
「嫌って言わないでほしいね!」
 エメラルは語気を強めてそう言った。
 う~ん、何かトークが上手く噛みあっていない。
 俺のナチュラル失礼もあったとは言え、ずっとエメラルがイライラしているようにも感じる。
 でも魔法帝との関係はああいった感じが何か良い感じなんだけどもな、感じ感じばかりでアレだけども。
 まあそうだな、罰といってもどういった罰が出るかも分からないし、
「じゃあエメラルの罰を甘んじて受け入れるよ、俺は何をすればいい?」
 すると急にもじもじし始めたので、何なんだと思っていると、
「頑張ったね、と言って頭をポンポンしてほしいね……」
「何それ、罰じゃないじゃん。そりゃ照れるけど全然罰じゃないじゃん。それくらいいくらでもするよ、ありがとうエメラル、頑張ったね」
 そう言いながら俺はエメラルの頭をポンポンした。
 エメラルは「えへへっ」と笑ったので、その顔が可愛くてつい言葉が溢れ出た。
「エメラルのおかげで今俺はここにいるんだ、本当にありがとう。多分これからずっと相棒というわけだけども、よろしくな」
「ちょっと! オーバーキルね!」
 そう言ってより口角を上げたエメラル。
「いや笑ってんじゃん」
「笑ってないね!」
 穏やかだ、こんな日常が続けばいいのに、と思った。
 さて、自分の部屋に来たわけだし、学ラン脱いで、寝巻でもあるかなと思って、クローゼットを開けてみると、そこにはなんと俺が着ている学ランと同じような学ランがいっぱい入っていたのだ。
 それを後ろから見てきたエメラルが、
「学ランが戦闘着ね」
 と頷きながら言った。
「いや勝手にそうさせられても」
「いいね、カッコイイね」
 とエメラルからそう言われたら、まあそうなのかとすぐに納得してしまった。
 いやエメラルがそう言うんだったらいいんだけどね。
「でも寝巻は無いのかな」
 と言いながら、俺はクローゼットの下の引き出しを開けるため、しゃがんだ。
「寝巻もあるといいね」
 とエメラルが言ったので、ちょっと顔を見て返事をしようと振り返った時、全てが分かった。
「エメラル! パンツ穿いてないじゃん!」
「そうそう、ちょっと風が気持ちいいねっ」
「てへっじゃぁないんだよ! 魔法帝がいなくなったのそれが理由じゃん! ヤバイ! コイツ、ノーパンじゃんって思っていなくなったんじゃん! 邪魔しちゃダメだとか気を遣われたのかもしれないし!」
「あっ! 魔法帝様の身長なら拍子に見えちゃうね!」
「何が俺は失礼だよ! ノーパンでトークしてるほうが失礼だろうがぁぁぁあああああああああ!」
 今日一のデカい声が出た。
 エメラルは額から汗をじんわりかきながら、
「す! すぐ穿くね!」
 と言ってポケットに入れていたパンツを持って足を上げ始めたので、
「見せないように穿けぇ!」
 と言いながら俺は目を瞑った。
「穿き終えたね!」
「当然だわぁぁああ!」
 ちょっとした沈黙。
 立ち上がった俺。
 歩いてベッドに座って、
「何かドッと疲れた……一人にさせてほしい……」
 と俺が言うと、エメラルは慌てながら、俺の隣に、つまりベッドに座って、
「その前に聞きたいことがあるね!」
 と言ってきたので、あぁもうはいはいといった感じに適当に相槌を打つと、エメラルが少し言いづらそうに、
「あの……地下格闘王の時に言った……俺の女というのは、どういう意味……ね……?」
「あぁ、あれはそういうこと言ったほうが興奮するかなと思って。人のモノ奪うとかあういうヤツ好きじゃん。だから作戦としてそう言ったんだ」
 ともう面倒なのでツラツラそう言うと、何故かエメラルは少し寂しそうにまつ毛を下げて、
「そっか、そうね……そりゃそうね……」
 と言ってから、エメラルは立ち上がって、何か柏手一発叩いてから、
「じゃあ一旦私も自分の部屋に入るね! あとそうね! 今度から手書きアプリの手紙じゃなくて本当に手書きの手紙を交換するね! 部屋が隣だからそれでいいね!」
「まあそれはいいけども」
「というわけですぐ手紙書くね! 奈良輪くんはあとでいいね! 今は休んでいるといいね!」
 そう言ってまるで嵐のように部屋から出て行ったエメラル。
 一体何だったんだ、あの悲し気な顔は。
 まあいいや、今は思考が回らない。
 ベッドでひと眠りしよう。
 何なんだよ、ずっとノーパンって。
 絶対ダメだろ。
 もう。
 ……。
 気付いたら俺は掛布団を掛ける前に寝ていたらしく、ベッドで座っていた態勢で起きた。
 部屋には郵便ポストのような部分もあり、中を覗くと、エメラルからの手紙が入っていた。
 時計を見ると一時間半くらい経っていて、結構寝ていたんだなと思った。
 手紙を持って、とりあえず机に置き、外を見るともう暗くなっていた。
 日本のどこにあるのかは分からないけども、外は雨がしとしとと降っていて、六月ではあるんだなとは思った。
 梅雨があるということは北海道ではないのかな、そんなことを思いながら机の前のイスに座って、手紙を読むことにした。
 手紙はハートのシールで留まっていて、こういうの勘違いするだろと思った。
 まあシールはハートくらいしかなかったんだろう、と思いつつ読み始めた。
《奈良輪くんのおかげでここまで来れましたね、本当に嬉しいね》
 いやエメラルのおかげって言ってるじゃん、やり直しはエメラルがいないと成立しなかったんだから。
 禁忌の魔法とはいえ、ね。
《やり直して本当に良かったと今ならハッキリと言えるね、一緒にやり直した相手が奈良輪くんで本当に良かったね(はぁと)》
 ハートマーク書きやがった……いやこういうのは勘違いするからやめてほしい。
 女子ってすぐにこういうの描くイメージあるけども、本当にどうしてなんだろう。
 可愛いから描いただけって、それ結局自分が可愛いからってことでしょ?
 受け手のこと何も考えていないじゃん。
《やっと自分に少し自信が持てたね(はぁと)》
 ほらもう、自分へのハートマークじゃん。
 そのハートはもう心臓じゃん、強心臓になれましたマークじゃん。
 でも俺はこんなハートマークでも俺に対してでは? とか思っちゃうんだよ。やめてほしいな。
 返信の手紙でそうハッキリ書くと”コイツ意識してんじゃん、キモッ”になるから書かないけどさ。
《今までありがとうだし、これからもよろしくだね。ずっと一緒にやっていこうね(はぁと)》
 しかもさ、ハートマークをわざわざ赤いペンで描いて。
 まあ可愛いから描いているなら可愛い色にしたいということだろうけども。
 ……でも、もし、でも、数パーセントの確率で、いや小数点以下の確率で、本当にエメラルが俺に好意があるとしたら……いやまあ敬意ね、敬意はあるだろうけども、尊敬し合う仲って感じだとあくまで俺は思っているし、まあ俺も移動させてもらえる魔法の時点で、信頼し合っているとは言えるわけだから、でも何か、そういう、好意的な、性的な、性的なって言ったらキモイか、自分で考えても若干キモかったこれは、でも何か好意的な気持ちがあっての(はぁと)だったら、いやそんなわけないか、あくまでビジネスパートナーだろ、ビジネスパートナーとして一緒にやっていこうってことだろ、俺はそんな自分のこと信用していない、エメラルのことは信用しているけども俺は自分のモテを信用していない、俺は結構モテてこなかったから、俺は自分がモテてこなかったことを信じている、あんなに、やり直す前の世界の時。高校三年生のあの日までは人助けしてきたけども、ずっと良い人止まりだったから、って!
 俺、思考が止まらないな!
 いやいいんだ、そんな考えるな、手紙を書こう。俺も。感謝を伝えよう。
 それにしてもエメラルの手紙、今までは謝罪が多かったけども、こういう感謝の言葉が増えていて良い傾向だな。
 その後、俺は改めて感謝を伝えた手紙を書いて、エメラルの郵便ポストに入れた。
 ちなみに手紙もペンも手紙を留めるシールも、事務局みたいなところに行ったら全てもらえた。
 ハートマーク以外のシールもあったので、俺は普通に星マークのシールをもらってきた。他のシールもあったんかい!
 建物の中の雰囲気としては、ちょっと病院みたいな感じだった。
 壁の白さもそうだし、購買もあるし、でもちょっと不気味さもあって……それはまあ俺が慣れていないからだろうけども。
 部屋の机に食堂のタイミングや大浴場の話なども書いてあって、それ見て行動した。
 エメラルとは何か会わなかったけども、まあいいか。
 今日の俺は大浴場じゃなくて、部屋に備え付けられているビジネスホテルみたいなお風呂に入って、寝た。
 次の日になり、早速俺とエメラルに任務が入った。


・【最初の任務】

 任務のため、一旦ちょっと広めの部屋に集められた俺とエメラル。
 達磨屋が任務の説明をする。
 多分俺たちの上司になったんだと思う。
「カラスの大群に支配された街へ行ってもらうでござる。なお、これから翻訳魔法を掛けるでござる」
 するとエメラルは嬉しそうに飛び跳ねた。
 何だろうと思っていると、エメラルは俺がぽかんとしていることに気付いたのだろう。
 説明し始めた。
「翻訳魔法があると、どんな国の言葉も分かって喋ることができるんだね! 翻訳魔法を掛けられることが魔法警察の一員になったことの証なんだね!」
 ということは、エメラルは今まで魔法警察の一員ではなかったわけか。
 まあ闇堕ちするくらいだから、そういう任務には就いていなかったんだろうけどもさ。
 達磨屋は咳払いをしてから、
「本当は、エメラルにこれを施すのはどうかなという話ではあったんでござるけどね。その魔法を掛けることにより魔力の容量が狭まるわけでござるから」
 それを聞いたエメラルは息が詰まったかのような顔をして驚いた。
 達磨屋は続ける。
「ハッキリ言ってしまえばエメラルは元々の魔力が低すぎてあまり使い物にならないから、要はあっても無くても同じなのでエメラルにも使用するという話になったでござる」
 俺は全然納得がいかないので、言うことにした。
「エメラルの価値勝ちは強力な魔法だと、そちら様だって言っているわけじゃないですか。矛盾していませんか?」
「これが矛盾していないでござる。何故なら価値勝ちは相手の魔力に依存している魔法でござる。自分自身の思っていることが攻撃として具現化する、鏡のような魔法で威力や効果などは相手の魔力によって発現しているでござる」
 俺はなんとなく理解してしまい、黙ってしまった。
 そうか、簡単に言うと特殊な魔法だから使用条件みたいなのも特殊ということか。
 エメラルはもうちょっと泣きそうな顔で、
「私の移動魔法はそんなに弱いね……」
「移動させることはそもそも初歩的な初歩で、それを使えることは本来普通でござる。でもそれしかないエメラルだからこそ、それに依存していたエメラルだからこそ、移動の禁忌の魔法である空間移動魔法を使えたということが上の通説でござる」
「価値勝ちも使っていたけどね……」
「だからそれは相手に依存する魔法だから自分の魔力の伸びしろには関係無いでござる。もう一つ言うとしたら、エメラルに価値勝ちはあまり効かないでござる。何故ならエメラルには魔力が少ないでござるからね」
 エメラルは肩を落として俯いている。
 さっきまでめっちゃ嬉しそうだったのに、何だか可哀想だが、どう慰めればいいかイマイチ分からない。
 魔力というモノが今後伸びていくモノなのかも分からないし。
 でも何もしないこともできなくて、優しくエメラルの肩を叩くと、エメラルはこっちを向いて申し訳無さそうに微笑んだ。
 達磨屋は一息ついてから、
「じゃあ早速翻訳魔法を掛けていくでござる。えい!」
 そう言って俺に平手を向けると、何か耳が温かくなったような感覚がした。
 すぐにエメラルにも平手を向けると、エメラルは痒がるように耳のあたりをさわさわしたので、やっぱり耳に何か感覚があるんだと思った。
 耳の温かさはそのまま脳に伝播したような気がして、最後に口元がゆるく、少し柔らかくなったような感じがした。
 エメラルは自分の顔をやたらさわさわしていたので、まあ一緒なんだろう。
「それでは奈良輪とエメラルにはカラスの大群に支配された街へ行ってもらうでござる。エメラルは魔法学校の授業の一環で魔法手錠の使い方を覚えただろうでござるから、これはエメラルに渡しておくでござる。使い方は奈良輪もエメラルからあとで聞くでござる。では健闘を祈るでござる」
 すると目の前に歪んでいるというか渦巻いている空間が出現し、どうやらこれがワープ装置らしい。
 エメラルは躊躇なくその中に入っていったので、俺もそのあとをついていった。
 気付いたら、雪深い街に着いていた。
 建物は日本的ではなくて、四角い、四階建ての長方形に四角い窓といった感じで、どうやら外国らしい。
 入ってきた空間のほうを見ると、それはもう無くなっていて、ドアと何が違うんだろうと思いつつ、辺りを見渡すと、誰かがこっちを見て手を振っている。
 青い瞳に白い肌に金髪で、北欧の女性というイメージだ。
 その女性はこっちに駆け寄ってきて、
「魔法警察の方々ですね、お待ちしておりました。わたしが案内人のユンカーです」
 あまりにも流暢な日本語だったので、これは翻訳魔法かと実感した。
 この感じの外国人でこんな正しい発音の日本語を喋る人っていないから、こっちが脳内で翻訳しているんだと思った。
「じゃあ早速そのカラスとやらを退治するね!」
 ”ね”口調のエメラルのほうが、ずっと日本語が下手な感じがする。
 まあ俺も人のこと言えないけどもさ。
「カラスはもう見れば分かりますよ、この辺りの街を我が物顔で飛んでいます。さらにカラスの爪には武器のようなモノが付いていて、それで襲ってくるんです。住民は家から一切出ず、隠れていますが、もう食料が限界なんです。わたしのように格闘に心得のある者がなんとか食料を配っていましたが、もう底を尽きそうで」
「分かりました。ところでボスがどこにいるかは分かりますか?」
「上空を飛んでいるのですぐ分かると思います。雑魚のカラスと言いますか、武器を付けたカラスを倒していけばきっと貴方方を狙って攻撃してくるはずです。常に狙われていると思って行動してください。わたしはきっと魔法警察の方々には足手まといになると思いますので、隠れて見ています」
 俺とエメラルはユンカーさんと別れて、街の中央へ進んでいくと、早速カラスがこっちへ向かって滑空してきた。
 俺もエメラルもかわして、カラスの爪に付いている武器を目視した。
 カラスの爪自体鋭いにも関わらず、さらにメリケンサックというか、より鋭くて長い、鉄製の爪が付いていた。
 襲ってくるカラスによっても、その鉄製の爪の色が違って、どうやらランクがあるらしい。
 まあどれとか構わず、全部退治する気で闘うけどな。
「エメラル、あの爪を移動させて外させることはできるか?」
「やってみるね!」
 カラスが滑空してきたところで、かわしながらエメラルが魔法を使ったみたいだけども、
「動いているモノはなかなか移動できないね……私の魔力が弱いせいかもしれないね……」
 と憂鬱そうな声を上げたので、俺は、
「今そういう反省はいいから! というか魔力って強化されるモノなのかっ?」
 と思っている疑問をついぶつけてみると、
「使っていれば上がるモノね、でも私は価値勝ちばかりに依存してたね、てっきり価値勝ちは自分の魔力から発せられているモノだと思っていたから今は相当な魔力を持っていると勘違いしてたね」
 じゃあこうやって移動魔法を意識して使っていれば上がるわけか、それなら別に落ち込むこともないのにな。
 さて、カラスは滑空してくるが、狙いは俺とエメラルの頭のみ。
 それより下までさがってこないので、反撃がしづらい。
 爪を脳天に刺すように降りてくる。
 雪玉でも投げてみるか、でも当たったとてたいした威力にはならなそうだな、と思いながらかわしていると、なんとエメラルが少し俯きがちになっていたところを後方から狙われている!
 俺は走ってエメラルの体を掴んで引っ張ろうとしたが、あのカラスのスピードと距離じゃ間に合わないかもしれない! ヤバイ!
 必死で手を伸ばしながら俺は叫んだ。
「エメラル! しゃがめ!」
 でもエメラルはハッとした表情をしてから、上を見て、まず来ている敵を目視しようと行動したため、頭の位置が下がるどころか上がってしまった!
 俺の手が先に届くか、それとも……そうだ!
「課金ガチャ!」
 俺はカラスが爪に付けている、鉄製の爪を課金ガチャした、というかできた。
 そうか、俺の所有物じゃなくても、俺が課金ガチャできる範囲にある無機質のモノなら何でも課金できるんだ。
 確かに水たまりとかも触れずに課金ガチャしていたな、俺。
「エメラル! この状態が終わったらすぐにしゃがんでくれ!」
「分かったね!」
《鉄の矢!》
《鉄の矢!》
《鉄の矢!》
《鉄の玉!》
《鉄の矢!》
《鉄の矢!》
《鉄の玉!》
《鉄の矢!》
《鉄の矢!》
《鉄の矢!》
 ガチャが終わったタイミングでエメラルはしゃがみ、カラスのほうは何が起きたか分からなくなり、滑空を辞めて上昇していった。
 助かった……というかそうか、じゃあ俺は自分に滑空してきたカラスに対して一方的に武器の爪は課金できてしまうというわけか。
 じゃあ達磨屋の時も、もしかしたら刀を課金できたのかもしれないな。相手の武器を課金して無力化すれば、それだけでも強力だ。
 この課金ガチャという魔法、思った以上に悪くないのかもしれない。
 それに、
「エメラル! 鉄の矢や玉を高速移動させて、カラスにぶつけることはできないか!」
「やってみるね!」
 エメラルは俺がガチャで出した鉄の矢を受け取り、力を込めるように握って、シュバッと手から離すと、飛んでいるカラスにヒットした。
「やったね! 一発一発まだ時間は掛かるけどもイケるね!」
「じゃあ俺は滑空してきたカラスの爪を課金するから、二人まとまって行動しよう!」
 俺とエメラルは近い距離で、息を合わせて移動し、滑空してきたら爪を課金し、時間が止まったことに面喰ったカラスにエメラルが鉄の矢を当てるという連携攻撃で次々撃破していった。
 どうやら時間が止まっている間にエメラルは呼吸を整えて、移動魔法を使うため、溜める時間も短縮できるらしい。
 時間を止めるとかは副産物だけども、それも利用して俺とエメラルで次々とカラスを倒していくと、ずっと上空を飛んでいた親玉のカラス人間がこう言ってきた。
「大切な家族を次々と倒していきやがって、下がれ、おれさまがコイツらを殺す」
 黒い翼が生えたカラスの見た目をした人間、というか妖怪?
 どういう思想で街を支配しているのかは知らないが、どう見ても悪玉だ。
 コイツを倒せばいいだけだろう。


・【カラスの親玉】

 言葉を喋ることが分かったら、まずやることがある。
 エメラルはいつも通り叫んだ。
「これは10カラットのダイヤモンドの指輪ね! 時価一億はあるね!」
 それに対してカラス人間はこう言った。
「それは素晴らしい光物だ! オマエを殺して奪うことにしよう!」
 カラスだから普通に光物として好きみたいだ。
 じゃあもう価値勝ちで波動を当てればいいだけだ。
 エメラルもそう思ったのだろう、すぐさま拳を構えて、空を飛んでいるカラス人間に対して、
「価値勝ち!」
 と言って、ダイヤモンド色に光る鎧のような波動を飛ばしたんだけども、なんとそれをさらりと飛んでかわしたのだ。
 今まで必中だったので、そういう効果があるんだと思っていたのだが、どうやら距離が遠くて当たらないこともあるらしい。
「さぁ、おれさまからの攻撃だ」
 と言うと、一旦どこかへ消えて、いや逃げたのかと思っていると、なんと大量の石を掴んで戻って来て、それをばらばら落とし始めたのだ。
 でもこれを全部課金ガチャしてしまえば、と思って、範囲に入ったところで、範囲に入った分の石を全て課金ガチャした。
《砂!》
《砂!》
《小石!》
《砂!》
《星の砂!》
《小石!》
《砂!》
《小石!》
《小石!》
《砂!》
 さて、また次の範囲に入った石を課金ガチャすればと思ったその時だった。
 なんと課金ガチャができないのだ! どういうことだと思いつつ、俺は近くにいたエメラルをかばうように覆いかぶさった。
「くそ……」
 俺は背中にも後頭部にも石が当たって正直ふらふらしている。
「大丈夫ね! 何で他の石も課金ガチャしなかったね!」
 そう俺から離れながら言ったエメラルへ、俺はなんとなくの感覚を言うことにした。
「多分課金ガチャって連チャンでできないんだ……インターバルが必要だったんだ……今までそういう機会が無くて分からなかったが、そういう魔法だったんだ……」
 自分の魔法のことを何も分かっていなかった。
 もっといろいろ試しておくべきだった。
 バトルで分かっちゃ遅いんだ、俺は心の中で猛省した。
 でも今は今の闘いがすべきこと、俺はすぐさま(物理的にも)上を向いた。
 するとまたカラス人間はどこかに消えて、どうやら貯め込んでいる石を取りに行っているらしい。
 さて、こっからは消耗戦か、と思っていると、空を覆うほど飛んでいたカラスたちがいなくなっていることに気付いた。
 俺たちが石で逃げ惑っている時に狙ってもいいはずなのに、と思った時、向こうの作戦が分かった。
 そうか、手下のカラスが石を集めているのか、ならば消耗するのは俺たちだけなのかもしれない。
 これはどうにかしてカラス人間に攻撃を当てなければならないな。
「エメラル、移動魔法で価値勝ちの波動を早く動かすことはできないか?」
「それは多分できないね……ちゃんと修行しておけばできたかもしれないけども、今は感覚として無理だと分かるね……」
 手詰まりのような気がする。
 もっと良いモノが出そうなモノを見つけて課金ガチャをするか。
 それとも……と思ったところで、またカラス人間が出現し、石をばらばらと落とし始めた。
 俺もエメラルもかわすと、またカラス人間はその場から消えていった。
 すると今度は手下のカラスがやって来たので、あの鉄の爪から、と思ったんだが、手下のカラスは降りてくる素振りは見せるが、俺の課金ガチャの範囲を見切っているのか、それ以上は降りてこない。
 でも降りてくる素振りは見せるので、それをやられたら、やっぱり反射的にかわす動作をとってしまうもので。
 エメラルにはエメラルの鉄の矢攻撃が減速していき、かわせるポイントまでしか飛んでこないし。
 絶対降りてこないんだなと思いたいが、やっぱり高速で滑空してくると体が動いてしまう。
 こうやって体力と精神力を少しずつすり減らしてくるという作戦をやられたら、確かに参ってしまうかもしれない。
 早く打開策を浮かばなければ、と思いつつ、また石をかわして、滑空してくるフリに神経を使って。
 その時に、一個アイディアが浮かんだ。
「エメラル、俺を空高く移動させられないか? あの大男の時に首元まで飛ばしたみたいに」
「落ちてくる時どうするね」
「落ちてきた時にまた俺を移動させて、落下速度を一旦ゼロにすれば大丈夫だと思う」
「私は移動しているモノを移動させることができないって爪の時に言ったね……」
「大丈夫、エメラルならきっとできる。俺も上手く着地できるようにするし」
「でも相当上空ね……奈良輪くんがケガしたら私怖いね……」
 俺はエメラルの両肩を強く掴んで、瞳を見ながら語気を強めた。
「エメラルならできる、俺はエメラルを信じている」
「そんな、できないね……」
 そう言って俺から目線を外したエメラル。
 いやでも、
「俺はエメラルの魔法を信じている。大切なのは魔力の量じゃない、しかるべきところでちゃんと使えるかどうかだ」
 エメラルは不安そうに眉毛を八の字にしたが、唇を噛んでから、強い目でこう言った。
「やるね……そうだね、奈良輪くんが信じてくれているんだから私やるね!」
 と会話したところでまたカラス人間が石を持ってやって来た。
 今だ!
「移動魔法ね!」
 俺は気が付いたら、カラス人間の首元に足が付いていた。
 空中でカラス人間の首元を掴み、そのまま落下し始めた。
「ちょ! おれさまに何をしている! このまま落ちたらオマエも死ぬぞ!」
「俺は大丈夫なんだよ、エメラルが落下速度を移動でゼロにしてくれるからな!」
 カラス人間は手に持った石で俺の頭をガンガン殴ってきた。
 でもその程度でこの手も足も放さない。
 俺は足で相手の翼をホールドし、飛ばせなくしている。
「やめろ! やめろ! やめろ!」
 慌て過ぎて石で頭を殴ることも止めたカラス人間の叫び声。
 地面が近付いてきた刹那だった。
 ストン。
 俺は脚立から落ちて尻もちをついたような程度の痛みがした。
 そんな尻もちをついた俺の傍にカラス人間が横たわっていた。
 どうやら寸前で少し翼を動かしたみたいで、完璧に落ちたわけではなさそうだ。
 でも動けなくなって、失神しているようだったので、そのまま魔法手錠を掛けて、見事撃破となった。
「やっぱりできたじゃん、エメラル」
 と言いながら俺は立ち上がり、ハイタッチをしようとすると、エメラルはそのまま俺に抱きついて、
「怖かったね! 怖かったね!」
 と泣き叫んだ。
「大丈夫だよ、俺はエメラルを信じていたから絶対大丈夫だと思っていたよ」
「私! いっぱい練習するね! 危険と思わないくらいにいっぱい練習するね!」
 そう言ったエメラルの頭をポンポンしていると、遠くから、まるでサメのヒレみたいな物体が高速でこっちへ向かって移動してきた。
 そのサメのヒレみたいな物体は自分の周りを、まるで地面を波打たせるようにさせ、さながら海の中を泳いでいるようだった。
「何か来る! エメラル!」
 俺はエメラルのことを強く押して、吹っ飛ばし、回避させたんだけども、そのサメのヒレみたいな物体は思った通り、大きく口を開けたサメの顔を地面から出現させて、俺に飛び掛かってきたので、急いでステップを踏んでかわして、横っ面を蹴った。
 地面の中を泳ぐサメは直線的な動きしかできないみたいで、蹴った俺のほうをジロリと見ながら、直線的に走っていき、遠目になったところで旋回して、またこっちへ向かって移動してきた。
 一体何なんだ、カラスの街としか聞かせていないのに、でもサメの敵はもういるわけで。
 どうやら狙いは俺だけになったみたいなので、また顔が出てきたところでかわそうとしたその時だった。
「奈良輪くん! 大きくかわしてね! 価値勝ち放つね! 10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
 言われた通り、射線が通るようにかわしたけども、価値勝ちの波動はカスカスの透明な膜が風に舞ったみたいな感じ。
 やっぱり10カラットのダイヤモンドの指輪には何も感じないみたいだ。
 さて、コイツは何に興味を示すヤツなのか、一回試してみるか、と思って、
「課金ガチャ!」
 俺は課金した。俺のお腹の脂肪を。
 最近ちゃんと鍛えているので、もうそんなに無いとは思われるが、俺は自分のお腹の脂肪分を課金ガチャしてみた。
《一滴の血!》
《一滴の血!》
《ラード!》
《一滴の血!》
《一滴の血!》
《ラード!》
《一滴の血!》
《ラード!》
《ラード!》
《ラード!》
 最後のラード三連発、ちょっと腹立つなと思いつつも、俺はそのラードと一滴の血×5をまとめて置いて距離を取ると、そのサメは俺じゃなくて、そのラードとかのほうへ向かって進み出した。
 俺は呼吸を整えて、足に全パワーを集中し、サメがラードのほうに口を開けたところで、思い切り走り込んで蹴ると、サメはやられたみたいで、白目になってから、空気中に溶け込むように消滅していった。
 一体何なんだと思っていると、エメラルが近付いてきて、
「どういうことね! カラスはサメも使っていたね!」
「いやそれなら同時に出てきたはずだ」
 と会話したところで近くにゲートのようなモノが開き、そこから達磨屋が出てきた。
「大変でござる! 外国の支部が丸々裏切ったでござる! 疲弊した隊員を狙う手口らしいでござるが、二人は大丈夫だったでござるかっ?」
「ちょうど今、サメの魔物みたいなのがいましたが、倒したら消滅しました」
 と俺が少し肩で息しながら答えると、
「多分召喚魔法でござる……そうか、じゃあ奈良輪とエメラルも待機要員でござるなっ」
 俺は小首を傾げながら、
「待機要員って何ですか?」
 と聞くと、達磨屋は、
「支部が丸々裏切っているというわけで稼働できる隊員は全員その支部へ移動することになっているでござる。ただ奈良輪とエメラルは連戦になるでござるから外で待機するでござる」
 するとエメラルが、
「奈良輪くんは大活躍ね、だから奈良輪くんだけは日本支部で休ませてほしいね」
 それに対して達磨屋は少し言いづらそうに、
「いやそれはできないでござる……」
 俺も頷きながら、
「それはそうだな、だって俺とエメラルは一心同体なわけだから、エメラルが動けば俺も動く。それが一番安全でもあると思う」
「じゃ、じゃあ奈良輪くんがいいならいいねっ」
 と優しく微笑んだ。
 俺はこのエメラルの笑顔を守りたい。
 エメラルがやるなら俺もやる、それは当然のことだ。
「というわけで急いでワープして待機しているでござる!」
 俺とエメラルは達磨屋についていって、すぐにその支部の外へ向かった。
 その支部はさっきの雪深い街から打って変わって、過ごしやすい温度の場所で、それは正直助かった。
 優しい木漏れ日が差す森林地帯で、空気も澄んでいて美味しいのだが、支部と思われる建物の中からは怒号が聞こえる。
 俺が森の熊さんだったら泣いちゃうな、と思いながら、座って待機することにした。
 達磨屋も一緒に待機しているし、それ以外に待機している隊員も数名いる。
 ただそれぞれがそれぞれの扉の前に座っていて、会話する感じじゃない。
 俺は達磨屋へ、
「達磨屋は中に入らないんですか?」
「うん、本来達磨屋”さん”でござるな」
 やっぱり上司なんだと思いつつ、
「そんな上下関係は今いいじゃないですか、いつでもどこでも上下関係だけは守る侍じゃぁないんですよ」
「拙者が入らない理由は拙者も連戦でござるから」
「あのあと、どこか行ったんですか」
「そうでござる。魔法警察は意外と忙しいんでござる。とは言え、この裏切りがあったからこその忙しさだと今知ったでござるけども。それに」
「それに?」
「拙者は魔法攻撃を受けて体内をケガをしてしまったでござる。多分闘えないでござる。そのケガを治すだけの回復魔法はもう出せないでござる。それにしても奈良輪とエメラルは大丈夫だったでござるか?」
 エメラルは元気に、
「私はまだまだ闘えるね! でも奈良輪くんは大丈夫じゃないね……頭とか大丈夫ね?」
 そうだ、俺、石を落とされた時もカラス人間と落下している時も頭を石で攻撃されたんだった。
 何かハイになっていて、気付かなかった。
 達磨屋……さん、は腰を起こして、俺の頭を見ると、
「これは魔法攻撃じゃないでござる。それなら拙者が今使えるわずかな回復魔法でも治るでござる」
 そう言って俺の頭に手をかざすと、頭の痛みがひいていった。
 とは言え、エメラルに言われるまで痛みは感じていなかったんだけども。完全にハイになっていたわ。
 達磨屋、さん、は続ける。
「魔法攻撃は強力な回復魔法でしか治せないけども、通常攻撃なら魔法で回復できるでござる。何かあったらすぐ拙者に言うでござる」
「ありがとうございます、達磨屋、さん」
「うむ、さん付けできて偉いでござる」
 やっぱここすごく気にするんだ、何か嫌だなぁ。
 そんなことを考えていると、何者かが支部の中からこっちへ鬼の形相で向かってきたので、敵かと思っていると、
「隊員がやられた! だから逆に向こうへ連戦を仕掛けたいから待機隊員も闘ってほしい!」
 と言ったので、俺とエメラルは立ち上がって、やって来た隊員からホログラム地図を受け取って、そこへ向かって走り出した。


・【向かう】

 走っている最中、エメラルはこんなことを言い出した。
「本当に奈良輪くんのおかげねっ」
「そんなことないって、エメラルのおかげでやり直せたんだからさ」
「そういうことじゃないね、奈良輪くんはやっぱり私にとって完全無欠のヒーローね」
「それはただの魔法名じゃん」
「もう! 素直に受け取ってくれてもいいね!」
 そう言って頬を膨らませたエメラル。
 いやでも、
「本当に俺とエメラルは対等だから、対等な相棒だからさ。とは言え、実際はエメラルのほうが上くらいに思っているけどな」
「そんなことないね、奈良輪くんのおかげで全部上手くいってるね、大好きね」
 大好きか、まあビジネスパートナーとしてそう言われることはやっぱり鼻高い。
 俺のやってきたことが間違っていないという証拠だから。
 さぁ、
「気を引き締めていこうぜ、今回もよろしくな、エメラル!」
「こちらこそね!」
 ホログラム地図が指す場所に着くとそこには、金髪の剣士がいた。
 剣を持っているようだが、何だかちょっと雫が垂れているような剣、ヨダレ剣?
 いやどうやら氷らしい。魔法で氷の剣を出しているのかもしれない。あれも課金対象にできるのかな?
 その金髪の剣士はこう言った。
「ようこそ、俺様のバトルジムへ!」
「ダサっ」
 反射的にエメラルがそう言った。
 エメラルはこういうところがある。
 咄嗟の口の悪さがある。まだ闇堕ちの部分が残ってしまっている。
 金髪の剣士はちょっとイラつくような目つきをしながら、
「こんなに美しい俺様のバトルジムをそんな言い方をするなんて、センス無いんだな」
「二回言うたね」
 そう相槌を打つように言ったエメラルに、金髪の剣士は明らかに苛立っているように、声を上げた。
「センスの無いザコはここで死ね!」
 それと同時にエメラルが叫んだ。
「10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
「うるさい! そんなモノより俺様のほうが美しい!」
 そう言って氷の剣で斬りかかってきたので、俺はかわしつつも、課金ガチャを使用すると、ちゃんと氷の剣を課金することができた。
 しかし咄嗟だったので、何のガチャなのか指定せず、使ってしまった。
 というかコイツ、ナルシストじゃん、もしかするとダイヤモンドの指輪が効かないかもしれないな、この言動だと、とか思っていると金髪の剣士が叫んだ。
「何だこの庶民過ぎる機械は!」
 俺の頭上に出現したガチャガチャに対して、そう言った。
 ガチャガチャは庶民の機械かなぁ、そんな自分で回すほうのかき氷機みたいに言われても。
《かき氷!》
 かき氷出てきたよ、まあ氷の剣だからそうなるか、と思っていると、
「シロップが無いかき氷だと! 塩で食べる気か!」
 砂糖だろとは思った。
 何で老舗の天ぷら屋感覚なんだよ。
《バニラアイス!》
 あっ、完全に味付きのヤツが出てきた。
 アイツの氷の剣ってちょっと美味しいのかな、ヨダレ剣? とか考えていると、また金髪の剣士が、
「くっ! こんな糖質まみれなモノ、チートデイにしか食べられんぞ!」
 チートデイとかちゃんと取るほうの人なんだ。
 チートデイって迷信とか言われているけども、実際どうなんだろうなぁ。
《かき氷!》
 またシロップは無いが、透明な器は一緒に出てきている。
 でもその器も氷っぽいんだよなぁ。
「塩で食べるかき氷二回目じゃないか!」
 何で塩でいこうとしてんだよ。
 通の酒呑みじゃぁないんだよ。
《大きな氷の塊!》
 でもまああんな氷の剣の割には、その氷の剣のサイズを超えるような、三メートルくらいの氷の塊が出るということは、あの氷の剣は何らかの密度が濃いんだろうな。
「涼しげだな!」
 もっとあるだろ、特徴。デカさを言え、デカさを。
 というかコイツ、全部に何か言っていく気か?
 いっちょかみ野郎じゃん。
《かき氷!》
「日本人はかき氷を塩でいくのかっ?」
 コイツ何なん?
《ナイフ!》
 おっ、氷の剣の剣要素だ。
「鉄製かっ? 安直で気持ちが悪い!」
 別に気持ち悪くは無いだろ。
《大きな氷の塊!》
「涼しげだな!」
 コイツ、あんまり語彙力無いな。
《かき氷!》
「塩過ぎるだろ!」
 偏見が面白くないなぁ。
《かき氷!》
「もう塩過ぎだってば!」
 と金髪の剣士が言ったところでエメラルが、
「もうイッてるってば、みたいね」
 と言ったので、ここは無視することにした。
《大きな氷の塊!》
「涼しくなるぞ!」
 何これからこの海の家は忙しくなるぞ、みたいな言い方してんだよ。
 金髪の剣士が俺とエメラルから距離をとったところで、エメラルは叫んだ。
「価値勝ちね!」
 ダイヤモンドの指輪から放たれた波動は弱々しく、金髪の剣士の髪をなびかせただけで終わった。
 コイツ、マジで10カラットよりも自分のほうが美しいと思っているんだ。キモいナルシストだ。
 さて、まあ氷の剣は無くなったわけだが、と思っていると、すぐさま金髪の剣士は氷の剣を出現させて、手にとった。
 やっぱり魔法で作っているといった感じだ。これを課金ガチャしてもあんまり意味無さそうだ。
 とは言え、かわすよりも課金ガチャを使うほうが確実に避けられるしなぁ。
 そんなことを考えると、また斬りかかってきた、さっきより速い、というか狙いはエメラルだ!
「エメラル!」
 俺はエメラルの傍に駆け寄って、また氷の剣を課金ガチャした。
 さっきと同じラインナップで10連出てきて、出てくる度に金髪の剣士は声を上げていた。ダメだ、コイツ、うるさい。
 金髪の剣士はまた一旦距離を取り、舌打ちをしてきた。デカい舌打ちだな。
 でもここでエメラルがやけに寒がり始めて、
「多分氷塊で部屋が冷えて寒いね……」
 と言った時にハッとした。
 そうだ、俺が課金ガチャで氷塊を出し過ぎたせいで、部屋の温度が下がっている、と。
 でも俺は全然体が動くし、と思ったところで、それも完全無欠のヒーローの能力なんだと思った。
 しまった、エメラルの体温のことを考えていなかった。
 もうエメラルはガタガタと震えて、早く動けるような感じではなかった。
 ここからはエメラルを守りながら闘わないと、と思って俺はまず自分たちの周りに散らばっている氷塊を蹴って、金髪の剣士に当てにいった。
 それはかわされるけども、エメラルが移動魔法により、俺が蹴った氷塊を急激に曲げたことにより、当たりそうになったが、間一髪で金髪の剣士が氷の剣で叩き斬って、相手は難を逃れた。
 でもその瞬間、飛び散った氷塊を見て一瞬嬉しそうな顔をした金髪の剣士。
 コイツ、氷と氷がぶつかるところが好きなのか? それで価値勝ちすればいいのか? いやでもまだ分からないな、まだ確定ではないが、試してみる価値はある。
 俺は小声でエメラルに、
「氷と氷がぶつかったところを見て笑った。だから氷と氷をぶつけたモノを価値勝ちしよう」
「分かったね」
 エメラルはすぐさま近くの氷塊と氷塊を移動させてぶつけると、また金髪の剣士はちょっと「おっ」というような”やるなぁ”みたいな顔をした。
 これでイケるのかっ?
「価値勝ちね!」
 薄い空色の波動が飛んでいき、金髪の剣士はそれを斬ろうとしたがヒット。
 ちょっと立ち眩みのような感じになったので、エメラルはもう一発、
「価値勝ち!」
 と波動を飛ばしたが二回目はさっきより色が薄く、あんまり喰らっている様子も無くて、
「ぶつかった直後に出さないとダメみたいね」
 ということは連発できないか、それにこれだと威力が足りないみたいだ、ということはそこまでの価値は無いということか。
 でも反応はしているみたいだ、どうやったら致命的なダメージを与えることができるのか。
「もう一回ぶつけるね!」
 と言ったところで、エメラルは不可思議そうな顔をした。
 ぶつけないエメラルに俺は氷塊を蹴ってぶつけようとすると、なんと氷塊が動かなかった。
 一体何なんだと思っていると、金髪の剣士は無言で斬りかかってきた。
 その時に、多分氷塊を何らかの方法で固定させたんだと分かった。
 氷をある程度は操ることができるんじゃないか?
 俺はすぐさままた課金ガチャの態勢をとって、金髪の剣士の氷の剣を課金ガチャした。
 同じような感じの10連が出てきたところで、また部屋の温度が下がったような気がした。
 というかエメラルが寒がっているわけだから、あんまり課金ガチャしちゃいけないんだった。
 エメラルのほうを見ると、親指を立ててサムズアップしているが、明らかにやせ我慢といった感じで寒さに震えていた。
 ヤバイ、どうすればいいんだ。
 はっきり言って手詰まりだ。
 まずエメラルの動作から察するに金髪の剣士の斬撃をかわせるほど体はもう温まっていないだろう。
 だから俺がかばい続けるしかないが課金ガチャは使っちゃいけない。
 ということはエメラルが移動魔法で氷塊を盾みたいに使わないといけない。
 だが、氷塊はすぐに固定されてしまっている。
 ならば!
 俺は氷塊をカカト落としで砕いて、粉々にしたところで、
「エメラル! 価値勝ちを連発してくれ!」
「分かったね! 価値勝ち!」
 やっぱり氷塊が飛び散った時には何か反応を示す金髪の剣士。氷への加害性?
 エメラルが放った波動は金髪の剣士にヒットして、また立ち眩みといった感じ。
 その間に俺はまた氷塊を砕いたんだけども、金髪の剣士がこの砕いたところを見ていないタイミングで価値勝ちを放つと、あまりダメージを与えることはできなくて。
 正直氷塊をカカト落としするなんて、足への負担は大きいが、エメラルの寒さの負担を考えればこれくらい、そう思ってとにかく砕きまくった。
 幸いというかなんというか、氷塊を固定しているおかげで、砕くことは苦ではない。痛いけども。
 金髪の剣士もまだ気絶までは至っていないが、言葉にならない声を上げて、ふらふらはしてきている。
 このまま力技で押し切ればと思ったその時だった。
 エメラルが小さな声でこう言った。
「何だかちょっと、視界が薄れてきたね……」
「それは寒さからか? 魔力からか?」
「多分魔力ね……価値勝ちは相手の魔力に依存する魔法と聞いていたけども、どうやら私もちゃんと消費しているね……」
 ヤバイ、闇雲に放っていいモノじゃなかったんだ。
「エメラル、一旦ストップ!」
 と言ったところで、金髪の剣士も状態を戻したのか、こっちを向いてこう言った。
「魔力の疲弊は貴様らのほうが上! ここは耐久勝負だ!」
 すると金髪の剣士は体の周りに氷のバリアのようなモノを張った。
 その中で回復魔法のようなモノを使い始めた。
 ただ言っている金髪の剣士もずっと苦しそうな顔をしていて、あまり回復魔法は得意じゃないみたいだ。
 向こうは時間が掛かるようだ。
 あの氷のバリアを殴って壊すか、でもそんなことできるのか、いや悩んでいる暇は無いか、でも何か決定打になるようなことをしなければ。
 時間が掛かって困るのはこっちも同じ、相変わらずエメラルは震えているし、何か、何か、思考しろ、思考すればきっと何か糸口が。
 相手はナルシストっぽい。
 氷がぶつかった時にだけ、何か嬉しそうな顔をするが、氷が破壊されていることに興奮しているわけではない?
 氷が破壊された時に何を感じるか、破壊された喜び? 飛び散る氷が美しい? 飛び散る氷が美しい……美しい……これかもしれない、ならば、
 俺は課金ガチャの時に出していた、落ちているナイフを拾おうとしたが、これも凍らせた水蒸気などで固定されているらしい。
 でも接地面積が氷塊よりも全然少ないので、俺は力づくでそれを剝ぎ取ると、俺は氷塊をナイフで削り始めた。
 最初のほうに出した氷塊はさすがに氷が少し柔らかくなっていて、削りやすい。
 部屋が冷えているとはいえ、氷点下ではないからな。
「何してるね、奈良輪くん」
「俺はな、元々美術部員だったんだよ。高校三年生の頃に手のひら返しされてイジメられるようになって、耐えていたんだが、自分の絵を破られたことによって完全に闇堕ちしてあんな状態になっていたんだよ」
「そっ、そう、な、のね……」
 何か変な相槌だな、初めて知ったって感じじゃない、いや俺は初めてこのエピソード出したけどもな、それとも俺の手紙に書いたっけ? まあいいや。
「あれ以来、芸術的なことはやっていないけどさ、やっぱり体が覚えているモノだな、おい、ナルシスト、この氷塊を見てみろよ」
 黙って俺のほうを見た金髪の剣士はパァッと顔が明るくなった。
 そう、そうだ、その顔が欲しかったんだよ。
「ナルシスト、オマエの氷像を作ってるからちょっと待ってろ」
 本当はこんなヤツの氷像なんて作りたくないんだが、でもオマエが一番美しいんだろ?
 一応多少なりに美化して作っている。そうしたほうが良いと思ったから。
 美化した上で『オマエの氷像を作っている』と言えば、より効くと思ったからだ。
 ナルシストはもう俺の氷像作りに首ったけといった感じに、こっちのほうを目を輝かせながら見ている。
 正直価値勝ち、既に効きそうだけども、まあちょうど区切りのいいところで、っと。
「エメラル、この氷像で価値勝ちしてほしい」
「分かったね!」
 氷像からはプラチナが輝くような光に包まれた波動が飛んでいき、氷のバリアを破って金髪の剣士にヒットし、撃破。
 気絶している金髪の剣士は何故か恍惚な表情を浮かべていた。
「エメラル、魔法手錠で縛って先を急ごう」
「分かったね!」
 俺とエメラルはナルシストの部屋から出て、さらに上階を目指す。


・【温度】

 先へ進む階段で、ちょっと休憩をすることにした。階段に座った。
 エメラルの体温を戻すためだ。
「先を急がなくて大丈夫ね」
「それよりもエメラルの体のほうが大切だろ」
「私、足手纏いでゴメンね」
「そんなことないだろ、エメラルの価値勝ちのおかげで倒せたんだから」
「でも所詮私の価値勝ちなんて闇堕ちした時に手に入れたクソみたいな能力ね」
 そう言って何故かニヤリと微笑んだエメラルに、俺はゾクっと背筋が凍った。
 さっきまで氷の部屋にいたけども、その時よりも何だか冷たくなった。
 いやいや、
「そんな言い方無いだろう、というかそれを言ったら俺の課金ガチャだってそうだし」
「その通りだねぇ」
 そう言ってクックックと怪しく笑ったエメラル。
 何だ、どうしたんだ、疲れて変になっているのか、もう少し休んだほうがいいな。
 俺はエメラルの手を握りながら、
「エメラルの手が温かくなるまで休もう、今は疲れているんだよ」
 するとエメラルは急にいつもの柔和な顔に戻って、
「あれ、奈良輪くん、今私、変なこと言っていたね」
「うん、正直変だったけども疲れているからそうなっても不思議ではないんじゃないか」
「そうね……ちょっと疲れていたかもしれないね……」
「だからさ、少なくても手が温まるまでは休んでいようよ」
「ありがとうね、奈良輪くんは優しいね」
 そう言ってエメラルからも手を握り返してきてくれた。
 良かった、いつものエメラルに戻ってくれたみたいだ。
 やっぱり疲れていると人間、頭がおかしくなるもんだなぁ。
「奈良輪くんは温かいね、まるでお餅ね」
「餅の要素は温かいよりも喉が詰まりそうだろ」
「アッツアツね、火鍋ね」
「じゃあ火鍋じゃん、温かいの例え、火鍋じゃん」
「奈良輪くんのツッコミは的確ね、あっ、でも! 餅入りの火鍋ね!」
 そう良い案が出たみたいに言ったエメラル。
 いや、
「別にそこまでの一手じゃないよ、戦局を変える一手じゃぁないんだよ」
「私の中では豪華な一手ね」
「豪華な一手なんて言い回し存在しないよ、結婚式のVTRに有名人呼びましたじゃぁないんだよ」
「結婚式だなんて、奈良輪くん意識させるんだからねっ」
「何の話だよ」
 俺は普通にそうツッコんだつもりだったんだけども、またエメラルは不機嫌そうな顔になって、何だ、エメラルやっぱり相当疲弊しているなと思っていると、
「奈良輪くんはもしかしたら鈍いのかもしれないね」
 と言って溜息をついたエメラル。
「鈍いってなんだよ」
 と俺は平常心で言ったんだけども、何だか心臓がバクバクいってきた。だって、まるで、エメラルは俺のことが好きみたいじゃん、って。このタイミングの鈍いは完全にそれじゃん、俺は頭が回るほうだからそういうのはすぐ分かるんだよ。いやでも待て、勘違いかもしれない、俺は前の世界で人助けをいくらしても良い人止まりで恋愛に発展することはなくて、だからその、俺はモテなくて、なのにエメラルは俺に対して、そ、そうなの? そうなのかなぁ、ヤバイヤバイ、変な自尊心が出てきた、いやこれは俺にとって都合が良すぎる妄想だ、違う違うって思考が混在してきた、混乱か? でも一直線なのか? いやいやいや! キモいキモい! 俺キモい! あんまり恋愛のこと考えるな! 今はバトルだぞ!
「奈良輪くん、顔真っ赤にしてどうしたね?」
「い! いやぁぁぁああああ! ハッハぁぁぁあああ!」
 ダメだ、キモい高笑いをしてしまった。
 エメラルは俺の瞳をしっかり見ながら、こう言った。
「気付いているなら別にいいね、ゆっくり気持ちを埋めていけばいいねっ」
 うぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!
 さっきの思考の倍以上、心の中で叫んでしまった!
 倍以上というか完全に倍異常だったな!
 何かエメラルが温まる前に俺が温まってしまった。いや熱いくらいだ!
「じゃあそろそろ大丈夫ね、というかもう奈良輪くんの手が熱すぎるね」
「そ! そうか! いこうか!」
 俺とエメラルは立ち上がって、また上階へ進みだした。
 すると最上階っぽいところの部屋に二メートルくらいの長身の男が立っていた。
「来い、貴様らがわたしの相手だな」
 その長身の男は上半身裸で毛むくじゃら、まるで狼男のような見た目をしていた。
「二対一か、それでいい、どうせ最終的には全員相手取るつもりだからな。ただ無駄な戦闘は避けたい。そのことを念頭に置いてほしい
 そう言ってきた長身の男に、言っていることがよく分からず、疑問符を浮かべていると、
「最初に言っておく、わたしは無敵だ。不死身なんだ。どんな攻撃も無駄だ。だから貴様らは闘うだけ無駄なんだよ」
 と言ったところでエメラルは指輪を見せながら、こう言った。
「これは10カラットのダイヤモンドの指輪ね! 価値勝ち!」
 すぐさま波動を放ったが、ひょろひょろのビニール袋のような波動で一切効いている様子は無く、
「それが価値勝ちという禁忌の魔法か、それでは何も意味をなさない。何故ならわたしはもう何にも価値を感じなくなるくらいに長生きしているからな」
「不死身とは言え拘束されたらアウトなんじゃないのか?」
 と俺は、相手もよく喋っているので、ハッキリと聞いてみることにすると、
「拘束されるようなことがあればな。魔法手錠は手負いの相手にしか使うことができないことは知っているよな? つまりわたしに手負いという状態はないのだ」
「何でこんなに喋るのかよ」
「言っただろ、無駄な戦闘は避けたいって。わたしは貴様らに恨みなどない。所詮一兵卒だろ、貴様らは。なら降伏しなさい。そうすれば死ぬこともない。魔法警察はわたしが解体して自然な状態に戻す」
 するとエメラルが声を荒らげた。
「魔法警察が無ければ無法地帯になってしまうね!」
「そっちのほうがエメラル的には良かったんじゃないか? 禁忌の魔法を使った者として監視されるよりも、好きに、自分の好きに世界を救えるほうが楽しかったのではないか?」
「そんなことないね! 奈良輪くんが居ればどんな状況でも楽しいね!」
「なるほど、確かに貴様はそうなのかもしれないな」
 そう言ってたっぷり感マックスで頷いた長身の男、というか不死身の男。
 何かこの余裕さも、本当に不死身感が溢れている。
 だけども、
「不死身ということは相当な魔力ということだよな、価値勝ちが嵌ればノックダウンするんじゃないか?」
「まあ、嵌ればな。でもわたしにはもう価値のあるものなんてないんだよ。長生きするということはつまらないことだ。魔法警察に入ったのも面白いかもなと思ったからだ。でも何も面白くなかった。同じことの繰り返し。何をしても価値を感じない。ただ長い人生を生きているだけ。いっそのこと殺してくれよ。でも無理だろう? 貴様らには」
「オマエ、よく喋るな」
 俺はハッキリそう言ってしまうと、不死身の男は笑いながら、こう言った。
「臨戦態勢に入っている貴様らを説得するために仕方無くだ、わたしをおしゃべりみたいに言うなよ」
「いいや、オマエは喋ることが好きなんじゃないか? 不死身を利用してバトルしているが、本当は人と喋って生活することが好きなんだろ」
「いいや、生活も悲しいものさ。何故なら仲良くしていった人間がどんどん先に死んでいくからな。わたしはそれに虚しさを覚えて、一般人と関わることを辞めたんだ」
「じゃあ本当は喋っていたかったというわけだな。虚しさを感じなければずっとずっと」
 そう言うと黙った不死身の男。
 図星といった感じがする。
 不死身の男は俺のほうを強く睨んできた。
 だから、
「図星だったか? それで怒っているのか? オマエの嫌いな不死身を利用して俺のことを殴り殺そうと思うのか? そんなことよりさ、俺たちと一緒にいろいろ喋ろうぜ。やり直せばいいじゃん。俺はエメラルのおかげでやり直したんだ。だからオマエだって裏切りを止めて反省して、やり直して、いっぱい喋ろうぜ」
「うるさい……貴様に何が分かるんだ」
「分からないよ、個々の人間のつらさなんて。でも分かりたいとは思う。その分かりたいという気持ちは悪いことか? 俺は結構人助けしてきたんだが、この分かりたいが欠けていたと今思えば、なんだよ。ただ助ければいいだけだと思っていたが、助けられた側の気持ちというモノをあまり考えていなかったよな。だから中途半端なことが起きてしまったんだろうな、って、ちょっと思う」
「何なんだ貴様は。貴様のほうがよっぽどおしゃべりじゃないか」
「意趣返しのつもりか? 残念、俺は普通におしゃべりだ。偉い人にツッコミとか入れちゃうほうだぜ?」
 何故俺がコイツと会話しているのか。
 それは喋りが通じる相手だと判断したからだ。
 もしかしたら本当にバトル抜きでどうにかできるかもしれない。
 正直俺は満身創痍だ。カカトから普通に鈍痛がする。
 エメラルだってもう価値勝ちを連発できる感じじゃない。
 一発一発が大切な一発だ。
 喋りで懐柔できるなら、それに越したこと、ないんだけどもなぁ。
「うるさい! うるさい! うるさい! うるさい! こんなうるさいのはアイツ以来だ! もういい! 貴様だけは殺す!」
 まあ上手くいかないよなぁ、でも分かったよ、オマエのことは。
 価値勝ちという魔法はつまるところ相手のことを知ることだ。
 会話というのはやっぱり知ることが一番簡単にできるよな。
「課金ガチャ!」
 俺が課金することにした。この……エメラルからの手紙を!
「私の手紙ね! そんなの持ち歩いていたのね!」
 時間が停止した状態で俺とエメラルは会話する。
 同じく止まった不死身の男は黙って見ているようだった。
「最初から考えていたことさ、もしエメラルからの手紙が俺にとって大切なモノになったらこういう課金ガチャに使えるだろうなって」
「どういうことねっ! それぞれ分かり合うためじゃなかったねっ?」
「その要素も間違いなくある。だけども俺は課金ガチャという魔法を知ってからこういうことも考えていた。俺はこの! エメラルから初めてもらった手紙と初めてハートマークを描いてくれた手紙をガチャする! そして! 不死身の男の思い出の品ガチャ開始!」
「ハートマークの手紙ぃぃぃいいいいいいいいっ?」
 と声を荒らげたのは不死身の男だった。
 俺は説明してやることにした。
「俺は女子からハートマーク付きの手紙をもらったのは初めてだった! 否! 手紙だって初めてだよ! だから俺にとってはこの二枚は相当な思い出の品なんだよ! だから俺のこの思い出量でオマエの思い出を引き当てる! あるんだろ! 人と関わっていた頃に手にした思い出の品が!」
《木製の腕時計!》
「うぅっ!」
 と声を上げた不死身の男。
 どうやらビンゴらしい。
《うさぎのぬいぐるみ!》
「あぁ……」
 そう泣き崩れるような声を上げた不死身の男。
 でも時間は停止しているので、動きは一切無い。声だけだ。
《貝殻の首飾り!》
「なんだよ」
《ゴメスの日記!》
「おい」
《節分のお面!》
「やめろよ」
《鞘!》
「やめろよ!」
《小さな消しゴム!》
「もう忘れたんだよ!」
《向日葵のCD!》
「思い出させないでくれよ!」
《藤のドライフラワー!》
「捨てたんだよ! 記憶の奥底に!」
《焦げた鍋!》
「うわぁぁああああああああああ!」
 そう言ってその場に膝から崩れ落ちた不死身の男。
 もう動ける状態だからこそ、崩れ落ちたわけだが、もう動ける状態なのに微動だにしない不死身の男。
 俺は言う。
「本当に記憶の奥底に捨てたなら、何も喰らわないはずだよな」
 エメラルは一番近くに落ちたゴメスの日記を持って構えた。
「価値勝ちね」
 波動は太陽のように暖かい光の波動だった。
 正直不死身の男はかわす素振りも見せなかった。
 きっと、これを喰らってダメージを受ける自分を見たかったんだろうな。
 ちゃんと気絶してるぜ、不死身の男よ。


・【拘束完了】

 不死身の男を魔法手錠で拘束し、ホログラム地図の連絡ボタンというヤツを押すと、待機している隊員と連絡できた。
 これで終わりかなと思っていると、急にその会話していた隊員が声を上げた。
「どうしました?」
 と聞いたところで連絡が途切れた。
 何か不慮の事態か、と思っていると、この不死身の男が倒れている部屋の窓から黒づくめの怪しい男が入ってきた。
「オマエらが奈良輪とエメラルだな、何の私怨も無いがここで死んでもらう」
「オマエ! 隊員たちに何かしたのか!」
「ちょっと召喚獣が襲っているだけだ、あれくらい大丈夫だろ、手負いじゃなければな?」
 そう言ってニヤリと笑った怪しい男は黒いローブをめくると、包帯に巻かれた腕が出てきた。
 何かやりそうだと思ったその時、エメラルが叫んだ。
「これは10カラットのダイヤモンドの指輪ね!」
「そんなものに何の価値も無い。そもそもエメラルの魔法は聞いている。己が価値を感じなければ喰らわないってな。小生は圧倒的な精神力でそんなものは無にできるのだ」
「うるさいね、価値勝ち」
 一応放ったのであろうエメラルの波動はくしゃくしゃのわら半紙のような波動で、怪しい男に当たってもなんともないって感じだった。
「うるさいのはエメラル、オマエだ。ここから小生が圧倒的に蹂躙するターンだ、第三の目を開け!」
 と言うと、怪しい男の足元から泥人形のようなモノが出現し、それがゆっくりこっちへ向かって歩き出した。
 スピードは遅いので、普通に近付いて課金しようとしたのだが、どうやら無機物という判定にならず課金できなかった。
 それにしても、さっき言った第三の目って何なんだ。
 額に目でも出現するのかと思えば特にそんなことはなく、出てきた召喚獣とやらも何か微妙だ。
 だからって油断はできないので、泥人形には触れず、怪しい男のほうへ攻撃することにした。
 俺が怪しい男へ飛び蹴りをかますと、その怪しい男は手からべっこう飴のような色したバリアを張ってガードした。
 怪しい男は何か焦りながら、
「まず泥人形から倒せよ!」
「いや触れたらくっついて取れないとかだったら嫌だろ」
「何で分かるんだよ!」
 そう言うと怪しい男は泥人形に手をかざすと、泥人形は消えて、今度は銃を背負ったウサギのようなモノが出現した。
 ウサギはピョンピョン、俺とエメラルの周りを飛び跳ねて回り始めた。
 するとエメラルが、
「これはできるね!」
 と言ってウサギが背負っていた銃を移動させたので、俺はすぐさまその銃を課金ガチャした。
 俺の頭上にガチャガチャが出現すると、怪しい男が、
「くっ! 闇の力め!」
 と声を荒らげた。
 まあ確かに闇堕ち能力らしいけども、と思っていると、早速ガチャガチャがいっぱい出始めた。
《爆竹!》
《爆竹!》
《マッチ!》
《爆竹!》
《鉄の玉!》
《爆竹!》
《マッチ!》
《鉄の玉!》
《鉄の玉!》
《鉄筒!》
 鉄筒って何だろうと思いつつ、エメラルに視線を送ると、すぐさま鉄の玉を怪しい男に向かって高速移動させた。
「危ねぇ!」
 またバリアで守った怪しい男は、同時にウサギもまた取り下げた。
 ただバリアはエメラルの鉄の玉側しか出していなかったみたいで俺は急いで、敵の後ろに移動して火を付けた爆竹を足元に投げ、それとほぼ同時に空中カカト落としした。
 案の定、怪しい男はすぐさま下を見ながら足元にバリアを張ったが、俺が上に飛んだことには分からなかったみたいで、俺のカカト落としが脳天に直撃した。
「あがぁぁぁああ!」
 ふらつく怪しい男にラッシュをかける。
 パンチやキックのコンビネーションアタックを喰らわせて、最後は鳩尾を強く蹴って吹っ飛ばした。
 だがすぐに怪しい男は立ち上がり、
「このくらいなら回復魔法ですぐ治るんだよ! バーカ!」
 と言っているが、明らかに痛がっている顔をしている。
 苦痛で顔面を歪ませている。
 どうやらケガは治るけども、痛みの余韻は残っているといった感じだ。いやケガも治っているのか? やせ我慢かも。
 俺が達磨屋に頭を治してもらった時は痛みがすぐ引いたけども、どうやらこういうのは個人差なのか個人の魔法の種類によるのか。
 実際まだ動きづらいといった顔をしているので、ここは畳みかけようと思って、また殴り掛かると、それはバリアで阻まれて、そのバリアに触れると電撃が拳に走って、つい距離をとってしまった。
 すると、怪しい男は全身を守るバリアを出して、その場にうずくまった。
 効いてはいるんだなぁ、といった感じ。
 さて、相手が止まっている間に金髪の剣士の時と同様、何かを仕掛けたい。
 言動だ、コイツの言動を整理しよう。
 何か服装とか包帯巻いているところから、厨二病みたいなんだよな。
 第三の目を開けとか言って、特に何も開いていないし。
 これなら金髪の剣士と同じような作戦でどうにかなるかもしれない。
 ただし、金髪の剣士の時よりも、もっと楽だがな。
「よしっ! エメラル! 俺は次の攻撃は溜め攻撃を行ない、一発で殴り倒すぞ!」
 エメラルは疑問符を頭に浮かべている。
 当たり前だ、俺にそんな攻撃は無い。
 でも邪魔するような言葉は特に発しない。
 きっと何かあると踏んでくれているんだ。
 対する敵の怪しい男は、俺の動向を気にして、チラチラこっちを見てきている。
 思った通りだ。
 なんせ相手の行動を観察することはバトルの基本だからな。
 この見ることが、見せることが価値の確認に繋がる。
 俺は持っていたエメラルの手紙で指の皮を切って血を出した。
 エメラルはビックリしているが、同時に何かするんだなと思って、ゆっくりこっちに近付いてきた。
 俺はエメラルの手紙の裏を出して、血で魔法陣を描いた。
 勿論とびっきりカッコイイヤツだ。
 美術部時代に学んだ、西洋の絵画に描かれているような本格的な魔法陣だ。
 それを見た怪しい男は案の定、興奮するように目を輝かせた。
 厨二病の男を喜ばせるなら、血で魔法陣を描くに限るだろ!
「これね! 価値勝ち!」
 血の魔法陣からは闇の渦のような波動が飛び出して、バリアを突き破って怪しい男に直撃した。
「うわぁぁぁああああああ! あんな魔法陣描かれたらおしまいだぁぁぁあああああ!」
 そう叫びながら気絶した怪しい男。
 いや普通に価値勝ちなんだけどな。
 怪しい男もついでに魔法手錠で拘束したが、この怪しい男は魔法警察の裏切り者ではなかったという話を支部に戻って来てから聞かされた。
 それにしても今日は疲れた。
 エメラルも手紙書かないんじゃないかなと思いながら、自室のベッドの上で横になっていると、ポストに手紙が入る音がして、エメラルは真面目だなと思いつつ、俺は郵便受けを見ると、案の定エメラルからの手紙が入っていたので、早速読むことにした。
 疲れているとはいえ、エメラルの手紙は読める。なんせ楽しみなことで、疲れも吹き飛ぶから。
《最近私は思うことがありますね。やっぱり私は間違っているんじゃないかなということね》
 ……急にどうしたんだろう、階段で話している時もそうだったし、疲れるとネガティブな一面が顔を出すのかな?
《全ての罪を償うべきなんじゃないかなと思うね》
 何を今さら。
 それに今、償っている最中なんじゃないのか?
《私は間違いを繰り返し、今も間違いを繰り返しているのでは、そんな不安を感じるね》
 今は何も間違っていないだろ。
 裏切り者の支部も全員拘束したし、雪深い街も救った。
 それ以外にも、俺の街にいた時もいろいろやったじゃないか。
《奈良輪くんは大丈夫ね? 奈良輪くんも本当はつらいんじゃないかね?》
 そんなこと改めて考えると……いや別につらくないわ、エメラルと一緒だし。
 というかむしろエメラルがそんなことを書くほうがつらい。
 せっかくエメラルとの日々がもっと楽しくなってきたところなのに。
《私はつらいね、最近ずっとつらいね》
 ……何か変だな、まあ最後に出自不明の謎の敵が俺とエメラルを名指しで襲ってきたから不安になっているんだろうけども。
 俺は手紙を机の上に折りたたんで置いて、部屋を出て、隣のエメラルの部屋のチャイムを鳴らした。
 多分いると思うはずなのに、声がしないので、ノックをしながら、
「エメラル、何か疲れているなら俺が愚痴を聞くよ」
 と声を掛けると、やけにキンキンと耳に響くような高い声で、
「今はいいねっ!」
 と言ってきた。
 まるで断末魔のような甲高い声、いつものエメラルとは全然違う。
 いやどう考えてもおかしいだろ、と思い、もう一回ノックしたところで、
「今は一人にしてほしいねっ!」
 と妙に早口にそう言ったので、俺は戻ることにした。
 何でこんなヒステリックになっているのか。
 せっかく距離が近くなったと思ったのに、また何か遠くなっちゃったな、と思って、俺は肩を落とした。


・【次の任務】

 俺が朝起きてまずやること。
 それは顔を洗うこと・歯を磨くこと、そして、と行動に移そうとしたところで、扉からノックが聞こえた。
 エメラルだ。
 エメラルはチャイムがあってもノックをする派ということが分かった。
 ということはこれはエメラルなのだ。
「どうしたエメラル」
「入るね」
 俺が扉を開けると、もう魔法少女の恰好になったエメラルが元気に入ってきた。
 昨日の手紙があったので気になっていたが、いつも通りのエメラルに胸をなで下ろした。
「奈良輪くん、まだすごい坊主ね」
 俺の髪の毛を見ながらそう言ったエメラル。
 そう、俺は達磨屋さんと闘った時に体毛を全てBETしたから、まだそんなに髪の毛が伸びていないのだ。
 エメラルはう~んと唸ってから、
「おかしいね、えっちな人は髪の毛が伸びるの早いという話ね」
「じゃあそれじゃないからだよ、そもそも俺にその要素無かっただろ」
「パンティによく反応していたでしょう」
「急に”でしょう”口調なんなんだよ、謎かけのどちらも〇〇でしょうみたいに言うな」
 エメラルは俺のベッドに座って、
「早くカツラを被るね、そうしたら私が眉毛を描くね、昨日の奈良輪くんの眉毛はちょっと変だったね。これから毎日私が描くね」
「いや俺も慣れてきたつもりなんだけどな」
 そう言いながらカツラを被ると、エメラルはまた立ち上がったみたいで、俺の両肩を後ろから掴みながら、押して、
「さっさっ、ここに座るねっ」
 と言ってイスに促したので、俺は座ると、エメラルは持参していた化粧ポーチから眉毛を描く道具を取り出した。正式名称知らん。眉毛筆?
 俺の目の前に立って、眉毛を描き始めたんだけども、ちょ、ちょっと距離が近い。
 何だがドギマギしてしまい、鼻息が荒くなりそうなので、息を止めていると、
「息してないね、ネットで反論され過ぎた人ね」
「そういう煽りの『息してる?』じゃぁないんだよ、いや息はしてるよ」
 と言いつつ嘘をつくと、クスクス笑いながら、エメラルはこう言った。
「キスする時、息止めちゃう系男子ね。ああなったらもう大丈夫ね」
「キスしているわけじゃないし、息しているんだって」
 と言いつつ、できるだけエメラルに息がかからないように、超小さな呼吸、小吸をしていると、
「奈良輪くんは純粋ね、もっと遊んだほうがいいね」
「遊ぶとかじゃないじゃん、女性との関係は」
「真面目ね、だから好きねっ」
 そう優しく微笑んだエメラルに俺は視線を外そうとすると、エメラルは俺の首をグイッと真正面に戻して、
「私と遊ぶ、ね?」
 と妖艶に笑ったので、俺はもう眉毛は終わったと思ったので立ち上がって、
「じゃあトランプでもするか!」
 とちょっと声を上ずりながら言うと、
「奈良輪くんは面白いねっ、勿論悪い意味ね!」
「悪い意味で面白いってなんだよ!」
 と精一杯ツッコミのテンションで声を荒らげた。
 いやいや、エメラル、距離が近すぎる、物理的にも精神的にも。
 俺はこういう時、どうすればいいか本当に分からない。
 ただちょっと気に掛かることは昨日の手紙との高低差だ。
 でもそれを今触れて雰囲気が悪くなることも嫌なので、触れないことにした。
 だって今、エメラルは笑顔なんだから。
 今日も任務があるらしく、また達磨屋さんに集合をかけられたので、呼び出された部屋へ行くことに。
 その前に軽くエメラルと食堂で食事をしてから、行くと達磨屋さんはほっぺにご飯粒を付けて待っていた。
 いやドジっ子侍じゃぁないんだよ、どんなキャラ付けだよ。
 でも上司だから指摘できないなぁ、と思っているとエメラルが、
「達磨屋さん、ほっぺにご飯粒付いてるね」
 とすぐ指摘し、まさかと言う顔をしながら、達磨屋さんが、
「まさやっ!」
 と言った。
 いや、
「まさか、と、もしやが混ざって人名叫びじゃぁないんですよ」
「いやいや、まさかこんなご飯粒な日があるなんてでござるな」
「日として思わないでください、ドジっただけですから」
 ついエメラルが指摘したので、その流れで俺もイジるみたいになっちゃった。
 まあいいか、達磨屋さんも特に気にしているわけじゃなさそうだし。
「では任務の話をするでござる。今日は自然豊かな森を何者かが破壊しているという案件でござる。その何者かを拘束できれば一番良いでござるが、倒せない場合は情報確認だけでもいいという話でござる。奈良輪とエメラルは昨日からの連戦で大変でござるから、相手の情報が分かったら撤退してもいいということでござるよ。撤退の時は今日渡すホログラム地図のボタンを押すだけでござる」
 エメラルは胸をドンっと張りながら、
「いいや! ちゃんと倒してくるね! 奈良輪くんも大丈夫ね!」
 正直俺はちょっと疲れが残っているのだが、エメラルのやる気を見たらそんなこと言ってられない。
「俺も頑張ります!」
「その意気でござる。あと最後に一つ」
 そう言って神妙そうな顔になった達磨屋さんが続ける。
「昨日の最後に出てきた黒ローブの怪しい男の出自はまだ不明でござる。どういう経緯であのタイミングで現れたのかは分からないでござる。裏切り者が出たことを知って、疲弊した魔法警察を攻撃しようとしてきたのでござるかなぁ?」
 俺は一つ気になっていることがあるので言うことにした。
「でもその男は俺とエメラルを見て『奈良輪とエメラルだな』と個人名の確認をしました。疲弊した魔法警察を狙うだけなら俺とエメラルである可能性は低くないですか? まるで俺とエメラルを狙っていたような口ぶりだったのですが」
「う~む、奈良輪はそう昨日も伝えてきたでござるけども、奈良輪とエメラルが狙われる筋合いなんて無さそうでござるから、たまたま個人名を知っていただけじゃないでござるか? 魔法警察全体を調べ上げていたというか」
「そんなに魔法警察の人員って調べ上げられるほど少ないんですか?」
「決して多くはないでござるよ。こうやって駆り出される一兵卒も限られているでござる」
「そうですか……」
 と俺が不満そうに言ったことが分かったのだろう。
 エメラルが俺の手を握りながら、
「そんなに気にしてもしょうがないね! 今日は今日の任務を頑張るね!」
「確かに、そうだな……うん」
 エメラルの笑顔に俺は本当に救われていると思う。
 俺とエメラルはゲートをくぐって、その豊かな森と言われている森へ着いた。
 着いた場所は全然荒れ果てていなかったのだが、ちょっと歩くと、木々が折られて、しかも折れて倒れているはずの上の部分が無くて、大地も抉れ、茶色い山肌が露出していて、不自然な地面の香りが何だか臭かった。
 抉れた大地はまだ乾いていなくて、ちょうどこの近くをその何者かが通った直後くらいだということが分かった。
 耳を澄ますと、奥から荒々しい音が聞こえてきたので、俺とエメラルはそっちへ向かった。
 その何者かの存在が目に映った時、俺は自分の目を疑った。
 なんと六メートルくらいの太った巨人が大地を削るようにかじっていたからだ。
 まさか暴れているのではなくて、食べているとは。
 そうか、だから木々の上部が無かったのか、全部食べているのか。
 でも動きは遅そうだったので、まず前方に回り込んで、エメラルのいつもの価値勝ちが喰らうかどうか試さないとな。
「エメラル、視界に入って10カラットのダイヤモンドの指輪を見せよう」
「分かったね!」
 俺とエメラルは移動し、その太った巨人が俺とエメラルを目視すると、ゆっくりこっちへ向かって動いてきたが、立ち上がるわけでもなく、尻歩きで移動してきた。
 よってスピードも遅く、歩いても距離を離せるくらいだ。
 エメラルは叫んだ。
「これは10カラットのダイヤモンドの指輪ね! というわけで価値勝ち!」
 しかし指輪から出た波動はゆるい風のような波動で、一切のダメージにはなっていなかった。
 するとエメラルはこう言った。
「こういう無芸大食にはスケベ作戦ね、パンティ脱ぐね」
 そう自分のパンツに手を掛けたので、俺は腕を掴んで、
「すぐにそういう安売りは良くないから!」
 と止めると、太った巨人も一瞬何か「おっ」という感じに止まった。
 それを見たエメラルは、
「やっぱりスケベ作戦ね!」
 と言って俺の制止を振り切ってパンツを脱ぎ、
「価値勝ちね!」
 とパンツから波動を出したが、水色の半透明なガラスのような波動で、ちょっと喰らったような動作をしたが、あまり効いている様子ではなかった。
 それを見たエメラルは何か頬を膨らませながら、
「魔法少女のパンティね! もっと喜ぶはずね! 中途半端に喜ぶの一番傷つくね! それなら一切興味が無いほうがいいね!」
「いや何にどう怒っているんだよ、そういうことじゃないだろ」
「でも何か反応したね! 絶対何か反応したね!」
「もしかしたら俺がエメラルの腕を掴んだことに反応したのかもしれないな」
「どういうことね?」
「それはまだ分からないけども」
「それは困ったね」
 あの太った巨人は声にならない声を上げるだけで会話ができそうな感じではない。
 さて、ただ追いかけ回されてみて、相手の体力を削るか。
 でもあの巨体ということはスタミナも蓄えていそうな感じもする。
 するとエメラルがこう言った。
「大体あういうヤツは特殊性癖ね」
「どういう偏見?」
「奈良輪くんも特殊性癖っぽいことを考えるね」
「そんなこと考えたこともないけども」
「奈良輪くんは脳内クリアだから特殊性癖もどんどん浮かぶね! 頑張ってほしいね!」
「嫌な期待過ぎる」
 と言いつつも、俺は何か案を考えることにした。
 特殊性癖、というものが合っているのかどうかも分からないけども、俺とエメラルの距離が近くなった時に反応したということは、もしかすると、
「エメラル、コイツは特殊性癖じゃないかもしれない」
「どういうことね、こんな巨人はもはや特殊性癖ね」
「いいや、俺とエメラルが近くなった時に反応した。つまりコイツの好きなのは、男女の純愛なんじゃないか」
「純愛ね! その可能性もあるね!」
「だからエメラル、俺とハグしよう。その時に太った巨人に向かって価値勝ちを放ってほしい」
 だがエメラルは小首を傾げて、
「でも純愛とか概念ね、概念の価値勝ちなんてやったことないね」
「じゃあやってみよう、やれるかどうかはやってみたら分かることだから」
「さすが奈良輪くんね、やってみるね」
 俺はエメラルに頭をポンポンしてから、
「今日も可愛いな」
 と言ってハグしようとするとエメラルがバッと俺から離れて、こう言った。
「ちょっとえっち過ぎるね、髪の毛ももう伸びきっているはずね」
「いやこれくらい純愛だろ、ちょっとマジっぽくしないと効かないかなと思って」
「マジっぽくって、これが奈良輪くんのマジね……」
 とエメラルはまじまじと俺のほうを見ながらそう言ったので、何だか恥ずかしくなってきて、視線を外したその時だった。
 目に映った太った巨人は明らかにうっとりしていて、俺とエメラルのラブコメに夢中といった感じだったので、
「エメラル! 今! 今!」
 とそちらを指差すと、
「まず私を見てほしいね」
 と俺の肩をトントンと叩いてきたので、俺はエメラルのほうを見てから、ゆっくりとハグをした。
 エメラルは俺の頬に頭を付けて数秒してから、バッと顔を太った巨人のほうに向けて、
「純愛の価値勝ち!」
 と言うと、俺とエメラルからはピンク色のハートマーク波動が飛んでいき、太った巨人にヒットし、太った巨人は恍惚な表情を浮かべながら気絶した。
「やったね! できたね!」
 また俺に抱きついてきたエメラルとはすぐに離れて、急いで魔法手錠で拘束しに行った。
 さて、
「ゲートを呼んで戻るだけだな」
 と独り言のように呟いたその時だった。
 どこからともなく銃声が鳴り響き、俺は咄嗟に伏せると、俺のカツラに何かがかすった感覚がした。


・【新たなる敵】

 一体何なんだ、俺は手でカツラを確認し、ちゃんと頭に乗っていて安心した。
 エメラルが叫んだ。
「一体何ね!」
 するとどこからともなく、
「不意打ちの拳銃が効かないなら、これからは得意のナイフでいきましょうか」
 という声と共に、木陰から全身スーツの細身の男が出現した。
「一体何なのね!」
 とエメラルが声を荒らげると、
「何、ただの依頼です」
 と言うと、その細身の男性はナイフを取り出して、俺に向かってきたので、蹴りでナイフを落とそうとしたのだが、それはかわされて、キックしたふくらはぎを刺されそうになったので、すぐに足を方向転換し、なんとかかわした。
 俺の態勢と呼吸が整う前に、また斬りかかってきたところでエメラルが、
「10カラットのダイヤモンドの指輪ね! 価値勝ち!」
 と波動を放ったが、またしても弱い波動になり、ちょっと風で揺らしただけだった。
 そんなことは一切構わず、細身の男は俺を斬ると見せかけて、直前で腕を捻り、刺してきたので、俺は緊急回避のように後方へ吹っ飛び、尻もちをついたところで、細身の男は俺を踏みつけるような動作をしてきた。
 その足をかわして、その細身の男の足をカニばさみして、倒そうとしたが、その細身の男は倒れず、俺に覆いかぶさるようにナイフを突き刺しにきたので、ここがチャンスだと思って相手のナイフを課金ガチャした。
 初手で課金ガチャしなかったのは、相手の不意を突きたかったから。
 さぁ、ここから相手は素手で倒れ込んできただけになる。
 それを尻もちつきながらだが、アッパーで対空だ。
 その前に何が出るかというのもあるけども。
《鉄!》
《鉄!》
《鉄!》
 こうやってガチャが出現しても、勿論ガチャガチャ本体が出現しても何も声を発さない細身の男に、訓練されているという感じがした。
 一体コイツは何者なんだ? 急に出てきて俺を襲ってきて。
 太った巨人の仲間か? いやそんな感じは全然しないけども。
《ペーパーナイフ!》
《鉄!》
《鉄!》
《牛革!》
《牛革!》
《ペーパーナイフ!》
《ペーパーナイフ!》
 さぁ、また時間停止が終わったタイミングでアッパーを繰り出して、このタイミングならアゴを狙ってと思ったその時だった。
 俺のアッパーを見越したように、細身の男は手で払いのけつつ、俺に重ならないように地面に倒れ、そのままゴロゴロと横に転がって緊急回避といった感じ。
 俺は立ち上がって、寝転んだ相手を踏みつけようとしたが、転がる速度が異様に速くかわされてしまった。
 距離を取られたところで、細身の男は立ち上がり、口を開いた。
「本当に情報通り、ガチャ課金という魔法を使うんですね」
「そんなことも知っているんだな、オマエは何者なんだ」
「ただの依頼ですよ」
「依頼っ? 俺を狙っているのか? それとも魔法警察を、かっ?」
「おしゃべりはここまでです」
 と言うと、細身の男の手が光ったと思ったら、そこからナイフが出現した。
 いやあれは、と思ったところでエメラルが、
「召喚獣のナイフね!」
 と叫んだ。
 そのナイフは目と口がついていて、キシシシと笑ってから、こう言った。
「おい! カタルシス! 俺でアイツの首元を掻っ切ろ!」
「わたしの名前を言うんではありません。謎の暗殺者としてやっているのですから」
 コードネーム、キツイなぁ、と思いつつ、何か課金ガチャするものはないかと周りを見渡すと、木になっている青い柿を見つけた。
 何かこれがアイツの好きな食べ物とかにならないかなと思って、ガチャすることにした。
《バナナの皮!》
 いや食べ物じゃない! 食べ物ガチャと指定したはずなのに!
《バナナの皮!》
 そうか! 青い柿がまだ食べられない状態だから食べられない食べ物が出てくるということかっ?
《バナナの皮!》
 しかも妙な安さ! それともワンチャン、バナナの香りが好きとかあるかっ?
《バナナの皮!》
 バナナの皮! せめて一枚でいいんだよ!
 というかバナナの皮の数え方の単位、枚で合ってるのかっ?
 いやそんなことはどうでもいいけども!
《バナナの皮!》
 ヤバイ、これ全部バナナの皮ではっ?
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
 全部バナナの皮だったぁ!
 と思ったところで、何か細身の男、というか暗殺者と名乗る男は笑ったような気がした。
 もしかすると滑稽だと思って笑ったか?
 よしっ! もう一個、青い柿を10連ガチャしてみよう!
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
《バナナの皮!》
 俺の周りがバナナの皮まみれになったその時だった。
 暗殺者は吹き出して笑ったのだ!
 これだ、と思って俺は、真面目に構える”フリ”をして一歩踏み込んだところで、バナナの皮で滑って転んでみた。
 バトル中に転ぶなんて致命的だが、もしかしたらと思うと案の定、暗殺者は爆笑してそれどころじゃなくなった。
 コイツ、こういうベタなユーモアが好きなんだ、つまりこういうものに価値を感じているはず!
「エメラル! 俺が何かボケたら頭をズラすようにツッコんでくれ!」
 悟ったエメラルは近付いてきて、
「いやもう既にボケボケね!」
 と言って俺の頭を叩きつつ、カツラを剥ぎ取ると、暗殺者はナイフを落として腹を抱えた。
 今だ!
「そういうことね! 価値勝ち!」
 エメラルは俺のカツラからやかんのような色した波動を飛ばし、その波動は暗殺者のお腹にヒットして、そのまま倒れた。
 俺は助かったと胸をなで下ろしていると、すぐさまエメラルが暗殺者を魔法手錠で拘束した。
「大変だったね、一体何者ね」
「いやもう全然分からない。魔法警察を狙っていたのか、それとも俺だけを狙っていたのか」
「でも奈良輪くんは狙われる筋合いなんてどこにもないね」
 俺とエメラルは魔法警察に連絡をして、拘束した敵と共に帰路に着いた。
 今日はもう任務は無いと言われて、自分の部屋に横になっていると、いつの間にか寝てしまったらしい。
 起きると郵便受けにエメラルからの手紙が入っていたので、読むことにした。
《今日はビックリしたね、でもそれはもしかしたら私のせいかもしれないね》
 ん? どういうことだ?
《私の行ないが悪いから、こんなことが起きてしまっているのかもしれないね》
 そういう迷信みたいな話か、全然そんなことないだろ。
 そういう行ないが悪いから、みたいな話無いから。
《やっぱり全てを償うしかないみたいね》
 いやだから今償っている最中なんじゃないか? 逆に。
 という話、俺がエメラルに手紙でこの前書いたけどな。
 なんというかエメラルの書いているところ、最近堂々巡りしているような気がするんだよな。
 なんなら戻っているというか。
《私なんていなくなればいいかもしれないね》
 そんなことないだろ、って今すぐ言いに行きたい。
 いや言いに行こう。
 一応最後の一文を読むとこんなことが書いてあった。
《そっちのほうが奈良輪くんのためにもなるかもね》
 なるはずないわ!
 俺は部屋から出てエメラルの部屋のチャイムを鳴らした。
 しかし何度か鳴らしても出てこなかったので、諦めることにした。
 何故なら本当にいないかもしれないから。俺さっきまで寝ていたからいつ手紙が来たかも分からんし。
 仕方ないので、部屋に戻ってスマホに連絡したが、既読はつかず。
 エメラルも寝ているのかな?
 結局、夕飯もエメラルとは会うことができず、達磨屋さんと食事をした。
 その時に言っていたことが、暗殺者は一切口を割らないということだった。
 一体誰が俺を狙ったのか、いや魔法警察なら誰でも良かった可能性もあるけども、何か、まるで俺だけが狙われているような気がするんだよな。
 次の日、顔を洗って歯を磨いたところで、また部屋の扉をノックする音がした。
 エメラルだ!
 そうつい笑顔になって扉を開けると、案の定エメラルで、
「また眉毛描きにきたね!」
 と言って俺の部屋に入ってきた。
 でもその前に、
「昨日スマホでも連絡したけども、返信無かったけどどうかしたのか?」
「あぁ! それは任務中、気配消すために電源消しとくけども、そのあと一回も付けなかったね!」
「そうだったんだ、俺さ、やっぱりエメラルといろいろ連絡とりたいからさ、電源入れといてくれよ」
「ちょっとぉ! 奈良輪くんは私のことが好き過ぎるね!」
「好き過ぎるって、そんなことないだろ、いやそうかもしれないけどさ」
 と照れ笑いを浮かべると、エメラルはニコニコしながら、
「そうね! そうね! 人間は正直がいいね! 奈良輪くんはエメラルのことが大好きね!」
「でもさ、エメラルだって、お、俺のこと、嫌いではないだろ?」
 とついどもりながら言ってしまい、ちょっとキモかったかなと思っていると、
「勿論奈良輪くんのことが大好きね!」
 と快活な声で言ってくれたので、何かもうめちゃくちゃ嬉しかった。
 シンプルに、語彙が消失するほどの、めちゃくちゃ嬉しかった。
 これ、もう、付き合っているというか、そういうことなのか? と思いつつ、俺はエメラルから眉毛を描いてもらった。
 相変わらず距離が近いし、何か手紙のエメラルが嘘みたいだ。
 ふと手紙のことを聞こうかなとも思ったけども、やっぱりこの感じが失われるかもしれないと思ったら聞けなかった。
 もっとフランクに聞いてもいいのかなとは思ったけども、何故かすごいドス黒いモノが見えちゃうかもと思ってしまい、そのことは口に出せなかった。
 また達磨屋さんから呼び出しがあったので、部屋から出ると、部屋の前に達磨屋さんと魔法帝が立っていた。
 魔法帝は重たい顔をしながら、こう言った。
「今日から奈良輪瑛斗とエメラルは任務をお休みして、この魔法警察内で休養を取ることになったよ」
 休養か、まあ馬車馬のように働いたからなと思いつつも、じゃあ何でそんな暗い顔なんだと思っていると、エメラルが、
「そんなものいらないね! 私と奈良輪くんはいつでも元気いっぱいね!」
 それに対して達磨屋さんが、
「いや、昨日の暗殺者の件なんでござるが、どうやら奈良輪を狙っていた可能性があるんでござる」
「俺を、ですか」
 正直驚きはしたけども、なんとなくそう思っていたので、自分が思っていたよりは驚いていなかった。
 達磨屋さんは続ける。
「暗殺者の脳内を魔法で調べたところ、奈良輪を狙ってあの場所にピンポイントで行ったらしいでござる。深層心理までは読めなかったでござるが、ピンポイントで行ったことは間違いないでござる。このピンポイントということが重要でござる」
 達磨屋さんが一息ついたところで、今度は魔法帝が喋り出した。
「位置情報があまりにも正確過ぎるんだ。まるで誰かが情報を共有しているように。魔法警察内での裏切りなんてこの前あったばかりで考えたくはないのだが、その可能性もあるということで、奈良輪瑛斗、そしてエメラルも一緒に休養してほしいんだ」
 こんな長い文章を喋っているのに、魔法帝は一切鼻水を使ってふざけないので、マジのマジなんだ。
 そう思って俺は、
「分かりました。ではお言葉に甘えて休養させていただきます」
 と答えると、エメラルは不満そうに、
「それでも奈良輪くんは大丈夫なのにねぇ」
 と言った。
 それに対して魔法帝が、
「いいや、思ったより危険かもしれないんだ。エメラルも理解してほしい」
「そんなぁ、でも大丈夫ね、私も強いね」
「いやいや、今まで大丈夫だっただけでこれからは分からないから」
「待ってください、奈良輪くんは本当に強いね、傍にいる私が一番分かっているね」
「とはいえ相性もあるから。とにかくほら、エメラルの説得は僕がやっておくから、奈良輪瑛斗は部屋に戻って休んでいなさい。食事も部屋に運ばせるから」
 と魔法帝が言ったので、俺は一礼してから部屋に戻ろうとすると、エメラルが後ろから手を握ってきて、
「一緒に食堂行くね! 食堂くらいは安全ね! 魔法警察内ね!」
「確かにそうだな」
 と言って俺はエメラルに引っ張られるように、手を繋いで食堂のほうへ歩いていった。


・【食堂の前に】

「奈良輪くん、食堂の前にちょっと外の空気が吸いたいね」
 エメラルがそんなことを言ったので、俺とエメラルは食堂近くの勝手口のようなところから、ちょっと魔法警察内から外に出て、丘のほうへ歩いていった。
 道中は道の両側に花壇があって、そこにはマリーゴールドが植えられていた。
 ちゃんと魔法警察内の人が整備しているような道で、守られている感じがした。
 そもそもエメラルもいるし、大丈夫だろうと思っていると、なんと木の陰から何らかの投擲物が飛んできて、咄嗟に課金ガチャした。
 何だか分からず、物体を解体する感じの、いつもの急いでいる時のガチャをすると、
《鉄!》
《鉄!》
《鉄!》
《砥石!》
《鉄!》
《砥石!》
《赤い糸!》
《鉄!》
《砥石!》
《赤い糸!》
 どうやら鉄製の暗器のようなモノ?
 そこに何か、持ち手のところに赤色の布が巻いていたみたいな。
 それにしてもまさか俺を狙ってこんなところまでやって来るとは。
 投擲物が飛んできた場所に背を向けないように、ステップを踏む。
「エメラル! 気を付けろ! また敵だ!」
「一体どういうことね!」
 まあ投擲物がまた飛んでくれば課金してと思っていると、また同じようなモノが飛んできて、それが持ち手に赤い布を巻いたクナイということが分かった。
 ということは忍者? いやまだ勝手に偏見で相手を確定してはいけない。
《鉄!》
《砥石!》
《鉄!》
《砥石!》
《赤い糸!》
《鉄!》
《砥石!》
《鉄!》
《赤い糸!》
《赤い糸!》
 俺の周りにはこのようなモノがばらばらと落ちる。
 でもまだ本体はどこにも見えないので、エメラルと背中合わせに立って、360度視界をチェックしたその時だった。
 一瞬「フフッ」という笑い声が聞こえたので、そっちへ向かって鉄の塊を投げつけると、何かが動く影が見えた。
 その影に合わせて、どんどん鉄の塊を投げていくと、
「小癪な!」
 という声が聞こえてきたと思ったら、ついに俺の目の前に姿を現した。
 ソイツの姿は体に布を巻いた、完全に忍者といった風貌で、目のあたりだけ顔を出していた。
 投擲物が武器ならこのまま課金ガチャしていけばいいが、きっと俺の魔法は分かっているはず。投擲物を連続して放ってくることもあるだろうし。
 そうなったらガチャのインターバルで危険になることもあるし。
 まあ基本はどこかで召喚獣を出して、不意をついてくるはず、と思っているとエメラルがこう言った。
「私が投擲物を移動させるから私から離れないでほしいね!」
 そう言って俺の傍に立つと、また忍者が「フフッ」という笑いをした。
 何がおかしいんだ? さっきもそれしたし、まあ笑ったおかげで居場所が分かったんだけども、何か本人としてはあんまりしたくない、生理的な笑いといった感じ?
 挑発じゃないのならば、これが好きということか? でも何が好きなんだ。
 ちゃんと脳を回転させて、させて……そうだ、多分こういうことだ。
 俺は地面に落ちている赤い糸を小指に巻くと、エメラルにその小指に巻いた赤い糸を見せながら、
「エメラル、俺と一心同体なら赤い糸を小指に巻いてほしい」
 と言うと、エメラルは目を丸くしながら、
「こんな時に急にどうしたね!」
 と言ったんだけども、エメラルが忍者のほうを見ると、明らかに忍者の目元はほっこりとしたように目尻が下がっていて、
「そういうこともあるのね」
 と言って赤い糸をエメラルも巻いてくれると、忍者はすごく嬉しそうに「フフッ、そんなぁ」と笑ったところで、エメラルが赤い糸からハートマークの形をした煌めく赤い波動を飛ばして、忍者を撃破した。
 やっぱりそうだ、この忍者は俺とエメラルが近付いた時に「フフッ」と笑った。
 つまりそういう純愛が好みだったということだ。
 まさか太った巨人と同じとは。この世界の脅威界隈、純愛好き過ぎでは?
 さて、今は魔法手錠を持っていないので、早く魔法警察内に戻ろうとすると、エメラルがこう言った。
「10カラットのダイヤモンドの指輪は好きだよね、奈良輪くん」
 そう言って俺に対して指輪を向けたエメラルは、即座にダイヤモンドのように輝く波動を俺に向かって放ってきて、そおれが俺に直撃した。
「ぐわぁぁああああああああああああああああ!」
 声を上げて、吹っ飛んでしまった俺。
 今、小指を繋いでいた赤い糸もちぎれてしまった。
 いやいや、どういうことだよ、どういうことだよ!
「エメラル!」
「さすがタフね、完全無欠のヒーローは防御力が肝なのかもしれないね。勿論、打撃も魔法攻撃になっているんだよね、そのことにはあまり気付いていなかったね?」
「どういうことだよ! エメラル!」
 立ち上がった俺に、エメラルはすぐさまもう一発放った。
「もう一発喰らえばさすがに喋るだけになるね、そのあとに奈良輪くんを殺すね」
「ど、どういうことだよ……エメラル……」
「勿論私も自殺するね、奈良輪くんと私はいなくて良い存在ね」
「エメラル……」
「情報を流していたのは私ね、だって奈良輪くんが邪魔過ぎるね」
 俺は正直もう声が出なかった。
 いや喋ろうと思えば喋れた。
 でもそれ以上にショックで、もう言葉が出てこないんだ。
「でも安心してほしいね、私は私にあらずね、奈良輪くんの思うエメラルじゃないから安心してほしいね」
 俺は呆然とエメラルのほうを見ている。
 エメラルは伏し目がちにつらつらと喋る。
「私は簡単に言えば別世界で完全に闇堕ちしたエメラルね。だからこうやって奈良輪くんと楽しくやっているエメラルが憎いね。私は移動魔法を極めて好きな空間を行き来できるようになったね。するとなんとね、奈良輪くんと楽しくしているエメラルを見つけたね。何でこんなことになっているね。空間を行き来して調べたね。そうしたらなんと二人でやり直してあの頃に戻ったね! よくそんなことするね! ビックリしたね!」
 目を見開き、こっちを睨んだエメラル。
「私は完全な闇堕ちによってどこへでも行けるようにしたのに、ここのエメラルは不完全に覚醒してあの奈良輪くんと一緒にやり直しているね! そんなこと許せないね! 奈良輪くんはあの時に私が断られてもう会えない相手だったのに、まさかこんなことになってるなんて許せないね!」
 俺はふと思ったことを口にすることにした。
「それ嫉妬だろ……じゃあ自分でもっと良い世界に行けばいいだろ……俺とエメラルの邪魔をするな……」
「エメラルは私ねぇぇえええええええええええええええ!」
 丘に怒号が鳴り響いた。
 エメラルは顔を真っ赤にして怒鳴り始めた。
「ここのエメラルだけズルいね! 私はあんな目に遭ったのに、ちょっと犯罪犯して捕まって、不完全な覚醒により、奈良輪くんと一緒にやり直すなんて最低ね!」
「でもそれは俺の気持ちもあったからだ、俺のやり直したいという気持ちが」
「憎いね! ここのエメラルが憎いね! 奈良輪くんと一緒にいるなんて憎すぎるね!」
「じゃあ俺を殺す必要無いじゃん、そのなんだ、ここのエメラルを乗っ取ってそのまま素知らぬ顔で俺と一緒にいればいいだろ」
「奈良輪くんは本当女心が分からないね! もう奈良輪くんはここのエメラルとの奈良輪くんね! 私のことを好きになった奈良輪くんじゃないね!」
「それはしょうがないだろ……別の世界の俺に話し掛けたりしないのか?」
「交わらないね! 交わらないものなのね! どんなに移動しても縁の無い人間とは交わらないものなのね!」
 そう言って一歩強く前に出てきたエメラル。
 ただ吹っ飛んだ俺とは、まだ、だいぶ距離があるけども。
「だから私は奈良輪くんを殺して、そしてこの人格を完全に殺すため、自分で死ぬね!」
「いやじゃあ一人で死ねよ」
「そんなことはしないね! 腹立つ私を完全に壊してから死ぬね! それが私の復讐ね!」
「復讐って別に何もされていないだろ、ここのエメラルに」
「楽しく生きているだけで重罪ね!」
 そう言うと、またエメラルはダイヤモンドから波動を飛ばして、俺に当てた。
 俺はあまり吹っ飛ばず、全ての衝撃を吸収したかのように、大地と波動に強く挟まれた。
 ヤバイ、普通にあばら骨が折れたかも、呼吸とかしづらいし、もしかすると折れた骨で内臓を損傷したかもしれない。
 その時だった。
「逃げるね! 奈良輪くん! 私の中の私は今私の中で閉じ込めているから、その間に自分で自分を殺すから大丈夫ね!」
 あっ、エメラルが戻った、その感覚がした刹那、俺は食堂近くの勝手口の扉に背もたれして、座っていた。
 エメラルが俺を助けるために移動させたんだということが分かった。
 いやでも、エメラル、今、自分で死のうとするようなこと言ってなかったか……?
 ダメだ、エメラル、エメラルが死んでしまった俺は生きている意味も無い。
 俺はエメラルと一緒にやり直したことによって、生き返ったんだ。
 俺は立ち上がった。
 正直胃とか腹のあたりの内臓が死ぬほど痛いけども、まだ死んでいない。
 エメラルを助けに行かなければ。
 俺は完全無欠のヒーローのはずだろ?


・【エメラル】

「エメラル!」
「どうして戻ってきたね!」
 自分で指輪を外そうしているエメラルと、抗ってまた指輪を付けて、そして自分に波動をぶつけようとしているエメラルがいるような気がした。エメラルは魔力があまり無いから価値勝ちがあまり効かないという話だったけども、今自分の中に魔力の高いエメラルが入っているから効くということなのか?
「エメラル! 死んだらダメだ! 一緒に中のエメラルを倒す方法を考えよう!」
「そんなことできないね! 私が自分にダイヤモンド当てればきっと死ぬね! 今私の中の私の魔力があるから死ぬほどのダメージね! 私が今、先に死ねば、奈良輪くんは助かるね!」
「いいんだよ! そんなことしなくて! エメラルの中のエメラルだけを課金ガチャするから! 俺が限界突破するから!」
「できないね! 生きているモノは召喚獣でも無理だったね! 自分の意識だけなんてできるはずないね!」
「やってみないと分からないだろ!」
 俺はエメラルに手をかざして、エメラルの中のエメラルだけを課金ガチャするような念を送った。
 すると俺は血を吐いた。
「奈良輪くん!」
 無理なのか、魔力が拒絶しているのか? でも関係無い!
「うぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおお! げぼおぉっ」
 俺は盛大に血を吐いてしまい、エメラルにかかってしまった。
「ゴメン、エメラル、血」
「そんなことはどうでもいいね! 早く逃げるね! もう私は移動魔法使う暇も無いね! そうだ! 奈良輪くん! 指輪を私に付けてほしいね! そうしたら発動できるね!」
「嫌だよ! それ自殺するってことだろ! 目の前で自殺させられないわ!」
「お願いね、奈良輪くん、最期のお願いね……」
「最期じゃない! まだ全然最期じゃない!」
「奈良輪くんは駄々っ子ね……こんな駄々っ子とは思わなかったね……だから嫌いね……早くどっか行くね……」
 そう言って瞳に涙を浮かべ始めたエメラル。
 いや!
「嫌いなら泣くことないだろ!」
「嫌いだから泣いているね!」
「俺はエメラルのことが好きだ!」
「私はもう奈良輪くんのことが嫌いね!」
「ずっと好きだ、エメラル! だから俺が課金ガチャする! エメラルの中のエメラルだけを!」
「無理ね!」
 涙をボロボロ流しているエメラルに対して、その涙を上書きするように、また俺の吐血がエメラルに当たってしまった。
「もう血の涙ね……こんな悲しい最期嫌ね……せめて奈良輪くんには笑って生きていてほしいね……」
「最期って言うな! 今からが始まりだ!」
「そんなことないね! もう諦めるね! 魔力が拒絶しているのかもしれないね! もう! 私のせいで苦しまないでほしいね!」
「バカ! エメラルが近くにいればどんな時だって嬉しいわ!」
 でも俺の頭上にガチャガチャは出ず、出ると言えば吐血ばかりで。
 もうダメなのかな、もう終わりなのかなと一瞬思ってしまったその時だった。
「さよなら、奈良輪くん」
 エメラルはダイヤモンドの指輪を付けた。
 あっ、と思ったその時だった。
 ダイヤモンド色した波動は俺に向かって放たれた!
「うぅぅぅううううううううううううううううううううううううううううう!」
 その場に後頭部を叩きつけるように倒れた俺の顔を覗き込んできたエメラルがこう言った。
「時間稼ぎありがとうね、奈良輪くん。私がまた主人格になったね! アハハハハハハハハハハ!」
 あぁ、そうか、完全に闇堕ちしたエメラルにまた乗っ取られたのか。
 もう全て終わりだ、終わりなんだ、でももし、俺が殺されても、完全に闇堕ちしたエメラルがやっぱり自分が死ぬことは止めようとなったら、中のエメラルだけは生きてくれるかもしれないんだ。それを願おう。
 あとそうだな、
「エメラル……どっちのエメラルでもいい……最期に俺の頼みを聞いてくれないか……?」
「まっ、時間稼ぎしてくれたお礼にね、できることならしてあげてもいいねっ」
「その前にこれ、言わなきゃな……ゴメン、本当にゴメン、俺があの時最初から世界を救う道を選んでいれば、きっとそっちのエメラルもこうはならなかったんだろう?」
「そりゃ勿論ね! 高校一年生の時に私の誘いを断らなければ、私は魔法少女として一緒に奈良輪くんの隣で生きていたね!」
「本当にゴメン、俺が意気地ナシでゴメンな、エメラル……」
「まあでも、今の奈良輪くんはカッコイイね、特に無駄な努力だったところがすごく面白いね!」
「じゃあそのご褒美に俺とハグしてほしい」
 エメラルは俺の傍にしゃがんで、
「それぐらいなら別にいいね」
 と言って俺の倒れている上体を掴んで持って、縦にしてからハグしたその時だった。
 俺とエメラルの間から優しいハートマークの光が出てきた。
「えっ、これ」
 と言ったエメラルの声を追い抜くように、またエメラルの声がしてきた。
「貴方も奈良輪くんとハートマークの価値勝ちが出るね、私たちと奈良輪くんの相性は常に抜群ね、貴方は私の中に居てほしいね、これから一緒に奈良輪くんを愛していくねっ」
 さらにその声を追い抜くようにエメラルが声を発した。
「そんな……私が消えていくね……」「消えるんじゃないね、一緒になるね」「そんな、私は、私は」「一緒になって奈良輪くんと生きていくね」「一緒に」「一緒ね」
 そこから俺の記憶は無い。
 気付いた時には病室っぽいところのベッドで横たわっていた。
「エメラル!」
 そう叫んで上体を起こすと、笑い声が聞こえた。
「奈良輪くん、私のこと好き過ぎるね」
 病室っぽいところ、病室っぽいベッド、隣に白いイスを置いて座っているエメラル。
 エメラルはすぐにナースコールっぽいところを押して、
「今、主治医が来るから安静にしていてほしいね」
 と言って微笑んだ。
 あれ、天使? というか天国? でも主治医?
 俺は生きているのか?
 主治医というか達磨屋さんがやって来て、開口一番に、
「やっと起きたでござるか!」
 とバンザイしながら叫んだ。
 エメラルはニコニコしているので、俺はエメラルへ、
「エメラル、大丈夫か?」
 と聞くと、
「私は大丈夫側ね! 心配なのは奈良輪くんのほうだったね!」
「いやでもっ」
 と声を出したところで達磨屋さんが俺に手をかざしてから、
「もう大丈夫でござる。じゃあ邪魔者は去るでござるよ」
 と笑ってから、病室っぽいところから出て行った。というか多分病室。
 大きな窓からは丘へ続く、マリーゴールドの花壇の道が見える。
 日差しは温かく、空全体が柔らかい印象を受けた。
「エメラル」
「奈良輪くん」
 俺とエメラルの声はほぼユニゾンして、照れ笑いを浮かべたエメラル。
 いや俺もだろうけども。二、三回会釈し合ったところで、エメラルが喋り出した。
「奈良輪くん、どこか痛いところないね?」
「無いよ、全然大丈夫。ところで俺はどのくらい寝ていたのか?」
「一ヶ月ね」
「一ヶ月っ?」
 俺は目が飛び出そうなほど驚いた。
 エメラルは慌てながら、
「一ヶ月といっても三十四日ねっ」
「その場合は二十八日とか言うヤツ! 越えていたら”といっても”とは言わないから!」
「ほぼ一ヶ月に収束されたねっ」
「それはいいことなのか悪いことなのか、というか俺が寝たきりの時間が短く感じていたのなら多分良くないほうだろ、俺的に」
「そういうことじゃないね、私も十日くらい寝たきりだったね」
「じゃあ全然良い……いや良くないわ! エメラルも寝たきりだったのかよ! 声掛けてあげられなくてゴメンなっ」
「そんなことは全然良いね」
 そう言って微笑んだエメラル。
 というか、
「エメラルは本当に大丈夫なのか? その、心の中の、別世界のエメラルはどうなったのか?」
「本当のところは分からないね、でも、私の感覚ではね、一緒に、私の中にいるような気がするね」
「いやいや、それ大丈夫なのか? また人格が変わったりしないのか?」
「多分大丈夫ね、何か会話できているね」
「会話できてんのっ? めっちゃ不安なんだけども!」
「普通に会話できているから大丈夫ね、今も奈良輪くんに夢中ね」
「そんなことあるぅっ? 俺のこと殺そうとしていたんだけども!」
 とつい声を荒らげてしまうと、エメラルは俺の手を握りながら、こう言った。
「ホンマスマンね、って言ってるね」
「関西弁なんっ?」
「それくらいのジョーク放てるくらい良好ね」
「俺とそのエメラルはそこまで良好じゃないんだけども!」
「そんなこと言わないでほしいね、中のエメラル、しょんぼりしてるね」
「そりゃそうだよ! 最初の謝罪が”ホンマスマンね”は飛ばし過ぎだろ!」
「本当に申し訳ないですね、と言ったね」
「そうか、それならまあいいけども……それ! 初手でやれよ! って伝えておいて!」
「初手ね」
 口に出すんだ、いいけども。
 まあジョーク放つくらいならいいか。本当のところはどうか分からないけども、ここはもうエメラルを信じるしかない。
「エメラル、じゃあ日常に戻ったということでいいんだよな」
「勿論そうね、これから私と奈良輪くんによる連撃ね」
「連撃って攻撃喰らいそうなんだけども」
「やり合うね」
「やり合いたくないんだけども」
「じゃあ私からいくねっ」
 いや一体何なんだと思っていると、エメラルが俺の起こしている上体を、イスから腰を上げてハグしてきて、
「ずっと一緒ね、ずっと一緒でいいよね、奈良輪くん」
 と甘い声で言ってきたので、そういうことかよ、と思って、ここはハッキリ言うことにした。
「俺、なぁなぁでやること嫌いだからさ、ハッキリ言うけど、エメラル、俺と付き合ってくれ」
「私はとっくに前から付き合っている設定だったね」
「設定ってなんだよ、シナリオライターの紙面じゃぁないんだよ」
「最近のシナリオライターはもうパソコン管理ね」
「ツッコミのツッコミはいいんだよ」
「ダブレットかもしれないね」
「最近の機器を言うだけの時間じゃぁないんだよ、じゃあ付き合ってくれるというわけだな」
「勿論ね、私はいつでも情報開示しているね」
「何でそのシナリオライター、情報開示請求があったんだよ、何したんだよ」
「そうね、例えば付き合ってすぐにキスしちゃった、とかね?」
 少し俺から離れてから、目を見てそう言ってきたエメラルに、俺は心臓が高鳴ってきた。
 ここはもうキスする流れだな、そっちのほうが男らしいなと思ったその時だった。
「離れるね、指令が出ましたね」
 と言ってエメラルはハグを止めて、またイスに落ち着かせた。
「いや指令ってなんだよ」
「心の中のエメラルがまだ焦らしたほうがいいね、甘々な時間を大切するね、と言ってきたね」
「そっちの意見を大切にするのかよ、というか操られていない? 大丈夫?」
「大丈夫ね、私も納得の一手ね」
「そんなタンデムの将棋聞いたことないわ」
「というわけでドキドキさせ過ぎるのもまだ体に良くないかもしれないから、私は戻るね」
「いやドキドキしていることを指摘してから去るんじゃないよ」
「実際私もいろいろやらないといけないこともあるね、じゃあまたあとでね」
 そう言って急に足早に去っていったエメラル。
 何だか出て行く時、最後に何だか寂しそうな顔をしていたけども、本当に大丈夫なんだろうか。
 心の中のエメラルに操られていないか、ちょっと、というか、かなり心配だ。


・【病室】

 病室にノックの音が響いた。
 ノックということはエメラルかなと思っていると、魔法帝だった。
 俺を見るなりすぐに声を上げた。
「鼻水!」
「いや開口一番シンプル鼻水じゃぁないんですよ、それとも俺の鼻を心配したんですか?」
「いやぁ、奈良輪瑛斗のツッコミを浴びられなくて、つらかったぬめり」
「つらかったぬめりってかなりつらそうですね、でもそのぬめりも鼻水なんですよね」
「鼻水!」 
「じゃあ逆につらくないですよね、魔法帝の大好きな鼻水なんだから」
「しょん……」
「シュンでしょ、それならば」
「しょんべん……」
「ちょっと鼻水に飽き足らず、しょんべんにも手を出したんですか、やりたい放題ですね」
「魔が差して」
「その魔、小四ですか?」
 魔法帝はニコニコしながら、エメラルが座っていたイスに座ったが、ずっと足をバタバタさせて、本当この魔法帝は見た目通り小学生みたいだなと思った。
 いやもうこれは聞こう。今なら聞いても嫌な空気にならないはず。
「魔法帝って何で小学生みたいな見た目をしているんですか?」
「それは今後の成長を全BETして魔力に変換したからだよ」
「すごいことしますね」
「将来有望だったからもういったれと思ってね」
「いったれし過ぎですよ、もはやただの向こう見ずですよ」
「へへっ」
 そう言って鼻の下を掻いた魔法帝。
 いや褒めたわけではないんだけども。
 若干のディスだったんだけども、まあいいか。
「ところで奈良輪くん、エメラルからあの話は聞いたぁ?」
 語尾めっちゃ子供過ぎて、脳の成長も全BETしたのかなと思いつつ、
「あの話って何ですか?」
 と全く見当が付かなかったので、そのままオウム返しすると、魔法帝は少し斜め上を見てから、
「じゃあいいや! あとから本人に聞いてね!」
 と言って立ち上がり、病室から去っていった。
 扉のところでめっちゃバイバイしてきて、それが妙に長くて、子供過ぎると思ってしまった。
 それにしてもエメラルのあの話って何だろうと、思っていると、達磨屋さんが食事を持ってきてくれて、達磨屋さんと会話しながら食べた。
 達磨屋さんのフリートーク、ほぼ何か落とした話ばかりだなと思った。
 達磨屋さんもいなくなり、ちょっと寝ようかなと思っていると、また病室の扉がノックされた。
「はい」
 と返事すると、
「真面目ねっ」
 と言ってエメラルが入ってきた。いや返事くらいするだろ。
 エメラルの表情はと言うと、ちょっと真面目というか神妙というか、何か起きそうな感じがして、俺は少し背筋が伸びた。
「奈良輪くん、話があるね」
「ど、どうしたんだ?」
 と平常心を取り繕うと思ったけども、出始めの言葉が連撃になっちゃってハズかった。
「実はね、私だけでも前の世界に戻って罪を償ってこようかなと思ってるね。ほら、私、闇バイトで捕まったね。そこから罪を償わず逃げてきたことになってるね」
「いやでも空間移動魔法が使えないだろ? そんなこと不可能だろ」
「でも心の中の私に聞くと、心の中の私の魔力がまだ少し使えるみたいで、二回までなら空間移動できるらしいね。だから行って戻ってきて、で、二回ね」
「そんなん心の中のエメラルが嘘言っているかもしれないじゃん、行くことはできても戻ってはこれないかもしれないぞ」
「それは魔法帝様にも言われたね。でも今の私ならきっと戻ってこれなくなっても、向こうの世界で覚醒できるような気がするね。だから最終的には戻ってこれるね」
 俺は深呼吸してからこう言った。
「そんなことしなくていい。エメラルは十分苦しんだし、償っている。要は向こうの世界で刑務所に入ってそっちの罪をきちんと償いたいということだろ? 今、その償いをできているんだからいいんだよ、エメラル。俺と一緒に楽しく暮らそう」
「でも私は悪いことした人間ね、やっぱりそこの清算をしたいね」
「そもそも空間を移動したら、向こうの世界の魔法警察に何か言われないか?」
「そこは魔法帝様が『私がやり直したジャストの時間軸に戻れば、反応できない』って言ってくれたね」
「エメラル、俺はエメラルと離れることは嫌だ。駄々をこねさせて頂く」
「そんな丁寧に言うことじゃないねっ」
 そう優しく微笑んだエメラル。
 いやでも、
「エメラル」
「私は決めたね、ちゃんと罪を償って戻ってくるね。じゃあね、奈良輪くん。私、決意を揺らがせたくないからもう行くね」
 そう言ってエメラルは病室から出ていった。
 確かにエメラルは犯罪を犯して捕まって、それから逃げるようにやり直して、この世界へやって来た。
 俺とは微妙に違う。俺は決して犯罪は犯していない。
 でも、でもだ、そんなこと、やっぱりしなくていいような気がする。
 気がする。
 だから俺もちょっとだけ、したほうがいいのかもしれないと思ってしまっている部分もあるということだ。
 こっちで償うことが向こうの償いになるかどうかは分からないからな。
 それに闇バイトのこと洗いざらい喋ってもいないだろうから、向こうの捜査に協力するようなこともできていないだろう。
 でも俺はエメラルと離れたくない。
 逆に何でエメラルはそんな行けるのだろうか。
 結局俺と離れたいのか?
 俺のことが本当は嫌いなのか、なんて、三流の考えることをするな! 俺!
 やっぱり止めにいく!
 駄々をこねさせて頂く!
 俺はベッドから立ち上がると、少し体が鈍っている感覚がした。体が重い。
 でもそんなこと関係無い。
 エメラルを追いかけるんだ。
 まだ部屋にいてくれ!
 そう思いながら、俺は体を引きずりながら、エメラルの部屋へ向かった。
 エメラルの部屋のチャイムを鳴らしても、エメラルの返事は無い。
 こういう時はもう強硬手段だ。
 エメラルの部屋の扉を課金ガチャして、消滅させた。
 ガチャが行なわれている間に、俺は見える範囲の部屋の中を眺めた。
《木材!》
 エメラルがいない……もう行ってしまったのか?
《木材!》
 机の上を見ると、手紙が置いてある……俺への手紙か?
《金属!》
 でも渡されてはいない、じゃああの手紙は俺の前の手紙か?
《木材!》
 いやでも俺が使っている手紙を留めるシールじゃない。
 エメラルが良く使うハートマークの手紙だ。
《塗料!》
 じゃあエメラルが書いた手紙がエメラルの部屋にあるということか。
《木材!》
 俺以外に手紙とか書いているのかな?
 気になる。
《金属!》
 読んでいいのかな、あの手紙。
 でも俺に差し出されたわけでもないし。
《木材!》
 そもそもめちゃくちゃ不法侵入じゃん、めっちゃ罪じゃん。
《木材!》
 でも緊急事態だからギリギリ大丈夫だろう。
《塗料!》
 というかエメラルは本当にもういなくなってしまったのかっ?
「エメラル!」
 俺は叫びながらエメラルの部屋に入って、一応お風呂場をチェックしたが、そこにもいなかった。
 いやいたら大問題だけども。
 気になっていた手紙を見ると、なんと『奈良輪くんへ』と書いてあったのだ。
 だから俺は中身を見ることにした。
《私は罪を償ってくることにしますね》
 えっ、やっぱり、というか、もう……?
《心の中の私が二回空間魔法使えるみたいで、行って戻ってくるね。それまでの間、待っててほしいね》
 本当にそれは本当なのか? 罠じゃないのか?
《心の中の私と私は今良好な関係なので大丈夫ね、慌てなくていいね》
 いやいや、あんなことしたヤツと良好な関係って築けるもんなのか?
《ダメだとしても今の私なら戻って来れる気がしますね、だって奈良輪くんが待ってるね》
 いやいや、俺が待っていると言ってもさ。
 エメラル……。
《奈良輪くんのためなら何だってできるね、私のこと信じてほしいね》
 信じてほしいなんて書かれたら、もう信じるしかないじゃん。
 エメラル、戻って来てほしい、でも、でも、いなくならないでほしかった。
 エメラルがいない時間、俺は何をしていればいいんだ。
 任務? 俺一人で? そんなことする気にならない。
 エメラル、俺、エメラル、俺、エメラル、エメラル、エメラル……とか思っていたら、俺はいつの間にか大粒の涙をボロボロと流して、膝から崩れ落ちていた。
 何が完全無欠のヒーローだ、こんなんつらすぎる。
 エメラルがいない世界じゃボロボロだ。
 もう終わりだ。
 待てないよ、エメラル……。
「待てないよ! エメラル!」
 と叫んだその時だった。
 後ろから物音が聞こえた。
 あっ、近くに部屋がある魔法帝に聞かれたか、というか扉壊したことバレたかと思いながら、振り返ると、そこにはなんとエメラルが立っていたのだ。
「エメラル! まだ行っていなかったのか! じゃあさ! やっぱり戻ること止めてほしいんだ! エメラル!」
 そう言って立ち上がると、エメラルは首を横に振ってこう言った。
「もう行ってきたね」
「もう、行って、きた……?」
 エメラルの顔をよく見ると、背中まで伸びていた髪の毛は短くショートカットになり、どこか少し大人っぽくなっていた。
 まるで時間経過したかのように……って!
「エメラル! 何歳か大人になったっ?」
「やっぱり分かってくれるね」
「というかどういうことっ?」
「時間軸を調整して、この世界の奈良輪くんと別れた日に戻ってきたね」
「えっと、その、心の中のエメラルはちゃんと約束通りしてくれた?」
「してくれたね、だから出所したその日に空間移動魔法を使って戻ってきたね、それでもう心の中の私が空間移動魔法はできないって言ったね」
「じゃあこの手紙はなんだよ! ”それまでの間、待っててほしいね”って!」
「だから渡していないね、その手紙は魔法帝様から、その日の時間軸に戻ってくればいいと助言される前に書いたヤツね」
 俺は開いた口が塞がらなかった。
 確かにこの手紙は渡されたわけじゃないから。
 俺はぼんやり自分が消滅させた扉の枠を見ていると、エメラルがこう言った。
「ちょっと年齢が経っちゃったけど、愛してくれる、ね?」
「当たり前だろ! 大人っぽくなってなお可愛いわ!」
「じゃあ良かったね!」
 そう明朗に笑ったエメラル。
 そっか、じゃあエメラルがいない時間なんてないんじゃん。
 でもエメラルはちゃんと罪を償ってきていて。
 エメラルはクスッと微笑んでから、こう言った。
「ところで私の部屋の扉が無いね」
「あっ! ゴメン!」
「じゃあもう一緒に住むしかないねっ」
「一緒に住むって同じ部屋にぃっ?」
「そりゃそうね、だって扉が無きゃ私生活丸見えね」
「でもその場合、俺がエメラルの私生活丸見えになるけども」
「付き合っているからいいね、それに私は何年も刑務所にいて大変だったね。奈良輪くんとの日々の募らせ量は奈良輪くんをはるかに凌駕しているね、もう我慢できないね!」
「いや甘々の生活を楽しむって言っていただろ!」
「もう何年も前の話だから覚えていないね!」
 そう言って俺に抱きついてきたエメラルを強く抱きしめ返した。
 俺はもうエメラルのことを手放したくない。
 結局はちょっとした時間だったけども、もうエメラルからは離れられない。
 ずっと、ずっと、一緒に、またこの世界でやり直していこう。

(了)