待ちながら

(これはフィクションです。
 フィクションが流行っているので)



待ちながら飲むビールほど旨いものはない。
この、
俺の待っている時は来るか、本当に来るのか、と
疑いたくなるほど気の遠い状況で飲むビールは旨い。

特に俺が好きな状況、つまり場所は、この、ここの前だ。
開店前の回転すしチェーン店の前だ。
朝の6時から並んで、開くのを今か今かと待ちながら、ビールを飲むのだ。
本当に開くのか、本当に開く時は来るのか、と思いながら飲み続ける。

ドアには午前11時からオープンと書いてあるが、どうだか?
この開くのか、開かないのか、ギリギリの状況で飲むビールは最高だ。

年中無休と書かれているが、人間そんなはずは無い。
例外というものは必ず存在する。
今日も俺は生死のギャンブルをしながら、ビールを飲みながら待っている。

もし開いたら、どんな皿が流れてくるだろうか。
軍艦を逆さにして具を落としたあとの隙間に入り込んだヤドカリか。
まさか
茶碗蒸しからひょっこり顔を出すヤドカリではないだろう。熱いから。
今や回転すしはいろんな肉食メニューがあるが、昔は貝だけだった。
だからヤドカリは絶対いるわけで。
でもどんなヤドカリかは未知数だ。人間の感性の妙があるから。

まあ考えても現物を見ない限り、仕方ないわけで。
俺はまたビールを口に含んで、軽くうがいしてから飲んだ。

コロナ禍の今の時代、うがいは大切だ。
俺は定期的にうがいをしながら、飲んでいる。
開店前の回転すしチェーン店って、菌がすごいだろうから。

ちなみにビールはマスク越しに飲んでいる。
このご時世、ノーマスクはありえない。
というか不織布越しに飲むビールは本当に旨い。
不織布の風味も混ざり合い、絶妙な化学感を抱かせる。
それがいい。

ちなみに体勢は勿論、正座だ。
まず待つって正座だし、ビールを飲む恰好だって正座に決まっている。
立っていると、
地上1m60cmくらいに吹き荒れるコロナの流れをかわせないし。
というわけで正座以外ありえないのだ。

さて、そんなこんなで午前10時50分、果たして開くのだろうか。
ここまで待って開かないのも一興かなと思ったその時だった。
店員が早めにオープンさせたのだ。

俺はマスクを外して激高する。

「待つことが好きなんだよ!」

叫ぶ時はマスクが邪魔だから。
店員は何故か軽い会釈をしてすぐさま持ち場に戻った。

「会釈かぁい……」

ほっこりした俺は笑顔で店内に入って行った。
勿論、持ってきたビールは持ち込まず、外に置いておく。
持ち込み自由の意味分かんないカラオケ店じゃないから。

俺は席に着き、寿司を食べるぞ、と思ったその時だった。
なんと、寿司が、皿が、流れていないのだ。
どういう回転すしのユーモア?
と思った俺は、結局何も食えずに家へ帰ってきた。

回転すしのレーンに何も流れていないユーモアなんだったんだ、
と思いながら、俺は自分の家に設置した回転すしのレーンを眺めていた。
洗濯物をレーンに流し、乾かしている俺は、
まだ生乾きのハンカチを手に取って涙を拭いた。