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いちごタルトを食べる職人・大和 あまりにも理想的な振る舞い、その軌跡

いちごタルトをインスタに載せる大和

 大和は、インスタグラムにスイーツの写真を投稿する。彼が一番好きなのはいちごタルト。ベイスターズの女性向けイベントでは、いちごタルトを実食し、集まったファンたちから黄色い声を浴びていた。こうした姿を見せるたびに、ファンの間では「大和さんかわいい」の合唱が起こる。

 大和は1987年生まれ。現在32歳だ。
 世の中に、いちごタルトを食べて「かわいい」と喜ばれる32歳がどれだけいるだろうか。身近にいる32歳で想像してほしい。
 彼と同学年の私は、「大和さんかわいい」と聞くと、一瞬拳を振り上げそうになる。でも、その拳は即座に下ろさざるを得なくなる。大和は「かわいい」と言われることが許される32歳だからだ。では、なぜ許されるのか。

「職人」と「若虎」

 もともと、大和を語る言葉で多かったのは「渋い」だった。その卓越した守備力から、「守備職人」=「渋い」というイメージに結びついていた。やや強面の外見、低い声もそのイメージに加担した。
 問題の「かわいい」は、「渋い人かと思ってたけど実はかわいい」といった、いわゆる「ギャップ萌え」的な文脈で用いられることが多い。
 実際、大和はこれまでどのように見られ、語られてきたのか。具体的な実態を調査した。

 大和は高卒後、2006年から2017年までを阪神タイガースで過ごした。大和という野球選手のイメージの土台は、この頃に形成されたと考えられる。
 Twitterで阪神ファンを対象に、以下の通りにアンケートを行った(2019年11月11日~14日実施)。

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https://twitter.com/aoshimesvk/status/1193725547206991878
※注 “tigars”は筆者によるスペルミス

 選択肢には、先の二つの形容詞の他に「かっこいい」を用意した。「かっこいい」は多くの選手に遣われる、比較的汎用性のある言葉だからだ。
 結果、回答者の7割近くが選んだのは「渋い」。回答したファンからは、具体的に「渋さを醸す、守備の達人」という声も寄せられた。

 また同じく阪神ファンを対象に、次のアンケートを行った(2019年11月16日~17日実施)。票数が5票とかなり少なくなってしまったが、彼はやはり主にプレースタイル、外見や声で「渋い」と印象づけられていたと言えるだろう。

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https://twitter.com/aoshimesvk/status/1195560814830161920

 阪神球団は、どのようなイメージで大和を見ていたのだろうか。
 2013年から2015年まで、甲子園球場では「若虎大和の大和魂肉弁当」が販売されていた。本人にとってプロ8年目から10年目、年齢で言うと26歳から28歳の期間である。球団にとって大和は、20代後半に差し掛かっても「若虎」だったのだ。

「職人」と「若虎」。対極に見える二つのフレーズ。スポーツ紙ではどちらのイメージで彼を語ってきたのか。それぞれの言葉が用いられた見出しの数を調べた。
 阪神在籍時(2006年~2017年)、大和を指して「若虎」が用いられた見出しは12件。2006年から、ベイスターズ移籍後を含む2019年にかけて、大和を「職人」と称した見出しはたった4件だった。

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「職人」の初出は2009年。見出しにもある通り本人が21歳の頃だ。若くして「職人」と呼ばれているにも関わらず、スポーツ紙上ではその呼称があまり定着しなかったようだ。
 ベイスターズ移籍直後、サンケイスポーツに掲載されたコラムに、次のような記述がある。

 ちょっぴり人見知りの末っ子キャラで“永遠の若手”のような大和選手が“嫁ぎ先”でちゃんと馴染めているのか…。
(「【土井麻由実のSMILE TIGERS】DeNAに移籍の大和選手がオシャレに変身 いい匂いがするハマの男に!?」2018年3月24日サンケイスポーツ)
https://www.sanspo.com/baseball/news/20180324/tig18032412000001-n1.html

 本人に近い現場側では「若虎」「末っ子」「永遠の若手」と見られていたにも関わらず、多くのファンには「渋い」と思われていたのだ。阪神時代、すでに現場とファンの間にイメージのギャップが生じていたことが分かる。いくら球団やメディアが若々しいイメージで彼を語っても、ファンにとっては若さに似つかない守備力=職人の印象があまりにも鮮烈だったのではないか。



年長者の「職人」とインスタ

 では、現在ベイスターズファンにはどのように見られているのか。先の阪神ファンへのものと同じ選択肢を用意し、Twitterでアンケートを行った(2019年11月11日~14日実施)。

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https://twitter.com/aoshimesvk/status/1193725586591453185

 こちらも最も多いのは「渋い」だが、割合としては全体の5割を切っている。阪神ファンへの調査で8%だった「かわいい」が、ここでは24%だ。阪神ファンの3倍である。移籍に際し、本人の印象に変化が起きたのは確実だ。
 大和がインスタグラムのアカウントを開設したのは、移籍と同時期の2018年3月。メディアを介さずに直接届けられる、本人の声やスイーツの画像。従来のイメージと毛色の異なる投稿が、新鮮さをもって迎えられたことは想像に難くない。
 また、古巣とは異なる役割をチームで担い始めたことも、本人の振る舞いに変化をもたらしたのだろう。阪神在籍時は、福留孝介や糸井嘉男、鳥谷敬といった年上の野手陣がチームを支えていた。しかし移籍後の大和は、若いチームの中で野手年長組に数えられる存在となった。ベイスターズでは笑顔を多く見せると言われる大和だが、それは若手と共に戦うにあたり、柔らかな印象を醸して指導やサポートを行う必要も生じたからではないだろうか。

 20代の間に、若さに甘えず自分の仕事を“職人技”に極め、一目置かれる存在となる。30代に入ると親しみやすい姿を自ら開示して、周りとの間に壁を作らない、頼れる先輩となる。体現しようと思っても、どれだけの人が実践できるだろうか。大和の振る舞いは、組織人としてあまりにも理想的だ。

 今の大和が「かわいい」と言われても許される所以は、若き日の堅実な歩みにこそある。安易に彼の真似をしてはいけない。間違っても「いちごタルトの写真でもSNSに上げればモテるのかな」などと考えてはいけない。そのリスキーな行為をこなせてしまうのは、大和ぐらいしかいないのだから。

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