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スポーツライターという職業

東関東自動車道を潮来方面に走ると甦る記憶がいくつかある。そのひとつが2009年3月7日の出来事だ。その日はアルファロメオの助手席に乗り、GalneryusのハイトーンをBGMにJリーグ開幕戦が開催されるカシマスタジアムへ向かっていた。一緒に仕事をさせて頂くことになったスポーツライターの金子達仁(かねこたつひと)さんがラジオでゲスト出演するため、誘って頂いたからだ。二つ返事で同行することになったが、車中が暇だったからなのか、緊張が伝わっていたのか分からないが、道中2時間弱の道のりはお互いの身の上話をしていたらいつの間にか到着してしまった。

スポーツライターという職業


スポーツライターという職業で思い当たる人がどれだけいるだろうか。もしくはスポーツライターで1億円プレイヤーを想像できるだろうかーーー。インターネットメディアやSNSが普及して、スポーツ選手も自身で社会に発信する現在において、実現するのは至難の技だ。金子さんはサッカーダイジェストの編集者から独立して、バルセロナに移住、帰国後に97年アトランタ五輪のサッカー代表を取材して雑誌Numberに掲載した記事を加筆して「28年目のハーフタイム」出版。ミズノスポーツライター賞を受賞した。その後もアスリートの声や息遣いを求める読者に応えるように独自の視点と取材でスポーツライターとしての地位を確立していった。

プロフェッショナルの矜持

金子さんが主催するスポーツライターを育成する私塾「金子塾」があった。門下生は木崎伸也さん、ミムラユウスケさんを始め、スポーツメディアでも活躍している。不定期で開講されていたが、2009年にも講座を開設することになり、サポートさせて頂いた。

講座の内容に細かくは触れないが、ライティングより重視されていたのは、インタビュアーとしてどうあるべきか、という根本的な部分だった。文章が上手い人はいくらでもいるものの、アスリートの心の中の嫌な部分も含めて引き出せるか否か、また会ってみたいと思わせるか否か。特に”間”の使い方は日常の会話やビジネスにも通じるところがある。インタビュアーは沈黙を怖がらないこと、なぜなら答えようと考えているだけかもしれないし、新たな質問をすることで話の流れが変わってしまう(もっと話をしたかったかもしれない)という。道理で2時間の車中もあっという間に感じでしまう訳だ。

また、スポーツライターとして一番意識しないといけないことは、記事を読んだ人が最後にこれ誰が書いた記事だっけ、とクレジットを確認してもらえるかどうか。プロフェショナルの矜持に触れた時だった。アスリートや文化人との交流も幅広く、一緒に仕事をさせて頂くと学ぶことばかりで貴重な経験をさせて頂いた。

試合の記憶を蘇らせる再現力

実は冒頭の開幕戦は吹き上がる冷たい風に耐えていたため、正直に試合内容の記憶がない。ラジオの放送席はスタンドの一番上部にあり、吹きっさらしだった。記録を調べると鹿島アントラーズは野沢拓也選手、マルキーニョス選手のゴールで浦和レッズ相手に2-0で勝利しており、大迫勇也選手のデビューは持ち越しだった。

いま思い返すと将来有望な大迫選手のマネジメント契約を勝ち取るために会場で名刺渡して挨拶してこい、という冗談のようなミッションもあったことを思い出した。放送席がピッチから一番離れた場所にあるため、到底無理な話だったが、現在の大迫選手の活躍を見ると可能性が少しでもあるのであればチャレンジすべきだったかもしれない。

金子さんは学生時代に見た86年メキシコ五輪がきっかけでスポーツライターの道に進んで行くのだが、本当に数々の試合を鮮明に語ることができる。ライターという職業がそうさせるのか、好きだから覚えているのか、分からない。読売巨人軍の社長やオーナーを歴任した記者出身の桃井恒和さんのコラムを集めた『スコアブックの余白』も、桃井さんの再現力に感嘆するが、根來コミッショナーはもっと鮮明に語るとあった。とにかく、鮮明に語ることができるので、活字にしてもそのシーンが目に浮かぶような記事になるのではないだろうか。

スポーツに対する愛とアスリートに対する尊敬

試合の帰路、渋滞に巻き込まれたが幸いにもWORLD BASEBALL CLASSIC(第1ラウンド)の日韓戦ナイトゲームが行われており、車中はJリーグ開幕戦の話ではなく野球談義が尽きることがなかった。こちらも記録を見返すと14-2の7回コールドゲームで先発は松坂投手、イチロー選手は3安打の活躍。虎党の金子さんを喜ばせたのは、最後に岩田稔投手がきっちり1イニングを抑えたところだった。岩田稔選手は1型糖尿病(毎日インスリン注射が欠かせない)でありながら同じ病と闘う子供達や研究に対して寄付を行うなど活動を行っており、試合を見ていた時は後に一緒に仕事をさせて頂くことになるとは思ってもいなかった。とにかく長い1日だった。

スポーツライターの中には、特定の競技しか書かない人もいる一方で、金子さんはインタビューアーとして様々なアスリートの記事や書籍を書いている。最初はテニス雑誌で伊達公子さんから始まり、サッカー選手、プロ野球選手、ラガーマン、騎手、力士、プロレスラーと各界の著名人の人生を書くノンフィクション作家であるが、根底にはスポーツに対する愛とアスリートに対する尊敬を常に感じた。

最後に


いま思え返すとカー・オブ・ザイヤー選考員としてクルマの魅力、日本酒の魅力、スポーツの魅力を簡単には行けないお店で、そう簡単には会えない方々と共に教えて頂いたことは何にも代え難い経験だった。また、アスリート自身が情報発信をする現代においても、アスリートの心の中を引き出し、社会にその魅力を伝えてスポーツライターという職業は改めてスポーツ界にとって重要な役割を担って行くのではないか、と思う。


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