AIの不可侵領域から先生の未来像を考える
おはようございます。
最近カフェを変えて仕事をしてみてるけど、先日カフェ内にいる犬に食われかけたヒミツキチ森学園のあおです。
#大型犬放ってるカフェ
#可愛かったけど怖かった
さて、今日は「AIの不可侵領域から先生の未来像を考える」と題してお届けします。
水曜日は、教育全般について。
それではどうぞ!
AIの発展が凄まじい
ここ1年でのAIの発展は、本当に素晴らしい。
ボクもブログの記事には、chatGPTを使って文章を作るなど、色々と試してきた。今日の夜には、動画編集×AIを教わる予定。どんどん進化していく。
直近、半年で思うのは、AIとどう共存するかという命題ではなく、どう使いこなすかという領域に入ってきている気がする。
AIを使っている人と使っていない人で、仕事面でも大きな差がきっと出てくるだろう。
先月は、YoutubeとChatGPTを使った文字起こしまで自動でしてくれることがわかって、仕事が捗った。
ボクは今年で42歳なわけだけど、割と今AIで補完されつつある、文章、動画編集、画像などの分野の仕事をしてきたので、AIに触れる機会がそこらの先生よりかは、少し多いのだと思う。
だからこそ、
「こんなことができちゃうのか」
への驚きも大きい。
でも、まだまだ知らないことが多い…
勉強不足だと感じることがあまりに多い…
この分野は本当にお金を払ってでも、学びたいと思っている。
AIが入ってきそうな先生の仕事って?
では、教育においては、AIはどの程度入ってくるのだろうか。
あいにく教育分野の改革スピードは遅めが常なので、すぐには変わらないかもしれない。
でもここ5年〜10年(20年かかるかもしれない)では、大きく変わっていくだろう。
今後、AIが入ってきてできそうなことを挙げてみたいと思う。
授業
個に応じた指導
教材作り
成績づけ
効果的なカリキュラムづくり
事務仕事
印刷業務
ここまで読んで、あれ?と思った人がいるかもしれない。
そう、今の先生の仕事のほとんどを指すのではないだろうか。
そう、今やっていることのほとんどが、AIの力を借りてできるようになる日も、そう遠くないと思う。
これからの時代少子化が進むから、間違いなくそれに合わせて先生の数も減っていく。
魅力化を!先生不足!
の前に、もしかしたら、先生が不足していい未来が待っているのかもしれない。
授業がAIによって展開されるのはまだ先かもしれないが、個に応じた指導は実践が始まっている。
膨大なデータがあれば、職人芸のような先生の勘より、いい指導が生まれる可能性がある。
磨こうと思っていた職人芸や、今まで磨いてきた授業のスキルが不要になったとしたら、ボクらは今の努力の方向性を見失いそうだ。
教育におけるAIの不可侵領域とは?
では、先生の仕事にAIが入ってこない領域「不可侵領域」はどこにあるのだろうか。
一つは身体面の指導だ。
AIに体育はできない。アートやミュージックも難しいというのが本音。
身体をベースにした学びについては、AIの力はかなり限定的になると思う。
ボクが今、仕事としてヨガを捉え出したのも、ここに原因がある。
言葉から心へのアプローチ、いわゆる「道徳」は、AIでもきっと可能になるし、より良い指導ができるのではないか。属人性に頼るものは、先生の考える良し悪しが、授業に大きく反省されてしまう。
でも身体から心にアプローチする方法がある。
その1つがヨガにあると考えている。
ボクは今回キッズヨガの資格をとったことで、これは道徳的要素も、他教科への接続もできるものだと実感している。
まだまだ修行中で、ヒミツキチ森学園でも週に1度の授業しかないけれど、続けてきて感じるのは、「ヨガはAIには絶対できないこと」だ。
PAなんかもその領域
身体的なアプローチは、先生の仕事でもこれから多く残るのではないだろうか。
そしてもう一つが、「人の感度」を必要とすることだ。
先生が子どもたちの様子や言動から、授業の内容を変えたり、空気感を感じ取って微妙に課題を調整したり、そういった「感度」が必要なことは、AIには無理だろう。
その感度を教えることに限定した「研究授業」というよりかは、学級の空気感を感じたり、一人一人の考えや悩んでいることを一緒に考えたり、その及ぼす範囲は多岐に渡る。
AIは、個への指導はできたとしても、個を支えること、励ますこと、エンパワーすることは、なかなか難しい。
その感度を必要とする領域は、これからも大事になるのではないかと思う。
ただ、これは、まだ捉えが甘く、ボクにもわかっていない。
コーチングやファシリテーションみたいな技術なのか、何を準備しておけばいいのだろうか、もし考えがあったら教えて欲しい。
予測して動くこと
もしかしたらボクの予測は外れるかもしれない。
でも教育以外の分野で今起こっていること、今できるようになることを実践しながら、何が必要か、何が重宝されるのかを、ちゃんと学び把握しないと、動くのが遅れてしまう。
動くのが遅れてしまうと、気づいた時にはという事態にはならないだろうか。
そういった危機感がまだない人は、怯えるのでもなく、楽観的になるのではなく、準備できる前向きな危機感を持ったほうがいいのかもしれない。
「あお先生」ってどんな人?過去記事400を超えるブログ・HPはこちら
ヒミツキチ森学園はどんなところ?
Voicy始めました!
Instagram半年頑張ります
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?