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【連載小説】No,6 二日目のお客様(改題:魔法の笛)(後)

 魔道具店夢乃屋は洒落た造りの洋館だけど、一般人がふらりと入れる雰囲気ではない。それに、どう見ても流行っているとは思えないから、仕事を始めるまではもっと暇な店だろうと思っていた。ところが、案外そうでもないらしい。正午になって改めて店を開けると、昨日と同じようにぽつりぽつりと客がやってきた。
 魔導書を買いにきたエルフはさんざん悩んだ末に、三冊の書物と降魔用の竜の爪を購入していった。どこぞの国の貴族に仕えているという使用人風の客は、どんな料理を載せても美味しそうに見える皿をセットで購入。嬉々として帰っていったけど、あくまでも「美味しそうに見える」だけなので本当に大丈夫だろうかと一抹の不安が過ぎる。
 未来の自分の姿が映し出される鏡を買っていったのは、大学生くらいの女の子。でも隠しきれなかった尻尾がスカートからはみ出てたから、実際は狐狸妖怪の類だろうか。薬品の材料になる魔草を売りにきた子は見習いの魔法使いだって言ってたっけ。
 そんな感じで忙しすぎず、かといって退屈するほど暇すぎないのはおおいに助かる。
 私はフレーバーティーで時折休憩を挟みつつ、のんびりと店番を続けていた。
 禍々しい雰囲気を全身に纏った痩身のピエロが来店したのは夕刻のことだ。
「ここにめずらしい笛があると聞いてきた」
「笛、ですか」
 嫌な予感がした。
「ああ、眠りを誘う音色で人や獣を自在に操るという笛だ」
 なんというタイミング。もしかして人気商品か?
「すみません、そのお品はもう他のお客様がご購入を予定されておりまして」
「予定ということは、まだ買ってはいないのだな?」
「はい」
「ならば、私に売ってくれ」
 私の返事に被さるように言ってくる。
 これは簡単には引き下がってくれないかも。
「ですがもう、お取り置きされておりますので。代金の一部もいただいておりますし」
 神官さんは衣をそのまま置いていったので、一緒に預かっているのだ。
「その客が払った額は? 代金は全部でいくらだ? 上乗せして払おう」
「いえ、それは……」
 困ります。
 うーん、どうしよう。こっちの人もめちゃくちゃ押しが強いな。
「あの笛はもともと私の物だったのだ。ある時うっかり手放してしまったのだが、やはり惜しくなったのでね。どうしても取り戻したい」
 あらま、結構正当な理由じゃないですか。
「…………あの、」
 しばし逡巡した後、私はふと思いついて尋ねた。
「大変失礼ですけど、念のため使用目的をお伺いしてもよろしいでしょうか? どういったことに使われるご予定ですか?」
 音色で眠らせて、人や獣を操る笛――――
 どう聞いても不穏な目的しか思い浮かばない代物なんだよね。
 使い方なんて店側がいちいち口を出すことじゃないし、今朝のお客さんと話しているときには売ったらマズイかもなんて思いもしなかったんだけど。本当なら尋ねるべきだったのかな。人は見かけによらないって言うし、単なる思い込みで、もしかすると神官という単語に惑わされているだけなのかもしれない。
 でも今、目の前にいる、この怪しげなお客さんにはどうしても訊いておきたい。
 偏見だったらゴメンナサイ。
 ……って心の中で謝りながら、お尋ねしたわけですよ。
「使用目的? それはもちろん大事な儀式に…………というか、久しぶりにまた大勢子供を攫って喰いたくなったのさ。昔やったみたいに」
 ハイ、あっさり身の毛もよだつ告白をいただきました。意外と正直じゃないですか。
 っていうか、この人、ハーメルンの笛吹き男かな!? あれは実話を元にしている説もあったはずだし。横笛じゃなくて、確か縦笛だったけど。
「……おや、しまった。適当に誤魔化して買い戻そうと思っていたのに、うっかり本当のことを言ってしまった。ああ、面倒だ。やっぱりあの笛が要るなぁ」
 ピエロは裂けたような大きな口でニヤリと嗤って、赤い舌を出した。
(キモっ……怖っ!)
 ぞわぞわする。
 ビジュアルだけで充分、通報案件だ。
 ここが普通の店だったら。
「…………」
「というわけで、笛を売ってくれ」
「できません」
「なぜだ?」
「こちらから使用目的をお伺いしておいて、このように申し上げるのは大変失礼であると存じておりますが、何卒ご容赦ください。先程もお伝えいたしました通り、ご希望の笛はすでに先約済みです。やはりお客様にお売りすることはできません」
「私が子供を喰らうと言ったからか?」
 心情的にはそれもある。おおいにある。だけど。
「違います。皆様それぞれに事情がおありでしょう。私にはその重要性や良し悪しの判断はできかねます。ですが、店主である私が、お客様と交わしたお約束を勝手に反故にするのは店の信用に関わります。誠に申し訳ございませんが、どうか、今回はご縁がなかったと思ってお引き取りくださいませ」
 ここは特殊な店だ。このピエロが口にした『子供』が人間の子供なのか、はたまた別の何かなのか、それすら分からない。決めつけられない。まったく知らない別の世界からの来訪者たちを相手にしているのだから。
 だったら感情とか正義感、倫理観でぐるぐる悩みまくるよりシンプルに約束を遵守するというスタンスでいる方が、きっといい。私の精神衛生上。それに店主の対応としても、そっちの方が正解のような気がする。
 幸いなことに、相手も納得してくれた。
「そうか……ならば仕方がない。また売りに出されるまで、百年か二百年、のんびり待つとしよう」
 ――――やがて日は落ち、二日目の夜が訪れた。

「今日はもう来ないかなぁ、あの神官さん」
 壁に掛かった時計の針は八時五十五分を指している。閉店時間まで、あと五分。
 別にこちらは明日でもあさってでも構わないんだけど、彼自身がすごく焦っていたので、もしかするとタイムリミットがある用件なのではと危惧しているのだ。
「でもまぁ、仕方ないよね」
 閉店準備といっても、ここではたいした仕事はない。簡単な帳簿付けはする決まりだけど暇な時間にもう済ませちゃってるし、レジ精算の必要がない(金庫に代金を入れた段階でどこかに集金されてしまっている)から現金を確認して合わせる苦労もない。ゴミ捨てや返品、検品作業もない。ドアに閉店の札を掛けて鍵を閉めたら、せいぜい床を箒やモップで軽く掃くだけ。消灯すら自動でやってくれる。
 書店や飲食のバイトに比べたら、天国かなって思うくらい超ラクチンなのだ。
 なので、立ち上がるのも時間ギリギリになってからで。
「クロ、そろそろお店閉めるよ~」
「うん」
 鈴の音を鳴らして勢いよくドアが開いたのは、その直後だった。
「あ……いらっしゃいませ」
 振り向くと、今朝の神官が立っていた。
 杖をついて。ぐるぐると目に包帯を巻きつけて。
「ど、どうされたんですか、その包帯」
「売り払える物が他になかったのでな。私の眼は少し未来(さき)の世を見通す力を持っていた。故に、密かに欲しがる者もおるのだ」
「まさか…………売ったんですか?」
 自分の目を?
 買い物のために!?
「おかげで金子を用意できた」
 事もなげに答えた神官はずっしりと硬貨の詰まった布袋を懐から取り出し、差し出した。
「……お預かりします」
 取り置きしていた笛と預かっていた肩布、受け取った金貨をカウンターに並べる。
「金額ピッタリですね。間違いありません」
「ではその笛、貰い受ける」
「どうぞ」
 商品を手渡すと、神官は感慨深げにぐっと強く握りしめた。
 自身の眼球と引き換えに手に入れた、その笛を。
「やっと……これで、やっと役目を果たせる」
 ああ、これはもう訊かずにはいられない。
「あのっ、差し出がましいことと存じておりますが、よろしければ教えていただけませんでしょうか。そこまでして手に入れた笛で果たすお役目っていったい……」
「…………」
 その人は少しばかり迷っているように見えたけど、やがてゆっくりと口を開いた。
「我が国には神の御使いと言われている光の鳥がいる。その名の通り、眩く光る大きな鳥だ。その鳥はどこからともなく都に舞い降りては周囲を明るく照らし、姿を消すと都に夜が訪れる。だから我々は神に祈りを捧げ、再び光の鳥の訪れを願うのだ。我々は長年そうした日々をくり返してきた」
「はぁ、なるほど……」
 予想よりパンチの効いた設定きたな。
 天照大御神の鳥バージョンですか。
「だが、あるとき王が鳥を捕らえよと命じた。捕らえて閉じ込めてしまえば、昼も夜も思いのままだと」
 愚かなことだと、神官は深いため息を漏らした。
「王は国で一番声の美しい巫女に、祈りの唄を歌うよう命じた。光の鳥をおびき寄せるためだ。巫女は休むことなくひたすら歌い続け、やがて近づいてきた鳥を王の家来が捕らえることに成功した。巫女は喉を枯らし、衰弱してこの世を去った。共に教会で育った、私の幼馴染みだ」
「なんとまぁ」
 どこの世界でも為政者は強欲だな。
「以来、我々の国では昼が続いている。時折、鳥籠に布を被せて光を抑え、夜にしているが、うっすらと漏れ出る光で完全な闇は訪れない」
 白夜みたいな感じか。睡眠の質が落ちるね。
「人々は明るくなり、都も一層賑わうようになったが、以前よりも享楽的になった。攻撃的な言動も増えた。王族たちは別の国に戦いを仕掛けようと準備している。国が、少しずつ壊れていってるのだ」
 きっと神の怒りに触れたのだろう、と彼はこぼした。
「過ちは正さなければならない。我々神官は王ではなく、神に仕える身。我らが成さねばならん。たとえそれで国が乱れたとしても」
「救われるんじゃなくて、乱れるんですか?」
「長く昼が続いたからな、反動でしばらくは夜が続くだろう。鳥が再び戻ってきてくれる保証もない。不安が長引けば世は乱れる。だが、それは因果応報。やむを得ぬ」
 完全に壊れてしまう前に。
 すべて失ってしまう前に動かねば。
 神官は重い口調でつぶやいた。自身に言い聞かせるように。
「では店主殿、これにて失礼」
 神官は視力を失っているとは思えない身のこなしでまっすぐ出入り口へと向かい、店の扉を開けた。その先にある景色は見慣れた道路などではなく、きらびやかな宮殿の広間といった感じだ。
 きっと彼の国の王宮のどこか、光の鳥を閉じ込めている場所に通じているのだろう。
「光の鳥よ、おまえを自由にして我らは夜を取り戻す。二度とこのような行いはせぬ証として、王の首を捧げよう。さぁ、好きなところへ羽ばたくがいい」
 閉まっていく扉の隙間から、最後に恐ろしいセリフが聞こえてきて、身震いしつつも納得してしまった。そりゃ世の中は乱れるわ。つまりクーデターだもん。
「おつかれさま」
 クロに声をかけられて、ほっと大きく息をつく。
「あれでよかったのかなぁ?」
「いいんじゃない。琴音はちゃんと店主としての務めを果たしたと思うよ」
「……だよね」
 私にできることは代価を受け取り、商品をお渡しするだけ。
 それだけだ。
「じゃあ今度こそ閉めるよ」
 改めて扉を開けてみると、当然そこには誰もおらず、見慣れた夜道があるだけで。私は手にしたCLOSEの札を扉に掛けて、鍵を下ろした。
 ずいぶん長い一日だった気がする。
 まだ二日目なのに。へとへとですよ。
「ああ、お腹すいたぁ~」

 その日の晩ご飯は仕込んでおいたタンドリーチキンをおかずに、二回おかわりをした。

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