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Mars Bar に行きたい

 いい歳をしてお恥ずかしい話だが、例えば土日が休みの勤務で、木曜日の朝に「どうして今日は金曜じゃないんだろう?」と考えることはないだろうか?私にはある。先日「梅雨よ、ようこそ!」と見栄を切った私だが、朝から雨だったりすると Why not Friday ? の思いは更に強くなる。そういう時はどこかの海を悠々と泳ぐクジラをイメージするといいとか、星野道夫さん譲りの対処法も書いたことがあるけれど、他にもう一つ、私にはそういう時の呪文がある。それが「Mars Bar に行きたい」だ。
 Mars Bar はかつてニューヨークにあったジョナス・メカス行きつけのバーだ。バーと言っても夜の暗いイメージではなく、通りに面したレストランのようなお店で、かつて自らが編集した My Mars Bar Movie で、メカスは朝からショットグラスでテキーラか何かをクイっとやりながら、お客さんたちと歌を唄ったり詩を詠じたりしている。すこぶる楽しげだ。今すぐ Mars Bar に飛んでいきたいなあと思いながらそれが叶わない私は、映画に出てきた曲を集めたCDを聴きながら、とぼとぼと(車だけど)会社に向かうのだった。
 日記映画というジャンルを築いたメカスの映画を観ていると、何気ない日常がいかに宝物であるかに気付かされる。実際、うちでも子供たちが小さかった頃のビデオを編集していつでも見れるようにしてあるのだが、小学校以降の運動会とかは距離も遠くみんな同じ運動着なので何が何だか分からない。見ていて楽しいのは、録画していなければとっくに忘れていたであろう何でもない日の夕食後に、子供たちがリビングでウルトラマンごっこをしている様子だったりする。まさに「何でもないようなことが~♪」である。
 忘れていた日常で思い出した。兄が中学生になるとき、英語の勉強用にとカセットレコーダーを買ってもらった。付属していたカセットテープに自分の声を吹き込んで初めて聞いた時の違和感といったら!友達が何人か来た時、その衝撃を味わってほしくて、一人一文ずつ話しながら出鱈目なお話を作るという遊びをしたことがある。自分の声と内容の下らなさを楽しんだ後、カセットテープは机の引き出しに仕舞われたまま時が流れた。中学生になったある日、新しい友人がカセットテープを探していた。当時カセットテープはまだ電気屋でしか買えない高額品で、録音防止の爪を折らなければ何度でも上書きできるので、使用済みのものでもよければと私は引き出しから取り出したカセットテープを友人に譲った。翌日登校してきた友人がニヤニヤしながら「あのテープ面白いな」というので、私は「何のこっちゃ?」と思った0.3秒後にア”ーーーー!っと叫ぶことになったが後の祭りだった。

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