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#68 Ryuichi Sakamoto | Opus

 昨晩、有難いご縁を得て、東京国際映画祭で上映されたRyuichi Sakamoto | Opusを観てきた。これは坂本さん最初で最後の長編コンサート映画で、昨年12月に配信されたものを含め新たな編集も加えた全20曲で構成されていて、日本では来春の上映が発表されたところだ。(この先はネタバレ?もあるので、これから観ようという方はどうぞご注意を)
 映画は坂本さんの背中から始まった。まるで自宅のリビングで、坂本さんが私のために演奏してくれているかのような身近さだ。カメラが寄っていくと、音もその距離に応じて近づいて来るかのような臨場感がある。一つ一つの音がクリアで、特に低音の響きが心地いい。まるで自らの音を確かめながら指揮するように、ゆっくりと片手を振るしぐさが心にしみる。
 ほとんど語りも字幕もなく音楽が流れていくなかで、曲と曲の合間に印象的なカットが栞のように挟まれる。時にライトを浴びて、時に自然光?で、そして時にはシルエットで映し出される映像は完全なモノクロームで、その選択が余計なものをきれいに取り除いて、演奏する坂本さんの表情と指の動きを余すことなく伝えてくれる。
 演奏の途中で和音の響きを何度も確認して、もう一度演ろうと言うシーン。金属的な効果音で演奏された晩年の曲では、音の向こうにチベットの峠の旗を揺らす風が見えた。1音1音を慈しむような東風(トンプー)では一瞬表情が和らいで、かつてその曲を弾けるように演奏していた頃を懐かしんでいるかのようだった。オスカーを獲った映画音楽の連なりはやはり圧巻で、様々な記憶が蘇る。映画館を出た時の夏の夕暮れのムッとするような匂い、あの娘がシェルタリングスカイが好きだと言っていたこと…。メリークリスマスの前奏が始まった時、天上から舞い降りてきたのは雪だったのか、光の粒か、あるいはそれは天使の羽根だったかもしれない。
 若い頃から今日まで、いつも坂本さんの音楽が自分の身近なところにあった。その坂本さんが最後にたどり着いた、混じりけのない純粋な境地を見せて頂いた気がする。この映像と音を残してくれた皆さんに心からの感謝をお伝えしたい。そして勿論、坂本龍一さんご本人にも。あなたの音楽に出会えて幸せでした。これまでも、そしてこれからもずっと。
 


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