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(詩)ラストダンス

きみと一晩だけ
ダンスを踊ったことがある

ダンスといっても
きみの体調が
あんまり良くなくて
ふたりとも
少しも動かなかったから
正確にはダンスとは
呼べないかもしれないけれど

しずかにただ
じっと
きみがぼくのうでに
つかまっていたんだ
そして一晩中
星空の砂浜に
突っ立っていた

時々ぼくが歌ったり
きみが笑ったり
それからふたりとも
黙っている時は
しおざいがひびいていた

夜が明け
血相を変えて一晩中
きみを捜し回っていた
連中がぼくたちの
海岸にやってきて

みんなぼくに向かって
おまえは自分が
何をしでかしたか
わかっているのか、と
罵倒しながら
きみを連れ戻していった

あと余命
数日間しかないきみを
一晩中
連れ回しやがって、と

それからしばらくして
きみは
きみが一年中
横になっていたベッドから
ふいにいなくなり

彼らは誰もみな
そのきれいに整った
ベッドの白いシーツを
眺めながら泣き崩れた

きみはもう
どこにもいない、とね
この世界から
いなくなってしまった
つまりきみは、死んだ、と

だから
誰も信じようとしないんだ
そのベッドから
いなくなっただけで
この世界がどれだけ広くて
世界中にどれだけの人が毎日
生きているかも知らないで

この世界
この宇宙と呼ばれる空間が
何千年何万億年
続いているかも知らないで

ただ
その小さなベッドから
きみが
いなくなったくらいで
ただ
その小さなベッドから
それだけで

きみは死んでしまった、と

でもほんとうは
ぼくだけは知っている
ぼくだけが知っている
ほんとうは
ほんとうに

きみは、生きている、と
いまでも
いまも、きみは
確かに生きている、と

例えば
このぼくの腕の中に
あの晩繰り返し歌った
あのぼくの歌の中に
例えば
あの星空の砂浜に
打ち寄せるしおざいの中に
星々のきらめきの中に

ぼくとあの晩の
海だけが知っている
ぼくたちだけの秘密として
確かにきみは生きている、とね

星の降る砂浜で
女の子と一晩だけ
ダンスを踊ったことがある
それから後の
ぼくのダンスの相手は
風だけ

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