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(小説)宇宙ステーション・救世主編(六・四)

(六・四)乙女座ステーション
 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……宇宙の起源と申しましても諸説ありますれど、如何にも真実めいておりますのが、可憐なる乙女が流したる失恋による涙。これによりて宇宙は産み落とされたと、そんな伝説が御座います。従って宇宙は涙の海と申せましょう。これに従えば、宇宙から恋する乙女がいなくなりまする時、宇宙は涙の成分をば失いまして、徐々に干からびやがて萎縮し、仕舞いには無に帰すると、そんな恐ろしき事態をも招きかねない、今日この頃で御座いますれば。それをば阻止すべく、宇宙に存在したる乙女共に恋のエネルギーをば供給せんとして、この宇宙の闇の中に今も瞬き続けておりますのが何を隠そう、私共乙女座ステーションにて候。命短し恋せよ乙女、宇宙儚し、乙女の涙、はい。お後が宜しいようで。

 バビブベブー、こちらは乙女座ステーション。メシヤ567号殿に告ぐ、そなた聞けば遥か遠き太陽系第三惑星まで向かわれるとのこと。しかもこの恋の華咲く乙女座ステーションをば、たったの一泊ぽっちで旅立たれておしまいになられるとか。それはあんまりにも薄情、つれなきこと甚だし。しっかしまた何故そうお急ぎなされる、遥か遠き旅の目的とは何ぞや。そげに第三惑星は良かとこね、さぞや良かおなごのおりますことやろな、ああ憎たらし。さあさ、お答えをば頂戴下され。もしその答えもつれないなれば、銀河の海は直ちに荒れまして、乙女の涙で濡れて溢れてしまいましょうぞ。さすればメシヤ567号殿の宇宙船も難破、沈没、宇宙の藻屑と消え去るのみ、覚悟致されよ。以上、バビブベブー。

 ピポピポピー、これはこれは乙女座ステーション殿、ジェラシーも御尤も、こちらはメシヤ567号。只今救世主は不在にて御免なさい。実は何を隠そう、我ら第三惑星はYoshiwara駅まで参ります。彼の地は売春のメッカとして宇宙的にも有名で御座います。

 バビブベブー、何、売春ですと、こちらは乙女座ステーション。そりゃまた乙女の敵で御座います。なぜなれば汚れない乙女の恋の華をば金銭によりてむしり取る、何とも野蛮で品性お下劣極まりなき所業。神聖なる乙女の純愛をば冒涜し愚弄する、殆ど死刑にも値する許し難き宇宙の罪穢と申せましょう。

 ピポピポピー、正にその通り、こちらはメシヤ567号。我らその実態調査をば進めながら、旅を急いでおる途上です。我らとて何を好き好んで、折角宇宙一とも賞賛されたる華麗な乙女座殿の接待をば蹴ってまでして急ぐ必要が御座いましょうか。出来ることならこの地に於いて、ゆるりと恋の華の果実をば思う存分味わいまして、甘き快感に酔いしれながら幾夜も過ごしてみとう御座います。がしかし何しろことは急を要しております、なぜなら第三惑星Yoshiwara駅に住むひとりの少女否乙女の命がかかっておりますもので、はい。と申しますのも彼の乙女、生まれる前より乙女の涙をば何故か喪失しておりまして、生まれてこの方一度として一粒の涙さえ流したことのなき乙女で御座います。加えて今迄一度として男に惚れたことすらないという、何とも不憫なる乙女でも御座いますからして。

 バビブベブー、なっにーっ、それはまた大変なりなり、こちらは乙女座ステーション。なぜにそげな哀れなる乙女がこの宇宙の中に存在しますやら、ああ嘆かわし、ああ悲し。もう絶句、失神寸前。ならばこの乙女座の怒りの涙で、第三惑星に永久の嘆きの雨をば降らせましょうぞ。

 ピポピポピー、お待ち下され、こちらはメシヤ567号。その乙女の問題についても現在調査中。恐らくは第三惑星人社会に於けます諸問題、例えば売春例えば性犯罪並びに異常なる性行為の、あたかも代償、贖罪、生け贄、十字架としまして、彼の乙女、折角の絶世美少女でありながら、その魂に深き傷をば背負いつつこの宇宙の闇の中に産み落とされたのではないかと推測致しております、はい。なぜなればそれらの行為によって、やがて第三惑星人の中に性病なるものが発生、蔓延するに至るのですが、これは如何にも神の警告或いは怒りの如きものであります。なのに愚かにも第三惑星人はあらゆる科学、医学を駆使して、病気を抑えることのみ汲々とし、自らが犯したる罪をば悔い改める気配など一切なし。かくして第三惑星人らの罪悪は拡大し続け、最早何らかの犠牲なくしては第三惑星人の存続すらも許されざる逼迫した事態にまで立ち至ったとこういう訳で御座います。

 バビブベブー、成る程成る程、何となく分かりました、こちらは乙女座ステーション。ではではメシヤ567号殿、旅のご無事をお祈り致します。今度また是非とも熱き恋に落ちましょうぞ、Falling in My Love。

 ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー、かくして果てしない宇宙船の旅は続くのである。宇宙船のモニタに映し出されるYoshiwaraの街も今は春並びに初夏の香り。その街並の景色、眩しきネオンの華の波また波の情景は、乙女座ステーションの都市の姿に似ていなくもないのであるが、何しろYoshiwaraの男女の交わりは恋ではなく商売によって成り立っている故一種罪悪の翳りを帯びて、両者は似て非なるもの。例えれば甘ーい果実ではあっても、Yoshiwaraのそれは狂った果実。そんな淫靡なる夜の街に今宵も舞う羽根を失くした妖しき蝶の群れへと、寄って来るのは金の匂いだけをさせた芋虫共ばかり。一夜の夢は朝陽の中に跡形もなく消え去り、ただ裏通りのゴミ箱を漁る野良猫だけが、捨てられし夢のほろ苦さを知っている。ピポピポピー、ピポピポ……ザヴザヴシュワー、ザヴザヴシュワー……。

 少年の空想が途絶え、目を開けた雪の頬にひと滴の水分。まさか涙かと思えば然にあらず、ぱらぱらぱらっと天から落ちて来る夜の雨、銀河もいつのまにやら曇り空。
「あらま、にいさん、雨」
 けれど少年はお構いなし、既に子守唄を口遊んでいる。
「にいさん、濡れてまうで」
 それでも少年は歌い続けるばかり。
『……都会の灯り、ふるさとの灯り、遠い宇宙の彼方の灯り、ともっては消え、それを繰り返し。道に迷ってしまったのか、それともはじめから、道など存在しなかったのか、みんな夢だったと言うように……もしもあの宇宙船が、きみを助けにくる夢を今夜見たならば、きみはいってしまうかい、この悲しき宇宙ステーションを残して』
 にこにこと雪に向かって手を振る少年。
「しゃない。ほな、にいさん、またな。風邪引かんように、気付けて」
 今宵も少年の歌を背に、弁天川を後にする雪である。

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