(小説)宇宙ステーション・救世主編(七・一)
(七・一)六人目の客
月が替わり、と共に夏が訪れ、先ず梅雨のシーズン到来。お節はエデンの東の玄関に紫陽花を飾る。心配した変態作家海野の死去に伴う警察の動きは特になく、吉原でも殆ど無名の海野だった為か、お節と雪への非難も強まる気配はなさそうである。
それでも心配性のお節は悩む。もしこれ以上騒ぎが大きなったら、そのうちマスコミにも知れる。そないなったらワイドショーの恰好の餌食や、その前に何とかせなあかん。もうここいらが限界、潮時やろ。お節は腹を括ると、雪を説得しソープ嬢を止めさせようと決意する。
早速宇宙駅のドアを叩くお節。
「な、あんた、ちょっと話あんねん」
「何ママ。いやや、そんな深刻そうな顔してから」
二人は宇宙駅の窓辺に佇む。たった今降り出した雨が、宇宙駅の窓ガラスを激しく叩く。
「な、もうそろそろ限界や思わへん」
「まーたその話かいな、ママ。いい加減耳にたこが出来てまうわ」
「そない言うてもな。もう五人やで、五人」
「雪かて分かってる」
「分かってへんて、あんた。何ぼ何でもな、いい加減みんな変に思うで。あんたももう気済んだやろ。悪いこと言わへん、今のうち足洗お、な。あんたにはこの商売向いてへんいうこっちゃ」
しかし雪はかぶりを振って、
「ママの気持ちはよう分かる。雪かて店やみんなにまで迷惑掛けとない。でも、でもな。こればっかしはもう止められへんねん、御免な」
「そやから、その訳を教えて頂戴よ」
そもそも雪がなぜ急にソープ嬢になどなったか、未だにお節はその訳を知らされていないのである。高三の秋、突然高校を中退してお節の店で働かしてと雪が言い出したその時から、幾度となく尋ねては来たものの、決して雪は喋ろうとしない。
「あかん、大事な御方との約束やねんから。こればっかしは幾らママでも教えられへん」
その一点張り。
「はいはい、分かった。なら、しゃないな。あんたの好きなようにしなはれ」
結局お節は引き下がる。しゃない、いざとなったらわてがこの子守ったるしかないやない、と覚悟を決める。と同時に、もし騒ぎが大きくなったらエデンの東を畳むしかないとも思い始める、年内一杯かそれとも来年早々。そんなこととは知らず、
「有難う、ママ」
にっこりと微笑む雪。
そんな二人の許へ、しとしと六月の雨に濡れながら六人目の客が現れる。お節としたら出来たら騒ぎになりそうな有名人だけは避けたいところ。なのに、その夜のお相手は超有名人。初老の大物男優山口元である。といってもそこは有名人、簡単には素顔を晒さない。お節の前ではサングラスに付け髭、花粉用マスクにかつらと変装したまま。お陰でお節は見抜けず、
「どうしてもお願いします」
懇願する山口の熱意に押し切られ、宇宙駅へと案内する。
宇宙駅という密室の中で雪と二人切りになった山口は、そこで初めて素顔を見せる。ところが生憎TVなど一切見ない雪は、相手が誰だか気付かない。芸能人などとは夢にも思わず、相手をしてしまうことに。だって例によって山口と対面の瞬間、お雪さんが『こいつをころして』と発したから。
この山口もまた、今迄の客のお友達、闇の組織のメンバーであり、華やかなる芸能界の顔とは正反対の裏の顔を持っているのである。TVドラマやスクリーンの中では如何にも温厚でさわやか、憧れの上司とか父親といった役柄を演じる名優も、一皮剥けば狂気の変態エロおやじというのがその素顔。仲間内で囁かれる雪の噂に、死と隣り合わせという究極の快楽への欲望抑え難く、ここエデンの東へと隠密に足を運んで来る。
実は彼らの属する闇の組織内では、といっても日本支部に限定されるが、現在雪の話題で持ち切りである。誰かその雪という魔物、桜毒の使者をば相手にして、無事生き残る同志はおらぬのか、もし生還した強者有らば組織内での階級昇進も有るぞと、嘘か真か囁かれている。もし階級が上がれば、その分権力が増大し、社会的地位、名誉、物欲、色欲等、何でも思うがままということになる。
でこの闇の組織、ではその実体は如何に、ということになるが、何しろ闇の組織と呼ぶからにはすべてが闇に覆われ、従って詳しく知ることは不可能でありまた知ろうとすることは危険である。僅かに知り得たところによると、世界規模の国際組織であり、全世界に於いて人類社会を裏で操り支配しているという。その権力や絶大で、他に敵う勢力なし。宗教的にはフォクスィズム(foxism)、女狐崇拝の立場を取っており、もし対抗出来る存在有りとすれば最早神か救世主のみであると、組織の頂点に君臨する支配者Xは豪語する。
そんな国際的組織に於いては、たとえ名優の山口といえども未だ下っ端で、是非とも階級昇進をと目論み、こうして雪の許へ乗り込んで来た次第。
「お客さん、実はな……」
雪がいつもの警告話をしようとしても、あっさりしたもの。
「あ、分かってる、分かってる。桜毒のことだね」
「雪、ほんま知らんで」
戸惑う雪を尻目に、野獣の如くさっさと雪に襲い掛かり、雪とのプレイをご堪能。夜通し雪を弄び、夜明けを迎える。
「雪ちゃんはほんとにいい子だね。何ならアイドルか女優さんにして上げよっか」
自分は芸能プロダクションの社長とか何とか適当に嘘を付く山口。
「有難う、でも雪ええわ。何や分からんけど芸能界て恐そやもん」
「アイドルよかソープ嬢の方がましってかい。ま、堅気の娘は近付かん方がいい世界には違いないな」
一人大笑いしながら、宇宙駅を後にする山口。
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