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【9分落語】残業神

男「(あくびをして)…ああ、もう日付が変わっちゃうなあ。我ながらよく頑張ったよ。そろそろ帰る準備でもするかな…」
神「眠気に耐えて、良く頑張った!感動した!」
男「え!?誰ですか!?」
神「わしはこのオフィスに取り憑いておる、残業を司る神、残業神じゃ」
男「残業神!?たしかに杖持って、それっぽい格好してるけど…神様なんですか?迷子の老人じゃなくて?」
神「ならば証拠を見せよう。ウョギンザ!ホイ」
男「わ!何か出た!?」
神「リポビタンゴールドエースじゃ。飲んでもうひと頑張りするがよいぞ」
男「何も無い所から栄養ドリンク…!」
神「あ、お主は若いからモンスターエナジーの方が良いかの?ウョギンザ、ホイ」
男「わ!また出た!本当に神なんですね。深夜のテンションで変な幻覚を見てるんじゃなくて…!」
神「普段は姿なんぞ見せんのじゃが、お主が健気に独りで残業しておるのを見て、一声かけたくなったのじゃ。自分を褒めてあげなさい。有森裕子のように」
男「…その人知らないですけど、それは、どうも」
神「全く最近のオフィスはたるんでおる。働き方改革じゃなんじゃと言いおって、おかげでわしもここに居づらくなってきておってのう…どげんかせんといかん」
男「ああ、今そういう風潮っスよね…」
神「その点、お主のような新人類には見込みがある。これからもユンケルンバでガンバルンバしておくれ」
男「さっきから、ちょいちょいネタが古くないですか?」
神「ここに取り憑いて50年になるからのう。ま、神にとっては50年など一瞬じゃから、どのネタも新鮮に使っておるよ」
男「神様もギャグ言うんですね…」
神「もちろんじゃ。特に残業神はいつでも深夜のノリでハイテンションじゃからな。ゲッツ!わっははは」
男「え、えーっと…残業神さんってここで50年も何をやってるんですか?」
神「名前の通り、残業を増やしておる」
男「…具体的にどうやって?」
神「たとえばじゃ、最近ノー残業デーというものが設定されたじゃろう」
男「はい。毎週水曜日、ノー残業デーです」
神「忌々しい。そこでじゃな、わしの力で発注書の内容をちょっと変えて、木曜納期の品物を水曜にする。そして4時過ぎにクライアントに気付かせる」
男「ええっ!?先週それあって大騒ぎになって全員で深夜まで対応に追われたんですよ!」
神「残業、確定(サムズアップ&ウインク)」
男「あなたのせいだったんですか…」
神「ああ、それから木崎という社員がおるじゃろ」
男「はい、木崎チーフ、いますね。優秀ですよね」
神「(印を結び重々しく)彼を年末の繁忙期の中でもズバリここしかない!というほど重要な場面で…」
男「重要な場面で…?」
神「…エイッ!!(裏声で)インフルエンザにしましたー❤」
男「ええっ!?」
神「(裏声で)こんなん出ましたけどー❤」
男「あのとき木崎さん一週間出勤停止で現場えらいことになったんですよ!」
神「泉アツノ調で言ってみた。知らんかの?」
男「だから知りませんよそんな昔のネタ。な、なんでわざわざそんなことするんですか…」
神「だってわしは残業神だっちゅーの!残業を増やすのが仕事じゃ」
男「それでうちの会社、いくら効率化しても残業減らないんだ…」
神「わしも一生懸命、モーレツに仕事をしておるからの。oh!モーレツ」
男「それ50年どころじゃない昔では…。あの、残業神さん、ここからその、引っ越す予定とか、無いんですかね」
神「ない。今後も36協定やナンタラ改革に負けず、進め一億火の玉だ!の精神じゃよ。わはは。まあ出て行くきっかけとしたらアレくらいじゃの」
男「アレって何ですか?」
神「残業神を追い出す呪文というものがあるのだ。それを他人に唱えられると、わしはもうここから離れねばならなくなる」
男「呪文…ですか。へぇ~…」
神「それにしてもお主は働き者じゃ。最近この時間まで一人で残業する者は見たことがなかった。わしと共に、頑張ろうではないか。♪24時間戦えますか~」
男「いちいち古いなあ…(何か思いつき)あ、そうだ残業神さん、さっき夜食を買いにコンビニ行った時にお酒も買ったんですよ。一杯どうですか?」
神「あ、そう?じゃあ遠慮なく。おっとと。あ~美味いね、よく働いた後の酒は。♪チョイト一杯のつもりで飲んで~」
男「その歌も古いな…。あ、そういえば神様って対になってますよね?貧乏神と福の神とか。残業神さんって対の神いるんですか?」
神「いるぞ。超ムカつく奴が」
男「やっぱり福の神なんですか?」
神「違う。すぐの神という」
男「すぐの神?」
神「5時になったらすぐ帰らせようとする神じゃ」
男「…最高じゃないか」
神「何か言ったか?」
男「いえ、何も。あ、もし仮に残業神さんがここを出て行ったら、次はその、すぐの神さんがやって来るんですかね?」
神「それはわからん。けどな、すぐの神なんか来たってつまらんぞお。時間外労働は稼げるではないか。残業するなら金をくれってな、わはは」
男「ははは。さあどんどんいってください。ところで…残業神を追い出す呪文があるって言ってたじゃないですか。あれってどういうものなんですかね?やっぱり陰陽師とかが唱える特殊なものですか?」
神「いやそんなことはないぞ。オンキリキリテイジニイエカエッタ、これを三回唱えたら残業神はその場にいられなくなる」
男「オンキリキリテイジニイエカエッタ!オンキリキリテイジニイエカエッタ!オンキリキリテイジニイエカエッタ!」
神「ぐあああ!お主なにをするう!」
男「消えろ!残業神なんか出て行け!」
神「お主、こんな時間まで独りで頑張っておったではないかあ!」
男「俺は残業のフリしてこっそり会社のPC使ってオンラインゲームで遊んでただけだよ!仕事なんか大嫌いだ!余暇万歳!」
神「おおお、お主後悔するぞお…なんかもう…チョベリバ(消えていく)」
男「最後まで懐かしネタ使いやがって。これで残業神を追い出したぞ。すぐの神が来てくれれば毎日5時で仕事が終わる!」
別の神「(ドアをノックして入ってくる)…ええ、えっへへへ。これでようやく取り憑ける。えっへへへ…」
男「あ、あなたが新しい、すぐの神さんですか?」
別の神「すぐの神?いやいや、違う違う」
男「ええっ!?じゃあ、あなたも残業神ですか!?」
別の神「違う違う。残業神の奴、あいつがおったから仕事だけは無くならんかったからのう…えっへへへ」
男「あ、あなたは一体誰なんですか?」
別の神「わしか?わしはここへ新しく取り憑いた、失業神じゃ」

(終)

【青乃家の一言】
制限時間10分の「社会人落語日本一決定戦」でも使えるように、9分くらいの落語を意識して書いていくシリーズです。改変OKですので、利用の際にはコメント欄やXでお知らせいただければと思います。