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【5分落語】一人遠出

しばらく遠出する男が、ちょっと変わった息子相手に話しております。

父親「それでは遠出をしてくるので、しっかりと留守番を頼むぞ」
息子「わかりました。父上もどうか極楽浄土でお幸せに」
父親「何を言っておる。別に死出の旅路ではないぞ」
息子「あれ?でもお寺の和尚様がいつかそう申しておりました」
父親「それは葬式の時に仏様にかける言葉であろう」
息子「じゃあそうなった時のためにということで」
父親「縁起でもないことを申すな。やれやれ心配だのう。留守の間にやるべきことは忘れておらぬか?」
息子「ええっと、炊事・掃除・ジュウシマツでございます」
父親「後始末じゃ後始末。なぜ鳥が出てくるのじゃ」
息子「あ、後始末ですか。心得ております」
父親「では特に気を付けるべきことは何じゃ?これを怠ると命にかかわる」
息子「ええと、寝小便でございますか」
父親「寝小便で命は取られぬ。そもそも寝小便は最初からするな。火じゃ。灯火の消し忘れには十分に気をつけよ」
息子「それなら大丈夫でございます。蝋燭の火を消して一度、半刻たってもう一度、寝る前にもう一度、寝た後に念の為もう一度起きて確かめまする」
父親「なぜそこまでしつこく確かめるのじゃ」
息子「安心いたしますゆえ。安心して安心して安心して、心から安心したらゆっくり寝小便をいたしまする」
父親「するなと言うのに。消えておった火が独りでにつくことはあるまい」
息子「いえ父上わかりませぬよ。ひゅ~と風が吹いてモグサが飛んでいったところにカラスのくわえてきた石がコーンと落ちて火種が出来て、そこへネズミが飛び込んで駆けずり回った挙げ句に蝋燭へ火をつけて、風が吹いて倒れた拍子に机や障子に燃え移って大火事になるやもしれませぬ」
父親「…そういうのを杞人天憂、取り越し苦労と言うのじゃ。空が崩れ落ちてきやしないかと毎日心配しても仕方なかろう」
息子「左様でございますか」
父親「では行くからの。ああ、もし留守の間に来客があったら、父は卯月五日より些少の用向きにて四、五日出立しておりますゆえ、また日を改めてお越しくだされ、と伝えるがよい」
息子「はい。父は腹がうずき厠にて用足しを四、五日しておりますゆえ、また日を改めて来やがれ」
父親「なぜ厠に四、五日もこもらねばならんのだ。それに、来やがれとは何じゃ来やがれとは」
息子「長くて覚えられませぬ」
父親「困った奴じゃ。では紙に書きつけてやるから、これを持っておりなさい(書いて渡す)。では、行ってくる。くれぐれも気を付けてな」
息子「行ってらっしゃいませー…行っちゃった。(袖から紙を取り出し)えーと、父は卯月五日より…誰か来るかなあ」

と何度も袖から取り出しては見てみる息子ですが、三日経っても誰も来ません。こうして段々と留守番にも飽きてくるものでございまして。

息子「ああ、今日も誰も来なかった。(袖から紙を取り出し)父は卯月五日より…誰も来ないんじゃもうこの紙もいらないなあ」

と、息子が退屈しのぎに蝋燭の火に紙をかざすと、そのままめらめらと燃え尽きてすぐに灰になってしまいました。

息子「ありゃりゃ…まあ、いいや。誰か来るかな、誰か来るかなって、空が落ちてくるのを心配してるようなもんだからな。こういうのを、奇人変人トリモチ供養という…だったかな?安心して寝よう」

と、そのあくる日でございます。

息子「(布団を干しながら)なんで安心すると寝小便しちゃうのかなあ」
来客「ごめん」
息子「わあ!ごめんなさい!」
来客「わしに謝られても困るが…。武州浪人の江藤甚内と申す者でござる。ご機嫌伺いに参上仕った次第であるが、ご尊父はおられるかな?」
息子「わ!あ、あの、あれ、あああ…(袖をまさぐり)あ~!無くなってしまいました…」
来客「なに!亡くなった!?それはいつ頃のことでござるか?」
息子「昨日の晩に、すっかり焼いてしまいました…」

(終)

【青乃家の一言】
これは『笑府』という中国・明時代の笑話集にある話を落語に仕立てたものです。原典のあるものを落語のストーリーにするのは初めてでしたが、時代物を書きたいならこういうこともどんどんやっていかねばと考えております。

5分もかからないくらい短いと思うので、いろいろ足したり引いたり変えたりして、小咄として使っていただけたらと思います。