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【新作落語】ネコメガネ

友人「なに?相談って」
妻「実は、お店を畳もうかと思って…」
友人「えっ、早すぎない?先月オープンしたばっかりでしょ?」
妻「そうなんだけど…お客さんが全然来なくなって…」
友人「あなたのラーメン屋さん、私はまだ行ってないけど、味には自信があるからきっと流行るって張り切ってたよね?」
妻「そう。味には自信があるの」
友人「値段も普通よね?立地?競合店が早くも出来たとか?」
妻「その…実は…主人が…とてもとても愛想が悪くて…」
友人「ああ、ご主人、たしか強面タイプだったよね…」
妻「学生時代のあだ名が電子レンジだったから…」
友人「すぐに熱くなっちゃうってこと?」
妻「違う。電子ロボに改造された石橋蓮司」
友人「なにそれ。怖いよ。愛想どうこうのレベルじゃない」
妻「いらっしゃいませ、も言えないのよ。むしろイラッとするのよねお客さんが来ると」
友人「イラっとしちゃ駄目でしょ。客商売なんだから」
妻「注文受けても、チッって舌打ちするのよ」
友人「何がそんなに気にいらないの?」
妻「顔が怖いだけじゃなくて、デフォルトで機嫌が悪いの。だからどうしょうもなくて…。味は良いんだけど、あそこの大将はあまりにも感じが悪いって噂になっちゃって、客足が途絶えて…」
友人「勿体ないなあ。本当に一日中、365日機嫌が悪いの?ずっとロボ蓮司なの?機嫌の良い時って1秒もないの?」
妻「あるにはあるんだけど…」
友人「いつよそれ」
妻「猫と遊んでる時…」
友人「ああ、猫ね。猫は、癒やされるからね…」
妻「ミカエル、ガブリエル、ラファエルって名前をつけて三匹飼ってるんだけど、猫達の相手をしてる時だけは恍惚とした顔をしてるの…」
友人「わかるよ…。まず名前が普通じゃないから…」
妻「でもお店で猫を這わせるわけにはいかないじゃない?」
友人「そうよね。猫カフェじゃないもんね。猫ラーメンって聞かないもんね。次から次へとどんぶりをひっくり返しまくってドリフの『盆回り』が流れるような絵しか浮かばないわ」
妻「どうしたらいいかわからなくて…」
友人「ふふっ。でもやっぱりあなたはツイてる。今日、私が偶然こんなものを持ってるんだから…」
妻「なにそれ?メガネ…?」
友人「これは…かけた途端に…人が猫に見えてしまうメガネ!」
妻「すごい!なんでそんな盲亀が浮木にクラッシュするような偶然が!」
友人「闇アイテム差し押さえ霊能師・三日月麗華をなめるんじゃないわよ」
妻「そんな人が交友範囲にいる私もすごいと思う!」
友人「さあ、そのメガネをかけてこのカフェを見渡してごらんなさい」
妻「わ!本当に人が猫に見える!あの上品そうなマダムがシャム猫に!あの和服の夫人が三毛猫に!あのくたびれて心が死んでそうなサラリーマンがエキゾチックショートヘアに!」
友人「すごいでしょう。これならご主人も猫に囲まれて仕事してる気なるから、優しい顔になれると思う」
妻「ありがとう!これで店を畳まないで済むわ!」

一週間後

妻「実は、お店を畳もうかと思って…」
友人「え、いや、なにそれ。渡したでしょ闇アイテム」
妻「あのメガネで、たしかに途中まで上手くいってたのよ。お客さんが猫に見えるもんだから主人もデレデレになって“は~い、いらっしゃあ~い、どうぞどうぞ~”なんて言うようになって」
友人「猫なで声ね」
妻「注文受けても“はいわかりました~腕によりをかけて作りますからね~どうぞできるまで、自由におくつろぎくださ~い”なんて異様に丁寧になって」
友人「猫可愛がりね。いいじゃない。何が問題なの」
妻「だってみんな猫に見えるもんだから、あの人、ラーメンぜんぶ冷まして出しちゃうのよ!」

(終)

【青乃家の一言】
2022年2月22日、猫の日に書いてみたお噺でございました。