神の手

長く平和に親しみ暴力に慣れていない人間は、非人間的な暴力を行使するのもいやだし、非人間的な暴力を行使されるのもいやがる。そもそも暴力を想像することができない。暴力を想像することができない人間が意志として暴力を行使できるわけがない。

村上龍「半島を出よ」


自宅療養99日目。4:00起床。今日も外出はせず家にこもることにする。変わり映えのない毎日だがここ数日、たくさんの音楽を聴いている。音楽と記憶の結びつきは強い。聴けば瞬間あの頃に戻る。大抵は甘い記憶ばかりが呼び起こされる。一本のロープを辿って深海のような自分の内側に潜る。その時の伴走者としての音楽がどれだけ心強かったか。夜を過ごすパートナーとしても。芸術は夜に作られる。人生そのものがアートだとすれば、深夜に鳴らすゴールドベルクやR.E.Mが精神の幹を太くしてくれたに違いない。

WOWOWのドラマ『神の手』を一気に観る。WOWOWのドラマは一定の水準をキープしてて見応えがあるので、サブスクに入ったら必ず観るようにしている。今作は安楽死の是非について。久坂部羊の原作も面白かったのでかなり期待していたが、控えめな演出で派手さは無く、展開も単調だった。かと言って面白くないわけじゃない。いろいろ考えさせられる事が多かった。あとは痛みの描写が結構あって、演者さんたちもリアルに表現していた。

自分はたかだか骨折だけど、手術と入院をしてから人生観が変わった。いままで味わったことのない痛みの種類があること、この痛みを取り除けるなら死んでもいいと思ったこと、目の前が真っ暗になることが本当にあるのだということ。

人それぞれ様々な事情を抱えて生きている。程度の差はあるが、誰かにとってたいした事のない事情が、ある人にとっては死活問題だったりする。他人ができることはジャッジすることではなく、知恵を貸すか物理的に助けてあげるかしかない。

ドラマの中では安楽死を施した医師がマスコミを賑わせる。そこから安楽死に対する是非が始まり、安楽死を推進する新しい団体やそれに反対する団体の攻防がある。裏で手を引く元首相が製薬会社のために安楽死専用の薬剤を承認させる動きがあったりと社会を巻き込んだ騒ぎとなっていく。絶えず提示されているのは、安楽死を認めるかどうかという一点だ。

結局裏の力で安楽死法案は通るが、ドラマとしてはその辺りからぐちゃぐちゃになってうまく回収はできていない。宙づりのトピックはそのままだった。安楽死の手助けをしたドクターが医師を辞め、周りに様々巻き込まれたあげく、最後は田舎にこもって終末期の患者への訪問医療を行う医師になるというところで終わる。

安楽死は本当にナイーブな問題だし、議論を重ねに重ねる必要があると思うが、どこかで認めるべきではないかと思う。これは個人的な死生観だが、未来が見えないのに痛みに耐えるということの残酷さを思えば、この痛みを(肉体、精神問わず)止めることができるという選択は、自分で死を選べるが故に、死ぬことに関してを極限まで考えることになる。そしてその選択肢が逆にストッパーとして機能する可能性もある。

病全般に関して、もっと多くの情報が、当たり前に語られるといい。リアルな情報はネットに転がってはいるが、個別に拾いにいかなければ見ることができない。

自分の例で言えば、足首の骨折だが、事故から4ヶ月経った今も仕事に復帰できていない。自分の場合は体を使う仕事で、小走りくらいできないと仕事にならないからだ。リハビリの先生とも話しながらあと1ヶ月で完全復帰を目指すことになっている。

毎朝の軽い痛み、違和感、可動域の固着。起きてすぐ無意識にトイレに立つことはできない。寝ぼけたまま変な角度で片足に体重がかかることは危険だからだ。足首は上下に動かすことはできるが、左右にゆすることは少ししかできない。足首をぐるっと一周させることも難しい。片足で立つことは何とかできるが、そのまま踵を上げてのつま先立ちはできない。手術あとに痒みが出る。物理的に縫い目に沿った外側の痒みと、足の内部の金属周辺からの痒み。マッサージしたり軽く叩いて気を散らしたりするが、無くなることはない。大抵は夜だ。おそらく寝てる間に掻いたのだろう、縫い目の一部が膿んでしまって小さな穴が空いている。感染症の可能性があるから気をつけろと診察の頻度が上がった。大丈夫でしょ?と軽く言ったが、油断するなと釘を刺された。壊死の可能性もある。そうなった場合、最悪切断しなければならない。

たかが骨折でもこれだけの悩みがある。入院から退院までの痛みの推移も、初めて経験した痛みで眠れない夜も、腰から麻酔を入れ、尿管に管を入れて一日中ベッドにいなければならない苦痛も、もう遠い昔の事のように思われるが、その時の辛さは、大の大人を泣かすのに充分な破壊力を持っていた。

病に冒されることとは?死ぬこととは?すぐに答えが出ることではないが、考えておかなければならない。いずれやってくる事だけは決まっているのだ。



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