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宝塚雪組「壬生義士伝(みぶぎしでん)」レビュー

「一番好きな時代小説は?」と聞かれたらこう答える。
浅田次郎さんの「壬生義士伝(みぶぎしでん)」だ。
宝塚で舞台化された。
雪組公演だった。
主人公の貫一郎を演じるのが当時の男役トップスターの望海風斗さん。
その妻しづを演じたのが当時の娘役トップスターの真彩希帆さん。
以下、ストーリーの詳細。
 
主人公は浪士、吉村貫一郎(望海風斗さん)。
南部地方盛岡藩の侍だった貫一郎は貧しく、
妻しづ(真彩希帆さん)と子供たちを養うために故郷を離れなければならなかった。
貫一郎の幼馴染である大野次郎衛門(彩風咲奈さん)は貫一郎を心配し、また親友がそばにいないことが不安で「とどまってほしい」と説得するが、最後には支援して送り出す。
 
すばらしい剣の腕を持つ貫一郎。
しかし故郷では子供たちに剣の稽古をつけてやることくらいしかできず、
家族を養うことに限界を感じた。
貫一郎が考えた転職先。それは新選組だった。
確かに稼いだ金で家族を養えるようにはなるかもしれない。
しかし、そのために貫一郎は人を殺さなければならない……。
優しい人格者の貫一郎だが、金のために人を斬る。
「守銭奴」とののしられても、貫一郎はただ家族のために人を殺し、
自分はろくに食べずに稼ぎを故郷の家族に送ってしまうのだった。
 
新選組の同僚たちはそんな貫一郎をなんとか助けたいと思い始める。
「数年先に生きていられるかもわからない場所に貫一郎を置いておきたくない」。
そんな思いから、貫一郎を商人の娘(真彩希帆さんが演じる)と結婚させようとする。
商人と結婚すれば貫一郎はその瞬間に大金を得ることができ、
新選組から足を洗い、故郷の家族を困らせることもない。
貫一郎はもう命を危険にさらして人殺しなどしなくてもいい。
ところが貫一郎は縁談を断る。
妻しづへの想いは、どんなに離れていても、何年経っても、貫一郎の中で色あせることはないのだ。
(しづ役、商人の娘役の両方を真彩さんが演じるところが趣深い。
商人の娘がしづに似ていたとしても、貫一郎は縁談を断れる)
 
新選組に身を置き続けた貫一郎は鳥羽伏見の戦いに出ることになってしまう。
戦いに敗れ、隊士たちが逃げる中、貫一郎は故郷に戻る最後の望みをかけて大坂の南部藩蔵屋敷に向かう。
ここでなんと出世した親友、次郎衛門に出会うのだった。
「次郎衛門だ! 故郷に帰りたいと親友に頼んで断られるはずがない! なんてラッキー!」
という空気ではない。
次郎衛門は貫一郎を助けるどころが「切腹しろ」と言う。
次郎衛門の厳しい態度に部下たちはびっくり。
 
部屋から誰もいなくなったことを確認すると、次郎衛門はとたんに貫一郎に寄り添う。
「どうして逃げなかった。ここに来られたら俺は切腹を命じるしかない」
「大野様」
「ふたりきりの時は『じろうえ』でいい」
子供の頃は「じろうえ」「かんいち」と親しく呼び合っていた二人。
しかし今、貫一郎は罪人。
次郎衛門はそれを逃してはいけない立場だった。
幼馴染の再会の場面があまりにも切ない。
 
次郎衛門は本心では貫一郎を生かしたい。
しかし八方ふさがりだった。
考えた結果、ここで切腹させるのが最善であると次郎衛門は判断する。
貫一郎に、侍としての威厳を保てる死に方をさせてやろうと思うのだった。
次郎衛門は伝家の宝刀を貫一郎に渡し、朝までに切腹することを命ずる。
宝刀を渡したのは、貫一郎の安物の刀がもう使い物にならないほど刃こぼれし、血に汚れていたからだった。
次郎衛門は「貫一が少しでも苦しまないように」と切れ味の良い宝剣を託す。
部屋を出た次郎衛門は「貫一に」と故郷の米で大きなおにぎりを握り始める。
「寒くて手に力が入らないかもしれない」と白湯もつける。
たとえ何年会っていなくても、次郎衛門は貫一郎がろくに食べもせずに家族を支えたことくらい、想像できるのだ。
せめて故郷の米で満腹になってから、という次郎衛門の願い。
それはちゃんと貫一郎にも届く。
次郎衛門の握ったおにぎりを見て泣き崩れる貫一郎。
ここの望海さんの演技、やりすぎていなくてむしろさりげないのがすごい。
何も言わないし泣き声すらあげない。
それゆえに切なさが胸に焼き付く。
 
朝、貫一郎は切腹をとげている。
駆け寄る次郎衛門。
気付く。昨夜握ったおにぎりに手をつけていない。
宝刀には血の跡もない!
遺書には「宝刀は故郷の息子に届けてくれ」。
そう。貫一郎は使い物になりそうにないぼろぼろの刀で苦しみながら切腹したのだ。
家族を養うためとはいえ人を斬ってきたのだから、その刃で自分も死ぬべきだという意思。
血を一滴も吸っていない宝刀を息子に託したいという武士としての強い願い。
そばに部下がいても、もう次郎衛門は本当の気持ちを隠しきれない。
「ばかったれが! 痛かったろう。つらかったろう。寛一」
次郎衛門はおにぎりをつかんで貫一郎の口元に押し付ける。
「食え。貫一郎。南部(二人の故郷)の米じゃ。食え。食わぬか!」
貫一郎を抱きしめて泣き叫ぶ次郎衛門。
彩風咲奈さん、この場面で本当に落涙している。
 
まだ続きあるのにここまで書いたら胸がいっぱいになってしまった……。
本当に「壬生義士伝」は原作もミュージカルも傑作。
ミュージカル版は尺の都合でいろいろカットしてるけど、原作は細部まで作りこみが丁寧。
上巻から号泣してたので「これ下巻読むとき私どうなるの?」と思ってた。
原作のラストがまた秀逸。
ミュージカルで貫一郎は繰り返し以下のように歌う。
 
風にのって届け 俺の心
俺は死なない お前のために
俺は生きる お前のために
 
「嘘つき!!!!」と号泣することになった。
でも原作で貫一郎は帰郷する。
未読の方はぜひ読んでほしい。
電車で読むことは早々に諦めておいてよかった。
上巻より泣いた。
 
あとこれは原作を読んでいないとわからないニュアンスかもしれないけれど、貫一郎は半分本気で商人の娘を愛していたと思う。
故郷に置いてきてしまった最愛の妻とは会えないまま、人を殺し送金する日々。
そんなことが何年も続く中で現れた最愛の妻そっくりの娘。
商人の娘はこのストーリーにおいて「しづ」でもあると思う。
貫一郎は強くこの娘に惹かれながらも、本物の「しづ」を選ぶ。
舞台では「思わず」といった仕草で貫一郎がしづを一瞬抱きしめる。
ほんの一瞬。
ここに貫一郎のおさえきれなかった愛があふれる。
ところが貫一郎は余韻を求めず走り去っていく。
望海風斗さんの演技が光る場面だ。
抱きしめてもらえたと思ったのに走り去られる側を演じる、真彩希帆さんの表情と歌声の切なさ。
ここの数分には舞台特有の感動がある。
 
トップスター望海さんが悲劇好きなので主人公が死ぬ「壬生義士伝」は望海さんにとってもお好みの演目だったのでないかと思う。
望海さんの貫一郎はもちろん大好きなんだけど、この公演での当たり役は彩風咲奈さんの次郎右衛門だった。
彩風咲奈さんファンでもし「壬生義士伝」を観ていない方がいたらぜひ観てほしい。
 
望海風斗さん&真彩希帆さんのトップコンビはとにかく歌唱力が圧巻。
同時収録のMusic Revolution!も一曲一曲すばらしくてかっこよすぎて頭が追いつかない。
全部好きだけど望海さんのMusic is my lifeを生で聞いた時は泣いた。
壬生義士伝とミューレボ両方観られて1万でいいの?
片方で1万ならわかるけど……と思う。
望海風斗さん、真彩希帆さん、彩風咲奈さん。
ストーリーメインで書くようにしているので名前を出せたのはこのお三方だけなんだけど、本当に、他にも素敵な方がたくさん出演する。
雪組大好きありがとう!
 
最後に時代小説から見える現代性について。
「壬生義士伝」は幕末を舞台にした小説だけど、なぜ現代人の心を揺さぶるのか。
「現代性が強いから」だと思う。
家族を養うためにキツくても稼げる仕事に転職する人。
家族の生活のために単身赴任する人。
離れて暮らす家族を思い続けている人。
家族や友達のために命をかけられる人。
私には「本物の侍」が絶滅したとは思えない。
貫一郎や次郎衛門が持っていた美しく気高い侍の魂。
それと同じものを、現代人も持っているはずだ。

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