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第5章 優れた人にならなければという強迫観念を手放した話

学生時代から
「優れた人にならなければ」と思ってきた。

テストの点数、内申点、資格で点数を取ることで
人より才能がある人になろうと努力してきた。

IQにすれば114~120程度。
普通よりましというだけで頭がいいといえるレベルではないので、全精力を傾けて努力することで対応してきた。

努力をし始めたのは中学時代からなので、足かけ30年位全力をかけて優れた人になろうと努力してきた。

そんな中で、今日、同僚が何気なく

『人事部長が、面談に来た派遣の子を「普通の子っぽいよね。使えるかな」って言ってたけど、普通以上に何を求めるっていうの?』

と、不思議そうにぽつりとつぶやいた。

そこで、はたと気づいた。
確かにそうだ。当たり前に、普通以上になることを求めなくていいんだ、と。

そして、ものすごく安堵した。

そういえば、そういわれてきたのに耳を傾けてこなかったのはあたしだ。

「自分がやれることをやればいいんだよ」
「無理しなくていいよ」と。

言葉通り受け取ればよかったのだけど
私の中では『優秀じゃないといけない』と思っていたから

『自分がやれることだと、全然足りてない(はずだ)。だから無理しないと人並みにならないから、優しく言って頂いているけれどもっと私はがんばらないと』と、自分を追い詰めていたんだ。

周りはずっと認めてくれて優しく接してくれていたのに、受け取れていなかったんだ。と、気づいた。

これが自分事だけなら、自分が苦しいだけなのだけど
当たり前に他人にも求めるようになっていく。
「全力で頑張ればできるのに、なぜあなたは頑張らないの?」と、思うことが多かった理由が分かった気がした。

努力は強制しなくていい。
やれることをやればいいんだ。
やりたかったらやればいい。シンプルにそれだけなんだ、と。

そう思うと、なんだか人に優しくなれるような気がした。

自分に厳しい人は、他人にも厳しい。
確かにそういう面もある。

けれど、厳密に「こう」と決まっている事や
「こうしよう」と決めることと
自分や相手に努力を強いることは違う。

私は私のやれることで。
やれる範囲でやっていこう。
無理しない道を創ろう。
そんな風に思えるような気付きを同僚からもらいました。

無理しなくていいんだよって
本心から心の底から自分自身が
安心してくつろいだ状態でそう言える。

そんな気付きが生まれて本当にうれしかった一日でした。

努力家のあなたへ。
どうぞ無理せず、あなたらしく道を歩いていってくださいね!

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