坂口安吾『いずこへ』読書感想文

2020年5月22日信州読書会さん読書会の様子

何も持たずに生きられたらと思った事がある。

人間以外の生き物の多くは何も持たずに歩いていく。その姿は美しい。 しかし、人は生きているうちに多くのものを求めてしまう。一目で気に入るもの。欲しくなくても必要なもの。あらゆる理由をつけて何かを所有する。時の経過の中で、色あせないものもあるが、多くは当たり前に側に在り続けることで、存在していても目に入らないほど、自分の身と一体になってしまう。気づかないうちに多くのものを所有し続け、そのうちに、所有するものの方が自分を形成していくことになる。 身一つとは程遠い、その姿は浅ましいのだろう。

 しかし、何も所有せず、何も残さず、自分の形を知ることは難しい。捉えたと思っても、次の瞬間には煙のように消えてしまう。 合わせ鏡のようにいつまでも自分だけが映され続ける世界。刹那ならば良いが、そのまま続いていくのは恐ろしい。

 引用初め 「己の欲するものをささげることによって、真実の自足に到ること。己を失うことによって、己を見出すこと」 引用終わり 

主人公は、自分の欲している、正しい魂を捧げ、望まない場所に居ながら、自分を見つめ続けているのだろうか。 立ち止まっていれば、遠く見えなくなる線路の先は、走り続けるほどに長く続いていく。汽車に乗せられて、いずこへ?と言い続ける主人公の背中を思い浮かべる。弱弱しいけど、そのまま儚く消えてしまうこともできない。行き先もわからないまま存在し続けるしかないのだ。 短いけどとても難しい小説だった。

青乃

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